終章 決意の剣


 大国の王とはもっと威厳に満ちているものと思っていたが、目の前の彼にはその欠片も見受けられない。正直、先日謁見した王女のほうがよほど王らしかった気さえする。
 けれど滝ノ上が聖彼王であることは決して嘘ではないのだろう。そんな嘘をつく理由などないし、さっきから田中姉弟が度肝を抜かれたような顔をしているのも、彼が聖彼王本人なら納得の反応だ。

「昨日は竜巻を消してくれてありがとな。あれはアーサー王が唱えた古代魔法だったんだ。お前のおかげであれ以上の被害を食い止めることができた」
「俺が消した……?」

 そういえば、長門の死にショックを受けてヒステリックに叫んだとき、自分の周囲に奇妙な文字や数字の羅列が出現し、そこから白い帯のような光が伸びていた覚えがある。あれは大地自身が引き起こした力だったのかと、今更ながら気づかされる。

「お前には期待してるんだぜ? なんせ俺らの希望の星だからな。けどさっきも言ったとおり、戦うのはお前だけじゃない。俺もいるし、靖志もいるし、そこの一だって一緒に戦うんだ。あとは俺の娘だな」
「王女さまも戦ってくれるんですか? でもそれは危ないんじゃ……」

 大丈夫、と聖彼王は得意げに笑った。

「仁花を舐めないほうがいいぜ? あいつもそれなりに訓練を積んできたし、並みの人間じゃ勝てねえよ。まあ、それでもこっちの戦闘力不足は否めねえけどな。なんせ人数が少ない。属庭軍を動かしたってそう簡単には……」
「――アタシも戦う」

 強い意志を滲ませたハスキーボイスは、聖彼王のものではなかった。もちろん傍らの召喚士のものでもない。振り返ると、大地の後ろで大人しくしていた冴子が、その勝ち気な瞳に真剣な色を灯してこちらを見つめている。

「あれ? どっかで見た顔だな」
「ご無沙汰しております、聖彼王。アタシは聖トリフォニル教会に勤めていた田中冴子と申します」
「あ、もしかして教会ができたときにいた美少女か!? すっかり大人の美女になったな!」
「……お褒めいただき光栄です。それより、さっきの円卓の騎士の話、しっかり聞かせてもらいました。どうかアタシも戦いのメンバーに加えてください」

 冴子の声に揺らぎはない。ただそこにあるのは戦う者の強い意志と、屈折せぬ正義感だ。

「オレも戦うっす!」

 冴子を凌ぐほどの勢いで申し出たのは龍之介だった。

「世界の危機が迫ってるのに、それを黙って見てるなんてできないっすよ」
「駄目だよ、二人とも」

 戦いに参加する人数は多ければ多いほどいい。けれど大地は二人の申し出を拒否しようとした。

「二人を危ない目に遭わせるわけにはいかない」
「それはアタシたちだって同じよ。大地を危ない目に遭わせるわけにはいかない。でもあんたは腕を引っ張ってやめさせようとしたって戦うつもりなんでしょ? 顔がそう言ってる」
「でも……」
「司教さまが言っていたでしょ? アタシたちは家族なの。そりゃ、あんたとアタシに血の繋がりはないかもしれないけど、でも家族みたいに大事に思ってるのはホント。弟が戦いに出ようとしているのに、それをただ見送ることなんてできない。それに見くびらないでちょうだい。アタシも龍も、両親が生きてた頃は防衛学校に通ってたのよ。戦闘にはそれなりに自信がある」

 そこまで言われても、大地は冴子たちに戦いに参加してほしくなかった。けれど冴子も龍之介も、絶対に折れないという意志が瞳に表れている。駄目だと言ってもこそっとついてくる勢いだ。だから最後には仕方なく頷いた。

「これで七人……ちょいと足らねえけど、これでどうにかするしかねえな」

 本当にどうにかする気があるのか訊きたくなるようなのんびりとした様子で、聖彼王は胸ポケットから煙草を取り出した。そしてこのエリアが禁煙だったことを思い出したのか、すぐにバツの悪い顔でそれを仕舞う。

「お、そうだった。大地に会ったら渡してえもんがあったんだよ」

 そう言うと聖彼王は魔法のような鮮やかさで、手に一本の剣を出現させる。刃先から柄の尾までは、長身な聖彼王の足下から胸の辺りまでの長さ。一見して古びてもう使えないように思えるが、刃と柄の間に埋め込まれた翡翠の玉だけは、命が宿っているかのように綺麗に輝いている。

「“ソロモンソード”。昔、猫又とかいう武器職人が作ったものだ。本当は円卓の騎士のために作られたものらしいけど、結局実用されずに放置されてたんだと。これはお前が使えよ。いい男には剣を持たせろって言うしな」

 大地は差し出された鞘のない剣を受け取る。手中に移ったそれは思いのほか軽かった。どれだけ振り回しても肩に負担がかかりそうにない。
氷のようにひんやりとした刃はあまり切れ味がよさそうではなかった。野菜を切るための包丁の代わりにすらならないのではなかろうか。

「これ、ちゃんと使えるんですか?」
「それは使ってみねえとわかんねえ」

 送り主がこうも無責任では受取った側も不安になる。戦闘中に折れでもしたら、と考えると使いたくなくなるのは普通の感覚だろう。それでもせっかくの贈り物を返却するわけにはいかず、大地は渋々傍らに収める。裸のままのそれを見兼ねた岩泉が大きな風呂敷のようなものを貸してくれたので、刀身はそれに包むことで目立たずに済んだ。

「さて、人数もある程度そろったことだし、作戦会議でもするかな」

 聖彼王の口調は終始のんびりしている。けれどその瞳には何かを成し遂げようとする強い意志が表れており、大地は彼が本気で円卓の騎士を倒すつもりでいるのだと理解した。

「この世界を終わらせないためにも、俺たちは負けるわけにはいかねえ。――さあ行こうぜ。この世界の――ハルモニアの敵のところに」

 その瞬間、壊れたはずの古時計がゆっくりと時を刻み始めた。



天空の微笑 大地の怒り 終




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