十一章 破壊と殺意と尊敬


 広尾のサーベルが不気味な形を虚空に描き始める。複雑な模様のそれは魔法陣によく似ているが、どうやら違うらしい。

「俺の力を、身を持って知るといいよ」

 完成した紋章――“支離の印”を広尾は斬り裂く。――刹那、轟音を上げて周囲の壁と床が粉砕した。発生した衝撃波で空気さえも歪む。
“刻印の剣”――広尾自身が編み出した剣技で、大気を破壊することができる。かつてはこの技で数え切れないほどの人々を殺めたものだ。
 王女――仁花はその攻撃を躱せないと確信したようだ。咄嗟に身を翻し、通路を逃げる。破壊と崩壊の渦はもう彼女のすぐ近くにまで迫ってきていた。

「攻撃から逃げるのが本当にお上手だ」

 広尾は薄く微笑むと、サーベルを握って歩き出した。そして、仁花が曲がった通路へと一歩一歩、焦らすようにゆっくり進んでいく。
 そこは行き止まりだった。突き当たりの壁、その前で金髪の少女が完全に辟易している。

「大人しく独房にいれば死なずに済んだのにね」

 仁花がこちらを振り返る。彼女との距離は三十メートルほどか。ここから“刻印の剣”を放てば彼女は確実に木っ端微塵になるだろう。
 しかし絶体絶命の仁花は、とても追い詰められている者とは思えぬ鋭い視線を広尾に向ける。それが彼の癇に障った。

「なんだよその目は! 泣け! 喚け! 命乞いしろ! そうすれば生かしてあげてもいいよ」

 怒気を込めた言葉に仁花は反応しなかった。変わらない、軽蔑しているような視線。彼女の絶望する様が見られると思ったのに、ずいぶんと強いメンタルの持っているようだった。

「はあ、もういいや。これで終わり」
「終わるのはあなたのほうです」

“支離の印”を描こうと上げた手が止まる。
 負け惜しみだろうか? あるいは最後まで王女としての風格を保とうとしているのかもしれない。どちらにしても、この女が死ぬことに変わりないのに。

「王女さまが負け惜しみなんて、みっともないよ」
「負け惜しみじゃありません。私は充分に時間を稼ぎました。――そうですよね、黒尾さん?」
「――ああ、そうだな」

 背後から聞き覚えのある男の声が聞こえた刹那、広尾の視界は暗黒に染まった。


 ◆◆◆


 どこを見回してもそこには闇しか存在しない。昼夜の感覚さえ狂いそうになる。まだ目が慣れぬうちは何が潜んでいるかわからぬことに恐怖するものだろう。――この男を除いては。
 聖彼王国国主、滝ノ上祐輔は優雅に煙草を吸いながら暗闇に佇んでいた。その姿は大国の王というよりも、恥知らずな田舎者にしか見えない。

「これは……」

 ライターの火を明かり代わりにして見つけたそれは、何かの機械のようだ。なんとなく記憶していたキャメロット城の地図からするとここは兵器の格納庫に当たる場所のはずだから、おそらくこれも兵器の一つなのだろう。

「とりあえず、これを壊すとするか」

 滝ノ上の低い声が闇にこだました。――重々しい機械音が突如として響き渡ったのはそのときである。

「お?」

 短い疑問符が口から漏れると同時に周囲がパッと明るくなった。

「はあ、やっぱ見つかっちまったか」

 とても敵に発見された侵入者とは思えぬ愉快げな調子で自分の危機を述べると、煙草を咥え直す。
 それが姿を現したのは、滝ノ上が入ってきた出入り口のほうだった。ちょうど大型戦車くらいの大きさの、まるで蜘蛛のような見た目の鉄の塊。漆黒のボディを支える肢のようなものが不気味さを引き立てていた。
 その蜘蛛にも似た異型のロボットは、重々しい機械音を引きずりながら滝ノ上に接近してくる。

「へえ。なかなか心魅かれるロボットじゃねえか」
<――興味を持っていただけて嬉しいですよ、聖彼王>

 スピーカー越しに聞こえた声は若い男のものだった。

<あなたの発明品の数々を拝見させてもらいました。どれも素晴らしかったです>
「円卓の騎士に褒めてもらえるなんて光栄だな」

 ふう、と紫煙を吐くと、滝ノ上は嬉しそうに笑う。

<本当に、心の底から尊敬します。でも、残念ながら俺はあなたを殺さなければならない>
「お前も大変なんだな。――話は変わるけど、そのロボットはお前が造ったのか?」
<ええ、手慰めに。自動シールド機能を搭載しております>
「へえ。敵じゃなけりゃあ技術者として雇ったのに……もったいねえな」

 滝ノ上はゆっくりと煙草を床に置く。視線は異型のロボットから外さずに、小さく腕を振った。――刹那、ロボットの脚部が激しい破壊音を立てて崩れた。支えを失ったロボットはバランスを崩して斜めに傾く。
 微小単分子ワイヤー――滝ノ上の開発した見えない武器が炸裂したのだ。

「お前の発明品は結構すごいと思うぜ。けど、どんなすげえ発明品にも欠点がある」

 第二撃、今度は相手を粉砕しようと大きく腕を振った。靖志に散々魔力を注ぎ込ませた単分子ワイヤーの前に、シールドは何の意味ももたらさない。それが強力な防御装置の然るべき欠点の一つだ。
 ダイヤモンドさえも砕く単分子ワイヤーは不規則な動きでロボットのほうへ伸びる。円卓の騎士が造り上げた機械など、一瞬にして産業廃棄物に変えられるだろう。しかし――

<これをつけておいて正解でした>

 円卓の騎士の冷静な声が聞こえると同時に、ロボットの大体に備え付けられた大型火器から激しく炎が吹き上がり、敵を粉砕しようとしていた単分子ワイヤーが力を失ったように突如としてその動きを止める。

<あなたの仰るとおり、どんな優れた発明品にも欠点がある。もちろん、あなたの発明品にも>

 単分子ワイヤーは熱に弱い。それを知られた以上、同じ武器はもう通用しないだろう。

<今更ですが、一応自己紹介をさせてください。俺は円卓の騎士、小牧譲。お手柔らかにお願いします、聖彼王>







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