十章 目覚める騎士


 聖彼王国のすべての放送局が謎の光について報道するまで、さして時間はかからなかった。隕石の落下、先日の竜巻に続く大災害、様々な憶測が挙げられたがどれも根拠は得られていない。
 あれだけの激しい発光だったにも関わらず、爆発などの被害は一切見受けられなかったらしい。すべては未知の出来事であり、どんな優れた頭脳の持ち主にも解明できぬ事件――のはずだったが、一つだけ発光のあとに異変の現れたものがあった。それは――
「エメダストリアル……?」

 冴子が口にした言葉を、大地は自分の口で反芻してみる。

「そう。エメダストリアル……聖守せいしゅ戦争の最後に召喚士団が円卓の騎士を封じたっていう遺跡よ。それがあれ」

 彼女が指差した場所には、大きな池の中心に浮かぶ、十五メートルほどの塔がある。

「魔法陣が消えてる……」
「龍の言うとおり。あの塔には封印に使った魔法陣が刻まれていたはずよ。それが消えてる……」
「つまり、封印が解かれたってこと?」

 大地が恐る恐る訊ねると、冴子は首を傾げた。

「確かなことはわからないけど、その可能性はありそうね。魔法陣なんて物理的なもので消せるものじゃないから」

 円卓の騎士といえば、大地がこれから戦わなければならない相手だ。聖彼王――いや、王女の話によれば、円卓の騎士はアーサー王を残してすべて封印されたという。だから戦わなければならない相手もアーサー王一人だけだと思っていたが、もしも本当に封印が解かれてしまったのなら、それは倒さなければならない相手が――強大な力を持つ敵が複数に増えるということだ。

「――大地」

 聞き覚えのある声がしたのは、大地が推測される事態に絶望していたときだった。

「一!」
「よう。こんなところで会うなんて思わなかったぜ」

 岩泉は不器用に笑ったあと、エメダストリアルのほうに睨むような視線を送る。

「やっぱり解かれたのか……」

 重い声で呟かれた言葉に、大地は冴子の推測が正しかったことを思い知らされる。

「円卓の騎士が解放されたのか?」
「そういうことになる。まさかあれが解かれるなんて思わなかったな。あんな強力でえげつない封印魔法、この世界の誰にも破れないと思ってたのに……」
「犯人はやっぱりと……アーサー王なのか?」
「お前が犯人じゃなけりゃああいつしかいねえよ。世界の恐怖再び、だな。あいつらが復活しちまった以上、俺らも相当な覚悟を決めねえといけねえ」
「円卓の騎士って全部で何人いるんだ?」
「アーサー王を合わせて十三人だ」

 思っていたよりも少ない数字だが、アーサー王一人でも倒せるかどうかわからないと王女は言っていたから、それが十三人もいるとなると苦戦どころか戦いになるのかどうかも怪しい。

「俺たち、円卓の騎士に勝てるのか? 本当にこの世界を守ることができるのか?」
「わかんねえ。けど何もやらずにただ滅ぼされるのを待つなんてことできるかよ。相手が何人いようが戦わねえといけねえんだ」
「――そう、俺らは諦めるわけにはいかねえんだよ」

 突然会話に割って入った声は、聞き覚えのない男のものだった。いつの間に現れたのか、岩泉の三メートルほど後ろで短い金髪の男が、生まれたときからそこにいたかのような平然さで煙草を吸っている。

(靖志くん……じゃない。誰だ?)

 顔も背格好もどことなく靖志に似ているが、よく見れば目元の感じが少し違うし、歳も靖志より明らかに上だ。それに確か靖志は煙草を吸わない。

「……ここは禁煙ですよ」

 岩泉が指摘すると、男は驚いたような顔をしたあと、吸っていた煙草をポケット灰皿に押しつけて火を消した。

「こんなところまで禁煙なんて、世の中ほんと喫煙者に厳しくなったよな〜」
「こんなところ、だからでしょう。一応エメダストリアルはこの国の文化遺産だし」

 岩泉と男は顔見知りのようだった。聖彼の大使である岩泉が敬語を使っているということは、地位の高い人間なのだろうか? それよりも田中姉弟があっちのほうで宇宙人にでも出くわしたような顔をしているのはなぜだろう?
「一、そちらの方は?」
「ああ、この人は――」
「俺は滝ノ上祐輔。よろしくな、澤村大地」

 滝ノ上と名乗った男は、そばまで歩み寄って来ると大地の手を無遠慮に握る。

「どうして俺の名前を……?」
「お前の噂は一からよ〜く聞いてるぜ? 円卓の騎士と戦うんだってな」

 そのことを知っているということは、やはり彼はそれなりの地位にいる人間――王府の関係者なのだろう。まったくそれっぽく見えないが、靖志の一件も見た目はあまり当てにならない。

「まだ若いのにすげえな。そういう勇ましい男は俺も好きだぜ?」

 滝ノ上は大地の肩をポンポンと叩き、ニヤリと笑う。

「それにしても奇遇だな。実は俺も円卓の騎士と戦うつもりなんだよ。あ、俺なんかじゃ無理だっていま思っただろ? 舐めてもらっちゃー困るな。これでも昔、聖彼の属庭軍で隊長やってたこともあるんだぜ?」
「属庭軍?」
「国を守る軍のことだ。まあ、ハルモニアはいまどこの国も仲よくやってっから戦争が起こることはねえけど、魔物の討伐やら治安維持は属庭軍の仕事だな。結構大変なんだぜ?」

 国家の軍の元隊長なら、大きな戦力になるかもしれない。円卓の騎士たちの封印が解かれて絶望していたが、彼のような者がもっと集まれば、なんとか希望を見出せそうだ。もちろん、その実力次第だが。

「それにしても、大地はよく戦うことを決められたな。相手はお前の父親なんだろ?」

 痛いところを突かれたが、大地はそれが表情に出るのをなんとか堪えた。

「はい……。正直不安はまだあるけど、でも戦わないとまた大事な人を失くしてしまうかもしれない。それはもう嫌なんです。それにアーサー王が俺の父親なら、悪いことしようとしているのを止めるのが息子の役割っていうか、義務だと思います」

 父と戦うことがどういうことなのか、そして円卓の騎士と戦うことがどういうことなのか、確かなことは大地には何もわからない。けれど父のしようとしていることが間違っていて、この世界が破壊されるようなことがあってはならないということだけは、王女から話を聞いたときからずっと変わらない思いとして大地の中に存在していた。

「いい目だな。やっぱりお前をハルモニアに呼び寄せて正解だったぜ」

 滝ノ上の両手が大地の両頬を包む。

「いろいろ辛いだろうし、迷うこともあるだろうけど、頑張ってくれよな。もちろん俺も頑張るから。忘れんな、戦うのはお前一人じゃねえ。仲間がいて、そいつらがお前の支えになってくれる。自分の力じゃ駄目だって思ったら、そいつらを頼るんだ。俺を頼ってくれてもいいし」

 大地の瞳を覗き込んでくる目は、言葉以上に優しくて温かい。この人なら本当に頼りになりそうだと、その目を見つめ返しながら大地はひっそりと思う。

「そうだ、言い忘れてた。息子が世話になったな」
「息子?」
「顔見て気づかなかったか? 靖志だよ、靖志。結構似てると思うだけどな〜」
「確かに似てるなって思ってたけど、親子だとは思いませんでした。苗字も違うし……」
「ああ、滝ノ上ってのは苗字じゃなくてミドルネームだよ。ちなみに俺の苗字は“聖彼”だ」
「そうなんですね……えっ!?」

 そのときになって大地はようやく自分が誰と話しているのか気づいた。聖彼王国の王子である靖志の父親で、苗字が聖彼。それが指す者はこの世界に一人しかいない。

「もしかして聖彼王!?」
「そのとおり。聖彼王国国主、聖彼・滝ノ上祐輔。よろしく頼むぜ、俺らの希望の星」







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