真夜中の合宿所の廊下は非常灯の頼りない明かりだけで薄暗く、一人で歩くのは少し怖かった。足音を立てないように気を付けながら、俺こと澤村大地は建物の外に出る。
 第一体育館までの外廊下は外灯のおかげで中よりも明るかった。ちょっとホッとしながら体育館の玄関を目指して歩く。
 目的地に辿り着くと、出入り口の前の階段に約束の人物がすでに座っていた。俺と目が合うと彼はニコッと人のよさそうな笑顔を浮かべた。

「やあ」
「やあ。今日は海くんのほうが早かったんだな」

 待ち合わせの相手は音駒の副キャプテン、海くんだ。坊主頭に穢れを知らなさそうな顔は、まさに菩薩様と言った風情である。本人にそう言うとちょっと怒るけど。

「うん。昨日澤村くんが、ここで待ってるのは心細いって言ってた気持ちがよくわかったよ。正直怖かった」
「だろ? 明日からは合宿所の玄関で待ち合わせようよ」
「そうだね。とりあえず行こっか」
「うん」

 合流したところで、今度は体育館の裏側に移動する。そこはちょうど合宿所や敷地の前の道路からは死角になっていて、秘め事なんかには持って来いの場所になっている。
 体育館に入るための小さな階段に二人並んで座る。昨日もここでしたことを思い出して、自分の身体が熱くなるのを感じた。恥ずかしいような気持ちと、どうしようもなく興奮する気持ちが半分ずつ。でも昨日や一昨日に比べれば緊張感はずいぶんと薄れたような気がする。

「今日はどっちからにする?」
「海くんからでいいよ。昨日は俺からしてもらったからさ」
「そう? じゃあよろしく頼むよ」

 そう言うと海くんは一度立ち上がって、おもむろにジャージとトランクスを膝下まで下ろした。すでに半勃ちっぽいチンコを惜しげもなく晒しながら、再び俺の隣に座った。
 俺は海くんの股間に手を伸ばす。半勃ちのチンコはほんのり熱を持っていて、少し弄るとあっという間に硬くなった。剥き出しになった先っぽをチロチロと舐めたあと、棒アイスでも舐めるような感じで全体をしゃぶる。

「あっ……」

 海くんが気持ちよさそうな声を漏らす。優しい顔が堪らないと言いたげに目を細め、普段の純朴好青年と言った雰囲気から色っぽい男のそれに変化した。
 片方の手が俺の頭を優しく撫でる。俺が海くんのをフェラするとき、海くんは必ずそれをする。俺もフェラされるとき同じように海くんの坊主頭を撫でるから、そういうものなのかもしれない。

 俺たちがひっそりとこんなことをするのは、何もこれが初めてじゃない。最初は一昨日、この東京合宿の初日のことだった。きっかけはGPSを利用したゲイ向けのアプリで、夜の自由時間になんとなく位置情報を更新した俺は、その中で海くんを見つけた。
 同じ敷地内にいるからご近所さん一覧でも海くんは一番近くに表示され、しかも顔出ししてたからすぐに本人だってわかった。ちょっと迷いながらもメッセージを送ってみるとすぐに返事があり、こっそり会うことになったのだ。
 俺にとっても、海くんにとっても、お仲間にリアルで会うのは初めてのことだった。東京育ちの海くんがリアル初めてっていうのはかなり意外だったけど、まあ手広く遊んでるようには見えないし本当のことなんだろう。見た目で決めちゃいけないけど。
 リアル初体験ってことはもちろんエロい経験もお互いになく、興味はありながらも一歩踏み出せずに欲求が燻っている状態だった。それもあって、なおかつお互いに好みのタイプということもあり、会っていきなりしゃぶり合いになったわけである。
 さっき言ったとおりお互いに初体験だったから、最初はフェラもあんまり上手くできなかった。歯が当たったり吸い付く力が弱かったりと、もう目も当てられない。そういう部分をお互いに指摘し合いながらやっているうちに、まあまあ上達したんじゃないかと思う。

「澤村くん、イきそうっ……」

 海くんが切羽詰まったような声でそう告げる。俺は口の中から海くんのチンコを解放し、立ち上がった海くんの後ろに回って今度は手で扱いてやる。

「イくっ……あっ!」

 エロい声を出したかと思うと、海くんのチンコから勢いよく精液が放たれた。それが完全に出なくなったところで、持って来ていたトイレットペーパーで海くんのを掃除してやる。
 その後攻守交代し、同じように口と手で俺もイかせてもらってから、近くの水道で口と手を洗った。すぐには部屋に戻らず、さっきの場所で一休みする。

「海くん、頭触らせて」
「さっき俺がフェラしてるとき散々撫でくり回してたじゃないか」
「もう一回。そしたら今日もゆっくり寝られる気がするから」
「しょうがないな〜」

 オッケーの返事をちゃんと確認してから、俺は海くんの後ろに、海くんを足の間に挟み込むような形で座る。そして片方の手は坊主頭に、もう片方の手は海くんを抱きしめるような感じで腹のほうに回した。
 この坊主頭のジョリジョリ感は、言葉では言い表せないほど気持ちいい。撫でるたびにゾクゾクして、なんだか喘いじゃいそうになるほどだ。

「こんな気持ちのいいものに毎日触れるなんて、音駒のバレー部は幸せだな」
「いや、普通は頼まれても触らせないよ。触ろうとしてくるやつはいるけどさ」
「俺には触らせてくれるんだな」
「澤村くんにはもっと大事なところ触らせてるしね」
「確かに」

 二人して声を上げて笑った。

「そういえば海くんってなんで坊主なの? 家がお寺なのか?」
「違うよ。俺結構ひどい癖毛で、ちょっと伸びただけでも面倒なことになっちゃうんだよ。見栄えも悪いしそれなら坊主のほうがいろいろ楽かなって思って、小六のときからこれにしてるよ」
「そうなんだ。髪の長い海くんなんか想像できないなー」

 癖毛ってことは、伸ばしたら宇宙兄弟の兄みたいな感じになるんだろうか? 組み合わせてみたら……やばっ、なんかシュールで笑いそうになってしまう。

「あ、今なんか想像して笑っただろう?」
「わ、笑ってないよ! 海くんは坊主が似合ってるなって思っただけだよ。シンプルな髪型だけど誰でも似合うってわけじゃないし、頭の形もよくないと変になっちゃうだろ? だからある意味才能だよ」
「褒められてるのかどうかよくわからないコメントだな〜」

 そろそろ戻ろうか、と海くんに言われてその日の密会はお開きとなった。音駒とうちは寝ている部屋が隣同士だから、部屋の前まで一緒に来てそこで別れる。海くんは小声で「また明日ね」と言って優しく微笑んだ。穢れを知らないような菩薩スマイル……でもそんな顔をする海くんも、男子高校生らしくエロいことにはとても積極的だということは、きっとまだ俺しか知らないんだろう。なんだか優越感みたいなものを覚えちゃうな。それでこれからも俺しか知らないことであってほしいと、わがままな気持ちが湧き上がるのを俺は抑えられなかった。



 東京合宿四日目。
 昼休憩前の最後の試合が終わった俺たちは、隣のコートの試合を見学していた。音駒vs梟谷。かなり競っているようだ。
 俺の目は自然と海くんのことを追っていた。コートの中の海くんはいつもの菩薩スマイルを消し去って、常に真剣な表情をしている。男らしく厳めしいそれは、普段の柔らかな雰囲気と違ってなんだか圧倒されそうになる。でもそれがまたカッコいい。
 海くんの持ち味は堅実な守備で、けれど攻撃もそつなくこなすバランスタイプだ。俺も同じようなプレイスタイルでしかも同じポジションだったりするが、同族嫌悪みたいな感情はない。むしろ純粋に尊敬しているし、見習わないといけないところがたくさんある。
 海くんがスパイクを決めた。ふと顔を上げた海くんと目が合う。真剣な表情が消えたかと思うと、いつもの優しい笑顔がパッと浮かんだ。それを見た途端に胸の中に何か温かいものが溢れ出すような感覚がして、カッと顔が熱くなる。

「大地、なんか顔赤くなってるけどどうした?」

 隣のスガが心配そうに訊いてきた。

「なんでもない。ちょっと暑いだけ」

 俺の拙い言い訳を特に疑う風もなく、スガは「ふ〜ん」と相槌を打ってまた観戦の続きに戻った。
 火照った顔を冷ますようにタオルで自分を扇ぐ。ゆっくりと息を吸って吐いてみるけど、胸の中は相変わらずざわざわと騒がしいままだ。でもなんだかすごく温かい。この気持ちがなんなのか……それを知らないほど、俺は子どもというわけでもなかった。



 深夜、寝泊まりしている部屋を抜け出した俺は、足音を立てないよう爪先歩きで階段を下りる。昨日までは体育館の玄関で待ち合わせてたけど、あそこに一人でいるのは心細いってことで、今日はこの建物の玄関で待ち合わせだ。
 海くんは今日も先に来ていた。合流していつもの場所に移動し、そしていつものようにしゃぶり合う。お互いにすっきりしたところで、これまたいつものように世間話をする。

「もう明日で合宿も終わりだね」

 海くんが寂しそうな声でそう言った。

「そうだな。なんかあっという間だったよ。でも前に来たときより楽しかった。バレーもそうだけど、海くんとこうしてエロいことしたり話したりするの、すごく楽しかったな」
「俺もだよ。こんなところでお仲間が見つかるなんて思ってもみなかったけどね」
「でもこれだけ男がいたら、他にもお仲間がいてもおかしくないよな。実際いたりして」
「どうだろう? 俺の目にはそれっぽい人いないように見えたけど。でももし他にいたとしても、俺は澤村くんが一番タイプかな」
「ほ、ホントか?」
「うん」

 包み隠さずストレートに好意を示してくる海くんに、俺は照れて顔が熱くなる。

「お、俺も海くんが一番タイプだよ」
「本当? 坊主は他にもいるよ?」
「別に坊主だからいいってわけじゃないよ。もちろんそこも好きだけど、顔だってカッコいいし、性格も優しくて一緒にいると安心するんだ」

 ありがとう、と言いながら今度は海くんが顔を赤くした。照れてる海くんはなんだか可愛くて、俺はその坊主頭を優しく撫でた。

「宮城か。遠いなあ。新幹線ならあっという間なんだろうけど、お金がなあ。バイトする暇もないし……」
「そうだな。会うの、またしばらく後になっちゃうな〜」

 金銭的な問題はさておき、これからお互いに春高予選が始まる。それが終わるまでは休む暇なんてないだろうし、うちは優勝、海くんたちは最終予選で三位以内に入れれば、今度は春高本番に向けて忙しくなるだろう。

「あ、でもお互い予選勝てたら、春高の前にまた合同合宿やるかもな」
「そうだね。早ければ一カ月くらい先かな? また会うためにも頑張ろうね」
「うん」

 この合宿でゆっくり話せるのも今日が最後だからか、どちらも部屋に戻ろうとはなかなか言わなかった。でもさすがに日付が替わると明日のことが心配になってきて、仕方なく戻ろうかと俺から声をかけた。
 重い腰を上げて、できるだけ時間をかけるようにゆっくりと歩き始める。まだ海くんと一緒にいたいって思いが後ろ髪を引いてるみたいだった。

「澤村くん」

 少し後ろを歩いていた海くんが、唐突に名前を呼んだ。何、と訊きながら振り返った途端、身体が温かいものに包まれる。海くんに抱きしめられていた。

「無理なことだってのはわかってる。でも言わずにはいられそうにない。……宮城に帰らないで。ずっとここに……俺のそばにいてほしいんだ」

 切ない響きを孝んだ声が、俺の心に浸透する。無性に寂しく思う気持ちが込み上げてきて、俺は槌りつくように海くんの身体を抱きしめ返した。

「こんなこと言ってごめん。困らせちゃうよな」
「ううん。正直、言われて嬉しかった。俺だってできることなら海くんのそばにいたいよ。毎日その顔を見たい」

 俺は海くんの両頬に手を添えた。明日で一旦見納めになってしまうそれを目に焼きつけるようにじっと見つめる。そんな俺の顔を海くんも同じようにじっと見つめていた。

「キスしていい?」

 優しい笑顔を浮かべたあと、海くんは一つ領いた。
 ふっくらとした海くんの唇に、自分の唇をそっと重ね合わせる。思っていたとおりの柔らかい唇だった。それにちゅっと吸い付き、本能的に舌を忍び込ませて海くんの口の中で絡め合う。そういえばこれファーストキスだな、と今更のように思い出しながら、でも海くんにならいくらでも捧げていいと心から思った。

「俺、海くんのことすげえ好きだよ」

 自分の中の大切な想いを告白することに、不安や迷いはなかった。

「俺も澤村くんのこと好きだよ。遠距離になっちゃうけど、それでも嫌じゃなければ俺を澤村くんの彼氏にしてほしい」

 海くんにもそういう気持ちがあるっていうのは、なんとなく感じていた。俺が試合をしている海くんを外野から目で追っていたように、海くんがそうしているのも気づいていた。
だけどやっぱりこうして言葉で聞くのは、そういう相手の行動から感じ取るのとは違う。心と身体が震えるような嬉しさが満ち溢れてくる。そんな感覚がした。

「嫌なわけないだろう。むしろよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 改まったやりとりになんだかおかしくなって、二人で笑い合った。それが落ち着くともう一度キスをする。離れるとすぐにまた欲しくなって、やめられずに何度もした。

「あ、やばっ……また勃っちゃった」
「ホントだ! 海くんエロいな」
「澤村くんだってビンビンになってるだろ! でもさすがに抜いてる時間はないな。部屋に戻るまでに収まればいいんだけど……」
「猫又監督の顔でも思い浮かべてたら収まるべ」
「監督に失礼だよ、それ。でもその手はありだな」



 春高予選に向けての東京合宿の日程がついにすべて終了となった。最後に参加した全チームでバーベキューをすることになり、みんな食べ盛りの男子高校生だけあってよく食っていた。もちろん俺も他に引けをとってない。

「澤村くん」

 満腹になったところで声をかけてきたのは、海くんだった。

「ちょっと一緒に来てもらっていい?」
「もちろん」

 なんとなく予想はしていたけど、海くんに連れられて来たのは深夜の密会で使ってたあの場所だった。

「これを受け取ってほしいんだ」

 そう言って海くんが差し出したのは、赤い柄のお守り……というか、小さい巾着袋みたいなものだった。表面には「勝」の文字が刺繍されている。

「これ、お守り。澤村くんたちが春高予選で優勝できるように。俺が作ったものだから不格好だし、御利益があるかどうかはわからないけど、受け取って」
「海くんが作ったのか!? 全然不格好じゃないよ! 綺麗にできてるじゃん」
「そうかな? 中には四葉のクローバーが入ってるんだ。小さい頃に見つけて、大事に取っておいたんだ」
「そんな大事なもの俺がもらっちゃっていいのか? 海くんたちだって激戦区のはずだろ?」
「実は四葉は二つ見つけたんだ。だから俺も同じの持ってるよ」
「そうなのか。じゃあありがたくもらうよ。本当にありがとう。俺も何かあげられたらよかったんだけど、今は何も持ってなくて……」
「物はいらないよ。その代わり、最後にハグしてほしい」

 そう言って海くんは照れたようにはにかんだ。男らしい顔が、笑ったときは優しく、そして可愛くなる。そんな海くんの笑顔が俺は大好きだった。
 一応周りに人がいないことを確認してから、俺は同じ背丈の海くんの身体を抱きしめた。存在をもっと確かに感じたくて、両腕に力を込める。華奢じゃない、むしろ逞しい身体が俺に縋りついてくる。そっと頬ずりされて、愛おしさみたいなものが自分の身体から噴水みたいに溢れ出てくる気がした。

「時々、電話してもいい? 澤村くんの声が聞きたいよ」
「もちろん。俺からもかけるよ」
「離れていても、俺のこと好きでいてくれる?」
「当たり前だろ。海くんこそ、油断するんじゃないぞ。きっと海くんのこと狙ってる男はたくさんいるだろうから」
「それはないと思うけどな〜」
「あるんだよ。海くんは優しいからホント心配だな〜」
「杞憂だと思うよ」

 抱きしめる力を少しだけ緩める。間近にある堀の深い顔立ちと少しの間見つめ合ったあとに、どちらともなくキスをした。

「予選、絶対優勝して来てね」
「そっちこそ、大変だろうけど頑張って。宮城から応援してるよ」
「俺も応援してるよ。合宿またやるかはわからないけど、もしなかったら今度は春高の舞台で会おう」
「うん。絶対だ」
「約束」

 俺も海くんも、きっと今は恋愛に現を抜かしている場合じゃないんだろう。だけど静かに始まったこの恋は、これから先のいろんな試練に立ち向かう俺にとっての「強さ」になる気がする。海くんにもそう思ってもらえていたら嬉しいな。そうやってお互いの存在が支えになる。きっと恋人同士になるってそういうことなんじゃないだろうか。
 海くんの優しさに浸りながら、その坊主頭を撫で繰り回す。このジョリジョリとした感触さえも自分だけのものにしたい。そう思うほどに俺は海くんのことが好きなんだと、自分の気持ちの強さに改めて気づかされた瞬間だった。


おしまい




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