06. 恋が叶うということ


 キスの経験なんてなかったから、澤村はどういうふうにすればいいのかわからなかった。わからないなりに唇を押しつけ、何度も角度を変えているうちに、牛島が唇を舐めてくる。それを舐め返してみれば、拙い口づけは一気に深いものになって、身体の奥底に眠っていた快感を呼び寄せた。

「ん……んんっ」

 隙間もなく抱き合って、延々と舌を絡めながら硬くなったそれを牛島の股間にグリグリと押しつけた。牛島のそれも澤村と同じ状態だ。自分とのキスに興奮してくれている。だったらもう、何も我慢しなくていいんだろう。この激しく沸き立つ欲望をぶつけてもいいんだろう。

「若利っ……」

 名前を呼ぶ。澤村を見上げる瞳は優しかった。だけど澤村が短パン越しにそこに触れた途端、驚いたように大きく見開かれた。

「嫌か?」
「嫌じゃない。ただ俺はそういう経験がないから、どうしたらいいのかわからない」
「俺だってわかんねえよ。でもいま、若利とすげえやりたい。お前を気持ちよくしてやりたいんだ」
「……本当に俺でいいのか? 俺は男で、しかもお前よりガタイいいんだぞ?」
「そんなの前から知ってるよ。知っていて、それでも好きになって、いますげえやりたい。お前はこういうのしたくないか?」
「……俺だって男だ。そういうことしたいに決まってる」
「じゃあなんも問題ないよな?」

 もう一度股間に手を伸ばして、高ぶりをそっと握った。布越しに感じる硬さと熱さ。脈動しているのが手に伝わってくる。初めて触れる他人のそれは、まるで独立した生き物のようだった。
 布越しからの感触を十分に確かめたあと、澤村は短パンの裾からその手を中に差し入れた。下着の前開きからそれを取り出し、今度は直に触れる。すると牛島の身体がぴくりと震えた。

「大地ばっかりずるいぞっ。俺にも触らせろ」
「じゃあ脱ぐ? 若利の軽く濡れてるから、このままじゃパンツと短パン汚しちゃいそうだ」

 その言葉に、暗がりの中でも牛島が恥ずかしそうに顔を歪めたのがわかった。別にそういう反応を引き出そうとして言ったわけではなかったのだが、思わぬ可愛い仕草に自分の中のボルテージが上昇するのがわかった。
 とりあえず下だけ全部脱いでから、上も汚れるのではないかと心配になって結局全部脱いだ。恥じらいよりもいまは牛島のすべてを目で確かめたいという思いが強かった。
 牛島の身体が逞しいのは知っていたが、実際に目の当たりにした裸は想像以上のものだった。肩から腕にかけての鞭のような筋肉、そして膨らんだ胸筋。腹筋もきっかりと描いたように割れていて、とても同じ高校一年生の男とは思えないほどに完成された身体だった。きっと引っ越し屋や宅配のバイトで得られた副産物なのだろう。金がもらえる上にそんな身体になれるのなら、自分も同じバイトをしようかと澤村は一瞬本気で考えた。

「大地の身体、綺麗だな」

 澤村もそれなりに筋肉に自信があるほうだったが、牛島の身体に比べれば貧相なものである。

「しょぼいだろ? なんかお前の隣にいると虚しくなってくるよ」
「別にしょぼくはないだろう。俺はムキムキな身体より、大地みたいな程よく筋肉のついた身体のほうが好きだぞ」

 言いながら牛島が、澤村の腹の辺りに触れてきた。澤村も同じように牛島の腹に触れる。腹筋の溝を指でゆっくりとなぞったあとに、今度は逞しい胸筋に手を伸ばし、優しく揉みしだいた。

「そんなところ揉んだっておもしろくないだろ」
「いや、おもしろいぞ? 揉み応えがあっていい感じ。あ、でもこっち触られるほうが気持ちいいんかな?」

 揉みながら気になっていた胸の突起。それを指の腹で擦ってみる。途端に牛島の身体が硬く強張るのがわかった。力加減は優しくしたつもりだから、痛くはなかったはずだ。となるとそういう反応を示す理由は……

「若利、もしかしていまの気持ちよかった?」

 牛島は何も言わなかった。嫌なこと、駄目なことははっきりと言う男だから、それは無言の肯定と受け取っていいのだろう。だから遠慮なくそこを擦り続けた。そのうち小さかった突起が徐々に大きくなり始め、牛島の呼吸が荒くなった。時々逞しい身体が震える。それがどうしようもないくらいに澤村を煽った。我慢できずに乳首を舐めた途端、牛島の口から吐息に混じって甘い声が零れた。

「だ、大地っ……。やめっ……あっ」

 転がすように舌で弄ると、牛島は澤村の頭を抱きしめながら唇を噛んで声を押し殺した。誰もが近寄りがたい強面のこの男を自分が翻弄しているのかと思うと、征服感と興奮でどうにかなってしまいそうだった。

「ぁっ……ああっ、はあ……」

 舐めれば舐めるほどそこは敏感になっていくのか、牛島は徐々に声を抑えられなくなっているようだった。零れないように口元を押さえた手をそっと引き剥がし、握り込んで動かせないようにする。

「大地っ……」

 恨みがましく睨まれたが、少しも恐くなかった。むしろ少し潤んだ瞳が可愛いとさえ思う。
 ぷっくらと膨れた突起をしつこく責めながら、布越しに下肢を擦り合わせた。澤村も牛島も、どうしようもないくらいに張り詰めていた。そのうち我慢できなくなってきて、牛島の短パンと下着を剥ぎ取った。
 強靭な肉体に釣り合った、逞しい性器。先端は蜜に濡れ、びくんびくんといやらしく震えている。澤村は自分の下肢の衣服を脱いでから、牛島のそれに手を添えた。

「すげえ熱い……」

 妄想の中では何度も触った。現実に手にしたそれは、想像していたよりもずっと熱くて硬い。だけど人肌の弾力もあり、触り心地がよかった。

「大地のも触らせろよ」

 膝を立て、少し前に出ると牛島の手が澤村の性器に優しく触れてくる。感触を確かめるように何度か握ったり開いたりしたあとに、ゆっくりと上下に扱き始めた。

「うあ……」

 いつも自分で処理しているやり方と変わらないはずなのに、他人の手で扱かれるのはなんだか妙に気持ちよかった。澤村も同じように牛島の性器を扱く。次々と蜜が溢れ出し、亀頭を濡らして湿った音を響かせた。

「やばっ……気持ちいいな、これ……あっ」

 自分のそれも先端が濡れてきて、それが潤滑剤代わりになって擦る手の感触が更に気持ちよくなる。恥ずかしながら、気を抜くとすぐに果ててしまいそうだった。
 澤村は無意識の内に暇になったほうの手を、牛島の尻の谷間に滑らせていた。引き締まった尻の奥にある入り口を指で押す。

「大地っ……そんなところ、汚いぞ」
「汚くねえよ。さっき風呂入っただろ?」
「けど……」

 焦った様子の牛島を無視して、澤村は表面を何度も擦った。触れるたびにそこがひくひくしているのがわかる。指くらいなら案外すんなり入ったりするんだろうか。だけどそこまでするとさすがに引かれそうな気がする。本能と理性の狭間に立って、澤村は迷いに迷った。だが、偶然にも擦っていた指の先端が慎ましいそこに少しだけ入ってしまって、その瞬間に理性の力は急速に弱まっていった。
 中は思っていたよりもずいぶんときつい。男同士のセックスでここを使うことは知っているし、性器がここに挿入されている動画を何度も見てきたが、本当にそんなことができるのか疑いたくなるほどに固く締まっている。

「痛い?」
「痛くはないが……少し気持ち悪い」
「ごめん。でも、ちょっとだけここ弄らせて」

 少しずつ指を奥へ入れていくと、牛島は少し表情を歪めた。痛い思いはさせたくない。慎重にゆっくりと、彼の身体の中を進んでいく。しばらくするときつい襞を抜けて、少し拓けた場所に出た。上のほうには何か硬い感触がある。それを指の腹で押した途端、牛島の身体が反り返った。

「大地、そこは駄目だ。そこ押されると変になる」
「変になるってなんだよ? 痛いのか?」
「痛くはない。痒い気がする……」

 もしかして気持ちよかったということなのだろうか。それを確かめようともう一度押すと、関係ないはずの牛島の性器がぴくりと反応した。

(ひょっとして、前立腺とかいうやつか?)

 性器以外にも男がオーガズムを得られる器官がある。それが前立腺だ。いつかネットで読んだ体験談にそんなことが書かれていた。
 牛島は痒いのではなく気持ちいいのだ。そう確信した。だから駄目という言葉には従わず、そこをしつこく刺激する。

「駄目って言ったのになんでするんだっ」
「駄目じゃないだろう? 気持ちいいからこんなに勃たせてるんじゃないのか?」

 しかも先端からはたらたらと先走りが垂れている。それを亀頭全体に塗り広げ、こねくり回すように扱くと牛島は掠れた声で喘いだ。

「あっ……駄目だ大地、すぐ出そうになるからっ」
「いいよ、出しちゃえよ。俺もあんま長持ちしそうにないから」

 牛島の乱れた姿にだいぶ煽られたし、初めての戯れはやはり刺激が強かった。澤村のそこはもう限界に近い。いつでもイけそうだ。

「大地っ……出る、出るっ――ああっ」
「俺もっ……くっ」

 牛島が先に絶頂を迎えて、白濁が彼の顎まで飛び散った。それを見届けた瞬間に澤村も限界が来て、彼の身体を自分の欲望の塊で汚した。
 どうしようもない幸福感に包まれると同時に、どっと疲れが押し寄せる。体力には自信があるほうだったが、それでも膝立ちになっているのが辛くて澤村は牛島の身体の上に倒れ込んだ。

「ごめん若利。なんか結構勝手に弄っちゃった」

 結局牛島には性器を扱かせただけで、好き勝手に責めたのは澤村だけだった。

「別に、大地ならいい。それに……気持ちよかったしな」

 台詞の後半は小声だったが、それでも澤村にはちゃんと聞き取れた。彼も満足してくれたことに嬉しくなり、自分よりも大きなその身体を強く抱きしめる。

「今更だけど、俺と恋人として付き合ってくれるか?」

 本当に今更だ。しかも順番が滅茶苦茶で、ありとあらゆる手順をすっ飛ばして行為に及んでしまった。

「いいぞ」

 牛島らしい、短い返事だった。だけど抱きしめ返してくれる腕の力が、彼の気持ちを表していた。自分と同じ、相手を大事に想う気持ち。それはとても温かくて、心地よくて、澤村は生まれて初めて恋が叶うことの幸せを知った。




続く





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