十七章 希望の星vs円卓の騎士



 重い石の扉を押し開けると、そこにも漆黒の闇が広がっている。その空間に一歩足を踏み込むと、冷え切った空気が大地の肌に触れた。

「――誰ですか?」

 その優しさを含んだ男の声は、天国から届いた神のものに思えた。暗闇の奥、こちらに近づいてくる足音がある。大地は自然と剣の柄を強く握り、いつでも攻撃できるよう身構えた。
 闇からすっと浮かび上がった影は大地よりも少し大きい。そして、次に浮かび上がるのは自分と同じような短く切りそろえた黒髪と、年齢不詳の男らしい顔立ち。大地のよく知る顔は、最初まろやかな微笑を浮かべていたが、大地と目が合った瞬間にその顔は急速に驚愕へと変貌した。

「大地!? どうして……」

 男――大地の父であるその者は、困惑したような声を上げる。
 やはりアーサー王は父で間違いなかった。心のどこかで別人である可能性を信じていたけれど、現実はそんなに優しくない。戦わなければならない相手は大事な家族の一人だった。

「馬鹿な……それとも幻か?」
「俺は俺だよ。父さんの息子で間違いない」

 一方の大地は至って冷静に告げた。

「でもいまは戦わないと。みんなを守るために」
「……そうか。“希望の星”は大地のことだったのか」

 自分の父がアーサー王だと聞かされたとき、大きなショックを受けたのを覚えている。それと同じで、父も息子が敵側にいることに動揺しているのだろう。苦い顔をして沈黙している。

「……もうやめよう」

 その言葉を出すの勇気が要ったのは、いまの父が自分の声に耳を傾けてくれるかどうか自信がなかったからだ。たったそれだけの短いフレーズなのに、千の言葉を並べたような気さえした。

「世界を破壊するなんて駄目だよ」
「大地……」

 父――アーサー王=澤村大輔は少し悲しそうな表情を浮かべる。

「世界に大切じゃないものなんかない、って言ったのは父さんだった」

 キャメロット城のひまわり畑で懐かしさを感じたのは、幼い頃に同じような場所で父に大切な言葉を教えてもらったからだ。いまははっきりと思い出すことのできるあのときの記憶――一面をひまわりに囲まれた枯れ木の元で優しく微笑む父が言った言葉。

「なのにどうして……」

 すべてが大切であると説いた人間がなぜ世界を破壊しようとするのか?

「仕方がないんだ」

 返ってきた短い言葉は、凍てつく滝のような冷たさを含んでいた。

「俺は黒い心を持って生まれた。なぜそうなったのかはわからない。どんなに愛情を持とうとしても、自分の手で壊してしまう。だから――」

 運命というものは本当に残酷である。すべてを愛して生きたいと願う人間に闇の心を与え、破壊する力を託す。そして、深い絆で繋がっているはずの親子を戦わせようとする。

「もう後戻りはできない。俺はすべてを破壊する。父さんを止めないでくれ」
「……あなたは」

 大地は剣の柄を握り締めた。それは破壊衝動に身を沈める父への怒りか、それとも闇の心を持つ者に対する憎しみか――どちらにしても大地のやらなければならないことは一つしかない。

「あなたは、俺の父さんなんかじゃないっ!」

 鋭い一声とともに大地は高く跳躍した。その尋常とは思えぬ跳躍力を前にアーサー王は無表情に佇んでいる。だが、彼の手は腰の鞘から密かに剣を抜いていた。

「っ!」

 落下のスピードと重さをかけての一閃は、アーサー王の剣に当たって高い金属音を上げる。

「……どうやら俺は大地を殺さないといけないようだ」

 冷えきった声が暗い空間に響き渡った。同時に、大地の身体がおもちゃのように吹っ飛んだ。

「それが運命だから」

 アーサー王の身体が文字どおり、掻き消えた。そうかと思えば魔法のような唐突さで起き上がった大地の背後に出現し、“湖の剣”を振り下ろしている。
 大地はすぐに身を翻すと、ソロモンソードでそれを防御。次いで後方に跳躍して間合いを取ろうとするが――

「遅い」

 大地が着地するよりも早くにアーサー王の一閃が炸裂し、背中から大理石の床に叩きつけられた。

「ぐっ……」

 口の中に血の味が広がる。だが、ここで動かなければ殺されてしまう。力を振り絞って身を起こすと、いましも大地を襲おうとしていた斬撃をぎりぎりのところで避けた。
 次の一振りをソロモンソードで防ぎ、それを振り切って相手の内側に入ろうとするが、アーサー王が後方に跳躍するほうがわずかに早い。

「大地は強いな」

 あくまで冷静な声は暗黒の中から聞こえた。

「だが、俺には及ばないよ」

 もしもソロモンソードを盾にしていなければ、疾風のような一振りに大地の肩は切り裂かれていただろう。高い鉄の音と同時に火花が散った。

「俺はこの世で最も大きな力を授かった。それは神が俺に破壊を見せてくれと頼んだようなものだ」

 強い力で剣を押してくるアーサー王は微笑む。だが、その微笑みに大地の知っている優しさと温かさはない。

「違う! 神様はその力を人のために使ってほしかったんだ!」
「じゃあ、破壊することが人のためになるんだね」
「違う違う! 破壊衝動は父さん自身が生んだ心の闇だ!」

 大地は半身を捻ってアーサー王の剣を躱すと、その内側に入ってソロモンソードを旋回させる。だが、あと少しというところで相手が跳躍。同じように高く飛び、空中で攻撃を繰り出した。
 連続して剣を振るもすべて“湖の剣”に弾かれては意味がない。
 地に足が突いたとき、アーサー王の強力な一太刀が大地を襲った。身を屈めてそれを避けると大地も力いっぱいの一太刀を浴びせる。

「破壊衝動は神様が授けたものなんかじゃない!」

 神、とは言うものの、実際大地はそんなものを信じてなどいない。人が悪を行うのも、人が戦うのも、すべて人の意思によるものだ。ここは人の世界なのだから。

「あなたは間違ってる」

 強く言い切ったとき、辺りが突如として明るくなった。頭上には晴天の夏の空が広がり、そして周囲の景色が一瞬にしてひまわり畑に変わる。
 快いそよ風が大地の髪を撫でた。たくさんのひまわりがいっせいに揺れ、黄色い花びらが宙を舞う。
 正面に一本の木があった。一面のひまわりにはそぐわぬ、芽も花ないも枯れ木。その下で微笑む黒髪の男は大地のよく知る人物であるが、いまは決して微笑み合える仲ではない。倒さなければならぬ敵――それだけだ。







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