06. 大地、変態から逃げる


 ふと窓の外に目をやると、ちらちらと雪が降っていた。予報じゃもう少し遅い時間から降り始めるはずだったんだけど、どうやら早まっちゃったみたいだ。
 カーテンを閉めたところで、インターホンが鳴る。たぶんささやんだろう。今日――大晦日は一緒に年越ししようと約束していたし、他に思い当たる来訪者もいないから違いない。
 玄関のドアを開けると予想どおり、寒そうにジーンズのポケットに手を突っ込んだささやんが立っていた。

「すげえ寒いぞ。雪まで降ってきやがった」
「だな。中は暖かいぞ」

 ささやんは中に入ると、なんの遠慮もなく炬燵に足を突っ込んで寝転がった。本当にもうこいつは、自分ちみたいにだらけるようになっちゃったな〜。まあ別にいいけど。

「ああ、生き返る。炬燵最高」
「この間みたいに寝るんじゃないよ。次寝たら炬燵しまうから」
「駄目、絶対」
「なら寝るなよ」

 だらしないささやんのことだから心配だな……。心の中でそう呟いたあとに、IHヒーターの加熱タイマーが鳴った。どうやらちょうどいいタイミングで鍋ができ上がったようだ。
 熱々の鍋を炬燵に運び、白飯を盛った茶碗と鍋用の小皿、それとお茶と箸を並べて晩飯の準備が整う。体を起こして炬燵の上を一望したささやんは、「美味そうだな」と目を輝かせた。
 テレビもちょうど紅白歌合戦が始まったところで、二人だけの鍋パーティーを始めることにした。大晦日だからと奮発してホタテをいっぱい詰め込んだ鍋は、我ながら上出来だと褒めたくなるくらい美味かった。

「そうだ大地、俺渡したいもんがあったんだよ。ちょっと待ってろ」
「え、何?」

 ささやんは持って来ていた自分のバッグから何やらお洒落な紙袋を取り出した。「ほら」と俺に差し出してくる。

「お前、今日誕生日だろ? ちゃんとプレゼント買ってきたぜ」
「覚えててくれたのか!?」
「覚えやすかったからな」

 確かに誕生日の話をした覚えはあるけど、きっとささやんは完全に忘れているものだと思っていただけに、何も期待なんてしてなかった。だからびっくりしたし、けれどもちろん嬉しくもある。

「……オナホだったりして」
「それも少し考えたけど、違うぜ」
「考えたのかよ!」
「まあ開けてみろよ。そんな悪いもんじゃねえから」

 さっそく包みを開けると、洒落た柄の小さな箱が現れた。さすがにエログッズっていう線はなさそうだけど、いったいなんだろう? 期待と不安の入り混じった気持ちでその箱を開ければ、そこにはシルバーの腕時計が鎮座していた。

「これって……」
「この間お前が欲しいって言ってたやつ。そんな高いやつじゃねえから買った」
「高くはないかもしれないけど、安くもないだろ? 本当にもらっていいのか?」
「いいって。お前にはいつも世話になってるしな」
「ありがとう。すげえ嬉しい」

 プレゼントが俺の欲しかったものだからっていうのもあるけど、何よりささやんからのプレゼントっていうのがすごく嬉しかった。やっぱり好きだな、とひっそりと思う。
 まるで恋人同士みたいな場面が展開されていたかもしれないが、俺たちはそんなんじゃない。前と変わらない友達のままだ。
 ささやんと初めてセックスをしてからいつの間にか二ヵ月が過ぎていた。結局あれから二度とセックスすることはなかったし、以前してたみたいに、ささやんのを抜いてあげるっていうのもなくなっていた。ささやんは何も言わなかったけど、一度最後までしてみてやっぱり男は違うって感じたのかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。まあ、今更それを聞こうなんて思わないけどな。
 性的な意味での触れ合いはなくなっても、こうして一緒に飯を食ったり、一緒に出かけたりすることは普通にしている。そして俺はささやんのそばにいながら、自分の中に宿った彼に対する恋心が、顔を合わせるたびに大きくなっていくのを感じていた。
 この恋に望みはない。それはもう確定してると言っても過言じゃない。けれど俺の心はそう簡単に諦めることを決断できず、ずるずると引きずったまま今に至る。
 いっそこの気持ちを言葉にして伝えれば、綺麗にすっぱり諦められるのかもしれない。だけどそれをすると今ある友達としての繋がりさえもなくなってしまう気がして、できなかった。
 ただただ苦しくて辛い片想い。心が少しずつ削り取られ、最後には自分が空っぽになってしまうんじゃないかと、危機感のようなものも抱いている。けれど俺は今日も明日も、友達のふりをしながらささやんの隣に居続けるのだろう。



 年が明けてすぐに近所の神社に初詣に行き、帰ってからは二人でベッドに入った。ささやんは一緒に寝るのは嫌じゃないみたいで、うちに泊まるときは今もこうして同じベッドに寝ている。

「なあ大地、最近セックスした?」
「なんだよいきなり……」
「いや、なんとなく」

 ささやんのこういう質問はいつも脈略がない。もうとっくに慣れたけど。

「……そりゃ、たまにはしてるよ。そういうささやんはどうなんだ?」
「俺か? 俺はこの間久々に風俗行ってきたぜ。けどやっぱ露出オナニーのほうが興奮する」
「露出って最近もしてるの?」
「最近はめっきりだな。外寒いから勃ち辛いんだよ」

 まあ確かに真冬に全裸はきついよな。

「ささやんって彼女とかは欲しくないの?」
「欲しくないことはないけど、そんなにって感じだな。いたらいたでめんどくせえし」
「でもやっぱりいつかは結婚したいって思ってるんじゃないのか?」
「……そうだな、いつかはしたい。けど今じゃねえ。まだ自由の身を楽しんでたいな」

 ノンケだから結婚願望なんて持ってて当然だ。わかってるつもりだったけど、実際にささやんの口から聞いてみると思っていた以上にショックだった。
いつかは彼女ができて、そいつと結婚して幸せになる。そんな日が来たとき、俺はもう別の人を好きになっているだろうか? 心の底からささやんの幸せを祝福することができるだろうか? ……駄目だ、全然想像がつかない。完膚なきまでの失恋に落ち込んでいる自分の姿は簡単に想像できるのに。

「そう言う大地はどうなんだよ? 彼氏つくる気ねえの?」
「う〜ん……俺も今はいいかな。そのうちできたらって感じ」
「そんなこと言ってたら、あっという間におっさんになって売れ残っちまうぜ」
「それはささやんも同じでしょうが」
「もしお互い売れ残ったら、慰め合おうぜ」
「なんかやだなそれ……」

 きっとささやんは売れ残らないよ。そんなにカッコよくて、性格だって露出趣味なところを除けばなんら問題のない、優しいやつだ。いつかきっと誰かと結婚して、幸せな家庭を築くに違いない。ささやんは結構いいお父さんになりそうだな。
 なんだかふいに泣きたくなった。どう足掻いてもやっぱり明るい未来なんか想像できないし、本当にささやんが結婚してしまうまで自分がこの恋を諦めきれるようには思えない。どうしてこの人を好きになっちゃったんだろうか? どうしてこんなに辛い片想いがあるんだろうか?
 自分の心の限界が、割と近くまで迫ってきていることを感じている。そろそろ前から計画していたあれを実行するときなのかもしれない。この苦しいだけの片想いを諦めるための、あの計画を――。



 その一週間後、俺はささやんに何も告げずに別のアパートに引っ越した。







inserted by FC2 system