03. 電車の窓の向こうに、おとぎ話に登場するような純白の城が見えた。デズニーランドのモニュメントの一つだ。もうすぐ到着するのだとわかって、京谷はそわそわと落ち着かない気持ちになる。 清との東京旅行は、初めてその話をしてから約一カ月後に実現されることとなった。時間を節約したいからと、宮城から千葉までは新幹線で移動して、そこから鈍行に乗り換えて今はもう目的地の直前だ。 電車を降りると、駅のロッカーに旅行鞄を預けてランドの入場ゲートに向かう。開場時間の四十分ほど前だったが、それでもゲート前には嫌気が差すほどの長い列ができていた。 「相変わらず人多いな。フリーパス事前に買っといて正解だったわ」 清がチケットブースを横目に見ながらそう言った。そちらにも長い列ができている。 「あれに並んでたら実際に入れるの相当後になってたぞ」 「なんでこんなに人いるんだ? そんなに来たいもんなのか?」 「お前だって来たいって駄々こねたガキの一人だろうが」 「駄々はこねてねえ!」 開場時間まで暇を持て余すかと思っていたけれど、清と他愛もない話をしているとあっという間だった。そして列が動き始める。京谷の胸は最高潮に高鳴っていた。こんなにワクワクしたのはいつ以来だろう。 園内に入ってまず驚かされたのは、誰もかれもがゲートを通った途端に走り始めることだった。「危ないから走らないでください」というスタッフの声は完全に無視され、皆目的地に向かって疾走している。京谷は最初それを他人事のように眺めていたが、のんびり屋であるはずの清に「俺たちも少し速く歩こう」と言われて、決して他人事ではないのだということを理解した。 皆が走っていた理由はすぐにわかった。まず初めに、京谷たちは時間の縛りがある優先搭乗券のようなものを発券しに該当のブースに向かったのだが、そこで三十分も待たされた。そのあと別の乗り物の搭乗口に行くとすでに一時間待ちになっており、この待ち時間をとにかく縮めるために皆急いでいたのだと今更ながら納得した。 乗り物に乗っている時間よりも待ち時間のほうが長いというのは皮肉なものだが、それはここだけの話ではないので受け入れざるを得ない。それに清がいろんな話をしてくれたから、待つのも案外退屈しなかった。 二つ目のアトラクションを乗り終えたあとに、二人は昼食を摂ることにした。昼食にはまだ少し時間が早いせいか、清が選んだ和食の店に人はあまり多くなかった。 入園してから立っている時間のほうが圧倒的に長かったから、こうして椅子に座るとなんだかほっとする。思っていたよりも足が疲れていた。 「ちょっと疲れたな」 向かい側に座った清は、大仰に溜息をつく。 「にしてもカップルと家族連ればっかだな。俺らみたいに男二人でっての一組も見てないぞ」 「たぶん俺らも周りからは親子くらいに思われてるんじゃねえの?」 「あ、やっぱり? 俺って老けて見えるからな〜」 父親と出かけた思い出と言えば、バレーの試合を観戦したことくらいしか浮かんでこない。清が父親だったなら、きっともっといろんなところに連れて行ってもらえたのだろう。 「でも案外ホモカップルに思われてたりしてな」 笑い半分に清の口から放たれた言葉に、京谷は思わずぎくりとしてしまう。それが顔に出ないように気をつけながら、「そうかもな」と適当に返事を返した。 自分たちは別にそういう関係ではない。けれど自分の中に清を想う気持ちがある以上、この旅行は京谷にとって特別なものに他ならなかった。清からすれば高校生のガキとちょっと遊んでやってるだけであっても、京谷からすればこれはデートのようなものだ。 「俺さ、ずっと息子が欲しかったんだよ。娘も十分すぎるくらい可愛かったけど、やっぱ男がよかったな。一緒にバレーしたり、どっか出かけたり、いろいろできんだろ? こうやって賢と一緒にいると、息子がいたらこんな感じだったんだろうかって思うよ。まあちょっとデカすぎる気はするけどな」 「前は弟感覚って言ってなかったか?」 「最近なんか変わってきたんだよな〜。俺も年取ってきたってことかな。やだね〜」 「オレはあんたのことおっさんだとは思ってても、父親みてえに感じることはねえけど……。でもあんたが呼んでほしいなら、今度から親父って呼ぼうか?」 「やめろよ。余計おっさん臭い感じになっちまうだろうが」 この人の中で、たぶん自分の存在が弟的なものや息子的なもの以上――性愛の対象となることなんてないのだろう。このまま想い続けていたってどうしようもないとわかっているのに、京谷の心はなかなか動かない。諦めがつく日なんて来るんだろうかと、清の冴えない顔を眺めながらそう思った。 「やべえ、マジで疲れた」 シャワーを浴び終えた清が、そう言いながらベッドに倒れ込んだ。 結局二人は閉園間際までランドに滞在していた。夜のパレードまでしっかり見終わってから、ホテルにチェックインしたのが一時間ほど前の話である。 「あ〜、このまますぐ寝れる気がする」 「じゃあもう寝るか?」 「そうすっか。明日も朝早いしな」 今にも寝てしまいそうな清に代わって、京谷は枕元のスイッチで電気を消してやる。保安灯だけになった部屋の中に、しばらくすると清のいびきが聞こえ始めた。 清の家に泊まるときはいつも二人同じベッドで寝ているけれど、今日はツインルームだから別々だ。こんなに近くにいるのに、いつもみたいに好き勝手に彼に触れられない。もどかしい思いに駆られながらも、さっさと寝てしまおうと目を閉じる。しかし、疲れているはずなのに不思議とすぐには寝つけなかった。 何度か寝返りを打ったあとに、京谷は自分のベッドを抜け出した。隣のベッドに近づいて、清の寝顔を覗き込む。相変わらずの冴えない顔だが、それでも京谷にとっては他の誰よりも好きな顔だ。 ベッドの空いたスペースに自身の身体を滑り込ませ、清の背中にぴったりと寄り添う。いつもよりベッドが狭いからこうしていないと落ちてしまいそうだった。清の心地いい体温を味わっていると、京谷より少し背の高い身体が寝返りを打つ。こちらを向いた顔、その目が開いていることに気づいて京谷は少し驚いた。 「どうした?」 眠そうな声が訊ねてくる。 「なんか寝れなくて……。邪魔だったらあっちに戻るけど」 「別に邪魔じゃねえよ。こっちにいたけりゃいればいい」 そう言って清の手が京谷の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。もう片方の腕が頭の下に差し込まれ、腕枕される形になる。 「ホント可愛いな〜、お前は」 「オレは可愛くなんか……」 「可愛いよ。図体デカい割にこうやって甘えてくるし、ランドに来たらガキらしくちゃんとはしゃぐしな」 「別にはしゃいではないだろ!」 「嘘つけ。目が輝いてたぞ」 「は、初めて来たんだから仕方ねえだろっ」 「誰もはしゃぐことが悪いとは言ってねえよ。喜んでもらえて俺も嬉しかったしな。連れて来た甲斐があるってもんだ」 清の手が、子どもをあやすように京谷の背中を撫でている。その動きが止まったと思ったら、再びいびきを掻き始めた。 いつもより密着度の高い夜。いつもみたいにこっそりキスをしたわけでもなのに、京谷の下半身はいつになく興奮して硬くなっている。それが清の脚に触れないように少しだけ腰を引いてやり過ごした。 この想いが彼に届かないことはとっくの昔に覚悟している。希望はないのだとわかっている。だからこそこんな些細なことがどうしようもないくらい幸せに感じられた。 この時間が永遠に続けばいい。朝なんて来なければいい。清の心地よい体温に包まれながら、今はどこにも姿が見えない太陽に、当分出て来るなと何度も頼み込んだ。 |