04.  俺の骨は海に撒いてくれ


 声に出して気持ちを伝えた途端に、張り詰めていた緊張の糸が和らぐのを感じた。ずっと胸の中に秘めていた気持ちをようやく繋心本人に言うことができた。そのことに大地はひどく安堵した。返事がどうであれ、いまはちゃんと受け止められる気がする。そう思った。

「マジで言ってんのか……?」

 繋心は文字どおり、開いた口が塞がらないようだった。唖然とした様子で大地をまじまじと見つめ、そのまま動かなくなる。

「マジだよ。だから繋兄のこといつも意識しちゃって、上手く話せなかったんだ。目を合わせるのだって恥ずかしかったし、そばにいるとドキドキしっ放しで落ち着かなかった」
「か、勘違いしてるとかじゃねえよな? 家族愛的なものを愛情とはき違えてるとか……」
「お、俺……繋兄のことオカズにできるよ」

 そんなことを吐露するのは恥ずかしかったが、それでもすべてを打ち明けないと繋心が信じてくれない気がして、正直に話した。

「俺をオカズにしたのか……? もしかしてさっきも?」
「うん。ごめん……」
「いや、別に謝ることじゃねえけどよ。そういうのは人の自由だろ。それに……俺だって大地をオカズにしたことあるしな」
「ええっ!?」
「だってお前、デカくなるにつれていい男になりたがるからな。男くせえし、短髪だし、結構俺の好みだよ」
「け、繋兄の好みってゴリマッチョじゃなかったのか?」
「誰もそんなこと言ってねえだろ。ああ、あの本のことか。確かにあの本にはゴリマッチョばっか載ってたかもしんねえし、確かにゴリマッチョは嫌いじゃねえけど、俺はお前みたいな芋臭くて真面目なやつのほうが好きだよ」

 好き、の短い言葉に大地の胸は轟くように踊った。

「その好きって……俺と同じ意味の好きでいいのか?」
「……そうだよ。俺は昔からお前が可愛くて堪らなかった。隙あらばさっきみたいに悪戯したかったし、それ以上のことだって妄想の中でした。でも現実にできるわけねえから、もう全部諦めてた。むしろ俺はお前の親代わりになろうって決めてたんだ。親が無理でも兄貴くらいにはなりたかった。一人になっちまったお前をちゃんと養っていこうって、不自由な思いさせないようにしようって、そう決めてた。だから全部諦めたはずなのに……好きなんて言われたら、心が揺れちまうだろうが」

 繋心の手が大地の両頬に触れる。硬くてゴツゴツしているけれど、ほんのりと温かくて優しい手だった。

「なあ、お前にとってはどの俺がいいんだ? 父親か? 兄貴か? それともいままでどおりの隣のお兄さんか?」
「俺は……俺は恋人がいい。繋兄の恋人になりたい」

 顔を上げると、繋心の吊り気味の瞳と視線が交わる。途端にその男らしく端正な顔立ちに優しげな微笑みが浮かび、次の瞬間には、大地は彼の腕の中に閉じ込められていた。

「大事にする。寂しい思いは絶対させねえ。だから俺のそばにいろ」
「うん。俺は繋兄のそばにいるよ。だから繋兄も俺のそばにいてくれよ」
「ああ。俺らは今日から恋人同士だ」

 抱きしめ返した身体は服の上からでも筋肉の硬い感触がした。こうして繋心にくっつくのは両親の葬儀があったあの日以来だ。けれどあの日、大地の中にはまだ彼に対する恋慕はなかった。だからドキドキするようなこともなかったし、ただ彼の優しさに縋るだけだった。
 いまはもうあのときとは違う。繋心に抱きしめられて、全身の血が沸騰するような興奮を覚えている。あのときにはなかった熱情が、大地の胸の中で大きな存在感を放っていた。

「大地」

 名前を呼ばれて再び顔を上げると、不意打ちのように唇にキスされた。唇はすぐに離れていったけど、初めてのそれに大地は心臓が破裂してしまいそうだった。

「顔真っ赤になってんぞ」

 そんな大地の様子を見て、繋心が意地悪げに笑った。

「だ、だって俺キスなんかしたことないし……」
「ファーストキスかー。俺なんかに捧げてよかったのか?」
「したあとに訊くなよ! まあ、繋兄ならいいよ。むしろ繋兄とキスできて嬉しい」
「じゃあもっとすごいことしてみるか?」
「すごいこと?」
「おう。あの本に載ってたようなことを俺とお前でするんだよ」

 言われて咄嗟に思い出したのは、モデルたちのアナルセックスをしていた写真だ。

「あんなの……痛くないのか?」
「痛くないようにしてやるよ。たっぷりほぐして、感じるように開発してやっから」
「か、開発って……」

 露骨な単語に、大地は自分の顔がますます赤くなるのを感じた。

「お前はいちいち可愛い反応すんなあ。いますぐぶち犯してえ」
「あ、ちょっと繋兄っ」

 体重をかけられ、ベッドに押し倒される。耳元を繋心の吐息が掠めた。身体の触れ合った部分が熱を帯びて、それが下半身に集まっていくのを感じる。

「なあ、抱いてもいいか?」

 大地を見下ろす繋心の表情は真剣だった。その瞳の奥に浮かぶ熱量を感じ取って、大地の中を嬉しさとほんの少しの不安をない交ぜにした感情が駆け巡る。だけど知りたいと思った。繋心の中の熱量の大きさを。そしてこの先の行為が成す意味を。

「いいよ」

 だからすべてを受け入れる。痛みがあったとしても、そこに繋心からの愛情があるならそれでよかった。そして自分もすべてを正直に晒そうと思った。

「やっぱやめるつっても聞いてやらねえからな」
「そんなこと言わないよ。だからさ……来て、繋兄」



 繋心の宣言どおり、大地は後ろに受け入れても最後まで痛みを感じることはなかった。それはひとえに彼が念入りにそこをほぐしてくれたからだろう。時間はかかったが、その甲斐あって最初から最後まですごく気持ちよかった。
 身体も心も満足だった。いまは幸せな気持ちで胸が溢れ返っている。もう何もいらない。繋心がそばにいてくれるなら、大地はそれでよかった。

 だが――
 当の繋心は、さっきからベッドの端で頭を抱えている。丸くなった背中は哀愁さえ漂わせ、とても大地のように幸せに浸っているようには見えなかった。

「あの……繋兄? どうかしたのか?」
「俺、ついさっきまでお前の親代わりになろうって思ってたんだぜ? それがこんなことになっちまって……天国のお前の親御さんに顔向けできねえよ」
「後悔してんのか?」
「いや、ぶっちゃけ後悔はしてねえよ。お前死ぬほど可愛かったしな。他の誰かにやるより俺のものにしたかったってのも本音だ。けど……あ〜、俺は最低だっ」
「繋兄は最低なんかじゃないよ。それに俺は繋兄としたかったんだ。実際にやれて、いますごく幸せだよ。だからそれでいいじゃないか」
「……まあ、お前がそう思ってくれてるんだったらそれでいいけどよ。あ、ちなみに浮気は絶対赦さねえからな。お前はこの業界じゃモテる面してっから、変な虫が付かねえか心配でならん」
「別にその辺の心配はいらないと思うけどな……」
「いいや、心配だ。そうだ、誠治には気をつけろよ」
「なんでここで誠治が出てくるんだよ?」

 奥岳の無害で優しそうな顔が頭に浮かんでくる。

「あいつはどうもこっちの気があるような気がする」
「いや、それはないと思うけど……」
「いいや、怪しいな。きっとお前のことを狙ってるに違いねえ」
「勘違いだと思うけどな〜……」

 そのあともぶつぶつと浮気の心配を口にしていた繋心だが、大地はそれを軽く聞き流し、彼の広い背中にぴったりと寄り添う。
 逞しい背中だ。そして彼の優しさそのもののように温かい。このままその熱に溶かされて、彼の中に染み込んでしまいたいとさえ思う。

「なあ、繋兄は死んだりしないよな?」

 大切な人が死んでしまうのはとてつもなく辛いことだ。それは両親の死で味わった。

「母さんたちみたいに、突然死んだりしないよな?」
「何馬鹿なこと言ってんだよ。俺が丈夫なのはよく知ってんだろ? 昔高い木の上から落ちたときだって死ななかっただろ?」

 あれは確か大地が小学三年生のときのことだった。一緒に木登りをして遊んでいると、繋心がバランスを崩して地面に落ちたことがあった。命に別状はなかったし、それどころか怪我の一つもしていなかったが、結構な高さから落ちたから大地はぞっとしたのを覚えている。

「あのとおり、俺はちょっとやそっとじゃ死なねえんだよ。だから変な心配すんじゃねえ」
「本当に?」
「本当だって。でも……そうだな。もし本当に俺が死ぬようなことがあったら、俺の骨は海に撒いてくれ」
「海に? なんで?」
「海にいれば、世界中どこへだって行けるだろ? 俺みてえな中流階級の下のほうにいるやつは、海外旅行なんかそうそう行けるもんじゃねえ。だからせめて死んでからはいろんな国に行ってみてえんだよ」
「それなら空に撒いたほうがいいんじゃないのか?」
「空に撒いたって地面に落ちちまうだろ?」
「そこは現実的なんだな……」
「うるせえ。まあ、俺が死んだときのことなんかいまは考えなくていいんだよ。それよりも俺としたいこととか、俺を行きたいとことか考えとけ。いまを存分に楽しもうぜ?」
「うん」

 繋心は目の前にいる。目の前にいて、話ができて、キスもできるし身体を重ねることだってできる。彼の言うとおり、そんな“いま”を存分に楽しんでおくべきだ。いつの日か後悔することのないように――。



続く





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