終. 二人の物語


 目覚ましが鳴る五分前に、澤村大地は自然に目が覚めた。
 ベッドの上で横になったまま伸びをすると、温かな何かに触れた。隣で眠る恋人の肩に当たってしまったらしい。幸いにも彼を起こすほどの衝撃ではなかったようで、寝息は規則正しいまま、静かな部屋に響き渡っている。
 澤村は恋人――牛島若利の、昨日切ったばかりの髪を撫でた。しばらくそのジョリジョリとした感触を楽しんだあと、彼の身体を背中から抱きしめる。互いに上半身には何もまとっていないせいで、彼の心地いい体温が肌に直に伝わってくる。こういうときに、どうしようもないくらいの幸せを澤村はいつも感じていた。
 抱きしめたついでに彼の胸板に手を滑らせると、ざらりとした突起を見つけた。ここを弄ってやると、彼はいつもいやらしく乱れる。昨日の夜だって散々舌で苛めてやったばかりだ。そのせいかなんだか普段よりもそこは赤く膨れていて、澤村の目にひどく扇情的に映った。
 我慢できずに唇を寄せ、可愛いそこに軽く吸いつく。途端に大柄な身体がぴくりと震えたが、目を覚ましてはいなかった。それをいいことに思うがままに責め立てる。舐め回し、唇で挟み、そうしているうちに牛島の呼吸が荒くなってきた。

「あっ……」

 甘さを孕んだ声が、ついに牛島の口から零れた。眠っていながらもしっかりと反応する様子に澤村も気持ちが乗ってきて、よりいっそう激しく吸いつく。暇になった手は割れた腹筋を撫でたあと、下着の中にそっと忍ばせた。硬くなった先端を包み込み、優しくこね回す。

「あっ、そこは駄目です……加持さんっ」



「誤解だ大地! 加持さんとは本当に何もない!」

 こんなに焦る牛島を見るのは初めてだ。いつもは無表情なその顔も、いまは困っているような、あるいは怒っているような曖昧な表情を浮かべて澤村に迫る。

「変な夢を見ていただけだ!」
「へえ。夢で加持さんと変なことしてたのか。そういう夢を見るってことは、加持さんに何か下心でもあるんじゃないのか?」

 澤村の心は荒れていた。さっき寝ている牛島を弄っていたときに、彼の口から自分ではない別の男の名前が飛び出したからだ。せっかく気持ちが乗ってきていたのに、一気に萎えた。しかも出てきた男の名前が隣部屋の住人という、かなり身近な人間のものだから、妙に現実的な感じがして不愉快さは倍増だった。

「俺は、そういう意味では加持さんにこれっぽっちも興味ない! 俺が好きなのは大地だけだ!」
「そういえば前に、俺と加持さんが少し似てるとか言ってたよな。本当はどっちでもいいんじゃないのか?」
「そんなわけないだろ!」

 何も澤村は、牛島が本当に加持に対して恋愛感情を寄せているとは思っていない。彼の自分に対する気持ちは疑いようがないとわかっている。それでも辛辣な言葉を浴びせたのは、どうしようもないくらいの嫉妬心によるものだ。たとえ夢の中でも、そういうことをするのは自分だけであってほしい。牛島を乱れさせることができるのは、この世界で自分ただ一人だけで十分だ。

「……今日は帰る」

 その台詞に乗せた感情は、嫉妬で怒り狂った気持ちが半分と、これ以上一緒にいるともっとひどいことを言って、彼を傷つけてしまいそうで恐かったのが半分だ。とりあえず一人になってこの荒海のような心を鎮めたい。

「待てよっ」
「待たない。今日はもう一緒にいたくない」

 伸びてきた腕を上手く躱すと、澤村は素早く寝室を出る。リビングにバッグが置きっぱなしだったが、構わず玄関を潜り抜け、アパートの階段を足早に下りた。
 アパートの敷地を出たところで、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう、とさっきの自分の言動を後悔する。あれは完全に八つ当たりだ。寝言で呟いた名前が自分以外の男だったことは確かにショックだが、現実を伴わない夢なんてよく見るものだ。どうしてこんな夢を見てしまったのだろう、と目覚めたあとに疑問に思った経験が澤村にもある。
 牛島は大抵のことには動じないが、澤村のこととなると意外なほどナイーブになりがちだ。澤村の一挙手一投足に翻弄されているのが目に見えるようにわかる。だからきっといまも、さっき澤村が投げつけた言葉をかなり気にして落ち込んでいるに違いない。それがわかっていても、すぐに戻るのはなんだか恥ずかしくてできなかった。
 しばらくアパートのそばをうろうろする。すると牛島が階段を下りてきているのが見えて、澤村は慌てて物陰に隠れた。心はまだ完全に冷静になったわけではない。牛島には悪いが、まだ顔を合わせるわけにはいかなかった。
 怒ったような顔でアパートの敷地から出てきた牛島は、キョロキョロと辺りを見回したあと、澤村がいるほうとは反対方向に歩いていく。あれはおそらく自分を捜しているのだろう。少し嬉しいのと申し訳ないのとで澤村は一人苦笑して、主のいなくなった部屋にこっそり戻ることにした。

 いま一番見たくなかった顔に出くわしたのは、牛島の部屋の真ん前まで来たときだ。

 隣の部屋の玄関が開いたかと思うと、長身の影がぬっと出てくる。牛島よりも高い二メートル近い身長は、日本人としては類稀なサイズだ。おかげで彼の両手に抱えられた大きいはずの鍋が、ずいぶんと小さく見えてしまう。

「あれ、澤村くん来てたんだね」

 加持――牛島の隣部屋の住人であり、さっき牛島が寝言で呟いた名前の持ち主は、男臭い顔立ちに優しげな微笑みを浮かべて声をかけてくる。別にさっきの一件は加持に非があるわけではないし、彼と牛島との間に何かあるとは思わないが、それでもどうしようもなく嫉妬してしまっただけに、いまは顔を合わせたくなかった。けれど声をかけられた以上無視をするわけにもいかず、澤村は「どうも」と素っ気なく挨拶した。

「ちょうどよかった。カレー作ったから一緒に食べようよ。若利は起きてるかな?」
「俺は……」

 いりません、と言いかけたところで、タイミング悪く澤村の腹が音を立てて空腹を訴えた。そういえば今日はまだ何も食べていない。牛島と口喧嘩するのに忙しくてすっかり忘れていた。

「……じゃあ、いただきます」
「そうこなくっちゃ」

 結局食欲には敵わず、澤村は不用心にも鍵のかかっていない牛島の部屋に、勝手ながら加持を上げた。
 これまでも何度か加持の料理を食べさせてもらったが、その中でもカレーが一番好きだった。具沢山でボリュームがあり、味もなかなかに絶品である。彼が手にした鍋から漂ういい匂いに、その味を思い出して涎が出そうだった。

「あれ、若利いないなあ。鍵は開いてたし、コンビニにでも行っちゃった?」

 寝室の中を覗いた加持が、牛島の不在に気づいて訊いてくる。

「もしかして、澤村くん昨日ここに泊まってた? あれ澤村くんのバッグだよね?」
「まあ……」
「若利と喧嘩でもした? さっき玄関で出会ったとき、澤村くん機嫌悪そうな顔してたし」

 すぐに図星を指されて、澤村はどういう顔をすればいいのかわからなくなった。曖昧に苦笑し、でもここで誤魔化すのも変な気がして、結局事の顛末を加持に話すのだった。

「あはははっ!」

 澤村と牛島の喧嘩の原因を知った加持は、人の気も知らないで豪快に笑った。

「なんかごめんね? 俺が原因みたいになっちゃって」
「いえ。別に加持さんが悪いわけじゃないんで……」

 そう、加持は悪くない。ついでに言うなら、牛島だって悪くない。夢なんて自分でコントロールできるわけではないし、見たくないものを見てしまうこともある。すっかり冷静になった澤村は、牛島を一方的に貶めてしまったことに対して再び罪悪感に苛まれた。

「まあ、安心してよ。俺と若利の間にそんな色っぽい感情はこれっぽっちもないから。あいつは澤村くんのことしか見えてないよ」

 加持は澤村と牛島が恋人関係にあることを以前から知っている。牛島が自分から彼に教えたらしい。同じチーム内の人間にそんなことを話しても大丈夫なのかと心配したが、聞くところによると加持はゲイセクシャルだという。

「それに俺はどちらかと言うと、澤村くんのほうがタイプだな〜。むしろ二人まとめて面倒見てあげたい感じ?」

 冗談っぽく笑った加持に、澤村も釣られて笑った。

「今頃きっと迷子の子牛のように、澤村くんを求めてその辺を彷徨ってるんだろうね」
「ですよね。そろそろ呼び戻さないと……」

 呼び戻して、さっきの言葉を謝りたい。そうしてまたいつものように膝枕をしてあげて、頭を撫でてやりたかった。

「俺がメールしておいてあげるよ」
「助かります……」

 それから二人で雑談をしながら、牛島の帰りを待った。加持に対する嫉妬心もすっかり消え失せて、澤村はいつもの自分を取り戻す。
 思えば加持と二人きりというシチュエーションは初めてだ。だからと言って今更緊張もしないが、バレー界のスター選手とこうして親しくできるのはやっぱり嬉しい。
 加持はクラブチームでの牛島の様子をいろいろと教えてくれた。なんとなくそうだろうなとは思っていたが、やはり牛島は人付き合いがあまり上手いほうではないらしい。思っていることをオブラートにも包まず口にしてしまうから、初めの頃は同期や歳の近い先輩方と衝突することもあったという。いまは牛島も多少丸くなったし、チームメイトたちも彼の態度にすっかり慣れてしまったようで、トラブルが起こることはずいぶんと減ったそうだ。

「でもそんな若利が恋愛にのめり込むとはねえ。俺と二人でいるときは澤村くんの話ばっかりだよ」
「そうなんですか?」

 そうだよ、と加持は苦笑する。それはちょっと嬉しいかもしれない。

「でもあれだよ。ここで甘やかすと男は調子に乗るから……って、澤村くんも男か。まあいいや。とにかく、若利には何か罰を与えないとね。こんな可愛い彼氏がいながら他の男の夢を見ちゃうなんて」
「でも、夢なんて見たいものばっか見られるものじゃないから、あまり責められません」
「駄目、駄目。そんなんじゃまた同じ轍を踏んじゃうよ」
「でも、あいつを傷つけるようなことはあんまりしたくないし……」
「簡単だよ。同じように嫉妬させればいいんだから。そろそろあいつも帰ってくるだろうし……」

 加持が壁時計を見上げた。それに釣られて澤村も時計に目線をやろうとするが、次の瞬間にはなぜか天井を見上げていた。身体が重い。それもそのはず、澤村の上には加持の巨体が覆い被さっていて、彼にソファーに押し倒されるような形になっていた。

「か、加持さん!?」

 いきなりのことに訳がわからず名前を呼ぶと、加持は悪気がないとでも言いたげに笑う。

「こうやって他の男といちゃついてるのを見せつけて、あいつにも嫉妬させればいいよ。そしたらあいつもちゃんと澤村くんのことしか考えなくなるんじゃないかな?」
「で、でもこれじゃ誤解されて……」
「大丈夫、大丈夫。あ、澤村くんって意外といい身体してるんだね。肩も腕も筋肉がすごい」

 どうやら加持に下心はないらしい。だからと言って抵抗しないわけにもいかず、覆い被さってきた身体を押し返そうとするが、びくともしなかった。触れた二の腕は硬い筋肉に覆われていて、間違いなく自分の何倍も鍛えられている。そもそも体格差が圧倒的だ。牛島を押し倒すのにも少し苦戦する自分が、牛島よりも一回りほど大きい加持に力で敵うわけがなかった。
 抵抗を諦めかけたそのとき、玄関の開く音が澤村の耳に届いた。きっと牛島が帰って来たのだ。この状況を彼に見られたくない。そんな気持ちが唐突に湧き上がってきて、澤村はじたばたと暴れて加持の拘束から逃れようとする。けれどやはりどうすることもできず、加持に押し倒されたままの状態で、リビングのドアが外から開けられてしまった。

「なっ……」

 姿を現したこの部屋の主は、驚いたように目を見開いた。次の瞬間にはその男臭い顔立ちを怒りの色に染め、ずかずかとソファーに歩み寄ってくる。そして彼のいつも強力なスパイクを放つ左腕が、澤村の上に重なった加持に振り下ろされようとする。

「若利やめろっ!」

 澤村が制止の声を上げるが間に合わない。牛島の左手は完璧に加持の顔面を捉えていた。しかし、それが本当に加持の顔に叩き込まれることはなかった。寸でのところで加持がその手を手で受け止めたのである。

「暴力はよくないな〜」

 殺気立った牛島とは対照的に、加持は呑気な声でそう言った。

「安心しなよ。澤村くんとは何もしてない。ちょっとお前をからかいたかっただけだから」

 加持は牛島の手を掴んだまま立ち上がった。それと入れ違いに今度は牛島の身体が澤村の上に振ってくる。どうやら加持が牛島を引っ張り倒したらしい。痛いのと重いのとで澤村は呻いたが、振ってきた身体を抱きしめることは忘れなかった。

「しっかりしろよ、若利。せっかく捉まえられたんだから、他の男の夢なんか見てないで、もっと大事にしてやれ。でないと俺が盗っちゃうぞ?」

 意地悪そうに微笑む加持を牛島は睨んでいたが、もう殴りかかったりはしなかった。

「まあ、あとは若い二人で仲良くやりなさい。邪魔者はとっとと退散するよ。またあとで来るけどね。カレーまだ食べてないし」

 そう言い残して、加持はリビングを出ていった。玄関のドアが閉まる音が聞こえると同時に、澤村も牛島も二人して溜息をつく。
 こちらを見下ろす牛島の顔に、さっきまでの怒りは断片すら見られなかった。ただ心配そうに眉を下げ、表情を曇らせている。

「加持さんに何もされなかったか?」
「何もされてないよ。あの人はそういうことしないって、若利もわかってるだろ?」
「わかってる……けど、相手が加持さんでも、大地に他の男が触るのは嫌だった」

 そう言って牛島は、澤村の胸元に顔を埋める。

「寝言のこと、悪かった。でも俺は本当に大地しか好きじゃないんだ。他のやつとなんて考えられない。信じてくれ」
「俺は若利の気持ちを疑ったことなんかないよ。今朝のだって、ただ単に加持さんに嫉妬してただけだから。あのときはひどいこと言ってごめんな」

 素直に謝罪の言葉を口にすると、自分から離れていた何かが心の中に戻ってくる感覚がした。きっとそれは幸せの断片なのだろう。牛島がそばにいないと自分は幸せになんかなれない。喧嘩をして、初めてそれを思い知らされた。
 いつものように牛島の頭を撫で、目が合った拍子にどちらともなくキスをした。目を閉じ、深く絡み合い、そうしているうちに身体が火照ってくる。太ももの辺りに押しつけられた硬い感触に気づいて、澤村はうっかりしゃぶってあげたいなと思った。

「いまからしたい」

 けれど先にそれを口にしたのは、牛島のほうだった。

「でも、やっぱりこんな明るいうちからじゃ駄目だよな……」
「別に、そんな決まりなんかないだろう? 俺もいま若利としたいから、しよう。でも今日はせっかくだから、最後までしたい」
「最後まで……」

 後ろを使ったセックスが存在することは知っていたが、それを実践したことはない。どちらも何も言わなかったから、牛島とはいつも軽い睦み合いで終わっていた。
 いまは彼と身体を繋げたいと、澤村は強烈に感じていた。自分から突き放したとは言え、やはり大事な人と喧嘩をしてしまうのは寂しかったのかもしれない。
 最後までの意味がわかったのか、牛島は恥ずかしそうに視線を逸らした。それが再び澤村のほうに戻ってきたとき、切れ長の瞳は険しく欲情に塗れていた。向けられた熱量に澤村は胸が高鳴らせ、そしてそのすべてを受け止めようと心に決めるのだった。


 ◆◆◆


 澤村の身体の中は、溶けてしまいそうなほどに熱かった。繋がっている部分を見下ろしながら、牛島は熱さで絶頂に達してしまいそうになるのを、歯を噛み締めて堪える。

「痛くないのか……?」

 入れた経験はもちろんのこと、入れられた経験もない牛島には、そこに突っ込まれるのがどんな感覚なのか想像もできない。だから言葉で確かめるしかなかった。

「若利が丁寧にほぐしてくれたから平気だよ。全然痛くない」

 浮かべた笑顔に、無理をしているような気配は感じられない。本当に大丈夫なようだ。
 アナルセックスに関しては、そういった類の動画である程度の知識は持っていた。けれど実際にするとなると、案外思ったようにはいかなかった。最初は澤村も指一本でさえ痛がったし、痛みが消えても気持ちよくはないようだった。動画の中で入れられて喘いでる男優たちのあれは、みんな演技なのだろうか。そう疑いそうになったが、中を優しく掻き回しているうちに澤村が過剰に反応を示す部分を見つけた。そこを重点的に弄ってやると、澤村はあんあんと可愛い声をしきりの零し、彼の性器からは先走りが涎のようにたらたらと溢れ出したのである。

「じゃあ、動くぞ」
「うん」

 根元まで差し入れたものを、先端が覗くまでゆっくりと引き抜く。そうしてまた奥のほうを貫くと、澤村が身体を震わせた。やっぱりまだ痛いのだろうかと様子を窺うが、切なげに眉を顰め、とろんとした目で牛島を見上げるその顔は、痛みではなく快感を覚えているのだと語っていた。
 それを見て牛島はぞくりとするほどの興奮を覚えた。普段の好青年的な雰囲気とギャップがあってエロい。元々セックスには積極的なほうだったし、むしろいつもは彼がリードしてくれているほどだが、こんないやらしい顔は見たことがなかった。

「んっ……あっ」

 低くて男らしい声が、甘さを孕んで牛島の耳に届く。もっと聞かせてほしいと、無意識のうちに腰の動きを速くしながら、さっきから衰える気配のない澤村のそれを握り込んだ。

「あっ、駄目だって……そこ、触るなっ」
「なんでだ? さっきから先走りがたくさん出てて、どうにかしてほしそうだぞ?」

 優しく上下に扱いてやると、澤村はあられもなく乱れた。喘ぐたびに腹筋に力が入るようで、牛島を含んだそこはきゅうきゅうと窄まる。やばい、やばいと思いながらも牛島の理性はとっくの昔に吹っ飛んでいて、自分よりは小さいが、それでもしっかりと筋肉の乗った身体を強く抱きしめる。そして律動を更に深く、速くしていき、澤村の身体の中を掻き回した。

「大地っ……お前の中、すごく気持ちいい」
「俺も、お前のでっ、やばいっ……あんっ、あんっ」

 締めつけられ、熱にとろけた粘膜が、頭を朦朧とさせた。まだイきたくないのに、澤村のそこはどんどん牛島を追いつめる。けれど今更腰の動きを遅くすることもできず、ごくりと息を呑みながら、せめて意識を逸らそうと彼の唇を貪る。
 ぬめった舌を絡ませて、音が鳴るほどに吸いついて、とにかく夢中でキスをした。喘ぐ声が牛島の口の中にも伝わってくる。結局それが逆に牛島の興奮を煽って、絶頂はより近づいてしまうのだった。ならばもう、あとは本能のままに澤村の身体を食べてしまおう。パンパン、と音が響くほどに牛島は激しく腰を打ちつける。

「大地っ、大地っ」
「若利っ、激しすぎだろっ! そんなにしたら、イっちゃうって」
「イっていいっ。俺もイクから、大地もイって。いっぱい出せよっ」
「あっ、あっ、若利っ」

 牛島の背中を抱いた腕の力が強くなり、牛島自身を包んだそこも、いやらしく吸いついてくる。腹の辺りに当たっている性器はぴくぴくと震え、限界が近いことを報せていた。かくいう牛島ももうマグマのような熱がせり上げて来ていて、それを放出しようとめちゃくちゃに腰を突き動かした。

「あっ、やばっ、あっ、イクっ――ああっ!」

 澤村がひときわ高く声を上げた瞬間、まるで牛島自身を搾り取るようにそこが収縮した。それを感じ取った直後に牛島は頭が痺れるような快感に襲われて、熱い塊を澤村の中に吐き出した。
 下半身が溶けてなくなってしまいそうなそれに耐え切れず、牛島は澤村の上に折り重なるようにして倒れる。

「……すまん。そのまま中に出してしまった」

 本当はイク寸前に引き抜いて、外で出すつもりでいた。けれどいざ射精の瞬間が近づいてくると、抜きたくない、中を自分のもので塗り固めたいと思ってしまった。結局己の強い欲望に抗うことはできず、すべてを吐き出し終えたいまもまだそこは繋がったままだ。

「……大地?」

 なんの言葉も発しない澤村が心配になって、牛島は一度身体を起こす。澤村はなぜか腕で目の辺りを隠していた。

「ひょっとして、痛かったのか?」
「……違うよ。今日のお前、なんかすげえカッコイイからさ。なんか惚れ直した」

 牛島は普段、澤村に可愛いと言われることが多い。もちろんそう言われるのは嬉しかったが、男としてはやはりカッコイイと言われたかった。だからいま実際に言われてみて、つい照れてしまう。

「……あんまりそういうこと言うなよ。俺が調子に乗るだろ」
「別に調子に乗ったっていいだろう。はは、やっぱお前って可愛いわ」
「なんでそうなる……。俺は大地のほうがよっぽど可愛いと思うぞ」
「そうなのか?」
「そうだ」

 澤村の腕が除けられて、クリッとした目と視線が交わる。途端になぜだか笑いが込み上げ、二人して声を上げながら笑った。
 これから先も、今朝のように喧嘩をすることがあるのかもしれない。でもきっと、最後には二人で笑い合い、平和な日常に戻れるのだろうと牛島は信じていた。それが自分と澤村の間に生まれた物語であり、運命とやらに導かれて見つけられた幸せの形なのだ。

 込み上げる笑いが落ち着いたあと、牛島はそっと澤村の唇に柔らかい口づけを落とした。



おしまい





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