02.

 一晩中清のそばにいられるのは、京谷にとってこの上なく幸せなことだった。だから初めて泊まらせてもらって以来、週末は毎週のように彼の家に通うようになっていた。清もそれを拒まないし、むしろ話し相手がいるほうが退屈しなくて済むからと、京谷を歓迎してくれた。
 泊まるときはいつも同じベッドで一緒に寝ている。そして今日もそれは変わらない。一緒に布団の中に入って、清がリモコンで明かりを消す。いつもならすぐにいびきを掻き始める清だが、今日は眠れないのか、隣でモゾモゾと動いていた。

「おっさん、寝れねーのか?」
「おっさんって呼ぶなよ。今日はなんか目が冴えて駄目だわ。横になったら眠くなるかと思ったけど、そうでもねえな」

 そう言って清はこちらに寝返りを打った。暗がりの中でも、目が合っているのがわかる。

「賢は眠いか?」
「いや、オレもまだ眠くねえ」
「じゃあちょっと喋るか?」

 喋りたそうな様子だったから、「別にいいけど」と返事をする。

「前から思ってたんだけどよ、お前って俺といて楽しいのか?」
「……なんでそんなこと訊くんだよ?」
「俺とお前って、歳でいえばギリギリ親子だったとしてもおかしくねえからな。だって俺ってお前よりもお前の親父さんのほうが歳近いだろ?」

 確かに、と今更そんなことに気づかされる。改めて考えるとそれはなんだか不思議なことのように思えたが、だからと言って何を気にするわけでもなかった。

「そんなおっさんと高校生のガキが一緒にいて、何が楽しいんだろうってちょっと疑問だった」
「……楽しいとか楽しくないとか、そんなんどっちでもいいだろ。オレはタメのやつらと一緒にいるより、あんたといるほうが落ち着くんだ」
「変わってんな〜。高校生っつったらダチと遊びまくりたい年頃だろうに。俺が高校んときは、そりゃすげえ遊びまくってたよ。おかげで頭は悪かったけどな」
「確かに頭はよくなさそうだ」

 うるせえ、と頬を抓られる。

「時々考えるんだよ。もしもお前が俺の子どもだったら、どんな具合だったろうなって」
「前の女との間に子どもいたんじゃなかったか?」
「娘がいる。まだ八歳だけどな」
「……訊いちゃいけねえことだったら流してくれていいけど、離婚の原因ってなんだったんだ?」

 今なら気を悪くせずに話してくれる気がして、京谷は思い切ってその質問をぶつけてみた。

「……相手が浮気してたんだ。そんでその間男と一緒になりたいから、別れてくれって泣いて頼まれた。そんなん言われちゃ別れるしかねえよな。裏切られてたっつーのも腹立ったし、さっさと離婚したよ。娘もあっちが連れて行って、俺に残ったのはこの家だけってわけだ」
「あんたでも、一人で寂しいとか思うことあるのか?」
「まあ、たまにそう思うこともなくはねえけど。でも今は賢がいるから全然寂しくねえな。お前はダチってわけじゃねえし、やっぱ息子とも思えねえけど、なんか可愛がりたくなるんだよな。ああ、弟感覚に近いのかもしんねえ」

 京谷が彼に対して抱く気持ちとは違うけれど、それでも好意的に思われていることは嬉しかった。

「なあ、お前どっか行きたいとことかないのか? 明日暇だし、好きなとこ連れてってやるよ」
「なんだよ、急に……。休みの日は動きたくねえっていつも言ってんの誰だよ」
「知らねえ。お前じゃねえの?」
「おっさんだよ馬鹿!」

 清を軽く罵りながら、自分にどこか行きたいところはあっただろうかと考える。海……は時期的にまだ早い。かと言ってウインタースポーツのシーズンも終わっているし、他に何かあっただろうか?
「あ、遊園地」

 思いついた娯楽施設を口にすると、隣の清がなぜだか噴き出した。

「な、なんで笑うんだよっ」
「いや、だって……お前遊園地って顔じゃねえだろ」
「顔は関係ねえだろ! 他に思いつくもんがなかったから、ちょっと言ってみただけだよ!」
「そんな怒んなって。笑ったりして悪かったよ。でもお前にもそういう可愛いとこあるんだな」

 あやすように頭を撫でられ、湧き上がった怒りがすぐに霧散した。そんなこと一つですぐに気をよくする自分もどうかと思ったが、触れられることが嬉しかったのだから仕方がない。

「遊園地か……。この辺ってそういうのねえよな。いっそ東京まで行ったほうが観光もできて楽しいかもな」
「そんな金ねえよ」
「一回くらいなら、俺が出してやってもいい。そん代わり出世払いだけどな」
「……マジ?」
「マジ。まあさすがに明日行くのは無理な話だけどよ。今度日を決めて一緒に行こうや」

 東京までの旅行となると、それなりに金がかかるはずだ。それを負担してくれるというのはありがたい話ではあるけれど、逆に申し訳なくも思う。……でも行きたい。清と旅行できるチャンスなんて、もしかしたらそれが最初で最後かもしれない。結局謙虚な気持ちよりも欲求のほうが勝って、京谷は「わかった」と返事した。

「絶対だぞ」
「おう、約束な。そういや、あの辺遊園地っていろいろあるよな。お前どこに行きたい?」
「……デズニー」

 予想はしていたが、清は再び噴き出した。

「また笑った!」
「だって、デズニーって……おまっ……可愛すぎだろっ」
「なんだよ、悪いのかよっ。行ったことねえんだからいいだろ」
「誰も駄目とは言ってねえよ。俺も久々に行ってみてえし」

 それから東京で観光したい場所や移動手段について話しているうちに、京谷は眠りに落ちていた。その夜は清とデズニーに行く夢を見た。夢の中の二人は楽しそうだったが、カップルというよりは親子のように見える。別に周りの目にどう映ろうが京谷は気にしないが、これが早く現実にならないだろうかと願わずにはいられなかった。



続く





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