六章 突入


 黒海の上空に浮かぶ綺麗な円形をした土台は、縁を塀が囲い、その中心に聖彼城にも負けず劣らずの複雑な造形をした城が聳え立っている。その城の周囲を旋廻している無数の光は鳥だろうか? ――いや、違う。あれは飛空艇だ。数機の飛空艇がキャメロット城を絶え間なく砲撃していた。



「邪魔なハエどもだ」

 モニターに映し出された敵の飛空艇を見て、円卓の騎士、白布賢二郎は心の底から不快そうな顔をする。
 突然の襲来だったが、焦る必要は皆無だった。キャメロット城はシールドに守られているから、火属性あるいは雷属性に分類される兵器による砲撃は吸収される。先ほどから無意味な砲撃を繰り返している敵の飛空艇がハエに見えるのも無理はない。

「そろそろ駆除に取り掛かるか」

 白布は簡単な事務仕事でも始めるかのような冷静さで、キャメロット城に備えられている兵器の起動スイッチを押した。そして、コントロールパネルをピアニストのような鮮やかな手つきで弄り始める。

「地獄へ落ちろ!」

 大空城から高エネルギー砲――すなわち高熱を持った眩い光が吐き出された。そしてその光は周囲を旋廻している飛空艇を確実に打ち落とす――はずだった。

「何!?」

 驚愕の表情を浮かべた白布の目に映っていたのは、相変わらず砲撃を続けている飛空艇だった。確かに高エネルギー砲は奴らを捉えたはず……それなのに向こうの飛空艇は火を上げるどころか気体に傷一つ付いていない。

「まさか飛空艇にもイージスシステムが!?」

 白布は聖彼王国きっての発明品の名を吐き捨てた。
 自分たちがまだ当たり前のようにこの世界に君臨していた頃にはあのような優れた防御システムなど存在しなかった。聞く話によると、あれは現聖彼王が開発したもので、どんな攻撃も無効にする最強のバリアらしい。
 しかしあれが搭載されているのは建造物だけだったはずだ。飛空艇やその他の乗り物は無防備な状態だと、情報を収集したアーサー王も言っていた。

「こしゃくなッ」

 モニターを睨みながら白布は憎悪のこもった声を零す。――警報がけたたましく鳴り響いたのはそのときだった。

「なんだ!?」
『侵入者が確認されました』

 操縦席に通信を入れると、この城の舵を握っている“空の帝”の落ち着いた声が返ってきた。

『飛空艇が一機、庭園に着陸しています』

 しまった、と白布は舌打ちする。先ほどからキャメロット城を攻撃している飛空艇は、本陣が安易に侵入するための囮だったのだ。だからこの城がシールドに守られていることを知っても攻撃し続けていた。それに気づかなかった自分が悔しい。

「他の騎士たちを庭園に集めましょう……ん?」

 白布の提言に対する“空の帝”の応答はなかった。

「どうしましたか、“空のみか――」
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 代わりに聞こえてきたのは彼女のものと思われる、断末魔の悲鳴と湿った肉が床に落ちたような音。

「何が起こったんですか!?」
『――別になんでもないのよー』

 スピーカーの向こうから聞こえてきたのは、男なら誰もがぞっとするような女のハスキーボイスだった。しかしそれは先ほどまで白布と通信を取り合っていた“空の帝”のものではない。

『円卓の騎士っていっても大したことないのね〜。それともこいつがたまたま弱かっただけ?』

先ほどの悲鳴から“空の帝”が一切声を上げなくなったことから、彼女が無事でないことは明白だ。しかしそんなことよりもスピーカーの向こうにいる女の侵入の早さに驚きを隠せない。あまりにも早すぎではないか。飛空艇が侵入してきたのはついさっきのことのはずなのに……。

『あら、ごめんなさい。あなたを置き去りにしていたわ』

 侵入者の声は余裕と自信に満ち溢れている。

『アタシは田中冴子。あんたの名前は言わなくてもいいよ。どうせ死ぬんだから』

 あまりにも舐めきった女の台詞に、白布は怒りさえも覚えた。たかが人間ごときが自分たち円卓の騎士を愚弄するなど、身の程知らずの大馬鹿だ。お前たちは円卓の騎士に恐怖するべきだ。そう思うと同時に、わずかだが胸の内に恐怖が湧き上がっている。不意打ちといえど、“空の帝”を一瞬で葬り去るなど只者ではない。

『えっと、そっちは兵器制御室ね。すぐに行くから待ってなさい』
「……くそっ」

 白布は通信を切ると椅子から立ち上がる。操縦室に向かおうと出入り口のドアに手をかけた――

<――どこへ行くの?>

 ぞっとするような女のハスキーボイスは意外なほど近くから聞こえた。だが、声の主はどこにもいない。

<アタシはここよ>

 白布の背筋を悪寒が走る。
“それ”は通気口から姿を現した。ジュル、ジュル、と気分が悪くなるような異音を立てて床に下りてくる。
 白布には“それ”が何なのか理解できなかった。ゲル状の“それ”は生き物のように床を這い、白布の近くまで思ったよりも素早い動きで這い寄ってきた。
 そしてそれは、瞬く間に人の形を形成し始める。形が整うと半透明のそれに色が滲み始め、ショートボブの金髪を戴いた美女の姿が現れた。玉のような白い肌に白いシスター服が見事にマッチしており、好戦的な瞳が妙に色っぽい。男ならば一目惚れも確実だろう――敵対さえしていなければ。

「初めまして、円卓の騎士。――そしてさようなら」

 初対面の挨拶は一瞬にして終わった。
 白布が剣を取り出したときには、尼僧の姿は完全に掻き消えている。咄嗟に側転していなければ、白布の身体は真っ二つに斬り裂かれていただろう。尼僧の剣は耳の痛くなるような風鳴りを響かせながら虚空を切った。
 
「ちっ!」

 忌々しげな舌打ちとともに尼僧は次の攻撃に出る。白布は剣を裏手に持つと、攻撃態勢の尼僧のほうに跳躍。
 鉄のぶつかり合う甲高い音とともに火花が散った。

「強い!」

 尼僧の力は白布よりも明らかに上をいっていた。同士討ちしたときにわずかだが自分の身が後方に弾かれたのだ。

(どうして……ただの人間なのにっ!)

 白布は確かに本気で剣を振った。普通の人間ならば大きく弾き飛ばされていたはずの一閃だ。にも関わらず、美しい尼僧――田中冴子とか言ったか――はいまもなお目の前で剣技を繰り出している。
 思えばこの尼僧は登場したときからおかしかった。最初は人ではない別の何か――ゲル状の物体ではなかったか。ひょっとしてこれも聖彼王国の発明品の一つなのだろうか?

(こいつはいったい……)


 ◆◆◆


 大きめのコッペパンに温かいコーンスープ、海藻サラダ、牛乳。それが、円卓の騎士に捕らわれたはずの仁花に与えられた夕食だった。こんなものしかないが、と看守は悪びれた様子でそれを差し出してきたが、捕虜の仁花からすれば豪華すぎるほどだ。
 冷房もないはずなのに独房は涼しくて快適だった。四方のうち三方が壁、あとの一方には格子が降りている。その向こうでは看守の円卓の騎士が二人ほどいるが、先ほどから一人は読書に明け暮れ、もう一人は惰眠を貪っている様子だ。
 独房は狭いが自分が捕虜であることを忘れそうなくらい自由に過ごせた。鎖を繋がれるわけでもなく、手錠をかけられるわけでもなく、ただこの四角い部屋に入れられただけ。しかも部屋には綺麗なベッドやたくさんの本が並べられた本棚があり、とても捕虜を監禁する牢屋には思えない。
 更に付け加えると、看守が恐ろしいほどに親切だった。仁花をここに連れてきた眼鏡の優男も丁重な扱いをしてくれたが、看守の優しさには及ばない。ここに入ったばかりの頃、大柄なほうの看守は「困ったことがあったら言えよ」などと仁花を労わるような言葉をかけてくれたし、もう一人の収まりの悪い黒髪のほうに至っては、言葉遣いこそ穏やかではなかったが、ここに連れてきたことを謝罪していたほどである。
 仁花にはさっぱり理解できなかった。破壊の道を進む円卓の騎士ともあろう者がなぜそこまで優しさをもって自分に接するのか。

「あの……」

 牢の中から声をかけると、二人の看守がこちらを向いた。

「なんだ? 飯が口に合わなかったのか?」

 そう訊いてきたのは収まりの悪い黒髪のほうだった。

「いえ、そういうことじゃなくて……。あの、そんなにお仕事を疎かにしていいのですか?」
「だってお前、逃げねえだろ?」
「まあ、そうですけど……」

 本当なら仁花はここで内部崩壊作戦の一章である“誰かの陰謀”を実行しなければならなかった。しかし目の前の看守はどちらもとても行動的なようには見えない。これでは陰謀を囁いても軽くスルーされるだけだろう。

「それと、先ほどサイレンが鳴ってましたけど、何かあったんですか?」

 さあな、と黒髪の男の返事は適切とは違う意味の適当だった。

「たぶんお前のお仲間が侵入してきたんだよ。ま、どうでもいいけどな」
「どうでもいいって……」
「正直、俺はアーサー王に死んでほしいから」

 まるで自分の飼っていた虫の生死がどうでもいいとでも言うかのような男の発言に、仁花は心底驚いた。

「死んでほしいって……アーサー王はあなたたちの主じゃないんですか?」
「まあ、そうだけどさ……。ここだけの話だけど」

 黒髪の看守は邪気のこもった微笑みを浮かべると、格子に寄ってくる。

「俺ら二人には破壊衝動ってもんがないんだ」







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