05. 大地、変態を救出


 月の末日。やっぱり今月も残業だ。しかも今回はまとめなきゃいけないものが多かったせいで、会社を出る頃には日付を塗り替えようかという時間になっていた。
 明日が休みだからまだいいものの、これでまた朝から出勤ってパターンだったら最悪だったな。それだと本当に家に帰って寝るだけになってしまう。
 実は今日ささやんから露出の案内があったんだけど、仕事が遅くなるのがわかってたからあらかじめ断っておいた。またお手伝いも兼ねた見物をしたかったんだけどな〜……。
 それにしても最近は寒さが日に日に増している気がする。冬が近づいてるから当然のことなんだけど、さすがのささやんも露出するのが辛いとぼやいていた。
 そんなことを考えているうちにいつもの公園に差しかかる。夜中とあって人っ子一人いないし、外灯もいくつかは消されている。なんだかちょっと不気味だな……。ここは早足に通り過ぎよう。そう思って競歩選手も顔負けじゃないかってスピードで早歩きしていたんだが、微かに聞こえた人の声で足が止まってしまった。
 そこはちょうど、いつの日かささやんのをしゃぶった茂みの近くだった。もしかしてささやんの声だったりして? 今日露出する予定だって言ってたし、タイミングよく通りがかったのかもしれない。
 俺は期待を胸に茂みの中に足を踏み入れた。疲れててもエロは別腹だ。こんな遅い時間でもささやんがオッケーなら、最初から誘いを断ったりしなかったのにな。
 生い茂る木の隙間を抜けていくと、少し拓けた場所に出る。近くに外灯があったから、人がいることはすぐにわかった。けど一人じゃない。三人だ。一人はささやんだ。全裸で羽交い絞めにされていて、その前後を四十代から五十代くらいの男二人が挟んでいる。
 え? 何? どういうこと? もしかして3Pの真っ最中? ささやんいつの間に男に目覚めたのか!? だったら俺ともしてくれよ!
 驚きと戸惑い、そしてなんだか腹立たしいような気持ちに頭を掻き乱されていると、ささやんが俺のことに気づいてこっちを振り返った。途端にその男前な顔が救いを求めるようなそれに変わり、ささやんの声が俺の耳に確かに届く。

「大地! 助けてくれ!」

 ああ、なんだ。ささやんが望んでしてることじゃなかったのか。まあよく考えれば、ささやんが望んでることなら羽交い絞めにされてるのはおかしいよな。“ささやんは変態”っていう刷り込み(本当のことだけど)が完全な形で俺の中にあったから、疑うってことを忘れていた。
 それなら俺のやることは一つだ。どうしようもない変態だけど、俺にとっては大事な友達であるささやんを汚そうとしたこと、絶対に赦すわけにはいかない。大きく息を吸い込み、できる限りのドスと張りを効かせた凶悪な声で、俺は高らかに宣言する。

「ぶっ殺してやるッ!」

 俺は勢いをつけて駆け出した。途端にささやんを挟んでいた男たちは血相を変え、蜘蛛の巣を散らしたように逃げ出した。それを追ったりはしない。だって今のは単にあいつらを追い払うためだけにやったことだからな。

「ささやん、無事か?」

 振り返ると、ささやんは異世界人にでも出くわしたかのようにキョトンとしていた。

「……いや、大地のあんまりの迫力にちょっと圧倒されたわ。なかなかやるじゃん」
「ああする以外に思いつかなかったんだよ。それより大丈夫? 何かされたんじゃないのか?」
「されたっちゃあされたけど、まあギリセーフってとこだな。でもマジですげえ恐かった」

 俺のそばに近づいてきたかと思うと、ささやんはそのままもたれかかってくる。反射的に抱きしめたその逞しい体は少しひんやりとしていた。

「マジで助かった。ありがとな」
「ああいう性質の悪い連中もいるから、気をつけないと駄目だぞ」
「そうだな。危うく処女を失うとこだったぜ。無遠慮に指突っ込みやがって、痛いやら気持ち悪いやらで最悪だ」
「うちの風呂貸そうか? 体も冷えてるみたいだし、少し温まったほうがいいよ」
「そうしようかな……」

 もう少し俺が通りがかるタイミングが遅ければ、ささやんの言ったとおり処女喪失なんてこともあったかもしれない。他人にそれを奪われるのは物凄く腹が立つし、ささやんもトラウマになってゲイそのものを毛嫌いするようになっていた可能性もある。間に合って本当によかった。
 それからささやんと一緒に俺のアパートに帰って、風呂を沸かしてささやんに貸してやった。前と変わらず全裸でリビングに戻ってきたささやんに文句を言ってから、俺も風呂で温まった。
 いつの間にか深夜一時半を過ぎている。ささやんも疲れていたのか、声をかけるより早く俺のベッドに入っていた。ちゃんと俺が入るスペースを空けてくれているのがちょっと嬉しい。

「なあ大地」
「ん?」
「本当にケツって感じるものなのか?」

 脈略のない質問に、俺は思わず「へあっ」と変な声を出してしまった。

「い、いきなりなんだよ?」
「前に同じ質問をしたとき、お前は感じるほうだって言ってたよな?」

 そういえばそんなこともあった気がする。

「さっきも言ったけど、俺はケツに指突っ込まれてもなんも気持ちよくなかった。ただただ不快でしょうがなかったけど、あれが本当によくなるもんなのか? それとも俺がゲイじゃねえから感じねえのかな?」
「そんなの人それぞれだよ。ゲイでもまったく感じないって人はいるしな」
「けどお前は感じるんだろ? どういうふうに気持ちいいんだ?」
「どういうふうにって……言葉で表現するのは難しいな。前立腺っていうのがあって、そこを刺激されるとチンポ擦られてるような感覚になる……って言えばいいのか?」
「ふ〜ん。ケツって奥深いんだな」
「そんな奥深いって言うほどのものでもないと思うけど……」
「まあいいや。とりあえずマジでケツが感じるのかどうか……お前のケツで試させろ!」
「なんでだよ!?」

 なんだその突拍子もない提案は!? そんな俺の驚きと動揺を他所に、ささやんは仰向けになった俺の上にそっと乗っかってくる。特徴的な垂れ目にじっと見つめられ、その中に大人の男の色気を感じて俺は思わず息を飲んだ。

「どういうふうに感じるのか知りたけりゃ、実際に試してみるのが一番だろ?」
「なら自分のケツで試せよ! 俺のケツで試したって意味ないだろっ」
「残念ながら俺のケツは全然感じねえってもうわかっちまったからな。なら感じるって言ってるやつのケツで試すしかないだろ?」
「滅茶苦茶だな……」

 というかもう意味がわからん。

「なあ、いいだろ大地? 指突っ込みだけだからさ」
「駄目じゃないけど、ささやんは本当にいいのか? 普通気持ち悪いだろ?」
「風呂入ったばっかだし綺麗だろ? それともお前のケツはそんなにえげつないもんなのか?」
「そうじゃないけど! まあいいや、わかったよ……。ささやんがいいなら俺もいいや。けどあんま無茶なことはしないでくれよ。最近使ってないから」
「任せとけ」

 ケツが感じるっていうのは本当だし、相手がささやんなら俺に拒否する理由なんてなかった。それにプラスアルファーで何かいいことがあるかもしれない……なんていうのは贅沢な望みだろうか?
 とりあえず俺は一度ベッドを下り、タオルとローションを持ってくる。再びベッドに上がる前にボクサーパンツは脱いでおいた。Tシャツはどうしようか迷ったけど、結局着たままにしてもう一度横になる。

「ほら、ローション。やり方はわかるよな?」
「解す分には女と変わんねえだろ?」
「女としたことないからよくわからないけど、たぶんそうなんじゃないかな」
「よしわかった。じゃあ大地くんのえっちなトンネルに入らせていただくぜ」
「その表現やめろよっ」

 ささやんは俺の太ももを掴むと、ぐいと持ち上げてケツが見えやすいようにする。同じゲイ相手だとなんてことないのに、ノンケのささやん相手だとなんだか恥ずかしい態勢だな。
 ローションで濡らしたささやんの指が入り口にあてがわれた。そのままゆっくりと俺の中に押し入ってくる。痛みはないけど、侵入してきた異物に最初は拒否反応を示した。けれどそこが指の太さに拡がり、少しばかり余裕ができてくると全然嫌じゃなくなる。

「なあ、これだけでマジで気持ちいいのか? 全然そういうふうには見えねえんだけど」
「上のほう、擦るみたいにして動かしてみて」

 ささやんは言われたとおりに指を動かした。硬い感触が何かを探すように中でうごめく。

「なんかここ硬いな」

 そうしてあっさりとささやんはそれを探り当てた。指の腹がそこを押さえた瞬間、俺の体は過剰なほどに、素直に反応を示した。

「お、ここがいいのか?」

 すべてを理解したであろうささやんが、執拗にそこを刺激してくる。覚えのある快感がそこから全身に広がり、まだフニャっていた俺のチンポが徐々に鎌首を持ち上げ始めた。

「あっ……」

 堪え切れずにはしたない声が零れる。ノンケのささやんに男の感じてる声なんて聞かせたくなかったけど、我慢しようにもできなかったから、俺は自分の手を噛むことでなんとか最小限に抑えることにした。

「声、我慢しなくていいよ」

 けれどささやんはそんな俺の手を優しく持ち上げた。

「出してくれるほうがわかりやすくていいからな」
「で、でも俺の声変だし……」
「別に変じゃねえって。普通に可愛いんじゃねえの?」

 大丈夫だと言い聞かせるように優しく笑うささやん。けど後ろを責める手は律動を緩めずに俺の体を快感に染め上げていく。じりじりとせり上げてくる絶頂感。そこに早く辿り着きたい衝動に駆られて腰が揺れた。いやらしいやつだと引かれはしないだろうか? それともささやんはそういうやつのほうが好きなのかな? ……そんなのもうどっちでもいいや。今はただこのどうしようもなく気持ちいい感覚に身を任せていたい。

「すげえビンビンになってるぜ。我慢汁まで垂らしやがって、やらしいなあ大地くんは」
「だ、だってささやんの指が気持ちいいからっ……」
「このままイけるのか?」
「イける、から、続けてっ」

 本音を言えばささやんのチンポを挿れてほしい。けどそれは本当に贅沢な願いだ。指でしてくれただけでも満足しないといけないだろう。
 指の動きが少しだけ激しくなる。快感を引きずり出すようなそれに俺はただただ喘ぎながら、すぐそこまで迫った絶頂を受け入れようと体のすべてを明け渡した。

「あっ……イくっ、あっ、あっ――」

 下半身が溶けてなくなるんじゃないかっていうような強烈な快感を伴って、俺のそこは触ってもないのに射精した。後ろでイったとき特有のじんじんとした気持ちよさが長く続く。

「すげえ……マジで後ろだけでイった」

 心の底から感心したような声でそう零したあと、ささやんはティッシュで俺の精液を拭ってくれた。

「あんなに閉じてたケツもすっかり指の太さに拡がっちまったな。なんかヒクヒクしてるし」
「そんなに見るなよっ」

 俺は足を下ろしてケツがささやんの目に曝されないようにしようとしたが、その足をささやんが再び持ち上げる。

「おい、ささやんっ」
「なあ大地、ここに俺のチンポ突っ込みたいんだけど駄目か?」

 放たれた言葉に、俺は息が止まりそうになるくらい驚いた。

「そんなのもうただのセックスじゃないかっ」
「だから、大地とセックスしたいって言ってんの」
「何言ってんだよ……。だいたいゲイじゃないのに男で勃つのか?」

 ささやんとセックスするのはもちろん嫌じゃない。むしろ大歓迎だ。けど試してみてやっぱり勃ちませんでしたじゃ話にならないし、俺だって傷つく。やりたいって気持ちだけじゃ前に進むことはできなかった。

「大丈夫、もうとっくに勃ってるから」
「えっ!?」

 ほら、とささやんは膝立ちになって下半身を突き出してくる。ぴっちりとしたボクサーパンツの中心部分には、それはご立派なテントが張られていた。今の言葉が嘘じゃないってことを嫌というほどに証明している。

「大地の感じてる姿見てなんか興奮したんだよ。責任もって最後までやらせろ」
「……こ、後悔しないか?」

 普通ノンケにとって男とやるなんてのは、経験値じゃなくて汚点になるもんだ。今は雰囲気とかそういうものに取り巻かれてその気になっていても、終わって冷静になったときに後悔しないとも限らない。そうすると俺たちの関係はやっぱり今までどおりには戻れないだろうし、むしろ距離ができてしまうんじゃないかと不安だった。

「そんなもんするわけねえだろ」
「なんでそう言い切れるんだよ? 男とやるって、そんな簡単な話じゃないだろ?」
「今更何言ってんの? 今までだって散々大地にシコってもらったり、しゃぶってもらったりしたじゃねえか。それで何を今更後悔するってんだよ?」
「けど……」
「ああ、もう、ぐだぐだうるせえ。もう突っ込むって決めたんだから黙って受け入れろ。どうせお前は俺とするの嫌じゃねえんだろ?」

 確かにそのとおりだ。何度こうなることを願ったかわからないし、妄想でしたのだって一度や二度の話じゃない。俺はずっとささやんとしたかった。こんなタイプの男を目の前にしてそう思わないはずがなかった。

「マジでぶち込むから」

 ささやんは自分のチンポにローションを塗り広げ、それを俺のケツにあてがった。すごく硬くなっている。本当に俺で興奮してくれていたって証拠だ。
 指よりも太いそれが、肉壁を押し広げながら俺の中に入ってくる。ぶち込むって言いながらもささやんの挿入は慎重だった。俺の反応をちゃんと確かめながら、ゆっくりじわじわと奥に突き進んでいく。

「入っちゃった」

 そうして根元まで全部収まっても、不思議なほど痛みはなかった。まあさっき指で散々弄られたし、いい感じに解れていたのかもしれない。何よりささやんがちゃんと俺のことを気遣ってくれたおかげだと思う。

「大地、痛かったらちゃんと言えよ。俺はSじゃねえから、痛がってんの見たって興奮したりしねえから」
「うん、とりあえず今のとこ大丈夫……」

 俺の中にささやんがいる。その感触が鮮明に伝わってくる。本当にセックスするんだと、夢のような現実をやっと実感することができた気がした。

「やっぱ女のとはちょっと違うな。すげえ締まってる」

 堪らない、と言いたげな掠れた声でそう言ったあと、ささやんはゆっくりと腰を動かし始めた。生々しい音と中を掻き乱す質量、そして感じるところをピンポイントに押し上げてくる律動に、俺は恥も忘れてすぐに乱れた。

「あっ! あんっ、あぁっ、あっ」

 俺の反応に気をよくしたのか、ささやんの動きも徐々に速く、容赦のないものになっていく。突き上げられ、揺さぶられ、少し乱暴だけど気持ちいい動きに喘ぎ声が止まらない。
 見上げたささやんの顔は切なげに眉をひそめ、言葉にしなくても感じているんだとはっきり伝わってくるほどに色気を垂れ流していた。こんな顔、今までいったい何人の女に見せてきたんだろうか? けど今このときだけは全部俺のものだ。優しそうな垂れ目も、鍛えられた逞しい体も、そして俺の中で暴れる熱くて硬いモノも、全部。けどその心だけは……。

「あっ、ささやんっ……あっ、あんっ」

 少しずつ体を蝕まれていく快感。意識が飛びそうなほどのそれに思わずささやんの手を握ったけれど、握り返してはくれなかった。体はこうして繋がってるのに、なんだか心だけがどこか遠くに離れている。そんな気がしたけどすぐに目を逸らした。今はこの気持ちよさに身を委ねよう。余計なことは考えなくていいんだ。

「あっ、あっ、あぁっ……あっ」

 俺の腰を持ち上げ、叩きつけるように突いてくるささやん。見た目どおりの男らしくて野性的なセックスに俺はどんどん身も心も奪われていく。もう何もかもわからなくなるくらい滅茶苦茶にしてくれてもいい。壊れてしまうならいっそそのほうがいいとさえ思った。最初で最後のセックスだっていうなら、忘れられないくらい強烈な思い出にしてほしい。

「やべえ……イっちまいそう」

 掠れた声も妙にエロくて、腰にグッとくる。それだけで感じてしまう俺も相当な変態なのかもしれない。

「このままお前ん中に出していいのか?」
「いいよ……俺の中に全部出して」

 その最後の一滴まで俺の中に注ぎ込んでほしい。視線でそう訴えれば、ささやんは無言でさっきにも増して激しく腰を振り始めた。
 もうお互いに言葉はなかった。ひらすらに体をぶつけ合い、突き上げられるたびに甘さを孕んだ声が零れて部屋に響く。そうしてゾクゾクと這い上がってきていた絶頂の兆しが、ついに限界まで大きくなって破裂した。

「ああっ、イくっ……あっ!」

 叫んだ瞬間、脳みそまで痺れが走った。全身を震わせながら張り詰めたモノから白い液を吐き出し、下半身に集まっていた熱が一気に霧散する。
 ささやんもピストンするのを止めて、同じように体を震わせていた。俺の中に熱いものが注ぎ込まれるのを感じる。本当に俺の中でイったんだと思うと、なんだか嬉しい気持ちになった。
 けれど本当に欲しいのはそれじゃない。いや、もちろんそれも欲しかったけど、もっと欲しかったのはささやんの心だ。俺の中にあるこの熱くて甘ったるい気持ちと同じものを、俺にぶつけてほしいと強く求めた。
 きっとそれはたぶん、ささやんと出逢ったときから俺の中にあったものだ。けれど通じ合うことなんて絶対ないと諦めて、ずっと見ないふりをしてきた。それが体を繋げた途端、こんなにも顕著に、浅ましく無視できないほどに膨らんで俺の心を揺さぶった。
 喉まで出かけた言葉を、俺はそっと自分の胸の中に押し戻す。これは口にしちゃいけない言葉だ。それを口にしてしまえば、きっと俺とささやんの関係は破綻してしまう。だから何も望んじゃいけないんだと自分に言い聞かせて、俺は握っていたささやんの手をそっと離した。







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