失恋に未練と後悔は付き物だ。

 二十二年と少しの人生の中で、澤村大地は幾度となく恋をして、そして幾度となくその恋を失った。想いを告げて玉砕をした恋。想いを告げることすらできずに終わりを余儀なくされた恋。成就したと思ったら些細なことで相手と喧嘩をして、別れに繋がってしまった恋。いろんな形の失恋をして、そのたびに未練と後悔に苛まれた。
 そもそも未練と後悔を伴わない失恋などあるのだろうか――もしかしたら、何の後腐れもなく別れを選び、さあ次に行ってみようと思える人間もいるのかもしれない。しかし、残念ながら大地はそちら側の人間ではなかった。大地にとって失恋は辛いものであり、たとえ自分から別れを告げて終わった恋でも、そこに未練と後悔は必ずあった。
 いくつ歳を重ねても、辛いものは辛い。ベッドの上で一人涙したことだって何度もあった。けれど別れがどんなに辛いものだと知っていても、恋をすることはやめられなかったし、恋人が欲しいと思うこともやめられなかった。
 そしてまた、新しい恋の風が大地の背中に優しく吹きつける。それが大地の人生の中で最も情熱的で、最も寂しい恋になることなど、このときはまだ知る由もなかった。




 Remember Me, Remember Us





T


『そういうわけで、ぎりぎり六人そろったから試合には出られそうだよ。よかったよかった』

 電話の向こうの田代秀水の言葉を聞いて、大地もホッと胸を撫で下ろした。

『他のチームも人数少ないみたいで助っ人断られてたし、今回はさすがに駄目かなって諦めてたよ』
「俺も同じだよ。まさか一週間前になって新人が入るなんてな〜」

 秀水と話しているのは、大地が所属しているゲイのバレーサークルのことだ。元々人数の少ないサークルだが、これまで試合はぎりぎりの人数で出場することができていた。しかし、この春に就職や転勤の関係でレギュラーだったメンバーが二人もいなくなり、間近に迫っていた大会に出場するのは絶望的な状況となっていた。
 なんとか人数をそろえようとキャプテンの秀水が他チームに助っ人をお願いして回っていたのだが、成果は上げられずに大会一週間前になっていた。さっきの言葉のとおり、大地も秀水も大会への出場は諦めかけていたのだが、そんなときにサークルに入りたいというメールが秀水の元に届いたという。いきなりの試合の出場も快く引き受けてくれたらしく、チームはなんとか欠場せずに済みそうだ。

『その子、バレーはすごく久しぶりなんだって。だから最初は上手いこといかないかもね。チーム練習ももうできる日がないし、フォーメーションもぶっつけ本番になっちゃうな〜』
「試合に出られないよりはマシだよ。俺すごく楽しみにしてたから。ちなみにその子って何歳?」
『今年二十二歳って言ってたから、大地と同い年だね〜。あ、いや、学年で言うなら一つ下になるのか? 大地って今年の十二月で二十三だっけ?』
「うん」
『ならやっぱり大地の一つ下だな。歳近いからいろいろ面倒見てやってくれよ。足がないって言ってたから、当日こっちの車で連れて行くから。いつもどおり、大地は会場での待ち合わせになっちゃうな』
「まあ、それは仕方ないよ」

 大地はチームの中で一人だけ、秀水や他のメンバーたちと生活圏が離れている。その新人の子もどちらかというと秀水たちの住んでいるところに近いらしく、大地が顔を合わせるのは当日現地でということになりそうだ。

『じゃあそろそろ切るな。明日朝早いんだわ』
「わざわざ電話ありがとう。おやすみ」
『おやすみ〜』

 通話の終わった携帯電話をサイドテーブルに置いて、大地はベッドに寝転がる。
 とりあえず無事に試合に出ることができそうでよかった。いまの大地にとっての一番の楽しみはバレーをすることだと言ってもいい。練習だけでも十分に楽しいけれど、やはり日頃の努力の成果を確かめられる場がないとやりがいがない。だから今回の試合にも絶対に出たかったし、人数がそろったという秀水の報せはかなり嬉しかった。
 急遽参加してくれることになった新人とは、いったいどんな子だろうか? 最近サークルの顔ぶれが変わらないままだったから、そちらも楽しみだ。
 早く試合の日が来ればいいのに。一人ワクワクしながら、大地は部屋の明かりを消した。



 大地が試合会場に着いたのは、開場時刻の二十分前のことだった。入り口付近にはすでに他チームの人たちが集まっており、見知った顔には挨拶をしておいた。
 それにしても、と辺りを見回しながら大地は思う。ここにいるのはほぼ全員がゲイかあるいはバイだ。そういった性指向の持ち主は異性愛者に比べれば圧倒的に少ないはずだが、こうしてイベントが開催されると多くの“お仲間”が集まる。いつ見ても不思議な光景だ。

「――おはよう大地!」

 暇つぶしに携帯を見ようとポケットに手を入れたところで、秀水の声がした。相変わらずもさっとした冴えない髪型のキャプテンは、愛想のいい笑みを浮かべながら近寄ってくる。その後ろには同じチームメイトの繋心と広樹もそろっており、二人とも秀水とは打って変わって眠そうな顔をしていた。

「おはようございます。あれ? 高伸と例の新人は?」
「なんだよ大地。俺ら年長組じゃ不満だってのか?」

 チームで一番の年長である繋心が、意地悪そうな笑みを浮かべながら訊いてくる。

「誰もそんなこと言ってないでしょ。イケメンの繋さんに今日も会えて嬉しいですよ」
「うわ、全然気持ちがこもってねえ……。あいつらはそこのコンビニに飲みもん買いに行ってるよ。戻ってくるまでイケメンの俺が相手してやっから喜べ」
「広樹さん、調子どう?」
「無視か!」

 しばらく四人で世間話をしていると、駐車場のほうからチームメイトの高伸が歩いてくるのが見えた。身長は百九十センチを超えており、やはりデカい分よく目立っている。顔は少しいかつい感じだが、根は穏やかで優しい。このチームの中では唯一大地よりも年下のメンバーとなる。確か今日来る新人も大地より一つ年下だと言っていたから、高伸とは同い年だ。
 高伸の図体に隠れて最初は見えなかったが、ひょこっと顔を覗かせたのが今日来てくれた新人で間違いないのだろう。身長は大地と同じくらいで、顔はどちらかというと男らしいが、まだどこか幼さが抜け切れていない。やんちゃで明るそうな雰囲気で、明るい金髪がその印象を更に深くしている。ちなみに髪型はサイドとバックを刈り上げたツーブロックで、金に染められているのは逆立てられたトップの部分だ。

「おう、来た来た。大地、この子がこの間話した新人だよ。遊児くんって言うの」
「よろしくお願いします!」

 元気に挨拶をする遊児に向かって、大地は優しく微笑んだ。

「大地です。こちらこそよろしく」

 ニコニコと愛想よく笑う顔に、大地はしばらく見惚れていた。可愛い。その言葉が胸の中にパッと浮かぶ上がると同時に、温かな何かが身体の中にじんわりと溢れ出す。
 胸が締めつけられたように苦しかった。鼓動が何かに歓喜するように高鳴り、思春期の頃の自分に戻ったような錯覚に陥る。この感情が何なのか、二十二年生きてきてわからないわけがなかった。

 一目惚れだ。それもかなり強烈な。

 自分の感情を悟られないように慌てて視線を逸した。顔が熱い。赤くなっていないだろうかと心配になりながら、心を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸する。
 まさかこんなところで新しい恋が始まるなんて思いもしなかった。それも年下相手に自分が熱情を抱くなんて、人生何が起こるかわからない。年下との経験がなかったわけではないが、いつも身体だけで終わって相手に恋愛感情を持ったことはない。初めてのことに自分で戸惑いながら、けれど始まってしまったものにすぐに幕を下ろすことはできなかった。



続く





inserted by FC2 system