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 予選三試合は、なんとか全勝で通過することができた。新人の遊児もぶっつけ本番の割にはよく動けているし、スパイクもよく決めている。チームとしての状態はなかなかだった。
 残すは順位決定戦の三試合のみとなる。その前に長めの空き時間ができたため、観客席で少し遅めの昼食を摂ることにした。

「遊児くんができる子でよかったよ」

 隣に座った秀水がそう話しかけてきた。

「そうだね。とても久しぶりにやるようには見えないよ」
「な〜。はあ、なんか俺んが足引っ張ってる気がするよ。クイックって難しいんだよな〜」

 秀水の本来のポジションはオポジットだが、今日はミドルブロッカーが一人欠けているということで、そちらに入っている。慣れないクイック攻撃に苦戦しているのが傍から見ていてもわかった。

「まあ、でも点になってるから気にしなくていいんじゃないかな?」
「そう言ってくれるとありがたいなあ。でもやっぱ俺がもうちょい機能すれば、いまのメンバーってうちの歴代の中じゃ一番強いよな。歴代っつっても発足してまだ三年だけど」
「ああ、確かにそうかも」

 チームの平均身長も見た感じ他のチームより高く、それぞれの実力も平均以上と言った感じだ。遊児も思っていた以上にできるようだし、ここまでは確かにいままでのどの大会よりも結果を出している。

「問題は人数だよな〜。せめてもう一人か二人くらい、経験者がいてくれると安心なんだけど。遊児くんも来年の春にはいなくなっちゃうみたいだし」
「え、そうなのか?」

 騒ぎ出していた心が、冷や水を浴びせられたような気がした。

「ほら、県庁の近くに料理の専門学校あるだろ? あそこにいま通ってるんだって。来年の春には卒業して名古屋のなんとかってお店で何年か修行するらしいから、うちにいられるのもそれまでだな」
「それは……残念だな」

 せっかく見つけた、好きな人。けれど現実はそんなに甘くないようで、大地の中では始まったばかりなのに、すでに終わりが見えてしまっている。たった半年で、出逢ったばかりの遊児はいなくなってしまう。

「そういえば大地、悪いんだけど次の練習のときは大地が遊児くんを迎えに行ってくれない?」
「それは別に構わないけど」
「遊児くん大学の寮に住んでて、あっち方面はうちのメンバー誰もいないから、練習来るとなると電車で来てもらわないといけないんだよね。大学生にとっちゃ電車賃もそれなりに痛い出費だろうし、大地なら一応通り道だから迎えに行けるだろう?」
「通り道って、ちょっと遠回りなんだけど……。まあ別にいいけどね」
「助かるよ〜。じゃあ、あとで遊児くんと連絡先交換しといてくれな」
「わかった」



 同い年なせいか、遊児はこの日高伸とよく話していた。と言っても話しているのは主に遊児のほうで、高伸は相槌を打ったり、何か一言返すだけのことが多かった。元々極端な無口だから仕方がない。

「遊児くん、ちょっといい?」

 まだ大人に変わり切っていない顔が振り返り、目が合うとドキリと鼓動が弾む。それが顔に出ないように気をつけながら、大地は彼の隣の椅子に座った。

「どうしたんっすか?」
「実は次の練習から、俺が遊児くんのこと迎えに行くことになったんだ。だからメアド教えてくれないか? 待ち合わせするのに困るだろうし」
「そうなんっすね。すんません、よろしくお願いします。え〜と、携帯携帯」

 喋り口調こそ学生のそれだが、派手な見た目と違って礼儀はきちんと弁えているようだ。少し意外だと思いながら、差し出された彼のアドレスを打ち込んでいく。それが終わると空メールを送って、打ち込んだアドレスが間違っていないことを確認した。

「大地さんっと。登録したっすよ」
「じゃあ、待ち合わせ場所とか時間はまた練習日が近づいたら連絡するよ」
「はーい」

 大地は決して人見知りをする性格ではないが、遊児と話すのは少しだけ緊張した。そういえば惚れた相手に対しては、最初はいつもこんな感じだったなと過去の恋愛を振り返りながら、内心で苦笑する。

「試合、楽しい?」

 もっと彼と話してみたくて、大地は隣に居座ることを決めた。

「楽しいっすよ! 久々だから最初は緊張したけど、すぐに感覚取り戻せたし、いまんとこ足引っ張らずにやれてますから。にしても大地さん、上手いっすね! レシーブもスパイクも安定感抜群ですげえっすよ!」
「ありがとう。でも広樹さんには負けるよ」
「そんなことないっすよ。俺なんかこっちにサーブ打たれないか毎回ドキドキで……まだ下手なのばれてないみたいだから狙われることもないっすけどね」
「サーブカット苦手なの?」
「ちょっと苦手っすね。だから大地さんみたいに綺麗にカットする人尊敬しちゃいます」

 褒められたことが嬉しくて、つい顔が綻びそうになる。このむず痒いような恥ずかしさは、相手が好きな人だからこその感覚だ。
 それからしばらく遊児との会話を楽しんだ。話題は主にバレーのことだったが、そこから派生して日本代表選手のあの人がタイプだの、この人がゲイっぽいだのというゴシックなネタで盛り上がった。二人の好みは少し似通っているようで、推しメンも、二人とも時期エース候補と言われている牛島若利の名前を挙げた。
 遊児と話しているとあっという間に時が過ぎていって、いつの間にか順位決定戦が始まる時間になっていた。秀水に呼ばれて慌てて準備に取り掛かる。
 最後の三試合は一勝しかできなかった。どこも最上位ブロックに上がってくるほどのチームということもあり、勝った試合も苦戦を強いられた。しかし、大地たちのチームの最終的な順位は三位と、これまでの中で一番の結果を残した大会となった。

「いや〜、みんなお疲れ! ということで乾ぱーい!」

 秀水の合図で、チームメンバー六人がそれぞれのグラスを突き合わせる。打ち上げに大会参加メンバー全員がそろうのは初めてだ。いつも誰かが何かの用事で欠けたり、大地自身が参加できなかったりと、なかなか全員そろうことがなかった。
 乾杯が終わると、各々が好きなように焼肉を摘み始め、好きなように会話を始める。残念ながら遊児は大地の対角線に当たる離れた席に座っていたため、さっきのように二人で話すことは叶いそうになかった。

「お前、さっきからずっと遊児のこと見てんな」

 隣に座っていた繋心が、胡乱げな目をして大地に話しかけてくる。

「いや、可愛いなって思って」
「まあ、確かに可愛いわな。何、気に入ったのか?」
「そういうんじゃないけど……」
「嘘つけ。顔に惚れましたって書いてあんぞ。俺にはわかる」

 誤魔化したのを一瞬で見透かされ、思わず苦笑が零れる。繋心は出会った頃からそういうことに鋭くて、大地が恋をするとすぐに気づいてからかってくる。自分の気持ちが悟られるのを恥ずかしく思う半面で、時にはよき相談相手にもなってくれて、大地にとって彼は頼れる兄貴分だった。

「にしても、大地が年下に熱上げるなんて珍しいじゃねえか。いままでは年上ばっかだったろ?」
「自分でもちょっとびっくりしてる」
「気に入ったんなら、付き合ってみりゃいいじゃねえか。お前いまフリーだろ? 遊児も行きの車でフリーだっつってたからな」
「それはちょっと……だって、遊児くんって来年の春にはいなくなっちゃうんだろ?」
「おう、なんかそんなこと言ってたな」
「じゃあいまから付き合い始めたとしても、半年くらいで終わっちゃうじゃないか」
「別にあいつが遠くに行っちまうからって、別れる必要なんかねえだろ? ああ、もしかして遠距離になるのが嫌なのか?」
「うん……」

 大地には、遠距離恋愛で失敗した過去がある。大丈夫だと信じてその恋に飛び込んでみたけれど、次第に我慢できないことや噛み合わない部分が露出してきて、結局別れに至ってしまった。何よりも互いに物理的な距離があるように、心にも少しずつ距離ができてしまう。電話でどれだけ話そうが、一度開いた距離はなかなか縮まらず、触れられない相手よりも手近の別の誰かを求めてしまう。それは大地も相手も同じだった。
 そのときの失恋が、特別辛い記憶として残っているわけではない。けれどまた同じようなことになってしまったら、互いにいろんなものを消耗するだけで、何も残らない気がする。それはなんとなく嫌だった。

「まあ確かに、遠距離は辛いよな。俺も経験あるからなんとなくわかるわ。けどよ、お前は若いんだからまだ先があんだろ? 駄目になったって次を見つけりゃいい」
「嫌だよ、そんな適当なの。俺は付き合うんだったら、やっぱりその人と死ぬまで一緒にいる気で付き合う。もちろん途中で気持ちが変わったりするのかもしれないけど、そうじゃないと付き合う意味ってないと思うんだ」
「その歳でそんな重く考える必要ねえと思うけどな〜。まあ大地は真面目だし、仕方ねえのかもしんねえけどよ。でも何もしねえのももったいねえよ。だからセフレくらいにはなっとけば?」

 それは大地も少し考えた。けれど自分の中に遊児に対する恋愛感情がある以上、ただのセックスフレンドでいるのは逆に辛い気がする。その感情が段々と膨らんでいって、最後には暴発してしまうのではないかと不安だった。
 けれど繋心の言うとおり、何もしないのはもったいないとも思っている。どうせあと半年しか一緒にいられないのなら、その間に一度でいいから身体を重ねてみたい、それだけの関係でもいいから遊児と親密になりたい。せめぎ合う感情の中に、そんな願望も存在していた。
 どの選択肢を選んでも、きっと自分は何かしら後悔をするのだろう。失恋に未練と後悔は付き物だ。どんなに綺麗に幕を閉じたとしても、きっとそれは変わらない。けれど後悔の大きさは選択肢ごとに違っていた。大地にとって一番後悔が小さくて済むのは――



続く





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