三章 チーム“モッツァリーナ” 猛の家がある辺りは山間の村といった雰囲気だったが、案内された体育館の辺りは街と呼べる程度には賑わいを見せていた。建物の外観がどこも西洋風で物珍しかったが、街を出歩く人々は皆日本人の顔をしている。 猛の家から体育館まではゆっくり走って二十分程度の距離だった。大地が元の世界でジョギングしていたときの距離とだいたい同じくらいだ。 体育館は大きさこそなかなか立派なものだが、どことなく古そうな雰囲気があった。しかしフロアは綺麗に整備されていて、ラインも薄くなっているところはない。二階は人の通れるスペースはあるようだが、観客席のようなものはなかった。 大地と猛は二人でネットの準備をし、軽く準備運動をしてからボールを使ってパス練習をする。 「ちゃんとバレーするの久しぶりだな〜」 ボールの大きさは元の世界のバレーと変わらないようだった。 「そうなのか?」 「うん。俺、中三……十五歳でバレーやめちゃったんだ。学校の授業とか行事で軽くやることはあったけど、こうやってちゃんとパスからやるのは三年ぶりくらいになるかな」 バレーは好きだった。それでも高校で続けなかったのは、自分の実力に限界を感じていたからだ。 「その割に綺麗にパスできてんじゃん。俺ほとんど動かずに済んでるんだけど」 「そうかな? なんか慎重になりすぎて変な感じしてるんだけど……」 「じゃあ次対人やってみようぜ。俺から打つから、そっから交互に行こうぜ」 「わかった」 大地のパスを猛が軟打で返してくる。ミートがいいのかボールはぶれることなくまっすぐ大地の正面に来た。それを難なくレシーブし、今度は猛がトスを上げる。 「綺麗にレシーブできたじゃん」 「いまのは猛が正面に打ってくれたからだろ」 「じゃあちょっとずらしてみるぜ」 その予告どおり、猛の次の軟打は正面ではなく少し横に来た。勢いも増していたようだったが、大地は今度も問題なく猛のところへボールを返した。元々守備のほうが得意で、そのときの感覚がちゃんと残っているようだった。 一通り対人練習をしたあと、猛が「大地のスパイク見たい」と言い出したので今度はスパイクを打つことになった。 「俺、スパイクはあんまり得意じゃないからな」 「そんだけタッパあるんだから大丈夫だろ。ネットの高さも大地の世界と同じくらいなんだろ?」 「そうだけど……なんかイマイチだったんだよな」 「まあ、とりあえずやってみようぜ。ほら」 猛がボールをふわりと投げてくる。それをオーバーハンドで返して、猛がそれを綺麗なトスに変えた。ネットに近すぎず、遠すぎずのいいトスだ。大地は勢いをつけて踏込み、自分の持ちうるすべての力を振り絞ってジャンプする。 跳んだ瞬間に、あれ、と思った。なんだか自分が想定していたよりもずいぶんと高く跳んだ気がする。白帯の上から向こう側のコートの細部まで見渡せた。こんな景色、いままで見たことがない。 そして振り下ろした手がボールに触れる。手のひらの中心がボールの中心にしっかりとミートし、聞いたことのないような激しい音を立ててボールがコートの真ん中に突き刺さった。 「やっぱ大地すげえじゃん! 得意じゃないなんて嘘じゃんか!」 「いや……いまのはたまたまだと思うんだけど。なんか変に身体が軽かったんだよな」 「謙遜すんなって。そんだけ打てりゃ、うちでもアタッカーとして通用するぜ」 そのあとも何本か猛にトスを上げてもらって、大地はどれも綺麗にスパイクを決めることができた。途中で交代して今度は大地がトスを上げる。猛のスパイクはパワフルというよりは鮮やかで、常にきわどいコースに入っていた。身長は大地より少し低いがジャンプ力があり、打点はなかなか高い。 「――猛」 猛が十本目を打ち終わったところで、彼を呼ぶ声がした。フロアの出入り口を振り返ると、左腕にギプスを着けた、少し強面の男が立っていた。背はあまり高いほうではなく、猛と同じくらいに見えた。 「おう、ささやん」 「ちっす。その男前さんは誰なんだ? ひょっとして猛の彼氏?」 「ち、ちげえよ! 家の近くで拾ったんだ」 「拾ったってどういうことだよ?」 「大地はイクシオン人なんだ。こっちに来ていろいろあったみたいで、倒れてるところをたまたま俺が見つけたんだよ」 「この島にイクシオン人が来るなんて珍しいな」 男は無遠慮に大地を隅から隅まで見回したあと、ニヤリと笑う。 「大地くん……だっけ?」 「あ、はい」 「俺、笹谷武仁。みんな“ささやん”って呼んでるから大地くんもそう呼んでよ。歳はいくつ?」 「まだ十七だけど、今年十八になります」 「じゃあタメじゃん。それにしても本当にいい男だな。よかったら今夜俺ん家に来ていいことしない?」 「ええ!?」 「こらささやん! 大地をナンパしてんじゃねえよ!」 「なんだよ猛。ひょっとして嫉妬してんのか? だったらお前も入れて三人でどうよ?」 「お前な〜……」 猛は呆れたように溜息をついたあと、大地のほうに向き直った。 「大地、あれが怪我した俺の対角だよ」 「ああ、やっぱりそうだったんだ」 「あのとおり軽いやつだから気をつけろよ」 「軽くねえよ。相手はちゃんと選んでる」 「嘘つけ! チームメイト全員をナンパしてたじゃないか!」 「それはチームメイトがみんな俺の好みだったからだ」 ゲイであることを隠す必要なんてない。猛が昨日そう言っていた。笹谷も明らかに発言がゲイっぽいし、それを恥じている様子もない。確かに卑屈になることなど何もないのかもしれなかった。 笹谷を含めた三人で話しているうちに、他のチームメイトたちも続々と体育館に現れる。全員がそろったところで猛が皆を紹介してくれた。 「イクシオンから来た大地。あっちにもバレーがあって、大地も経験者なんだ。さっきスパイク打たしたけどなかなかの腕だったぜ。大地、こっちがセッターの茂庭要。こっちのらっきょヘッドがミドルブロッカーの金田一勇太郎」 「らっきょって言わないでください!」 金田一が即座に突っ込みを入れる。悪い、悪い、と猛は笑いながら謝っていた。 「こっちの強面が青根高伸。金田一の対角だな。そんでこっちがライトの小原豊。最後になっちゃったけど、こっちがリベロの渡親治。これで全員だ」 チームメイト全員を改めて見渡すと、身長は高いか低いかの二極端だった。青根、金田一、小原の三人は百九十センチ近くありそうだが、逆に猛、笹谷、茂庭、渡の四人は百七十センチ台前半だろう。それよりも大地が気になったのは……。 「なんか坊主率高いな。流行ってるのか?」 「別に流行ってるわけじゃねえけど……」 七人中、猛、小原、渡の三人が坊主である。ここに海が混じっていてもきっと違和感がないだろう。 皆イクシオンのことに興味があるようで、大地はいろいろと質問をされた。一つ一つに丁寧に答えつつ、大地も時々それぞれのことを訊く。年齢は猛、笹谷、茂庭が大地と同じで、青根、小原は一つ下、金田一は更にその一つ下のようだ。そのうち一人暮らしをしているのは猛と笹谷の二人だけだった。ちなみにチームのキャプテンは猛である。 「なあ大地、今日はお前も練習参加していけよ」 「え、でもそんな勝手に参加していいもんなのか? 監督的な人に何か言われるんじゃ……」 「もちろん監督にはちゃんと話して許可をもらうよ。あ、もちろん嫌だったら遠慮なく言えよ」 「全然嫌じゃないよ。むしろちょっとやってみたい気分になってたし」 本当に久々のバレーだったが、久々の割に自分が思っていたよりも上手くできたことが、大地をやる気にさせていた。 「あ、ほら、噂をしたら監督来たぜ」 猛が視線を送った先では、ちょうど背の低い女性がフロアに入って来たところだった。チームメンバー全員が彼女に向かって挨拶をする。 「みんなおはよう。――ん? 見慣れない顔がいるねえ」 大地に気づいた彼女は、六十歳は確実に超えていそうな老婆だった。本当にこんな年寄りに監督が務まるのだろうかと疑問に思いながら、自己紹介をする。 「澤村大地です。えっと、イクシオンから来て、いまは猛の家でお世話になってます。今日はチームの練習を見学させてもらいたくてお邪魔させていただいてます」 「イクシオン人なんて珍しいねえ。バレーに興味があるのかい?」 「はい。実はイクシオンにもバレーがあって、数年前まで俺もやってたんです」 「へえ! イクシオンにもバレーがあるなんて驚きだねえ」 「――なあ、監督」 猛が大地と監督との間に入る。 「今日だけでもいいからさ、大地も練習に参加させてほしいんだ。経験者だし、さっき一緒にやってみたけど絶対足は引っ張らないと思うぜ。人数も一人でも多いほうが練習になるだろ?」 「そうだねえ。あたしゃ別に構いやしないよ。ただ、うちの練習はかなり厳しい。お前さん、ちゃんと付いて来られるのかい?」 「やってみないとわからないけど、全力で頑張ってみます!」 「なかなか威勢がいいじゃないか。よし、練習に参加することを許可しよう。まあ頑張ってみな」 「ありがとうございます!」 意外にもあっさりと申し出を受け入れられ、大地は拍子抜けすると同時にホッとした。 「あたしゃ監督の辺南。練習中の甘えは許さないから覚悟しな。そして大地……だっけね? チーム“モッツァリーナ”にようこそ」 |