全身から血の気が引く。まさにそんな感覚がした。 ひどい頭痛がする。気分も少し悪い。たぶん昨日初めて飲んだ酒のせいだろう。けどそんなことはどうだっていい。いま大事なのは、ベッドで寝息を立てているこいつが目を覚ましたら、どうするべきなのだろうかということだ。 俺こと岩泉一は、もう一度布団をはぐって状況を確認する。さっき見た通り、ベッドでぐうすか眠っている男は素っ裸だった。しかも身体の至るところにキスマークらしきものが付いている。枕元のゴミ箱には大量のティッシュが詰め込まれていて、鼻を近づけると強烈なアレの臭いがした。 ちなみに俺も上から下まですっぽんぽんだ。お互いあられもない姿で同じベッドで寝ていたわけである。以上のことを整理して、二人の間で何が起こったか推測すると……辿り着く答えは一つである。 俺がこいつを襲った。間違いない。 俺は自分がゲイであることを自覚しているし、こいつのことは少しいいなと思っていた。それは事実だが、決して無理矢理犯してやろうとか、隙あらばスケベしたいと思っていたわけじゃねえ。そもそもこいつと親しくなったのは昨日のことだし、そっちの経験のない童貞の俺が、初めて会うノンケの男を上手く丸め込んで食ってしまおうなどと思えるわけがなかった。 じゃあなんでこういう事態になってしまったのか。それはすべて酒のせいである。酔った勢いで襲った。それを証拠に俺の記憶はあやふやだ。しかしその残骸と爪痕はしっかりと残っている。そういうことだ。 くそう、やっちまった。 俺は頭を抱えた。こいつは昨日から俺のルームメイトになった男だ。だけどこんなことになってしまった以上、こいつはもうここにいたいとは思わねえだろう。初日でいきなりルームシェア解消とかどんだけだよ。 だがしてしまったことはもう仕方ねえ。こいつが目を覚ましたらとりあえず土下座して謝ろう。赦してくれるとはとても思えねえが、そうでもしねえと罪悪感でどうにかなりそうだ。あとはもう罵るなり、訴えるなり、好きにすりゃあいい。いや、訴えられるのは少し困るけど、こいつがそうしたいなら甘んじて受け入れるしかねえだろう。俺はそれだけのことをしちまったんだからな。 ルームシェア 都会の大学に入学するのを期に、俺は一人暮らしをすることに決めた……のだが、都会のアパートは予想以上に家賃が割高で、少ない仕送りで生計を立てるためにルームシェアという形を取ることにした。 互いの生活に深く干渉しないなら相手は誰でもよかったが、三、四人で一緒に住むのは窮屈そうで嫌だった。だから二人でのルームシェアを掲示板で募集したわけだが……最初に来たメールの差出人の名前に見覚えがあった。 澤村大地。 その名前に一致する人物の顔を思い出すのにたいして時間はかからなかった。澤村――烏野高校バレー部の主将だった男だ。春高予選での苦い敗戦の記憶が蘇る。だがそれも一瞬のことで、別に澤村が憎いわけでもないし、むしろある程度知っている相手とルームシェアするほうが気が楽だと思ってすぐに返信した。 同姓同名の別人ということもなく、そいつは俺の知っている澤村大地で間違いなかった。澤村も俺の名前を見てすぐ気づいたらしい。青葉城西の岩泉かと訊かれて、そうだと返信した。 段々メールでやりとりするのが面倒になってきて、最後には電話で直接話した。ルームシェアのことはもちろんのこと、互いの近況や世間話をしているうちに二時間近く経っていた。 結局ルームシェアの相手は澤村に決まり、それから何度かメールや電話でやりとりはしたが、顔を合わせる機会はなかった。そのままついに今日から共同生活が始まる。 俺は午前中の内に引っ越しを済ませていた。澤村の到着は午後になるらしい。家具や家電は備え付けのものがある程度そろっていたから、持って来るものは少なくて済んだ。 近くのスーパーで買った弁当で昼飯を済ませ、リビングでゴロゴロしているとインターホンが鳴った。たぶん澤村が来たんだろう。玄関まで聞こえるように返事をしてから起き上がる。 「いま開ける」 おう、という声が聞こえた。電話ではすっかり聞き慣れた澤村の声だ。 鍵を開錠し、ドアを外側に少し開くと隙間からクリッとした目が覗き込んでくる。見た目は俺の記憶の中の澤村とほとんど変わっていなかった。まあ、最後に会ってからまだ二ヶ月ちょいしか経ってないしな。髪染めてチャラ男に変貌していたらどうしようかと少し心配だったが、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。 短く切りそろえた髪に男らしい顔立ち。地味な容姿だが爽やか好青年って感じがして好印象を抱かれる雰囲気だ。試合のときは真剣そのものだったから意識したことなかったけど、こうして冷静に見ると結構俺のタイプだな……。 「久しぶりだな」 澤村がにこっと笑う。うわ、なんかこいつの笑った顔くそ可愛いぞ。 「おう。全然変わってないな」 「岩泉も変わってないな。なんか安心したよ。ギャル男になってたらどうしようかって不安だったから」 「なんで俺がギャル男になるんだよ!? まあ俺も似たような心配してたけどさ」 思わず玄関先で話し込んでいると、澤村の父親らしき人が段ボール箱を抱えて来るのが見えた。どうやら引っ越しの手伝い要員として来たらしい。慌てて挨拶をして、荷物を運び入れるのを手伝う。つってもやっぱり澤村もそんなに荷物はないようで、乗って来た車と部屋まで二往復ほどしただけで作業は終了した。 開封作業は俺と澤村の二人でやった。とりあえず澤村は自分の部屋のものを整理して、その間に俺は澤村が持って来てくれた共用のもの――食器とか調理器具――を出してしまうべき場所にしまっておいた。 「よし、だいたい生活を始められそうな感じにはなったな」 そうだな、と澤村は大きく頷いた。 「あ、そういえば遅くなったけど、これからいろいろよろしくな」 「こっちこそよろしく。一応人に食わせられる程度の料理はできるようにしてきたから、とりあえず食事の心配はいらないぜ」 「俺も母さんに教わって来たよ。だから予定通り当番制で大丈夫」 「まあ、それはまた夜に決めようぜ。なんか今日は疲れた。ゆっくりしてえ」 「そうだな」 それから夕方までの一時間、二人してリビングのソファーにぐったりと身を預けながらいろんな話をした。いまから通うお互いの大学のこと、高校の頃の思い出――電話で散々話したつもりだったが、知らないことはまだたくさんあった。そういう部分もきっとこれから少しずつ知っていくんだろう。共同生活に対して少し怠いという思いもあったけど、いまはすげえ楽しみだ。 澤村はマジでタイプだ。だからと言って何かを期待しているわけじゃねえ。澤村が俺と同じゲイだとは限らないし、希望を持つだけ無駄だ。それはいままでの経験でわかってる。まあ、裸を見る機会を楽しみにするくらいは赦されるだろう。 夕方になると引っ越し疲れも少し回復したから、二人で晩飯を買いに出ることにした。今日はもう二人とも料理をする気力がなかったから、スーパーの惣菜で済ませることにした。 「飯と風呂どっち先にするよ?」 澤村は少し悩んでから「風呂にする」と答えた。 「岩泉が掃除したんだから、先に入ってくれば?」 「いや、俺はもうちょいゆっくりしたいから」 「そうか? じゃあ先入らせてもらうな」 そう言って澤村は自分の部屋に戻り、着替えを持って洗面所に入っていく。 お、そういえばタオルを洗面所の棚に収めるの忘れてたな。ないと澤村が身体拭くのに困る。俺は急いで自分の部屋に戻り、タオルの詰まった段ボールをクローゼットの奥から取り出した。開封もしないで何やってんだ俺……。 洗面所に入ると、澤村はすでに風呂場に入ってしまっていた。くそう、ラッキースケベ叶わず……。 湯が打ちつけられる音がする。折れ戸の向こうに風呂椅子に座った澤村の影が薄っすらと見えた。この戸一枚を隔ててあいつが素っ裸でいるのかと思うと胸熱だな。いっそ中に押し入ってしまいたい衝動を必死に堪えながら、俺は棚にタオルを収めていく。 「澤村、棚にタオル入れといたから適当に使えよ」 「おう。サンキュー」 澤村からの返事を聞いて、俺は洗面所を出ようと身を翻す。そのとき、足元に何か落ちているのに気づいて出かけた足を止めた。それは澤村が脱いだであろうシャツとチノパンと……地味なボクサーパンツだった。洗濯機に入れておいてくれてよかったんだが、俺が何も言わなかったからとりあえずそこに置いておいたんだろう。仕方ない、俺が代わりに入れておいてやるよ――というのは建前で、本当はそれに無性に触りたかっただけだ。脱ぎたてほやほやのボクサーパンツ……やばい、鼻血が出そうだ。だけどせっかく巡ってきた機会を逃すわけにもいかない。俺は思い切ってそれを掴み取った。 少しあったかい。まあついさっきまで澤村が履いていたんだから当たり前か。この中に澤村のあれとケツが収まっていたのか。あれはどうだかわからないけど、チノパン越しに見た澤村のケツはプリッと突き出ていて可愛かった。機会があればぜひ撫で回したい。いや、そんな機会ねえだろうけど……。 トランクスの温もりをしばらく確かめた後、俺はそれを大人しく洗濯機に投入した。え、ここは匂いを嗅ぐところじゃないかって? そうしたいのは山々だが、嗅いだ瞬間に理性が吹き飛んじまいそうで恐かった。 澤村と入れ替わりで俺が風呂に入り、上がるとリビングテーブルにはさっき買ってきた惣菜や炊いた飯が皿によそって並べられていた。どうやら澤村が一人で準備してくれたようだ。 「食べよう」 「ああ。ありがとな」 「皿に乗っけただけだから、たいしたことないよ」 俺は澤村の向かい側に座る。腹も減ってたし、さっそく飯にありつこうと箸を掴んだが、そのときになって冷蔵庫に収めていた“あるもの”のことを思い出した。もう一度箸をテーブルに置くと、いそいそとそれを取りにキッチンに向かう。 「これ飲んでみようぜ」 袋に入った大量のそれを見せると、澤村は少し驚いたような顔をした。 「それってもしかして酎ハイ?」 「おう。ルームシェアスタートの記念ってやつ」 「で、でもお酒は二十歳になってからだろ?」 「酎ハイなんてジュースとそんなに変わんねえよ。アルコール度数も五パーセント前後だから、入ってないようなもんじゃねえのか? まあ俺も飲んだことねえからよくわからねえけどな」 「飲んだことないのかよ! 無責任だな。でもどんな味がするのかは興味あるな」 「だろ? だから飲んでみようぜ。うちの中で飲んでる分には誰にもばれないだろうから」 「じゃあ、ちょっとだけ」 「そうこなくっちゃな」 俺は十本あった酎ハイを全部テーブルの上に並べる。澤村はその中からピーチ味を手に取り、俺はマスカット味を選んだ。 「じゃあ、乾杯?」 「そうだな。乾杯」 「改めてこれからよろしくな」 「こちらこそよろしく」 缶を突き合わせ、ちょっとワクワクしながら一口飲む。 「あ、ホントにジュースと変わんないな。ちょっとだけ変な味するけど」 「だな。これなら何本でも飲める気がするぜ」 ちょうど喉も乾いていたから、俺は結構なスピードで飲み進めていった。三本目を半分くらい飲んだところで、なんだか頭がふわふわとしてきた。酒を飲むと気分がよくなるって聞くけど、本当にそうなんだな。 「岩泉、顔かなり赤いけど大丈夫?」 向かいの澤村が訊ねてくる。 「ちょっとぼうっとするけど大丈夫だ」 「ならいいんだけど……。俺はちょっと頭痛くなってきちゃったよ。酎ハイはこの辺にしとくな」 「ああ。俺はまだいけそうだな〜」 もっと飲んだら、もっと気持ちよくなるんだろうか? 目の前の缶がまた空になる。そして次を開けて、また口を付ける。腹の中が熱い。その熱がどんどん全身に回ってきて、心地のいい倦怠感に包まれる。 一瞬だけ意識をなくしていた。そのときになって俺は眠いのだと気がついた。だけどベッドまで移動する気力はなかった。だからそのままリビングの床に横になる。 「そんなところで寝たら、身体痛くなる上に風邪ひくぞ」 いつの間にか澤村が俺のそばにいて、心配そうに顔を覗き込んでいた。 「動きたくねえ……」 「飲みすぎだよ、まったく。ほら、俺が運んでやるから掴まって」 思ったより逞しい腕に、俺はゆっくりと抱き起された。立ち上がらされたけど、思うように力が入らなくてすぐに澤村に縋りつく。 「澤村、なんかいい匂いするな」 首筋に鼻を寄せると、澤村はくすぐったそうに肩を竦めた。 「たぶんボディーソープの匂いじゃないか? 岩泉もきっと同じ匂いがするはずだよ」 俺はどさくさに紛れて澤村の頭に頬をすり寄せた。何してるんだよ、と言いながらも澤村は別に嫌がるそぶりは見せず、俺の部屋に向かって歩き出した。 俺が覚えてるのはそこまでだ。 それから何がどうなって澤村にいやらしいことをしたのかまったく記憶にねえ。アルコールの力っていうのは思っていた以上に強力だったようだ。 澤村の瞼が震えて目覚める気配がした。俺はベッドの前で正座して、いつでも土下座できるように構える。 澤村が上体を起こし、伸びをした。その最中に俺の存在に気づいて、眠そうだった顔が一気に目覚めたような表情になった。 「い、岩泉!? 裸で何して……」 「澤村、昨日はマジで悪かった」 俺は恥も何もなく床に額を擦りつけ、澤村に詫びた。 「酔った勢いとは言え、ひどいことをしちまった。マジで反省してる」 「ひどいことって……あっ」 澤村は昨日俺にされたことを思い出したのか、その男臭い顔が一瞬にしてゆでだこみたいに赤くなったかと思うと、慌てた様子で布団の中に潜り込んだ。 「すまん。さすがにトラウマだよな。もう二度とあんなことしねえし、酒も飲まねえ。赦してくれとは言わねえけど……」 「ちょっと待てよ。なんでそんなに謝るんだ?」 「なんでって……そりゃ、俺がお前を強姦したからだろ?」 「強姦……って違うだろ。昨日のあれは合意の上だったじゃないか」 布団の中から放たれた台詞に、俺は一瞬ポカンとなった。 「え、いや……えっ?」 「何度も俺のこと好きって言ってくれたじゃないかっ。俺も……岩泉のことはいいなって思ってたから、だからするのだっていいって言ったんだ」 「え、お前俺のこと好きだったのか?」 「そう言っただろっ。ひょっとして覚えてないのか?」 「すまん……酒のせいで記憶が曖昧になってやがる」 なんでそんな大事な話を覚えてないんだ、俺は……。誰かと両想いになるなんて初めてだぞ? しかも相手はこの男前の澤村だ。これ以上に嬉しいニュースはいままでの人生の中で一度もなかったぜ。 「覚えてるの、俺だけかよ……。じゃあ俺を好きって言ったのも、俺としたのも全部酒の勢いだったのか?」 「そ、それは違う! 確かに酒のせいってのもあるけど、俺がお前を好きなのはマジだ!」 昨日、こいつの笑った顔を見て何度ときめいただろうか。薄い唇にキスしてやりたいとどれだけ思っただろうか。俺は澤村が好きだ。昨日ははっきりとそう自覚できなかったが、いまはそうなんだと確信を持てる。さっき両想いと知って死ぬほど嬉しかったからな。 「一目惚れって言っていいのかわかんねえけど、昨日玄関でお前のこと見たときからなんか意識しちまって……。とにかく好きなんだよ。いまは酔いもすっかり覚めてるから、酒の勢いとかじゃねえぞ。つーか俺にとっちゃお前が俺のこと好きってことのほうが信じられねえけど」 「俺は……前から気になってたんだ。メールとか電話でやりとりしながら、なんかすげえ楽しくってさ。昨日も実際に顔突き合わせてみて、一緒にいたらやっぱり楽しいって思えたし、その……顔も結構好みだなって思った」 「お、俺の顔がか?」 「そうだよ。岩泉は男前だと思うよ」 顔に関してそういうふうに言われたことがなかったから、嬉しいのと同時になんだか照れくさかった。 「澤村だって男前だろ。でも笑った顔は可愛かった」 「か、可愛いって言うなよ。嬉しくないぞ」 「可愛いもんは可愛いんだから仕方ねえだろ。俺すげえそそられたんだぞ。何度お前を押し倒す妄想したと思ってんだ」 まあ実際に押し倒してやっちまったようだが、残念ながら俺の記憶には残ってねえ。くそう、少しくらい覚えてろよ俺……。記念すべき初体験だぞ? 澤村がどんな顔して喘いでいたのか覚えてないとか勿体なさすぎだろ。 「……さっきから裸で寒くないのか?」 布団の中から澤村がひょっこりと顔を覗かせた。言われて気づいたが、部屋の中とは言え春先とあって裸でいるのは寒かった。つーか服着ることも忘れるほど切羽詰まってたのか、俺は……。 「と、隣に入るか?」 思わぬ提言に俺は赤くなった澤村の顔をまじまじと見返した。 「いいのか?」 「いいよ。それにこれって岩泉のベッドじゃないか。入るも入らないも岩泉の自由だろ」 「で、でもいま入ったら絶対我慢利かなくなるぞ。俺もお前も裸だし」 「……別に我慢なんかする必要ないだろ。俺とお前はお互いす、好き合ってるわけだし……」 「そ、そうだよな。俺らって好き合ってるんだもんな。じゃあ遠慮なく入らせてもらうぞ?」 俺がそう言うと、澤村は俺が入れるように一人分のスペースを空けてくれた。布団の端を掴んだ手が震える。心臓が破裂しちまうんじゃないかと思うほどにバクバクと激しく脈打っていた。 「お邪魔します……」 布団の中は澤村の体温で温まっていた。狭いベッドだからどうしても身体が触れ合う。だけどもう遠慮する必要もないかと思って、俺は澤村の身体をそっと抱きしめた。 「あ〜、澤村の身体あったけえ」 「岩泉はすっかり冷えちゃったな」 「温めてくれよ」 「うん」 澤村もぎゅっと抱き返してくれる。身体の熱が冷えた俺の身体に染み込んできて、心地いい感覚に包まれる。 「なあ、昨日って俺らどこまでしたんだ?」 「どこまでって……岩泉が俺のな、舐めてる途中で寝ちゃって終わったよ」 「え、マジでか?」 「ああ。先に岩泉がイって、結局俺がイク前に終わった」 「うわ……俺最悪だな。マジで悪かったよ」 「いいよ、別に。それにあのとき最後までしたってどうせお前は覚えてなかったんだろうし。どうせするんだったら、素面でちゃんと意識があるときにしたいよ」 「じゃ、じゃあいまからするか?」 本当にやったのかどうかわからないような曖昧なままの記憶でいたくなかった。澤村の身体の感触を、こいつがどんな顔して感じているのかをすぐにでも確かめたい。 「いいけど……その、入れたりするのか?」 「嫌か?」 「嫌じゃないけど……ちょっと恐いな」 「痛くならねえように努力するよ。だからお前を抱かせてくれ」 澤村はしばらく俺の腕の中で唸っていたが、最後には覚悟を決めたように「わかった」と呟いた。 「ちなみに岩泉は経験あるのか?」 「いや、ねえけど? 正真正銘の童貞だよ。そういう澤村はどうなんだ?」 「俺も初めてだよ。だからその……あんま上手くないかもしれない」 「そりゃ俺も同じだよ。でもそういうのって、いまから二人で上手くなっていけばいいんじゃねえの?」 「そっか……そうだよな。じゃあ、え〜と……よろしくお願いします?」 「こちらこそ」 変に改まったやりとりにおかしくなって、二人で少しの間笑い合った。それが収まると俺は不意打ちのようにキスをする。一瞬触れるだけの軽いキスだ。だけどそれだけで俺はどうしようもないくらいに興奮した。今度は少し長めに唇を押しつけて、布団に入ったときから勃ちっぱなしだったそれも同じように押しつけた。 「んっ……あっ、なんか硬いのが当たってるんだけどっ」 「当ててんだよ。つーかお前のだって硬くなってんじゃねえか」 太股の辺りに当たってる硬い感触は、男なら皆馴染みのあるものだ。俺はおもむろにそれを握って、ゆっくりと上下に扱いてやった。 「いきなりそこかよ!?」 「いいだろ、別に。それとも他に触ってほしいとこがあったのか?」 「ち、違うけど……。わかった、じゃあ俺も岩泉の触る」 温かい手が俺のを握った。そろそろと亀頭を撫でるように指先を動かしたあと、俺のやっているのと同じように上下に扱き始めた。 「あっ……やべえなこれ。マジ気持ちいいぞっ」 「俺も……なんか自分の手でするのとは違うな」 自分の意思とは関係なく動く手。だけど気持ちいいところはしっかりとわかっているようで、澤村は俺の弱い部分――たとえば裏筋の溝とかを執拗に責めてくる。だけどそこが弱いのは澤村も同じだった。指の腹で擦ると身体をびくつかせながら息を荒げていた。 「澤村っ」 呼ぶと切なげな表情をした顔がこっちを向いて、無防備な唇にキスを落とす。さっきみたいに表面で触れ合うだけじゃなくて、澤村の歯列を舌でがむしゃらにこじ開け、口の中を無遠慮に舐め回した。 「んっ、んんっ。んぅ」 初めてだから技巧もくそもねえキスだったはずだが、澤村は気持ちよさそうに口の端から吐息と一緒に可愛い声を零していた。 澤村のチンコを弄っていた手を今度は胸の上に滑らせ、指先でざらっとした突起を探し出した。全体を指で擦り、摘まみ、それを繰り返しているうちにそこは硬くなっていく。 「乳首気持ちいいのか? なんか硬くなってきたぞ?」 「そんなこと言わなくていいよっ」 ペロッと粒の先端を舐めると、澤村は「あっ」という声を上げて身体を強張らせた。やっぱりそこは気持ちいいので間違いないらしい。俺が自分で自分のを弄ったときはよくわからなかったから、個人差があるんだろうか。 「んんっ……あっ、あっ……うあっ」 舐め回し、舌で押し込み、時々吸いついたりしていると、澤村は何度も身体をびくつかせた。完全にAVの真似事なんだが、ちゃんと現実に通用しているようで俺はちょっと安心した。やっぱ責められた相手が気持ちよくなきゃ駄目だしな。 反対の乳首も同じように責めて、そのまま舌を脇腹とへそ、そしてその周辺へと這わした。へその周りに少し毛が生えているのがワイルドで妙に色っぽかった。そのまま下へ下へと移動しているうちに、ついに男のシンボルへと辿り着く。 そこを舐めることに躊躇いはなかった。先っぽをチロチロと舐め、溝を一周なぞったあとにぱくりと口に含む。 「ああっ、駄目だって岩泉っ」 「駄目じゃねえだろ。さっきから気持ちよさそうに喘いでるくせに」 特に変わった味はしなかった。だから喉の奥までしっかりと咥え込み、それをまた唇のとこまで引き抜く。それを何度も繰り返し、唾液と先走りでベトベトになったところでまた扱いてやると、澤村は泣きそうな声で喘いだ。 「あっ、いやだっ、ああんっ……」 無我夢中で吸いついて、だけど快感に表情を歪める澤村の顔はしっかりと見ていた。ここはもうそろそろいいだろうか。いまイかせてもいいんだけど、でもやっぱイクときは一緒がいいな。ってことで、次に進むとするか。 俺は澤村の太股を腹のほうに押し上げる。毛一つない綺麗なケツが露わになった。思っていたとおりプリッとしていて最高にエロかったが、触ると硬く引き締まっているのがわかる。そういう男らしい部分にもすげえそそられるぜ。 「人のケツそんなにじっと見るなよ」 「こんないいケツ見せないでどうすんだよ? もったいねえだろうが」 「もったいなくないよ! むしろ人に見せるもんでもないよ!」 「あ、こら隠そうとすんじゃねえぞ。大人しくしやがれ」 上げた足を下ろそうとしやがるから、俺は慌てて太股を持ち上げる。これ以上抵抗されるのもめんどくせえし、ここはとっとと責めて大人しくさせよう。俺はケツの谷間に顔を埋め、入り口を舌で弄り始める。 「うわっ!? や、やめろよっ。そんなとこ汚いだろっ」 その台詞をあえて無視して、舌先で突くように責め続けた。舐めるたびに穴はひくひくと反応して、まるで俺がそこに入れるのを待ちわびてるみてえに錯覚しちまう。 「こ、こんなの嫌だっ……恥ずかしい、からやめろって」 「大丈夫だ。俺しか見てねえ」 「そういう問題じゃないって……あっ!」 そこがグチョグチョになるくらいに舐め回したあと、俺はベッドの下からローションを取り出した。こういうことするために用意していたわけじゃなくて俺のオナニー用だったんだが、結果オーライだな。 ケツに谷間に垂らすと澤村はびくりと身体を震わせた。大丈夫だと言い聞かせるようにチンコを優しく撫でてやりながら、指でローションを塗り広げる。 一本目は予想外にすんなりと入った。澤村も痛くはなかったらしいから遠慮なく二本目を挿入しようとしたのだが、指が半ばまで入ったところで澤村は痛そうに顔を歪めた。一度引き抜き、ローションを足してまた少しずつ埋めていく。そうしているうちに中が指の形に馴染んでいくのがわかった。 「なあ澤村。これ舐めてくれよ」 俺は澤村の胸に跨り、ケツにぶち込みたくてうずうずしているそれを顔の前に突き出す。澤村は何も言わずにそれをペロペロと犬みてえに舐め始めた。 「あ〜……気持ちいい」 亀頭全体がぬめったところで先端が口の中に吸い込まれ、さっき俺がしたみたいに扱き始めた。 「くっ……あっ、澤村っ……」 ずるっと滑り込んでいく瞬間の不思議な感覚は、俺からまともな思考を奪おうとしていた。ちょっと恐い半面、その癖になりそうな感覚をもっと味わいたくて、自然と腰が揺れる。根元まで突っ込み、それを引き抜いてまた一気に押し込む。まるであそこに挿入してるみてえな感覚で俺は澤村の口を犯し続けた。 だけどまあ、やっぱ挿入つったらあっちだよな。せっかく念入りに解したことだし、澤村のエロいフェラ顔でうっかりイっちまう前に、本番を始めるとすっか。 「四つん這いになれよ」 「えっ、いや、さすがにそれは恥ずかしいぞ」 「今更何言ってんだよ。もうお前の裸を余すことなく見て触ったんだから、恥ずかしいことなんかねえだろ。男なら覚悟決めろよ」 「うっ……わかったよ」 渋々といった感じだが、澤村はそれ以上文句を垂れることなくベッドの上に四つん這いになった。筋肉のついた逞しい背中とはギャップのある、ほどよく膨らんだ綺麗なケツ。それを突き出すような態勢は、鼻血が噴き出るんじゃないかと心配になるほどエロかった。 「ホントマジでいいケツしてんな。これをいままでバレー部だったやつとかに見せたのか? むしゃぶりつかれたりしなかったのか?」 「されてねえよ! そんなガン見してないでさっさと入れろよ!」 「言われなくてもすぐ入れるって」 解した穴に先端を押し当てると、澤村のプリケツがびくついた。まったく、可愛い反応だぜ。そのままゆっくりと押し込んでいくと、パン生地に指を押しつけるような軽い抵抗感でずぶずぶと埋まっていく。 「全部入ったけど、痛くねえか?」 「うん……。大丈夫みたい」 「じゃあ動かすぞ? もう泣いてもやめねえからな」 「誰が泣くかよっ」 「さっきフェラされてるとき泣きそうだったじゃねえか」 「そ、そんなことねえよ! 岩泉の見間違いだっ――あっ!?」 締めつける粘膜を押し広げるような感覚で、俺は腰を前後に動かし始めた。澤村の中はとにかく熱かった。身体中の熱をそこに集めたみてえな、だけどそれが程よく俺自身を包み込んでくれる。頭の奥が痺れるような快感――まるで全身が性感帯になったみてえだ。澤村に差し入れたそこから、血が巡るのと同じように快感が足の先から頭のてっぺんまで運ばれてくる。 「くそっ……お前ん中どんだけ気持ちいいんだっ。なあ、お前はどうなんだ? ケツ掘られるのって気持ちいいのか?」 「な、なんか痒いっ。奥が痒くて、岩泉のがそこ押してくるから、変な感じになるっ」 「痒いんじゃなくて、気持ちいいんじゃねえのかよ?」 「違っ……痒いんだって! あっ、痒いのどうにかしてくれよっ……マジで変になる」 「じゃあ変になれよ。俺も一緒に変になってやるから」 腰を両手で掴み、徐々に律動を速めていく。本当に澤村の中に突っ込んでいるんだと、結合部を見下ろしながらそれが現実であることを実感しながら、どうしようもないくらいに興奮した。 「ふあっ……あっ、ああっ、あっ」 甘く掠れる声が俺の情欲を煽る。腰がぶつかり合う音と中を抉る湿った音が部屋の中に響き渡り、それを聞きながら頭の中が熱に浮かされるような感覚になる。下半身から伝わる快感は麻薬のようだった。犯しているのは俺のはずなのに、身体の全部を澤村に飲み込まれちまうような気がした。 「澤村っ……」 「岩泉っ……あんっ」 背中から覆い被さり、澤村を四つん這いの態勢からそのままうつ伏せで寝かせた。筋肉猛々しい身体をきつく抱きしめ、腰をめちゃくちゃに振りまくる。 「あっ! いやっ……そんな、動かすなよっ」 「嫌じゃねえだろ? さっきからエロい声出しまくってんじゃねえかよ。それって俺にケツ掘られて気持ちいいからだろ?」 「違っ……痒いって言ってんだろ」 「いつまでも強がってんじゃねえよ」 「あっ!」 お前の「痒い」が気持ちいいんだってことはとっくの昔にバレてるっつーの。つーかそんだけ身体びくつかせといてバレねえわけねえだろ。 俺は夢中で澤村の中を味わった。澤村は時々腰を捩り、痙攣するように悶える。テクニックとかよくわかんねえけど、ちゃんと気持ちよくしてやれていることに自分で満足した。もちろん俺だって気持ちいい。むしろこのままだとすぐイっちまいそうだ。 「はあ……」 一旦それを引き抜くと、俺は大きく溜息をつく。 「な、なんで抜くんだ?」 「ちょっとお前の顔が見たくなってさ。仰向けになれよ。そしたらお前の欲しがってるこれ、すぐ入れてやるから」 「別に欲しがってなんかっ」 「じゃあいらねえのか?」 「そ、そんなこと言ってないだろっ」 澤村は顔を赤くしながら仰向けになった。男くせえ顔してるくせにやっぱ可愛いな。いままで他の奴に襲われなかったのは奇跡だろ。 俺は再度挿入してから、吸い寄せられるように唇にキスをした。舌を絡め合い、下唇を吸って、それからデコにキスをした。 「ああくそ、マジ可愛いなお前。普段はどっちかっつーと男前なのに」 「可愛くなんかねえよ」 「可愛いよ。いま自分がどんな顔してるかわかってのか? 俺のことが好きで好きで堪らなくて、セックスも超気持ちいいって顔してんだぞ」 「そ、そんな顔してない!」 「してるよ。でも俺もたぶん同じような顔してんだろうな。澤村が好きすぎてやばいよ。お前ん中も死ぬほど気持ちいい。ずっと入ってたいくらいだ」 言いながら少しずつ腰を動かし始める。ついでに手にローションを垂らして、澤村の勃起したそれを上下に扱き始めた。 「うあっ……」 そこから先は一切容赦しなかった。俺の形に広がったそこを激しく犯し、掻き回し、得られるすべての快感を引き出そうと必死だった。もちろん澤村のあそこを扱くのもを忘れない。二つの弱い部分を責められて澤村はいままで以上に乱れた。ついでに乳首に軽く噛みつくと、嬌声を上げながら俺の背中に強くしがみつく。 「あっ、あっ、あんっ、岩泉っ、イっちゃうから、もう触んなくていいっ」 「イきたいならイけよ。俺も、どうせすぐイっちまいそうだからっ」 身体の奥底から何かがせり上げてくるのを感じた。更に腰を激しく叩きつけながら、それに合わせるように澤村のを扱く手の動きを速める。 「イクっ……イクっ、岩泉っ……ああっ!」 「俺もっ……お前ん中にぶち込むぞっ……くっ、あっ!」 澤村が白濁を撒き散らすのを目にした瞬間に、俺も限界が来た。頭が真っ白になるような快感に襲われ、澤村の中に思いっきり出してしまった。 「はあ……」 断続的な射精が落ち着いたあと、俺は澤村の身体の上に倒れ込んだ。荒い呼吸を繰り返す俺の背中を澤村は優しく擦ってくれる。 「すまん。中に出しちまった……」 「別に気にしなくていいよ。す、好きな人のだったら平気だ」 「最後まで可愛いな、お前。もう絶対離さねえぞ」 「俺だって離さないからな」 「つーか、付き合ってくれんの?」 「今更それ訊くのかよ」 澤村は笑いながら、今度は俺の頭を撫でてくれる。 「浮気は赦さないからな」 「安心しろ。澤村よりいい男なんぞそうそういねえから」 「いたら浮気するのか?」 「いてもしねえよ。俺は結構お前のこと好きだぜ?」 「俺だって結構岩泉のことが好きだ」 自分たちの台詞がなんだかおかしくて、二人そろって笑い合った。 にしても、恋が叶うっつーのは嬉しいな。人を好きになるのは初めてじゃねえけど、恋が叶うのは人生で初めての経験だ。俺が持っている気持ちと同じものを返してくれるやつがいる。それがこんなにも幸せなんだってことを、俺は生まれて初めて知った。 「よし、続きするか」 そんな満たされた気持ちに浸っていると、澤村がいきなりそんなことを言い出した。 「いや、まだイったばっかだし、お前だって続けて二回はケツがきついんじゃねえのか?」 いくら性欲真っ盛りの俺でも、さすがに少しはインターバルが必要だ。 「何言ってんだよ。次は俺が岩泉のケツに入れるんだよ」 言い終わるか終らないかのうちに、澤村が俺の身体に乗っかってきていた。 「えっ……いや、えっ?」 「なんだよその顔。まさか自分だけ入れるつもりだったのか?」 「だ、だって俺そっちは興味ねえし」 「俺は興味あるから」 覆い被さった身体を押しのけようとしたが、びくともしなかった。態勢的にも俺が不利で、しかも腕力は澤村のほうが上だった。 「そういえばさっき、散々意地悪なこと言ってくれたよな?」 「そ、そんなこと言いましたっけ?」 「言ったよ。俺は全部覚えてる。だからな、岩泉――いまから十倍返しだ」 「ちょっ……澤村落ち着け! マジで待てって……アッ――――!!!」 カーテンの隙間から明るい光が射し込んでいた。どうやら今日は晴れらしい。相方ができて、童貞も卒業できて、そんな俺を祝福しているかのような天気だ。だが俺はその日、大切なものを――処女と男のプライドを喪失した。 でも幸せだったから、ハッピーエンドでいいや |