変態なんて世の中のどこにでもいるだろう。

 ただそれと遭遇する確率はそんなに高くないというか、そもそも大概の変態は自分が変態だということを隠してるもんだから、遭遇してもわからないというのが本当のところだ。
 道ですれ違ったあの人も、面倒見のいい職場の上司も、ひょっとすると何か変態的な趣向を持っているのかもしれない。きっと俺がそれを知ることになる日なんて来ないだろうし、軽度の変態は知り合いにいても、やっぱり重度の変態に出会うことはこれからもないんだろう。そう思っていた。

 ――が、しかし……。



 月末は残業になることが多い。その日も月締めの関係で定時に帰れず、ようやく終わったと息をついた頃には、窓の外は完全に夜になっていた。
 職場を出た俺――澤村大地は、立ちっぱなしで疲れた足を引きずりながら家路を帰る。明日は仕事が休みだし、今夜は銭湯でゆっくり疲れを癒そうと思っていたけど、なんだかその気も失せちゃったな。晩飯もコンビニ弁当で済ませることにして、今日のところはさっさと寝よう。
 そんなことを考えているうちに自宅の近くの公園に差しかかり、俺はなんとはなしにそこの公衆トイレに寄った。
 入ると個室は使用中になっていた。まあそっちは用がないから別にいいんだけど、このトイレで人に遭遇するなんて珍しいな。思えば今まで一度もなかったかもしれない。
 個室の正面にある小便器に立つと、少ししてから背にした個室のドアが開く音がした。中から人が出てくる気配もしたが、たぶん近所のおじいさんか誰かだろうなと思って俺はスルーする。
 けれどすぐに無視することはできなくなった。なぜなら個室から出てきた人の気配が、俺の後ろに立ったまま動かなかったからだ。い、いったいなんなんだ? ひょっとしてお仲間だったりして? いや、でもこの公園がハッテンスポットになってるなんて聞いたことないし……。やばい人だったらどうしよう?
 不安で胸をバクバクさせながら、けれど俺は用を足し終わるまで後ろを振り返らなかった。振り返った瞬間に何かされそうで怖かったからだ。とりあえず逃げる態勢が整うまではこのまま我慢だ。
 そして用を足し終え、ベルトを締めると俺は覚悟を決めて後ろを振り返る。

「へあっ!?」

 そこにいた人の姿を目にした瞬間、俺は思わず変な声を零していた。なぜならそいつが上から下まで衣類を何も着けていない、完全なる全裸だったからだ。



 この人だけには恋したくない



01. 大地、変態と出会う


 頼りない電気の明かりに照らされたその体は、綺麗に引き締まっていて見応えがあった。ガッチリ、というわけではないけれど、しなやかさと力強さの両方を併せ持った無駄のないものだ。腹筋はきっかり割れているし、脚のほうも鍛えられていると一目でわかるほどに筋肉が付いている。
 そして下腹部の中心にあるモノは、これでもかってくらいに勃起して天井を指し示していた。大きさもなかなかだ。
 それらを一通り見回した後に、俺は改めてそいつの顔を確認する。あれ? 意外と若いな。俺とあんまり変わらないくらい――つまり二十三歳前後に見える。それになかなかの男前だ。
 男は俺と目が合うと、挑戦的な笑みを浮かべながら自分のモノを扱き始めた。こ、これって誘われてるんだよな? 普通の男が男にオナニーなんて見せないだろうし、お仲間ってことでいいんだよな?
 心の中で戸惑いながらも、それ以上にそいつのモノに触りたいって欲望が身体の奥底から溢れ出てくる。正直に言えば、顔も体もかなりタイプだ。百点満点って言っても決して過言じゃない。そんな男に誘われて断るなんて選択肢は持ち合わせていなかった。

「……手伝いましょうか?」

 一応確認のために訊いてみると、男は一瞬だけ驚いたような顔をした後に自分のモノから手を離した。触れよ、とでも言うように腰を突き出してくる。
 そっと握ったそいつのそれは、見た目どおりバキバキに硬かった。露出した亀頭は赤黒く、使い込んだ感があるがそれはそれでエロくていい。それによく見れば我慢汁が溢れていて、触ると軽くヌルヌルしている。それを塗り広げるようにして扱き始めれば、男はたちまち息を荒げた。
 公衆トイレだし、夜もまだ遅い時間というわけじゃないからいつ人が来るかわからない。けれど個室に男を押し込む余裕もないくらいに俺は興奮していて、扱くだけじゃもの足りずに無防備な乳首に吸い付いた。

「ああっ……」

 男が色っぽい声を漏らす。よかった、乳首もちゃんと感じるみたいだ。たまに全然感じないってやつがいるけど、そういうやつとエロいことしても本当につまらないからな。
 硬くなった粒を舌で転がし、時々甘く噛み、また優しく舐めて吸い付く。もちろんあそこを扱く手も緩めずに扱き続けていると、男が「イきそう……」と呟いた。更に強く扱けばあっという間に限界が来たようで、息を詰まらせると同時に精液を勢いよく発射した。それはもう思わず感動しそうになるくらいの豪快な射精だった。
 噴水のようだったそれの勢いが完全に収まってから、俺はまだ元気な男のそれから手を離した。

「……ありがとな。すげえ気持ちよかったよ」

 そう言って男はちょっとだけ笑った。笑うとすげえ爽やかな感じだな。それにやっぱり男前だ。
 よし、次は俺がイかせてもらう番だな。自分で脱いだほうがいいだろうか? どうせなら脱がされたいけど、面倒じゃないかな? そんなふうに一人悩みながらドキドキしていたら、目の前の男前は……一人で個室に戻って行った。
 あ、あれ? もしかしてこれで終わり!? 俺の番はどうしたんだ? ああ、一回服を着てからしてくれる……って雰囲気でもないよな、これは。それにさっき俺が責めてる間あっちは一度も俺のこと触ってくれなかったし、たぶん一方的にしてもらうのが目的の人だこれ。それか俺のことはあんまりタイプじゃなかったのかもしれない。
 まあいいや。あんなカッコよくていい体した人のチンポを触れたんだ。それだけでも十分に満足だ。でもどうせ一方的にするだけならしゃぶっとけばよかったな。今度また会えたりしないだろうか?
 彼の放った精液がまだ俺の手に付いている。俺はそれをペロッと舐めた。……当たり前だけど男前の精液でもやっぱり不味い。
 トイレの洗面台で手を洗い、彼が個室から出て来るのを外で待った。せめて連絡先くらいは交換しておきたいもんだ。

「……あれ? もしかして待っててくれたの?」

 個室のドアが開き、服を着た彼が俺に声をかけてくる。

「連絡先、もしよかったら教えてもらおうと思って……」
「全然いいよ。なんなら一緒に飯食いに行かね? 腹減ってそろそろ死にそうなんだわ」

 飯に誘ってくれるってことは、俺のことが全然タイプじゃないってわけでもないんだろうか? そのことに少しホッとしながら、俺は迷うまでもなくオッケーの返事をした。
 とにかく早く食べたいっていう彼の希望により、俺たちはすぐ近くにあった牛丼のチェーン店に入ることにした。晩飯には少し遅い時間だったからか、店内はガラガラで好きな席を選びたい放題だ。落ち着いて話したかったから一番奥の席を選ぶ。
 二人とも早々に注文したいものを決め、店員を呼び出した。俺は牛丼とサラダのセット、彼は牛すき鍋膳だ。

「とりあえず名前教えてよ。俺は笹谷。今年……つーか、年明けてから二十四になる。そっちは?」
「大地です。俺も三カ月後に二十四になるから、同い年だね」

 歳近いだろうとは思っていたけど、同い年なんて奇遇だ。
 こうして明るいところで改めて見ると、イケメンだなとつい見惚れそうになる。顔立ちは全体的に男らしく、やや垂れた目が妙に色っぽい。男からも女からもモテそうだ。

「大地ってさ、やっぱりゲイなの?」

 笹谷はやや小声になってそう訊いてきた。

「え、あ、うん。そうじゃなかったらあんなことしないと思うんだけど……。笹谷くんもお仲間だろ?」
「いや、俺はゲイじゃねえよ。普通に女が好きだな」
「えっ!? じゃあなんでさっき……」

 もしかして喰われノンケ的なあれか?

「まあさっきのは興味本位ってやつ? 男にシコられるのってどんなんだろうなって思ってさ。そもそもシコられるためにあんなことしてたわけじゃねえし」
「じゃあなんのために?」
「裸を見られたかったんだよ。俺、露出が好きなの」

 ああ、なるほどつまりこの人はゲイでも喰われノンケでもなく、ただの変態。見られ好きの露出魔ってわけだ。ゲイじゃないってのはちょっと残念な気もするけど、逆にノンケのチンポを扱いてイかせたっていう事実はなんだかすごく興奮する。

「けどガチで人に見せたのは大地が初めてだったんだぜ? 今までは人に見られそうで見られない場所でこっそりしてたからな。でもまさか初めて見せた相手がゲイで、そいつにイかされるなんて思いもしなかったぜ」

 俺も相手がノンケなんて思いもしなかったけどな。

「初めて男にイかされた感想は?」
「正直悪くなかったっつーか、むしろ女に責められるより気持ちよかったわ。俺、乳首すげえ感じるんだけど、女はどうもその辺わかってねえっつーか、男は乳首感じねえと思ってるやつ多いんだよな。だから乳首責められたのすげえよかった」

 喜んでもらえたみたいで何よりだ。

「けど大地って全然ゲイっぽい感じしないよな? 喋りも普通の男だし」
「まあ、オネエ言葉は使わないかな。けど見た目は結構ゲイっぽいって言われるよ」

 ど短髪だし顔立ちもどっちかっていうとイモ系だし、イカニモってほどじゃないけどお仲間からするとわかりやすいだろう。

「そうか? 俺にはちっともそういうふうに見えねえけど」
「ノンケにはあんまりわかんないかもな。笹谷くんって裸見られるなら男と女どっちでもいいの?」
「そうだな。見られるだけならどっちでも大歓迎だし、興奮するな。それに手で扱いてヌいてもらうくらいなら男でも大丈夫ってことが今日わかった。けどさすがに男とセックスは無理かな。男の裸で興奮するとは思えねえし」

 そこはやっぱりノンケだよな。セックスってなるとただ手で扱かれるのとは訳が違うし、俺が女の裸で興奮しないのと同じように、笹谷も男の裸じゃチンポが反応しないんだろう。つまりさっきした行為以上のことを笹谷とすることはないってことだ。それはすごく残念だけど、まあ仕方ない。
 しばらくすると注文したものが運ばれてきて、俺も笹谷もさっそくそれにありついた。笹谷はよっぽど腹が減っていたのか、すごい勢いで食べていた。

「なあ、ケツにチンポ突っ込まれるのって気持ちいいの?」

 もう少しで全部食べ終わろうかって頃になって、笹谷が神妙な顔つきでそう訊いてくる。まったく脈略のない質問だ。

「う〜ん……感じる人と全然感じないって人がいるからな〜」
「大地はどっちなんだ?」
「俺は……まあ感じるほうかな。最近はそっちしてないからわかんないけど……」
「ふ〜ん」

 笹谷の垂れ目がじっと俺を見つめる。心の中まで覗こうとしてるんじゃないかと思うようなそれに俺は落ち着かなくなり、「なんだよ?」と思わず問いかけた。

「いや、真面目そうな大地がいったいどんな顔してセックスしてるんだろうな〜って想像してた」
「変な想像するんじゃないよっ」
「いいだろ別に? 妄想するのはタダだし自由なんだぜ?」
「本人を前にして妄想しないでくれよな……」

 その後は性の話題から離れ、自分のことを話したり、他愛もない世間話をしたりしてその日はお開きとなった。

「お、そういや連絡先交換してなかったな」

 店を出てすぐに笹谷がそれに気がついて、ジーンズのポケットからスマホを取り出した。俺もそれを見てバッグの中から自分のスマホを取り出す。

「すっかり忘れてたよ。けどいいの? 俺ゲイだから連絡先教えるの嫌じゃない?」
「別にゲイだからって教えない理由にはならないだろ。俺はそういうの気にしないし、大地とこうやって一緒に飯食って話すの、結構楽しかったぜ?」

 笹谷は安心させるように笑った。

「それにまた気が向いたら露出してるの観に来てほしいしな。安心しろよ、鑑賞料とか取らねえから」

 笹谷の裸なら鑑賞料を少しくらい取られても観たいけどな。いい体してたし、おまけに顔もタイプだから。
 最後にLINEを交換して笹谷とは別れた。家に帰るとあっちから初めてのメッセージが入っていて、「今日はありがと 超興奮した!」の後に変なスタンプが押されていた。

 こうして俺はこの日出会ってしまったのだった。笹谷という男前だけどノンケで露出好きの変態に。こいつに出会ってしまったことでまさかあんなことになるなんて、このときはまだ少しも想像できていなかった。







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