七章 偽りの騎士


「――俺ら二人には破壊衝動ってもんがねえんだ」

 収まりの悪い黒髪の看守――円卓の騎士、黒尾鉄朗の口調は、友達に誰かの好きな人を教えるような密やかなものだった。しかしその口から飛び出した言葉は世界が破壊されるよりも衝撃的である。

「ど、どういうことですか!? 円卓の騎士は生まれながらにして破壊衝動を持ってるって……」

 半ばパニックに陥りながら仁花は問うた。

「昔はあったさ。他の奴らはいまでも持ってると思う。けど、いまの俺と獅音は綺麗さっぱりなくしてる。円卓の騎士としての力はあるけどな」

 つまり、この二人は強大な力はあってもそれを破壊に使おうとは思っていないわけだ。それどころか、自分たちの主であるはずのアーサー王の死さえ望んでいる。

「でも破壊したがってるふりでもしないとこっちが殺される。いまは事を起こせねえ」

 事を起こす、とは反旗を翻すということだ。すなわち彼らは近い将来アーサー王及び他の騎士たちを討ち滅ぼそうとしていたのである。此度の敵――仁花にとっては味方――の侵入は、彼らにとっては喜ばしいことのようだった。

「お前んとこは実際どうなんだ? 強いのか?」
「ええ、まあ……。こちら側にアーサー王に近い力を持った人がいます」
「噂は聞いてる」

 アーサー王に近い力を持った者――澤村大地が実際どれほどの実力者なのかは仁花もはっきりとは知らないが、アーサー王の起こした巨大な竜巻を消滅させることができる程度には強い、ということは知っている。

「アーサー王はただもんじゃない。他の騎士とは比べもんにならないほどの力を持ってやがる」

 黒尾は脱獄した凶暴な殺人犯のことを話題にしているかのような、警戒した声色で語る。

「それとあいつの周りには常にシールドが張られてる。攻撃態勢のときでさえも」

 防御装置“シールド”は、一旦起動すれば一定時間継続されるらしい。ただし発動するのは防御態勢のときだけで、攻撃に出たときは無効化してしまう。つまり、攻撃態勢のときでもシールドが有効にできるアーサー王は無敵と言っても過言ではない。

「それからあの古代魔法。あれがあるからあいつは恐ろしい」

 通常の魔法と古代魔法の力差は圧倒的だった。通常魔法は上級に至っても大した破壊力を持たない。最も規模の大きいものでもせいぜい小さな村一つを破壊する程度のものだ。それに対して古代魔法は、先日の巨大竜巻を見てわかるように、世界を滅ぼしかねないほど強大だ。黒尾が恐れをなすのも無理はない。

「けど俺はその古代魔法に不審な点を見つけた」
「不審な点、とは?」
「古代魔法で世界を破壊し尽すなんて簡単なことだろ? 疲れもなきゃ使える数が限られているわけでもない。ただ長い詠唱の台詞を言えば済む。なのにあいつはそれを使わないんだ」
「先日、巨大な竜巻を起こしたようですけど?」
「それ以来使っていない」
「でもそれはこちら側にイージスシステムがあるから諦めたんじゃ?」

 違う、と黒尾は首を横に振る。

「そのなんたらシステムってのがない時代でさえも使おうとしなかったんだ。一発どでかいのをぶっ放せば終わるものを。――きっと、使うと不利益を生むようなことがあるんだ」

 それは何かの核心に迫るような発言だった。それを知っておけば、アーサー王を追い詰められるような気さえする。

「この城の奥になんかの装置があった。それがどういうものかはわかんねえけど、もしかしたら古代魔法やシールドと関係あんのかもしんねえ」
「それを調べることはできますか?」
「ああ。けど、調べる前に教えてくれよ、王女さま。もし俺たちがそちら側についたら、この戦いが終わったあとに国籍を用意してくれないか?」
「国籍、ですか?」
「アーサー王を倒すことに成功したら、俺たちは地上で普通に生きていきたいんでね。けど何をするにしても国籍はないと困りそうだし、普通に申請に行ったって元円卓の騎士なんて門前払いだろ? けどあんたを通せばきっとそれもできるはずだ」
「確かにできますし、本当にこちら側についてくれるなら私がなんとかします」

 用意していた内部崩壊のストーリーとはずいぶんと違うものになりそうだが、黒尾たちがこちら側についてくれるのならかなり大きな戦力になる。仁花にその提言を断る理由などなかった。

「いい返事だな。――ほんじゃ、いまから調べるとするかな。お前の味方たちが侵入したおかげで城内はいろいろ手薄になってるだろうし、機会があるならいましかない」

 そう言うと黒尾は立ち上がり、出入り口のほうへ歩き出す。

「ああ、そうだ。王女さまと獅音にちょっとやってほしいことがあるんだけど」


 ◆◆◆


「こんなところまでどうかしたのか、黒尾?」

 薄暗い空間に佇む男は感情の抜け落ちたような無機質な声で、入ってきた黒髪の男に訊ねる。

「お前こそこんなところで何やってんだよ、広尾?」

 黒尾はこの男――広尾があまり好きでなかった。死んだ魚のような、光の映らない暗い瞳が不気味だし、何を考えているのかわからない、掴みどころのない男だった。何より名前が少し被っていることが非常に不快だ。

「俺はこの装置の様子を見に来ただけだよ」

 広尾は暗黒に息を潜める機械を指差す。

「これ、なんなんだ?」
「俺もよく知らないんだけど、シールドを生成するものらしい。主上が造ったものらしいよ」
「へぇ」

 黒尾はすぐに興味を失ったように視線を出入り口に転じる。

「敵が侵入してきたのに、あんたがこんなところをうろうろしているなんて珍しいな。昔は真っ先に突っ込んでいってたのに」
「今回、俺は看守らしいからな。ま、結局じっとしてるのに耐えられなくてこうして出てきたけど、全部他の奴らに取られてた」
「へえ。そういえば王女さまはどんな様子なの?」
「石みたいに黙ってやがる。あいつの出番はまだなのか?」
「もう少し先だって主上が言ってたよ。あとくれぐれも丁重に扱えって」

 わかってる、と黒尾は身を翻した。広尾を背後に、にやりと笑う。


 ◆◆◆


「おい! 王女が脱獄したって黒尾が言ってたぞ!」

 けたたましく看守室兼独房のドアを開け放ったのは、重々しい鎧を身にまとった男だった。ここまで駆けてきたのだろう、肩で息をしながらずかずかと中へ入ってくる。そんな彼の慌しい様子とは対照的に、看守の大平は暢気に茶をすすっていた。

「何、茶なんか飲んでんだよ! お前の暢気なとこ好きだけど、行き過ぎはよくな――え?」

 憤怒を露にする男の首が、短い疑問符を最後に血煙を上げて吹き飛んだ。崩れ落ちる男の胴体の背後にいたのは肩ほどまで伸ばした金髪の少女――仁花である。
 衝撃波ブレード――扇子の先端からマイクロフレアを発する最強の暗器を閉じ、仁花は溜息をついた。

「ごめんなさい、円卓の騎士さん。ごめんなさい、大平さん。あなたの仲間を……」
「……仕方ないよ。こいつらが破壊衝動を持っている以上、持っていない俺らと和解なんてことは絶対にありえない」

 そう言いながらも、大平の目はどこか悲しそうに仲間の死体を見つめている。けれどすぐに気持ちを切り替えたように顔を上げると、看守用の椅子から立ち上がった。

「行こう」



「上手くいったか?」

 合流地点で待っていた黒尾に訊ねられ、仁花はやや間を置いて頷いた。視線の端で少し落胆している様子の大平を捉える。

「気を落とすなよ獅音」

 暗い顔をして佇む大平の肩を、黒尾が優しく叩いた。

「これが上手くいけば、俺らには楽しい未来が待ってるんだ。乗り越えていこうぜ」
「うん……」

 大平は頷いたが、やはり冴えない表情は拭えないようだ。

「そういえば例の装置のことだけど、あれはシールドを生成するもので合ってる。つまり、俺らのシールドはその装置のおかげで常時展開されてるってことだな。それを壊すのと、聖彼の軍に協力するのとで分かれようか」
「とりあえず私が軍のほうへ行きます。あなた方では敵と見なされてしまいますし」
「一人で大丈夫か?」

 大丈夫、と仁花は頷く。

「できるだけ早く終わらせるから、あんま無理すんなよ」
「はい」

 黒尾と大平が通路の奥に走って行くのを見送って仁花は扇子を開いた。

「よし、じゃあ私はその間に――」
「その間に、何?」

 もしも反射的に扇子を後ろに振っていなければ、仁花の首は血煙を上げて吹き飛んでいただろう。横から襲い掛かってきたサーベルは先端に刃のついた扇子に当たって甲高い金属音を上げた。

「こんなところで何してんの、王女さま?」

 振り返った先にいたのは、死んだ魚の目をした男だった。







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