四章 弾かれた召喚士


 高エネルギー砲によって発生した熱が収まりつつあるモニターの中に見出したのは、破壊された聖庭市の街ではなかった。
 壁だ、と男――円卓の騎士、白布賢二郎は心中で呟く。街の周囲の景色が微妙に歪んでいる。肉眼では俄かに確認しがたい壁に攻撃を遮断されたのだ。

「イージスシステムか!? いや、けどあれは……」

 イージスシステムは建造物に備えつけられるものであって、街全体を守るような、都合のいい使い方はできないと聞いている。それとも何か自分たちが知らない発明品でも出てきたというのだろうか?

「いったいなんなんだ!?」

 高エネルギー砲から放たれた光は、その見えない壁に吸収されるようにして消えていく。もうすぐ完全に消えてなくなりそうだ。

「――どうだい、下の状況は?」

 突然にして背後からかけられた声に、白布は飛び上がらんばかりに驚いた。死人のような顔になって振り返ると、出入り口のところに短髪の男が立っていた。

「アーサー王……」

 穏やかな微笑みを浮かべる男――アーサー王=澤村大輔は、硬直している白布のそばまで歩み寄ると、モニターを覗き込む。瞬間、彼にしては珍しく険しい表情をした。

「“未知への壁”……拙い! こちらに転移される!」

 アーサー王が叫んだのと爆発音が轟いたのは、ほぼ同時だった。
 音源は近かったが、キャメロット城はシールドに守られているために転移された高エネルギー砲の衝撃による被害を受けることはない。それでもアーサー王が鋭い声で警告を放ったのは、高エネルギー砲最大の脅威とも言える高熱を恐れてのことだろう。
 シールドは高温に弱い。炎魔法などではそう簡単に消滅したりしないが、高エネルギー砲の百万度近い熱では、キャメロット城はたちまち炭の塊と化してしまう。
 ブリッジで城を操縦している“空の帝”に白布が通信を入れると、キャメロット城が大きく傾いた。
 空気の熱伝導率は低いとはいえ、勢いのすごい爆風に乗ってくるとなれば別である。
 急降下のために、白布たちを凄まじい重力が襲った。妙な浮遊感と口から心臓が飛び出しそうな、嫌な感覚に陥る。呼吸さえもできない時間は思った以上に長かった。

『――安全圏に入りました』

 凄まじい重力からようやく開放されたとき、身近の通信機から“空の帝”の静かな声がした。

『お二人とも、ご無事でしょうか?』

 なんとか、とアーサー王が答える。

「しかし、酔ったな……」

 脅威の欠片も見受けられない顔をしたアーサー王は、近くの椅子に腰掛けた。――すこぶる顔色が悪い。

「アーサー王、いまのはいったいなんだったんですか? “未知への壁”ってなんです?」
「あれは古代魔法だ。この間も“殺戮の風”を使って聖庭市を破壊しようとしたけど、同じように古代魔法で消滅させられた」
「つまり、あなたと同じような力を持った者があちら側にいると?」
「力の大きさまではわからない。けど、その可能性は十分にある」

 アーサー王の強さは、かつての聖守戦争で嫌というほど思い知らされた。それに匹敵する力を持った者が敵の中にいるというのは、正直生きた心地がしない。

『――大変です』

 落ち着いた口調で“空の帝”が告げたのは、白布が顔も名前も知らない敵に恐怖を感じていたときのことだった。

『侵入者を確認しました』


 ◆◆◆


「――なかなか綺麗な庭じゃん」

 キャメロット城の庭園にはなぜかひまわりばかりが咲き誇っている。天高くに輝く太陽に、種のある部分を向けているひまわりの様子は、希望の灯に幸福を願う人々にさえ見えた。
 そんな美しい場所に美男子と呼ぶにふわさしい青年がぽつんと立っていた。適度に中性的な顔立ちに、その顔に見合った薄茶色の髪。背は高く、すらっとした体型はモデルだといっても誰も疑わないだろう。

「――誰だ?」

 背後から声をかけられても青年は振り返らなかった。

「美しい庭園ですね。一面黄色でとても綺麗だ」

 ようやく振り返ったとき、背後に佇んでいた短髪の男が少しだけ眉をひそめた。

「……褒めてもらえて嬉しいよ。この庭園は俺がつくったものだからね。それよりも、君は誰だ?」
「俺は及川徹。美しいものを好み、醜いものを嫌う召喚士ですよ」



 召喚士――その単語を聞いた瞬間、アーサー王=澤村大輔の心の奥底で大きな破壊衝動が湧いた。
 遥か昔に世界中の人間が尊い、愛し、希望の光だと絶賛していた召喚士。だが、彼らとは反対に、アーサー王は召喚士を強く憎んでいた。それは聖守戦争の末に自分以外の円卓の騎士を封じたのが他ならぬ召喚士だからだ。そしてアーサー王自身はイクシオンと呼ばれる別次元の世界に逃げざるを得なかった。
 アーサー王があちらの世界からこちらに戻ってきたときに恐れたのは召喚士の存在だった。自分が強大な力を持っているとはいえ、多くの召喚士に一斉に攻撃されればなす術もない。そんな不安を抱いたまま街を巡り、そして召喚士が全滅したという噂を耳にした。これで安心して自分の目的を達成できると思っていたが、いま目の前にその全滅したはずの召喚士が佇んでいるではないか。

「……俺たちを封印しにでも来たのか?」

 たった一人でいる召喚士などただの雑魚にすぎない。いつでも攻撃できるよう腰に差した“湖の剣”に手を伸ばす。

「いやいや、俺はあなた方の破壊活動に参加しようと思ってね」

 まるで世間話をするかのような軽い調子で及川は言った。

「ぜひとも俺を仲間に入れてほしいんだ」

 ねっとりと微笑む及川をアーサー王はねめつけた。
 これまで敵対していた存在が突然味方につこうとする――不審に思わぬ人間がどこにいようか。いや、けれどもしかしたらこいつは逆に利用できるかもしれない。こいつには何か使い道があるかもしれない。一瞬の間に頭をフル回転させ、アーサー王はこの召喚士を使った、自分たちにとっての都合のいいストーリーを考える。

「……俺たちに加入しようと思った理由はなんだ?」
「俺は残念ながらこの世界に受け入れられませんでした。大事な友人もいなければ、家族も恋人もいない。そんな世界、俺には必要ない。だから破壊してやりたいんです。この世界を滅ぼせば、きっとすっきりするだろうな〜」

 なるほど、とアーサー王は頷く。
 
「召喚士がそんなことを言うなんて驚きだな。昔じゃ考えられなかった。――まあ、いい。城内へお連れしよう」

 心中の黒い微笑みを表に出さず、アーサー王は最後まで憎き召喚士に対して紳士的に応じた。


 ◆◆◆


「どうやら円卓の騎士の中に優秀な技術者がいるみてえだな」

 遥か遠くに逃げていくキャメロット城を眺めながら、聖彼王こと滝ノ上祐輔は呟いた。
 航空局から“城のようなものが空に浮いている”と聞き、彼は遥か昔に存在したキャメロット城のことをすぐに思い出したという。おそらくは街に溢れる人々を狙って攻撃してくるだろうと予測され、それを防ぐために大地は街に連れて来られたのだ。
 予測どおりの攻撃――それを大地が古代魔法で防ぎ、更にはキャメロット城の近くに転移した。撃破までは至らなかったが撃退することには成功。何も被害が出ずに済んだのは、聖彼王の鋭い推理力のおかげと言えよう。

「シールド……なんてやっかいな装置だ」

“シールド”――イージスシステムと同じような、魔石を利用した防御装置だ。属性魔法を吸収し、衝撃波などを無効にするらしい。兵器は火属性か雷属性のどちらかに分類されるため、シールドの張られたキャメロット城にそれらは通用しない。そこで先ほど、無属性魔法に分類される古代魔法で城を破壊しようとしたのだが、それでは街にまで被害が及ぶ可能性があるため、急遽防御系の古代魔法に変更したのだった。
“未知への壁”で高エネルギー砲をキャメロット城に転移――上手くいけば高熱で城を消す炭にできたのだが、惜しくも逃がしてしまった。

「こりゃのんびりしてらんねえな」

 聖彼王が言わずとも大地にだってそれくらいわかる。
 この街は間もなく、なんとか開発の間に合った大規模なイージスシステムに守られることになっている。大空城からの攻撃は完全にシャットアウトされるだろう。そうなれば円卓の騎士たちも地上戦に身を乗り出すだろうというのが、聖彼王の予測である。そうなる前にキャメロット城ごと奴らを破壊する。それが大地たちのしなければならないことだ。

「飛空艇の準備はできたみてえだ。さっそく乗り込むぞ」
「それであの城を壊すんですね」
「それで済むなら簡単だが、そうはいかねえよ。城にはシールドが張られている。並みの攻撃じゃあ突破できねえ。こっからずっと南下したところに広い砂漠がある。そこでならお前に古代魔法を乱発してもらうっていう手もあるけど、奴らを誘導するのは難しいだろうな。それに奴らも城を攻撃させまいと、わざとどこかの街の上空に待機する」

 海の上なら、と大地は提案したが、黒海にしても他の海にしても大切な財産だ、と却下された。

「――キャメロット城に突入する。一番手っ取り早くて一般人にとって安全な方法はそれだ」

 聖彼王は愛用の煙草に火を灯すと、優雅に吸い始める。

「無駄な犠牲は出したくねえ。だから突入するのは当初の予定どおり、お前と俺を合わせた十人だ」

 強大な円卓の騎士に立ち向かえるほどの実力の持ち主――それを聖彼王は十人選抜していた。まずここにいる自分と聖彼王の二人、聖彼王の子どもである靖志と王女の仁花、聖トリフォニル教会の田中姉弟、召喚士の岩泉、そして属庭軍隊長と副隊長、参謀といった顔ぶれである。

「俺たち、本当に勝てるんでしょうか?」
「さあ、どうだろうな。それはやってみねえとわかんねえけど、まず間違いなく最強の十人をそろえたつもりだぜ」

 確かに聖彼王がそろえた十人は相当な実力者だ。田中兄弟も当初は戦いに参加させていいのか悩んだけれど、訓練のときに目の当たりにした彼らの実力は明らかに大地よりも上だった。
 聖彼王と話しながら、大地はなんとなく空を見上げる。

「ん?」

 そのとき、巨大な積乱雲が浮かぶ空に小さな影を見出した。

「……鳥?」

 鳥にしては少し大きいような気がする。あるいはただ距離が近いから大きく感じただけかもしれない。しばらくその影から視線は外さず、じっと様子を窺った。
 
「なんだ……?」

 大地が虚空に訊ねた刹那――突然視界が眩い光に包まれた。

「!?」

 青白い、寒気を引き起こすような光だった。まるで太陽そのものが落ちてきたようなそれに大地も隣にいた聖彼王も手で顔を覆う。
 大地はその光に見覚えがあった。しかもそれほど昔の話ではない。大粒の雨、暗い海、あのときの景色が次々に思い起こされる。――そう、確かあれは黒竜の背に乗ってこの国に向かっている途中だったはず。

(まさか及川!?)

 唐突に思い起こされた名前に大地は嫌悪さえ感じた。
 桜府で、及川の銀竜に襲われた村を見た。民家や木々、そして人間が無残にも焼き尽くされた、悲惨な光景をいまもはっきりと覚えている。もしもいま見ている光がそれと同じものなら――

「汝罪なる者ならば」

 大地は咄嗟に古代魔法を詠唱する。

「我の神なる力で打ち滅ぼされん。すべては我に、我はすべてに――」

 だが、大地の魔法が完成するよりも早く、激しい光が地上へ降り注いだ。同時にすべての音が消え、見るものすべてが青白く染まる。
 大地はあのときと同じように目を閉じた。――その目が再び開かれることは果たしてあるのだろうかと半ば絶望しながら。







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