08. 出会いは偶然かもしれない、でも再会は運命なんだ


 シャワーを浴びている間も、牛島の興奮が収まることはなかった。それもそうだろう。初めての体験で、しかも相手は激しく恋い焦がれた澤村だ。興奮と同時に緊張も覚え、心臓は壊れてしまうのではないかと思うほど高鳴っていた。
 髪と身体を念入りに洗い、全身を拭き終えたところで、ふと服は着るべきかどうか悩む。どうせ脱ぐのだからこのまま戻ってもいいが、それだといかにもやる気満々に思われて、澤村に引かれはしないだろうかと心配になる。結局牛島はTシャツとボクサーパンツだけを着て脱衣室を後にした。
 リビングに大地の姿はなかったので、隣の寝室へと続く引き戸を開ける。中は小さな明かり一つで薄暗く、すぐには中の状況が掴めなかったが、徐々に慣れてきた目がベッドの上の膨らみを見つけ出した。
 そっと近づくと、布団から澤村が顔を覗かせた。どうやら彼は服を着ていないらしく、剥き出しの肩や鎖骨が牛島の目に飛び込んでくる。澤村の裸を見るのは決して初めてではないが、いまからいやらしい意味でそれに触れるのかと思うと、いままでにない、息が詰まりそうなほどの興奮を覚えた。

「元気だな」

 牛島の股間を指差しながら、澤村がそう笑う。

「まあ、俺も同じ状態だけどな」
「そうなのか?」
「当たり前だろう? だってこれから、若利とそういうことするんだから」

 ほら、と手招きされて、牛島はドキドキしながら大地の隣に入った。狭いシングルベッドの上で抱き合うようにして身体をくっつけ合い、どちらともなくキスをする。
 一度始まると、あとはもう無我夢中だった。互いの口内を貪るようにして舌を絡め合い、無意識のうちに下肢を押しつけ合っていた。硬いもの同士が布越しに擦れ合う感触は、興奮とともに快感を呼び覚ます。
 先にそこに触れてきたのは澤村のほうだった。指先で先端の辺りを少し擦ったあと、手のひらで竿全体を下着の上から扱かれた。牛島も澤村のそれを同じようにしてやれば、抱きしめた身体がびくりと震えた。

「やばいな、これ」

 離れた唇が、切羽詰まったような声でそう告げる。

「今更やめるなんて言うなよ」
「言わねえよ。若利をイかせるまで絶対やめない」

 ごそごそしているうちに掛け布団はベッドからずり落ち、そして最後の砦であった互いの下着を脱がし合った。すべてを曝け出した状態で、再びきつく抱き合う。
 澤村の背中に回していた腕を下げていくと、丸みを帯びた柔らかい部分に到達する。すべすべで触り心地がいい。程よく引き締まった身体の中で唯一柔軟なそこを、牛島は撫でたり揉んだりしながら感触を楽しんだ。
 ベッドに入る前に感じていた恥じらいや緊張がほぐれてきた頃に、いきなり澤村が乗っかってきた。牛島を見下ろすその顔は、いつもの優しい好青年のそれではなく、欲情して理性のたかがはずれかけた、雄のそれだ。こんな顔もするのかと、想像もできなかった一面に驚く半面、自分がこんな顔をさせているのだと思うとひどく満たされた気持ちになる。

「若利っ……」

 名前を呼ばれて、呼び返そうとするより先に口で口を塞がれた。熱を持った柔らかいものが牛島の舌を探し当てると、蛇のように絡みついてくる。吸いつき、掻き回し、散々牛島の口内を蹂躙したあとで、澤村の舌は首筋へと下りてくる。

「……っ」

 ざらざらとした感触がくすぐったい。思わず身を捩って逃げようとするが、牛島を組み敷いた澤村の力は思った以上に強かった。されるがままに肩や鎖骨の辺りまで舐め回され、甘噛みされ、最後には胸の突起に吸いつかれた。

「……っ!」

 その瞬間、脊髄に鳥肌が立つほどの快感が走った。いままで体験したことのない、未知の感覚。動画を真似て自分で触ったときは何も感じなかったのに、澤村に責められると恥ずかしいくらいに身体が反応してしまう。

「だ、大地っ…駄目だっ」

 駄目と言って聞くような状態にないことはわかっていた。案の定、澤村は牛島の声を完全に無視して、大きくなった乳首の先端を、飴玉でも舐めるかのようなしつこさを持って責めてくる。
 なんだこれ、と未知の快感に戸惑いながらも、牛島の身体は澤村の愛撫に素直に反応していた。何か変な声が出そうになるのを懸命に堪えるが、それも限界が近づいてきて、自分の手を噛むことで誤魔化す。けれど、すぐにその手は澤村にそっと外された。ぎゅっと握りしめられ、いよいよ誤魔化すことも声を押し殺すこともできなくなってしまう。

「あっ……」

 自分でも驚くくらい、甘い声が零れた。その反応に気をよくしたのか、愛撫はよりいっそうしつこく丁寧になり、牛島をあられもなく乱れさせた。

「くぅっ……あ、あっ」

 舌で転がされ、吸いつかれ、押しつぶされ……刺激を与えられれば与えられるほど、そこはどんどん敏感になっていく。まるで自分の身体ではないような感覚に陥りそうだが、重ねた手を強く握り込まれ、意識も身体もしっかりと現実に繋ぎ止められていた。

「可愛い……」

 ふと顔を上げた澤村が、熱い視線を送りながらそう言った。

「若利が可愛くて仕方がない」
「俺は、可愛くなんか……」

 むしろお前のほうがよっぽど可愛いと思う。そう言って本当なら自分がリードしてやるつもりだったのに、主導権は完全に澤村に握られている。けれど、積極的な澤村も男らしくて好きだ。いつもと違う、獰猛さが垣間見える瞳も、眩暈を起こしてしまいそうなほどに興奮を掻き立てた。

「なあ、これ舐めたいって言ったら引くか?」

 これ、と言いながら彼が握ってきたのは、股間にそそり立つ牛島自身だった。

「いいけど、俺も大地の舐めたい」

 澤村の股間にぶら下がったものも、隆起してたくましい姿を晒している。うっとりとそれに見惚れつつ、それに触りたくて仕方なくなっていた。

「本当か? じゃあ、えっと、ちょっと身体を横に向けて」

 言われたとおりに横向きになると、澤村も頭を牛島の足のほうにして、向かい合う形で横向きになった。そうなると必然的に澤村の股間が目の前に来るわけで、触りたくて仕方ないと思っていたそれが、顔からほんの数センチの距離まで詰め寄ってくる。
 触れると想像していたよりずっと熱く、そして硬い。美味しそうだと思ってしまう自分は変態かもしれないと思いながら、躊躇いもなくそれに唇を這わせた。

「うわっ……」

 澤村が呻いた拍子に、そこがぴくりと震えた。可愛い反応だ。もっと感じてほしいと口に頬張ろうとするけれど、それより先に澤村が牛島にしゃぶりつく。
 温かいものに包まれ、乳首を責められたとき以上の快感に襲われた。よく男は自分の手でするのが一番感じると聞くけれど、そんなの嘘だ。澤村のフェラチオのほうが百倍気持ちいい。
 あっという間に上り詰めてしまいそうになるのを、澤村のをしゃぶることで誤魔化す。少ししょっぱいような味がするが、決して不快ではない。どうするのが一番気持ちいいのかよくわからないが、とにかく無我夢中でしゃぶりついた。

「んっ……はぁ」

 しゃぶりながら澤村が、時々気持ちよさそうに喘いでいた。今更ながらいわゆるシックスナインをしているのだと気づいて、それが妙に興奮を掻き立てた。まるで競うように激しくしゃぶりつき合い、互いを快感の頂点へと確実に導いていく。

「大地っ」
「若利っ」

 根を上げたのは、二人ともほぼ同時だった。名前を呼んだのは限界が近いせいで、目が合うと互いに苦笑する。

「イクなら大地と一緒がいい」
「俺も、若利と一緒がいいな」

 身体を起こすと、伸ばした膝の上に、向き合うような形で澤村が乗っかってくる。触れ合った二つの性器を澤村が両手で包み、上下に激しく扱き始めた。

「若利のベトベトだな」
「大地のだってそうだろ」

 二人分の先走りが潤滑剤の代わりになって、クチュクチュと湿った音を立てている。いやらしいことをしているのだと改めて実感させられて、頭の中が沸騰しそうなほどに興奮が高まっていく。
 澤村の身体を強く抱きしめ、合間で何度もキスしながら、再び腰が砕けるような快感がせり上げてくるのを感じた。なんだかもったいない気がして我慢しようと思ったけれど、澤村の容赦のない責めにあっけなく陥落してしまう。

「大地っ、イきそう」
「俺ももう、限界っ……!」

 澤村の掠れた声が耳朶を掠めた瞬間、何かが弾けるような感覚がした。膝の上に乗った身体を強く抱きしめ、牛島は伸ばした脚をびくびくと痙攣させながら達した。澤村も牛島にしがみつきながら、欲望の塊を放っていた。

「はあ……」

 ひどく長く感じる射精感に疲れて、牛島は澤村を巻き込みながらぐったりとベッドに倒れ込む。胸や腹の辺りに自分たちが吐き出した熱い液体が付いたままだが、それをすぐに拭う気力は湧いてこなかった。

「気持ちよかったな」

 言いながら澤村は、照れたようにはにかんだ。その顔が死ぬほど可愛くて、堪らず牛島は彼の薄い唇に口づける。

「あんまキスすると、また勃っちゃうだろ」
「だったらもう一回ヌけばいい」
「駄目だ。若利、明日朝早いんだろ? それにこれから、いくらだってする機会はあるんだから」
「そうだな……」

 時間はたくさんある。そのたくさんある時間を、これから澤村のそばでずっと生きていけるのかと思うと、泣きたくなるくらい嬉しくなった。苦しい、と訴えるのも無視して澤村の身体をきつく抱きしめ、身に余るような幸せを噛み締める。

「若利、そろそろ身体拭かないと。つーか、これもうシャワー浴びたほうがよさそうだな」
「もうちょっとだけ、このままでいさせろ」

 しようがないな、と澤村は困ったように笑ったあと、牛島の胸に顔を埋めた。
“出会いは偶然かもしれない でも再会は運命なんだ”――誰かの曲に、そんなフレーズがあったことを牛島は唐突に思い出した。あの暑い夏の日、街で澤村と遭遇したのは、初めての出会いではなく再会だった。ならばそれは運命であり、こうして澤村と結ばれたのも、その運命とやらに肖ったものなのかもしれない。
 たとえそれが神様の悪戯に過ぎないのだとしても、牛島はその運命の中で掴み取った幸せを二度と離さないと、心に固く誓うのだった。



続く※R-18





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