九章 終焉を告げる光


 強大な力など持って生まれたくはなかった。
 自分が愛したものも、そうでないものも、すべてを破壊してしまう力など、欲しくなかった。
 誰が自分たちにそのような力を与えたのだろうか? そして何のために強大な力など持たせたのだろうか?

「俺はいったいなんなんだ?」

 男は虚空に問うた。けれど答えは返ってこない。
 男の目の前には、何かの魔法陣が眩い光を放ちながら浮かんでいる。それも一つではなく、いくつかの魔法陣が複雑に絡み合うように連なっており、その道に詳しい者が見れば複雑で強力な魔法が使われているのだとわかるだろう。

「誰が俺たちなど生み出したのだろう? そして、なぜ世界を破壊させる? 俺はそんなこと望んでいないのに」

 男は怒りと悲しみをない交ぜにしたような複雑な表情で、答えのない問いかけを続けた。

「だが、それもこの世界を破壊すれば分かるかもしれない」

 彼らの破壊衝動は絶対的なものだった。人間の性欲以上に大きく、そして逆らえない。生まれながらにして持っていた強大な力は、破壊と崩壊しかもたらさなかった。

「もしかしたら世界が滅ぶと、この衝動も消えるのかもしれない。だったら――」

 結局、彼がやらなければならないのは破壊だった。すべての謎を解くため、そして自分が生きるために……。
 彼の復活に気がついて、彼を破壊しようと行動を起こしている者たちがいる。しかも彼同様、そちらの者の中に強大な力を持った者がいるらしい。それが判明したのは昨夜のこと。彼が唱えた“殺戮の風”が、明らかに古代魔法と思われる力で消滅させられた。そんなことができるのは自分たち円卓の騎士か、あるいはかつて自分たちを封印した召喚士だけだ。けれど記録によれば召喚士の生き残りはいないはずだし、いまの聖彼王家も召喚士の力は引き継いでいない。ならばいったい誰があれを使ったというのだろう?
「どんな人間であろうと、破壊してやればいい」

 男らしく端整な顔立ちには、邪悪な微笑みが貼り付いていた。

「さて、そろそろかな」

 男は表情を引き締め、目の前の魔法陣に向かって手を伸ばす。そしてその指先が触れた瞬間、魔法陣から彼を拒むように強烈な魔力が流れ出てくる。電撃のようなそれに彼は懸命に耐えながら、自らもまた流れに逆らうような形で魔力を放出した。

「さすがは召喚士の力だ。だが、その程度では俺を止めることなんてできないよ」

 更に力を込めると、魔法陣にひびが入った。それは徐々に全体へと広がっていって、最後には金属音のような甲高い音を立てて散り散りになった。


 ◆◆◆


 悲しんでばかりでは何も始まらない。生き残った者は前を向いていかなければならない。冴子にそう諭され、大地はもう泣くのをやめた。それに自分にはやらなければならないことがある。泣いている場合じゃない。
 もちろん長門を失った悲しみはそう簡単に消えたりしないが、彼を失ってしまったからこそ、今度はこの世界を必ず守ろうと強く思えた。これ以上大事な人を失いたくない。だからその根源を断つことを固く誓う。
 竜巻のせいで教会と僧房が倒壊したため、その復旧工事が終わるまで田中姉弟は他の教会に勤めなければならなかった。その配属先も先ほど決まったようだが、僧房が満室だったため、急遽ホテルに部屋をとらなければならなかった。ホテルの準備は国がしてくれたらしく、また、その宿泊費も国が負担してくれるそうだ。とりあえずは生活していけそうだと冴子も龍之介も安堵の息を零していた。

「でもこのホテル、ビジネスじゃなくて結構お高いホテルだったはずよ。そんなところにアタシたちみたいな一介の神父シスターを泊めてくれるなんて、国もずいぶん太っ腹だこと。それとも何か裏があるのかしら?」

 件のホテルに向かいながら、役所でもらった書状を冴子が訝しげに眺める。

「姉ちゃん、聖彼王の愛人にされたりしてな! 昔会ったとき気に入られたんだろ?」
「あっちはもうアタシのことなんかとっくの昔に忘れてるわよ」

 龍之介もだいぶ元気を取り戻したように見える。長門が亡くなって一番悲しみに暮れていたのは彼だった。小さい頃から世話になっていたと言っていたし、たった三日の付き合いだった大地よりも悲しんで当然である。

「あれ? でも聖彼王って確か女だったよ? 俺と同い年くらいの」

 大地が謁見のときのことを話すと、冴子は人違いだと笑った。

「それはきっと王女じゃない? 聖彼王ってきっとすごく忙しい人だろうし、代わりに出てきたんでしょ」
「う〜ん……確かに国主って言ってたような気がするんだけどな〜。聞き間違えだったかな……」
「たぶんそうじゃない? まあ王子がいないいま、彼女が王位を継ぐのは確実ね。彼女が結婚しちゃえば別だけど」
「あ、王子っていえば、王子の名前って知ってますか?」

 昨日聖彼城を出る直前、靖志が自分のことを聖彼の王子だと言い始めた覚えがある。あのときは大地も海も冗談だと思って笑い飛ばしたが、もしかしたら……と思って冴子たちに訊ねてみた。

「え〜と……なんだったけ? 龍、あんたは覚えてる?」
「確か……か、かまぼこやすのり?」
「絶対違うでしょ」
「もしかして靖志って名前じゃないよな?」
「あ、それだ!」

 冴子と龍之介が声をハモらせた。

「そう、靖志よ。聖彼・鎌先靖志。金髪の、将来男臭ーい感じになりそうな子だった。生きてればいま大地と同じくらいの歳じゃない?」

 冴子が口にした名前も髪の色も、そして顔の特徴も靖志と一致する。ではやはり本人が言っていたとおり、彼は聖彼の王子――この国を統べる聖彼王家の一員なのだ。
 大地の中で、大切な何かが粉々に砕け散っていく気がした。王子といえば太陽のように眩しくて、爽やかで、優しくて頭がよくて、白馬に乗って優雅に手なんか振ったりして……粉々に砕け散ったのはそんな大地の持っていた理想の王子像だ。
 確かに靖志の容姿は男らしくてカッコいいと思うけれど、その中身や口調は理想の王子像とは程遠い、粗野でとても育ちの良さが窺えるようなものじゃない。しかも下品なところもあるし、知性的にも見えなかった。

(でも優しいは優しかったな……)

 大地の支えになってくれると言った靖志。彼の実力がどれほどのものなのかは知らないが、一緒になって戦ってくれる人がいるのは心強かった。けれどやはり彼が王子というのはどこか解せない。

「あ、ほら見えてきた」

 冴子が指差したほうを見ると、そこには一目で高級だとわかるような、立派なホテルが聳え立っていた。噴水のあるロータリーを抜けると煌びやかな明かりで彩られた玄関があり、ドアの前には出迎えのドアマンが寸分の隙もない様子で直立している。
 ロータリーに停められた車もどれも高級そうなセダンばかりで、そこから降りてきた人間もまた質のよさそうな服を身に着けていた。

「なんか場違い感が半端ねえ……」
「確かにそうね……。でもまあこんなところにタダで泊まれるなんてラッキーでしょ。普通に生きてたら絶対に泊まれなかったわよ。ここはポジティヴに胸張って行くわよ」
「へいへい……」
「大地はどうする? どうせならお茶でもしていく?」
「俺は聖彼城に戻るよ。たぶん、話さないといけないこととかあるだろうから」
「それに彼氏が待ってるもんね?」
「だから海くんは彼氏じゃないって!」
「ま、アタシらに会いたくなったらいつでも来なさいよ。しばらくはここにいるから。……って、あんたそういえば携帯持ってなかったね。お金に余裕があったら買っときなさいよ。いちいち城を通すなんて面倒だからさ」
「わかった。暇があったら見に行ってみるよ。じゃあ、また」
「大地さん、お気をつけて!」

 聖庭市にいる限り、田中姉弟とはまたいつでも会えるだろう。大地は踵を返し、近くのバス停に向かって歩き出す。――何か奇妙なものが見えた気がしたのはそのときだった。
 目を凝らすと、高いビル群の向こうで何かが光っているが確認できる。一瞬太陽の光かと思ったが、本物の太陽はいまちょうど大地の真上の辺りで燦々と輝いていた。では何だろう……注意深く観察していると、やがてその光は徐々に大きくなり始め、周囲の景色を飲み込んでいく。その様子は破裂せんばかりに膨らんだ風船さえも彷彿とさせた。

「いったいなんなんだ……」

 言い知れぬ恐怖と不安が大地の口から零れた瞬間――世界が発光した。
 爆音や爆風、そういった類の現象は一切伴わなかった。ただ目を開けていられないほどの激しい光が聖庭市を覆い尽くし、そしてそれは一瞬の後に跡形もなく消え去っていた。

「竜巻の次はいったい何よ!?」

 大地と同じく視界の回復した冴子が、辺りを見回しながらぼやいた。

「わからないけど……あっちのほうで何かが光ってた」
「爆発……にしては静かだったわね。よし、とりあえず荷物をフロントに預けて行ってみるわよ」
「え、でも危ないんじゃ……」
「何も知らないでいることも十分危ないわよ。それに助けを必要としている人がいるかもしれないし、神父シスターとしての務めを果たすべきよ」
「姉ちゃん、絶対野次馬したいだけだろ……」

 一度突き進むと決めた冴子には、大地だろうと弟の龍之介だろうと敵わない。それに大地自身も光の正体は気になるし、異論は唱えずに冴子についていくことに決めた。







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