03. 大地、変態と一つ屋根の下


 アパートに帰ってからとりあえず俺は、笹谷の精液のせいで軽くパリパリになった顔を洗った。一方の笹谷はバスルームの中だ。とりあえず体を洗いたいって言うから貸してやった。
 笹谷が風呂から上がる前に俺は作っておいたカレーを温め直す。元々笹谷をうちに誘うつもりでいたから、二人で分け合っても余りあるくらいの量は準備していた。適度に煮詰まったら皿に盛って、作っておいたサラダと一緒にリビングテーブルに並べた。

「上がったぜ〜。ありがとな」
「おう……ってなんで全裸なんだよ!?」
「いや〜、俺自分ちじゃ基本全裸だし」
「ここ俺んちなんだけど……。せめてパンツくらい穿いてくれよな。目のやり場に困る」
「俺ツナギ一丁で家出たから、パンツ持って来てねえんだけど。部屋ん中じゃツナギなんぞ着てられねえし」
「じゃあ俺のパンツ貸すからそれ穿いてくれ」
「何から何まで悪いな〜」

 結局笹谷は俺の貸したボクサーパンツ一丁で飯を食い始めた。目の前にタイプの男が半裸でいるなんて最初はやっぱり落ち着かなかったけど、一時間もするともう慣れた。

「今更だけど、大地って下の名前だったんだな。表札見るまでてっきり苗字だと思ってたぜ」
「そうだったのか?」
「だって普通初対面の相手に名乗るときって苗字のほう言うだろ? だからお前が大地って名乗ったのも苗字だと思ってたんだよ」
「あー、そういえばそうだったな。あのとき笹谷のことお仲間だと思ってたから下を名乗ったんだよ。ゲイ同士だと下を名乗るのが普通だからさ」
「へえ、そうなのか。ちなみに俺の下の名前は武仁だ。家族以外にそっちで呼ばれることはねえけどな。大概のやつは“ささやん”って呼ぶ」
「じゃあ俺もそう呼ぼうかな。なんか語呂がちょうどいい感じするし」
「好きに呼んでくれ。俺はもう大地で呼び慣れたからそのままでいく」

 まあ澤村よりは大地のほうが呼び易いよな。

「そういえばさっき俺に彼氏いないか訊いてきたけど、そういうささやんは彼女いないのか?」

 ささやんって露出趣味以外はまともそうだし、顔だってなかなか男前だから女にもモテるだろう。けどそういう話を本人の口から聞いたことはない。

「今はいないぜ? 独り身満喫中ってとこだな。去年の今頃は確かいたけど」
「どういう女が好きなんだ?」
「そうだな……やっぱ理想は美人でおっぱいがデカい女だ。けどそんな女に知り合う機会なんてまずねえから、今まで付き合ってきたのもごく普通の女だったぜ。とりあえず変なやつじゃなくて、見た目がある程度いってる女だったら守備範囲って感じ」

 自分の露出趣味は“変”の内に入らないんだろうか?

「風俗とかは行かないのか?」
「行ったことがねえわけじゃねえけど、最近は全然行ってねえな。ただやるだけなら露出オナニーしてるほうが何倍も気持ちいい!」
「ささやんって本当に変態なんだな……」
「褒めんなよ、照れる」
「誰も褒めてないよ!」

 まあその変態さのおかげで俺はささやんに出会うことができたわけだけど、素直に感謝する気にならないのはなぜだろう?

「そういう大地は風俗とか行くのか? つーか、ゲイ向けの風俗なんてあるのか?」
「あるのはあるけど使ったことはないよ。アプリとか掲示板のほうが金かけずに出会えるからな」
「なるほど、そういうのでお前はやりまくってるわけだ」
「だからそんなにやってないって! たまにだよ、たまに」
「ふ〜ん」

 否定はしたものの、俺を見るささやんの目はどうも信じてないような感じだ。嘘なんかついてないぞ!

「大地的には俺みたいな男ってどうなわけ? イケる口か?」
「……こういうこと言うとささやんはあんまりいい気しないかもしれないけど、正直結構タイプだよ。なかなか男前だしな。というかタイプじゃなかったらしゃぶったりしないけど」
「それもそうか。別にそう言われて悪い気はしねえな。むしろ褒められてちょっと嬉しいくらいだわ。けど残念ながらお前の気持ちには答えてやれねえよ。俺はやっぱ女が好きだ」
「別にささやんに恋愛感情を持ってるとは言ってないだろ。好みのタイプってだけだよ」
「なんだ、ラブじゃねえのか。なんか残念」
「どっちだよ……」

 本当にラブなら困るくせに、残念なんて言うんじゃないよ。

「なあ、今日ここに泊まってったら駄目か?」
「えらい急だな……」
「なんか帰るのが面倒臭くなった。それにお前んち居心地いいしな。寝床は床……つーか、このソファーでもいいからさ」
「なんなら一緒にベッドで寝る? ダブルだから狭くはないと思うんだけど」
「やだよ。野郎二人で同じベッドなんてなんかむさ苦しいだろ。それに大地に襲われるかもしれねえし」
「襲わねえよ!」

 冗談だって、とささやんは意地悪そうな顔で笑った。

「マジでソファーでいいよ。あ、けど掛布団は貸してくれよ。夜は少し寒いときあるから」
「……わかった」

 冗談にしても失礼だよな。俺はそんな行儀の悪いゲイじゃないっての。
 それから二人でテレビを観ながら談笑していたけど、そろそろ日付が替わろうかという頃になってささやんが船を漕ぎ出したから、そのタイミングでそれぞれ床に就くことにした。
 ソファーで寝るささやんには毛布を貸してやり、俺は寝室の自分のベッドに入って横になる。
 ああ、いい感じに眠いな。これならたぶん十分もしないうちに寝れるだろう。明日は俺もささやんも仕事休みらしいし、もう目覚ましもかけなくていいよな? そんなことを心の中で呟いているうちに意識が薄れてきて、俺はあっという間に眠りの世界に落ちていった。



 それから何時間が経った頃かわからない。寝室のドアが開く音がして、俺は目を覚ましてしまった。誰かが部屋の中に入ってくる。ささやん……だよな? そうじゃなかったら事件だけど。

「ささやん? どうかした?」
「悪い、起こしちまったか。なんかソファーで寝てたら体痛くなってきてよ……こっちで一緒に寝てもいいか?」
「……俺と一緒のベッドじゃ襲われそうだから嫌なんじゃなかったのか?」
「冗談だって言ったろ。意地悪言わないでベッドに入れてくれよ」
「しょうがないな〜」

 俺は枕と身体を縁に寄せて人一人分のスペースをつくってやった。

「ほら、どうぞ」
「サンキュー」

 ささやんの体が隣に入ってくる。

「あれ? もしかして大地、今全裸?」
「いや、パンツは穿いてるけど」
「あらセクシー」
「ささやんだって同じ状態だろ?」
「まあそうだけど」

 背中を向けていても、少しだけささやんの匂いがする。決して不快なものじゃなくて、ちょっと甘いような不思議な匂い。

「このベッドで大地は夜な夜な男たちとやりまくってるんだよな……」
「だからそんなにしてないって言っただろ! いつまでそのネタ引っ張るんだよ」
「そんな怒んなって。別に大地がヤリチンだろうがビッチだろうが俺は全然構わねえよ。俺の露出趣味に比べりゃまあ普通なほうなんじゃね?」
「確かにそうかもな。あと俺ヤリチンでもビッチでもないから」
「俺のを手コキしたりしゃぶったりしといてよく言うぜ」
「あれは……相手がささやんだからしたんだよ。男なら誰でもいいってわけじゃない」
「それってやっぱりラブなんじゃ?」
「違うって。そういうことする相手の許容範囲って言ったらいいのかな? 恋愛感情とはちょっと違うよ」

 まあ一歩間違えれば恋愛感情になっちゃうけどな。ささやん相手にその一線だけは越えちゃいけないって俺は思ってる。だってささやんに恋しても、明るい未来なんて待ってないからな。ノンケを好きになるっていうのはそういうことだ。

「ささやんのこと好きになったりしないから、安心しろよ」
「それはそれでなんか寂しいぞ」
「どっちだよ……」

 本当に読めないノンケだ。







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