02. お前マジで俺のタイプなんだよ 「お前が待ち合わせてんの、俺だわ」 大地の予想は見事に的中してしまった。放たれた言葉に驚くと同時に、胸の中に歓喜が満ちてくる。そういう目的で待ち合わせたということは、岩泉も大地と同じ意味合いで男に興味があるということだ。つまり自分の恋心にも報われる可能性がある。そのことに気づいて、大地は嬉しくなった。 「さっきお前に会ったとき、もしかしたらって思ったんだよ。メールの相手のプロフ、お前っぽかったしな。だから待ち合わせ場所変更のメールに返信するとき、後ろからこそっと様子見てた」 「……マジで一がメールの相手なのか?」 「そう言ってんだろ。なんならいますぐメール送ってやろうか? さっきのアドでちゃと届くぞ」 「いや、もういいよ。そこまで言われたら疑う余地なんてないしな。そんな嘘をつく理由だってないだろうし……」 顔がいいのに女っ気が欠片もなかったのも、異性に関する話題が彼の口から出ることがなかったのも、いまとなってはすべて納得できる。 「で、どうする?」 「ど、どうするって?」 「そりゃ、いまからどうするかってことだろ。俺としては大地とやりてえんだけど」 露骨な言葉に、大地は顔がカッと熱くなる。 「お前マジで俺のタイプなんだよ。こっちだったらいいのにってずっと思ってた。だから今日相手がお前だってわかって、かなり嬉しいんだけど」 「俺は……俺は、駄目だ」 自分の意志とは反対の言葉が口から出る。 「一は男前だと思うけど、やっぱ知り合いとやるのはちょっとな〜……」 「なんでだよ。んなこと別に気にしなくていいじゃねえか。それとも俺のことタイプじゃねえのか?」 そんなことはない。少なくともいまの大地にとって一番の男前は岩泉であり、他の追随を赦さない。けれどいま彼と身体を重ねると、大地の心はきっと彼から離れられなくなる。一度彼の身体を知ってしまうと、きっともっと知りたいと深く求めるようになり、胸にしまい込もうとしていた気持ちも溢れ出してしまう。 本音を言えば岩泉としたい。けれどそれはきっと自分を苦しめる。それがわかっているから、いまにも飛び出してきそうな欲望を必死に抑え込んだ。だが―― 「なあ、大地」 岩泉の少し吊り気味の目が、大地とやりたいと言っている。そしてその目を見た瞬間に、大地の理性はガラスが割れるような音を立てながら粉々に砕け散ってしまった。 熱情が全身を巡っていく。それが一周したところで、大地は無意識のうちにその言葉を口にしていた。 「俺も一とやりたい」 何度も遊びに来てすっかり見慣れた部屋のはずなのに、来た目的がいつもと違うだけで、なんだか初めて来る場所のように思えた。いつも自分がどの辺りに座っていたか思い出せないまま、結局岩泉のベッドに腰かける。 「コーラ飲むか?」 「あ、うん。頼む」 俄かに緊張している大地に対し、岩泉はいつもと変わらないように見えた。彼にとってはきっと大地とやるのは特別でもなんでもないことなのだろう。ただ身体を重ねるだけ。そこに大地が抱いているような熱情はない。 でもそれでいいと思った。恋人はつくらないと、大地は心に決めている。だから身体だけの関係でいい。それ以上を求めることは自分を苦しめるだけだ。 「ほら」 「サンキュー」 差し出されたコップを受け取って、中身を一口だけ飲んだ。馴染みのある甘い味と炭酸が口の中に広がる。そうすると少しだけ緊張が和らいだ気がした。 「でもまさか、大地がこっちだったとはな」 岩泉は大地の隣に腰かけた。 「俺だって一がこっちだとは思わなかったよ。世間って狭いのな」 「まあ俺としちゃあ嬉しい誤算だったけどな。さっきも言ったけど、お前ってマジで俺のタイプなんだよ。オカズにしたのだって一度や二度じゃねえぞ」 「そ、そうなのか……」 恥ずかしげもなく赤裸々に告白された岩泉のプライベートな部分に、逆に大地のほうが恥ずかしくなる。けれど大地だって彼をオカズにした。激しく腰を振り、自分の中で果てる彼を何度妄想しただろうか。 「俺、入れるほうしかできねえけど大丈夫なのか? 大地ってどっちかっつーとタチっぽいし……。まさか初めてとかじゃねえよな?」 「さすがに初めてじゃないよ。もう二十歳だし、それなりに経験はあるぞ。一だってそうだろ?」 「そうだけど……なんかちょっと悔しいな。俺が一年ちょい我慢してる間に他の男どもが大地を抱いてたのかと思うと、腹が立ってくるぜ」 「我慢してたのか?」 「知ってたらとっくの昔に抱いてるっつーの。むしろガッチリホールドして絶対離さねえよ」 大地だって岩泉が他の男を抱いていたのかと思うと腹が立つし、寂しくも感じる。けれど誰だって自分のそばにいる人間が都合よく同性愛者だとは思わないだろう。現にこれまで普通に出会ってきた人間の中で、ゲイだったのは岩泉が初めてだ。 岩泉がゲイだと初めから知っていたら……やはり大地は自分の欲望を我慢できなかった気がする。触りたい、繋がりたいと求めてしまうのを止められなかっただろう。いずれにしても結果はこうなっていた。ならばもう、すべてを彼の前に曝け出してしまおう。ただし心の奥底に追いやった気持ちだけは、最後まで表に出してはならない。 「じゃあ、そろそろ始めるか?」 そう言って岩泉は手に持っていた自分のコップをリビングテーブルに置いた。大地も最後に一口だけ飲んで、彼に倣ってコップを手放す。 二人を取り巻く空気が変わるのがわかった。友達同士の和やかな空気に、甘さを孕んだそれが混ざってベッドの上に充満する。 「大地……」 いつもと違うトーンで大地を呼ぶ声。肩を引き寄せられ、顔を上げた瞬間に彼の唇が大地の唇に覆い被さってきた。泣きたいくらいドキドキしていたけれど、積極的に舌を絡め、隙間もないくらい強く抱き合って、欲しくて堪らなかった岩泉の感触を確かめる。そうしている間にベッドに優しく押し倒されて、岩泉の無骨な手がTシャツの裾から侵入してきた。その手が脇腹をよじ登り、胸の突起を柔らかく擦る。 「あっ……」 思わず零れた声は媚を帯び、少し恥ずかしくて顔が赤くなる。そんな大地の心境を知っているのかそうでないのか、岩泉はしつこくそこを責めてきた。時々少し痛いくらいに摘ままれたが、そんな刺激にも感じて増々そこが尖っていくのがわかる。 唇がひりひりしてくるほどに長く続いたキスが止んだかと思うと、慣れた手つきでTシャツを脱がされた。露わになった大地の上半身を岩泉は無遠慮に見回す。 「前から思ってたけど、大地ってやっぱいい身体してるよな。一緒に着替えながら何度むしゃぶりつきたくなったことか」 「俺だって一の身体見て、触りたいって何度も思ったよ」 「じゃあ、触ってみるか?」 訊きながらおもむろに服を脱ぐ岩泉の姿に男らしさを感じる。彼の裸はサークル活動のときの着替えで何度も目にしてきたけれど、今日はいつも以上に大地の興奮を掻き立てた。岩泉の身体は鍛えられてはいるものの、決して筋肉猛々しいというほどではない。しかし、逞しさの中にしなやかさも合わさったそれは、均等がとれていてとても綺麗だった。 隣に寝転がった彼の胸板に大地はそっと手を伸ばす。触ると見た目よりも筋肉が乗っているのがわかる。何度か感触を確かめるように撫でたあと、少し強めに乳首を摘まんでやった。 「お、おいっ……摘まむなよ」 「さっきのお返し」 何度か強くしたり弱くしたりしているうちに、岩泉の息が荒くなる。どうやらそこが気持ちいいようだ。責めるのも好きな大地にとっては嬉しい反応だった。もっともっと気持ちよくなってもらいたくて、今度は舌を使って硬くなった粒を責めた。 「はぁ……っ」 あまり声は出さないが、時々身体が震えて感じているのだとわかる。男臭い顔には熱っぽい色が浮かび、それが妙に艶めかしくて堪らなかった。もっとそんな反応を見てみたくなり、大地は強く吸いつこうとしたが――いきなり強い力で引き剥がされた。 「俺にも舐めさせろ」 険しい顔をした岩泉に再び上に乗っかられ、あっという間に攻守が反転してしまう。 「あっ……一っ」 少し痛いくらいに強く吸いつかれ、油断していた身体は喜びと快感に打ち震えた。 「あっ、ああっ、んっ……」 転がし、啄み、押し潰されてはまた転がされる。普段硬派な雰囲気を漂わせているくせに、岩泉の愛撫は巧みでどこまでもいやらしい。他の誰かがそんな岩泉を知っているのかと思うと悔しい思いに駆られるが、そこはどんなに思い返したところでどうしようもないだろう。いまは自分の知らない岩泉をもっと知りたい。彼の持つ欲望のすべてを曝け出してほしいと思った。 岩泉の整えられた髪の毛に触れる。崩れないように優しく掻き上げ、そのまま下に滑らせて今度は肩に触れた。がっちりとした筋肉の感触と温かな体温。友人の枠を超えた意味を持って彼と触れ合っているのだと、今更ながら実感させられる。 「一……」 呼ぶと岩泉が視線を上げ、その頭を引き寄せて大地はキスをする。 「下、脱ぐか? つーか俺が脱がす」 「うん……」 下肢の衣類はいとも簡単にひん剥かれてしまった。そして岩泉も自分のチノパンと下着を恥じらう仕草もなく堂々と脱ぎ去って、大地の隣に横になる。 「大地すげえビンビン。まあ俺もだけど……。結構デカいんだな。ネコのデカマラってやつ?」 「うるさいよっ……」 熱っぽい手が大地の屹立したそれに触れた。大地も岩泉の股間に手を伸ばし、興奮を示しているそれを握る。そっと上下に扱いてやると、岩泉は甘い吐息を零した。そして同じ愛撫が大地にも返ってくる。 「我慢汁でベトベトだな。お前のチンコエロいぞ」 「一だって我慢汁出てんだろっ」 「大地に触られてるってだけで結構やばいからな。つーかこれそろそろ舐めていいか?」 「俺も舐めたい……」 「じゃあケツこっちに向けて上に跨れよ」 岩泉の言葉の意味をすぐに理解して、自分の股間が彼の頭の上に来るように跨った。そうすると大地の目の前には必然的に岩泉の性器が来る。いやらしく先走りに濡れたそれに大地はさっそく舌を這わせた。 「うあっ……」 ぴくんと反応する様子が可愛い。けれどすぐに大地も岩泉の口に含まれて、同じような反応を引き出されてしまった。吐息とともに、堪えきれず喘ぎ声を零しながら懸命に岩泉のものをしゃぶり、時々手で扱いてはまた舐める。そうしているうちに後ろに指が入ってくる感触がして、不意打ちに大地は思わず身体を強張らせた。 「わりい、痛かったか?」 「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ」 「ならいいけどよ。それにしても結構きついな。本当に初めてじゃねえのか?」 「今日は結構久々だから……」 「そうなのか。じゃあゆっくり解してやっからな」 中でゆっくりと動く感触。一瞬の異物感の後に、覚えのあるむず痒い感触と疼き、そしてもどかしさがそこから湧き上る。痛みもなくあっという間に岩泉の指の大きさに拡がって、二本、三本と増やされても特に問題はなかった。 「なあ、そろそろ入れていいか?」 いつもの男らしい声が、色気を伴って訊ねてくる。 「うん……」 太股を持ち上げられ、岩泉の先端がそこに宛がわれた。一瞬身を固くしたが、岩泉は容赦なくそれをねじ込んで、腰をゆっくりと押し進めてくる。 「ああっ……あっ、あっ!」 熱の塊が奥まで届いた。強い圧迫感が通り過ぎるのを、岩泉の背中を掴んでやり過ごす。入れたらすぐに腰を振るような自分勝手な輩もいるが、岩泉は険しい表情をしながらも、そこが馴染むまでじっと待ってくれていた。 「一、もう動いても大丈夫だよ」 「ホントか? 無理はするんじゃねえぞ。痛い思いはさせたくない」 「ホントに大丈夫。だから、いっぱい突いて。中に出してもいいから……」 「なっ……くそう、エロいこと言いやがって」 腰がゆっくりと引かれ、そしてまた奥まで貫かれる。入り口まで出て行って、また戻ってくる。ゆっくりとした動きは徐々にリズミカルになっていき、力強く揺さぶられた。 「あんっ、あっ、ああっ、あっ……」 これが岩泉の感触。自分を犯す、岩泉の本能。何度も妄想の中でしてきた行為がついに現実のものとなり、快感とともに幸福感のようなものが全身に満ちる。 この身体もこの顔も、そして時々零す気持ちよさそうな声も、いまは自分だけのものだ。過去に誰とどんな繋がりがあったって関係ない。いま岩泉に抱かれているのは自分で、誰の邪魔も赦されない。 大地にとってセックスなんて別に特別なことなんかじゃなかった。ただお互いの性欲を処理するだけ。それがここ四年のセックスに対するスタンスだ。けれど岩泉とするセックスは違う。温かくて、ドキドキして、彼の優しさに溶かされてどうにかなってしまいそうだった。 「一っ……一っ」 「大地っ……」 求めるように名前を呼べば、優しいキスが降ってくる。ずっと欲しくて堪らなかったものが、一度に大地の身体に注がれる。それを貪欲に貪り、恥も何もなく声を上げ、大地は彼とのセックスに溺れていった。 |