十四章 円卓の騎士vs円卓の騎士



「――吹上は獅音の相手を。俺は黒尾たちを殺る」
「わかった」

 男たちの会話を聞きながら、仁花は密かに暗器の準備を整える。身体は大きいが気が小さい大平のことが心配ではあるが、いまは黒尾を狙っている大将の動きに集中する。
 黒尾と大将――対峙しているにも拘らず、両者武器を装備していない、だが、よく見ると二人とも空いている手の指を複雑に動かしている。いったい何をしようとしているのだろう?

「黒尾、お前に俺は倒せない。それくらいわかってるだろ?」

 大将は視線を黒尾から離さず、ピアニストのような鮮やかな指の動きを見せる。それを正面から睨みつけている黒尾も同じような動きをした。

「そりゃ俺の台詞だぜ?」

 大将の手が光る何かを投じたのと、黒尾の手から赤い糸のようなものが飛び出したのはほぼ同時だった。その二つがぶつかり合った瞬間、ジュウ、という何かが焼けるような音がした。

「やっぱこの程度の攻撃じゃ無理か」

 再び指を動かしながら大将が言う。

「いまのが命中していれば、お前は死んでただろうにな」
「当たれば、だろ? 残念だけど、お前の攻撃は当たんねぇんだよ」

 黒尾が両手を少し上げると、床に落ちていた赤い糸のようなものが、まるで生き物のように動き出した。それはまっすぐに大将の頭部めがけて伸びていく。

「あれは……“殺生の糸”」

 戦いの様子を黙って見ていた仁花は、前に円卓の騎士に関する資料で見た特殊能力の名を口にした。糸のようなあの物体は実はレーザーで、人の身体など一瞬にして焼き切ることができる。そして、それは所有者の思い通りに操作することができるため、一つの生き物のように見えるというわけだ。
 独特のしなりを見せて動く“殺生の糸”は確実に大将の頭部に穴を空けるだろう。しかし――

「甘いな」

 大将の頭部に接触する寸前、青い光が“糸”に走ったかと思うと、“糸”が力を失ったように床に舞い落ちた。そしてその光は“糸”を操作していた黒尾にも命中。小さな呻きを上げて収まりの悪い黒髪の男は膝をついた。

「やっぱり大したことないな〜、黒尾くん?」

 大将はその中性的な顔に邪気のこもった微笑を浮かべ、また指を動かす。おそらく、黒尾に留めを刺すために攻撃の準備をしているのだろう。
 仁花が扇子を振ったのと、大将が光る何かを投じたのはほぼ同時だった。しかし、仁花の放ったマイクロフレアのほうが早くに目標に到達。光る何か――ナイフは一瞬にして消え失せる。
 そして、まだ勢いのある衝撃波は通路の壁を抉りながら、大将に破滅の矛先を向けた。
 
「ふん」

 だがそれは、大将を包み込んだ緑色のベールによって防がれる。

「俺たちにはこのシールドがある。これがある限り、人間ごときに負けたりしないよ」
「そんな!? シールドの装置は破壊したはずじゃ……」
「ああ、浅はかな人間らしい考えだな。確かにシールド装置は壊れてしまったようだけど、装置がないなら自分で唱えて使えばいい」

 蛇の目をした男のターゲットは仁花に変わったようだ。手にナイフを持って突進してくる。
 だがこれは、仁花が最も望んでいた展開だった。扇子の弧の部分を相手に向け、持ち手の部分についているスイッチを素早く押した。

「!?」

 転瞬、猛牛のごとく突進していた大将の身体が、突如としてその動きを止めた。

「がああああああああああああ!!!」

 低い絶叫が広い通路に響き渡る。

「クソアマ……ッ!」

 憤怒を露にした男の目には細い針が突き刺さっていた。溢れ出る鮮血が涙のように頬を伝い、憎しみの塊はゆっくりと身体を起こした。

「赦さねえ!」

 怒気のこもった一声とともにナイフが飛んでくる。それをひらりと躱したところに再びナイフが飛んでくるが、今度は扇子で弾いた。だが、更にそこにナイフが飛んできて、仁花はすぐに跳躍。空中で態勢を崩しかけながらも扇子を振った。もちろん、それがシールドに防がれることは予測済みであるが、それこそが敵にできる唯一の隙だ。
 仁花の扇子に仕込まれた針には強力な魔力が充填してある。そのためシールドを貫通する。つまり、シールドに守られて安心しきっているうちが決定的な隙となるのだ。
 相手の右目を狙って放たれた針は惜しくも目標を外すものの、頬に突き刺さった。

「あぐっ……」

 呻き声を上げてその場に膝をつく大将に仁花は同情したりしなかった。すぐに次の針を放って敵を弱らせねばならない。再度狙点を定めてスイッチを押す――が、

「あ……」

 今度こそ大将の右目に命中するはずの針が発射されることはなかった。扇子の射口に仕込まれているはずの針がない。どうやら先ほどの攻撃で最後だったようだ。シールドに守られた相手にマイクロフレアは無意味だし、接近戦も危険すぎる。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 地獄の底から湧き上がった雄叫びは、二本の針が顔面に刺さった大将のものだった。空気さえ揺れるような声に、仁花は思わず後ずさる。

「人間の分際でよくもッ!」

 怒りや憎しみがどうやら大将を突き動かしたらしい。針の痛みに呻いていたのが嘘のように元気ハツラツとしている。

「うあああああああああああ!!!」

 再び雄叫びが上がったと同時に、大将の手から大量の光の筋が放出された。そのすべてがナイフであると気づいたときにはすでに至近距離まで入ってきている。マイクロフレアも間に合わない。このまま仁花は八つ裂きにされてしまうのだろうか――

「――派手なことしてくれんじゃねえの」

 低く男らしい声は、仁花のすぐそばからだった。半瞬して赤い糸のようなものが浮かび上がり、いましも仁花に襲い掛かろうとしていた数本のナイフを残らず粉砕する。

「ありがとうございます、黒尾さん」

 糸の使い手――黒尾は軽く微笑むと、怒りに荒れ狂っている大将に鋭い視線を向ける。

「さっきは電撃ありがとな。なかなか痺れたぜ? お返しに熱いもんくれてやるよ」

 黒尾の手からは次々と“糸”が吐き出されていた。そしてそれが空中に浮かび上がると、網のようなものを形成する。通路いっぱいに広がったその網は、大将のほうへ向かって前進を開始した。

「学習能力がないな」

 網の向こうでは大将が青い光を生成している。おそらくあれは電気で、糸を伝ってくるのだろう。“糸”は常に所有者と接触しているため、黒尾も電気のダメージを受けるというわけだ。
 そして、その電気はついに大将の手から放たれ、網状になった“糸”に接触する。

「二度も同じ手に引っかかるかよ、バーカ」

 にやりと底意地の悪い笑みを浮かべると、黒尾は自分の手から“糸”を離した。

「王女! “糸”を衝撃波で飛ばすんだ!」
「わ、わかりました!」

 咄嗟に振った扇子からすさまじい衝撃波が放たれた。“糸”を侵食していた電気はその衝撃波によって瞬間的に大将の身体を突き抜ける。

「!?」

 低い呻き声と同時にほっそりとした長身がよろめいた。そして、その隙に黒尾が新たな糸を生成し、大将のほうへ飛ばしている。シールドでは防ぐことのできない上にかなり弱っている大将に、その攻撃は防げまい。







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