七章 試合開始


 上部リーグの下位二チームと、下部リーグの上位二チームによる入れ替え戦。下部リーグ二位のモッツァリーナは、上部リーグブービーのネクトと対戦することになっていた。この一試合に勝てばめでたく上部リーグに昇格できる。昨年は掴むことのできなかったその勝利を、今年こそは手にしようとメンバーは皆やる気に満ち溢れている。
 大会の開催地となったのは、モッツァリーナのホームである虎宇都島の中心、凛曇市だった。地元開催ということもあり、客席にはモッツァリーナの公式Tシャツを着たサポーターの姿が多く見られる。最後のウォームアップのために大地たちがアリーナに入っただけで、会場は大きな拍手に包まれた。

「すごい客の数だな。うちのファンもあんなにいるのか」

 雰囲気に圧倒されながら、大地は感嘆の声を上げた。

「地元開催だとこんなもんだよ。今年は雰囲気的には有利だな」
「なんか急に緊張してきたよ。こんなにたくさんの人の前で試合するのなんて初めてだから」
「――なら俺がケツでも揉んで緊張を解してやろうか?」

 耳元でそう囁いたのは笹谷だった。

「ささやんはいつもどおりだな……」
「今回は俺出ないしな。ベンチで生温かく見守ってるよ。お前らのケツをな」
「ケツじゃなくてちゃんとプレイを見なよ!」

 セッターの茂庭がすかさず突っ込みを入れる。練習中にもよくあるやり取りだ。こうして見慣れた光景を目にしていると、高ぶった気持ちが少しだけ落ち着いてくる。
 大地たちはすぐにコートに入って、最後のスパイク練習を始めた。茂庭のトスはいつもどおり落ち着いている。自分のスパイクも、きちんとミートしているし相変わらず身体は軽い。いつもどおりのプレイができそうだ。
 スパイクを三分ほどで切り上げると、今度はサーブ練習に移る。中学時代、大地は普通のフローターサーブを使っていたが、モッツァリーナに入ってからはよりボールに変化がかかりやすいジャンプフローターに切り替えた。たった五回しか練習できる日がなかった割には、なかなか上達したほうではないかと自分では思っている。
 ホイッスルが鳴った。試合前最後の練習も終わりだ。自分たちのボールを回収し、一度ベンチの監督の元へ集まる。

「いよいよ始まるねえ」

 辺南の最初の一言はそれだった。

「あんまり固くなりなさんな。けど完全に緊張を解いては駄目だよ。一つ一つのプレイが大事になってくるってことを忘れちゃあ駄目さね。あとはブロックとレシーブの位置関係を間違えないように。レシーバーはスパイクのコースをしっかり見極めな。とりあえずは以上さね。きっちりやってきなさい」
「はい!」

 返事をする声にさえ、皆気合がこもっている。きっと誰一人として負ける気などない。あくまで勝つことに拘ろう。そんな思いが瞳や表情にも滲み出ているようだった。
 それから間もなくして、スターティングメンバーが一人ずつコートに呼び込まれる。まずは対戦相手のネクトからだ。コートに入った六人は、皆平均的に背が高かった。その中でも特出して高いのが、猛が言っていた二メートルのウイングスパイカー、百沢だろう。
 続いてモッツァリーナのスターティングメンバーがコートに呼び込まれる。まずはキャプテンでエースの猛、それに続いて大地、茂庭、小原、青根、金田一の順で入った。全員が入り終わってもすぐにそれぞれのポジションには行かず、一度コートの中央で円陣を組む。

「モッツァリーナの真骨頂、粘りのバレーを見せてやろうぜ。絶対勝つぞ!」
「おう!!」

 猛の言葉に皆が声をそろえて答え、それぞれのポジションに散会する。前衛のスタートはレフトに猛、センターに青根、ライトに茂庭。後衛のスタートはレフト側に小原、センターに金田一に代わってリベロの渡、そしてライト側に大地という配置だ。
 相手からのサーブから試合は始まる。レセプションに入るのは基本的に猛、渡、大地の三人だ。それはそれぞれがどの位置にいても変わらない。
 そしてついに試合開始のホイッスルが鳴った。相手のサーブはいわゆるスパイクサーブで、バックライトの大地めがけて飛んでくる。しかし点を獲ることよりも確実に入れていくことを取ったのか、威力は大したことがなかった。大地はしっかりとボールを正面に捉え、難なく綺麗なパスを茂庭に送ってやる。
 茂庭のトスはAセミだった。Bクイックに跳んだ青根の後ろから猛が切り込んでセンターに入り、そのトスに跳び込む。思わず見惚れてしまいそうになるほどに、猛のスパイクは綺麗に決まった。

「ナイスキー猛!」

 この複雑なコンビには相手ブロックもまったくついて行けてなかった。

「大地くん、ナイスカット! すごくトスし易かったよ」

 茂庭がサーブに向かう途中にそう褒めてくれた。

「いまのはサーブが大したことなかったからな〜。ナイッサー茂庭くん。一点獲ってくれよ」
「俺のサーブは点獲るやつじゃないって知ってるでしょうが」

 茂庭のサーブは基本的に入れていくだけだ。けれど相手に滑らかな攻撃をさせないよう、狙いはしっかり考えられている。このサーブで茂庭が狙ったのは、前衛のレフトにいた百沢だった。
 百沢のレシーブはややネットに近めになった。けれどそれを相手セッターは綺麗なオープントスに変え、百沢がスパイクに入る。
 サーブカットをしなければならなかったことで、満足に助走が取れていないはずの百沢だったが、それでも打点は十分に高かった。ブロックに入った小原の指先よりも上からストレートに打ち込み、ボールがコートの隅に刺さる。

「すげえな……」

 大地は思わず賞賛の言葉を呟いてしまう。デカい、デカいとは思っていたけど、まさかあんなコースに打ってくるなんて思いもしなかった。

「あれは仕方ないですよ。次頑張りましょう」

 渡の声かけに大地は力強く頷いて答え、レセプションに入る。
 続いての相手のジャンプフローターは、ライト側に入った猛を狙っていた。猛は落ち着いた様子でそれを綺麗にカットし、茂庭がトスを上げる。
バックセンターにいた大地は、そのまま助走に入った。なんとなく茂庭は自分に上げる気がする。そう感じた。そしてその予想どおりに茂庭のトスはアタックラインよりやや前の辺りに上がり、大地はそのトスに跳び込む。
思いっ切り左に振りぬいたスパイクは、ラインぎりぎりのところに決まった。今日初得点だ。

「大地くん、ナイスキー! ちゃんと決められたじゃん」

 トスを上げてくれた茂庭が笑顔で大地の背中を叩く。

「なんとかな。でもすごくドキドキした」

 実のところ大地はモッツァリーナに加入するまで、一度もバックアタックを打ったことがなかった。だから練習をし始めた頃はネットにかかったり、そうかと思えばエンドラインを越えたりと散々だった。監督やコーチに怒られたり、バックアタックが得意な猛にいろいろとアドバイスをもらったりしながらなんとか形にはなったけれど、本番で打つのはやはり緊張した。

「いまの感じ忘れないで。また上げるからね」
「了解」

 それからどちらのチームも連続ポイントはなく、猛がサーブに下がって対角の大地が前衛に上がる。ちょうど大地の目の前に百沢がいるというフォーメーションだった。
 猛のスパイクサーブ。なかなかスピードのあるサーブだったが、レシーバーの正面に入って綺麗にカットされてしまう。
 トスはライトにいた百沢に上がった。大地は渾身の力でブロックに跳んだが、百沢の打点はやはりそれよりも上だった。大地の上を通る形でスパイクが放たれ、渡がボールに跳び込むも、タッチアウトとなって相手の点になる。
 その後もモッツァリーナはなかなか百沢を攻略することができなかった。バックアタックも高さがあるおかげで、まるで前衛から打っているような角度でこちらのコートに突き刺さる。
 こちらもコンビを駆使して点を獲るが、終盤に入ると相手に連続ポイントを奪われ、そのまま一セット目が終わってしまった。
 二セット目。一セット目に比べるとブロックのワンタッチを取れる回数が格段に増えたが、完全な攻略には至らない。こちらは少しレシーブが乱れるとコンビが使えなくて苦しいが、相手側はそういう場面でも高さとパワーで押し切ってくる。惜しいところまでいったものの、結局流れに乗れずに二セット目も奪われてしまった。
 三セット目が始まる前のタイム。あと一セット取られるとモッツァリーナの敗北が決まってしまうが、監督の元に集まった選手の顔に諦めたような色は一切なかった。辺南は満足そうに頷いてから、次の指示を出す。

「追い込まれたね。けど次のセットは努めて冷静でいれば勝てるだろうよ」

 一瞬だけ、辺南の鋭い視線が相手チームに向けられた。

「あっちのエースはだいぶ疲れてるみたいだね。エースだけじゃない。全体的に疲れが見えてるよ。スタミナはあんたたちのほうが格段に上だ」

 確かにこちらのメンバーで疲れたような顔をした者は一人もいない。一番打数の多い猛でさえ、まだまだいけるといった顔をしている。

「次のセットからサイドに対するブロックはできるだけ三枚付きなさい。エースだけじゃなくて、他の二人に対してもだよ。ストレート側のレシーバーは少し後ろ気味に、前側のクロスに入るもんはフェイントを警戒しな。それから要、前衛の攻撃が二枚のときはもっと左右に幅のある攻撃を使いな。そうやってミドルの体力をどんどん削るんだ」
「はい!」

 三セット目に入ると辺南の予想どおり、相手のウイングスパイカーがスパイクを決めきれない場面が目に見えて増えた。三枚ブロックも効いているようで、あの百沢をシャットアウトするのにも成功する。
 サイドが駄目ならと、相手はミドルにトスを集めたが、青根も金田一もクイックに素早く反応し、上手くワンタッチを取ったり、シャットアウトしていた。コンビ攻撃や大地のバックアタックも冴え、勢いのまま二セットを連取した。







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