V


 よく晴れた日曜日だった。バレーサークルの練習のために、大地は片道百キロ近い道のりを車で駆ける。その途中、いつもならバイパスに上がる分岐路を、今日は旧国道のほうへと曲がっていく。
 通り慣れない道に少し迷いそうになりながら、十分ほどで目的のコンビニに辿り着くことができた。今日はここで遊児と待ち合わせをしている。約束の時間にはまだ早く、やはり彼の姿は見当たらなかった。
 大地は車を降りて、飲み物を買うついでにコンビニのトイレに入った。そこの手洗い場にあった鏡を見ながら、大して長くもない髪を整え、自分の顔におかしなところがないかをチェックしてから店を出る。
 自分の車に目を移したところで、その近くに見覚えのある金髪頭がいることに気がついた。遊児だ。出てきた大地には気づいていないようで、手元の携帯ばかりを注視している。

「遊児くん」

 声をかけるのに、少しだけ緊張した。そんな自分に内心で苦笑しながら、大地は彼のそばに歩み寄る。

「ちわっす!」
「ちわ。この車だから、乗ってよ。荷物は後ろの座席に置けるから」
「はーい」

 遊児は言われたとおりにスポーツバッグを後部座席に置いて、遠慮がちに助手席に乗り込んでくる。すると車内に嗅ぎ慣れない独特の匂いが広がってきた。決して不快なものではなく、むしろ甘いような匂いだ。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ここからだと二十分くらいで体育館に着くよ」
「了解です」

 ゆっくりとアクセルを踏み、駐車場を出て右折する。
 大会のときに感じたように、やはり遊児は人懐っこくてよく喋る。ポンポンと途切れることなく話題が飛び出してくるし、聞き手としても優秀で、とても話しやすかった。おかげで体育館に着くまでの二十分があっという間に感じられた。
 体育館に入ると、秀水と繋心の二人がすでに来ており、何やら話しているところだった。挨拶をして大地は奥側にいた繋心の隣に荷物を置いたが、遊児のほうは秀水の隣で準備を始める。てっきり自分の隣に来てくれるものだと思っていただけに、なんとなくショックで拗ねたくなった。

「そういえばお前があいつ乗せて来ることになってたな」

 話し始めた遊児と秀水を横目で見ながら、繋心がそう切り出してくる。

「で、あれからどうなったよ? なんか進展したか?」
「別に何もないよ。というか、大会終わってから会うの今日が初めてなんだけど……」
「なんだよ、つまんねえな。いや、それとも今日練習終わってからヤるつもりか?」
「だから違うって!」

 練習が終わったあとは、遊児と食事をする約束をしている。けれどそれ以上のことは特に考えていない。もちろんしたくないわけではなかったが、知り合ってまだ二回目でことに及ぶのはどう考えても常識的とは言えないし、そもそも遊児が大地のことをそういった意味で“イケる”のかもわからない。
 それに大地の中で、やはりどの選択肢を選ぶかはまだ定まっていなかった。ここ二週間はずっとそのことばかりを考えていたけれど、結局答えは出せずに今日を迎えてしまった。
 ふと遊児を見ると、秀水と話しながら楽しそうに笑っている。胸がギュッと締め付けられるような感覚に襲われると同時に、苛立ちが波のように押し寄せてきた。秀水に嫉妬しているのだと自分でわかって、慌てて視線を逸らす。
 大地はこんな自分が嫌だった。だが、嫌だと思ったところで気持ちを消すことなんかできないし、すべてを諦めることもできない。中途半端ではっきりとしない自分に自分で苛々しながら、バッグからシューズを取り出した。



「いや〜、二対三はさすがにきつかったっすね〜」
「そうだな〜。まあ、うちは人数少ないからしょうがないよ。たぶんこれからもそういうことあると思う」

 帰りの車の中でそんな話をする。
 今日は結局初めの四人に高伸が加わっただけで、五人での寂しい練習となった。最後のミニゲームは二対三に分かれ、大地と遊児が二人チームのほうになって三人チームに挑んだ。結果は三勝三敗と、不利な状況にしてはまずまずの成績でゲームを終えることができた。

「そういえば遊児くん、何か食べたいものある?」
「う〜ん……特にこれってのはないっすね。だからファミレスでいいんじゃないっすか?」
「じゃあ、そうしようか。寮の近くにファミレスってある?」
「え、寮の近くまで送ってくれるんっすか?」
「そのつもりだけど」
「そんな、申し訳ないっすよ。結構遠いし……」
「遠慮しなくていいよ。俺がそこまで送りたいんだから」
「えへへ、じゃあお言葉に甘えて、よろしくお願いします」

 遊児の住んでいる大学寮まで行くと、大地にとってはずいぶんな遠回りになるのだが、少しでも長く一緒にいたくて今日は最初からそこまで送って行くつもりでいた。
 他愛もない話題で盛り上がる中で、大地はそろそろあのことを訊いてもいいだろうかと心の準備をする。行きの車ではきっかけが掴めなくて結局訊けないままだった。

「遊児くんってどういうのがタイプなの?」

 会話が途切れた一瞬の隙を見て、大地はその質問を投げかける。口にするのに少しだけ勇気が必要だった。答えを聞いてしまうと、自分は彼に対するすべてを諦めなければならなくなるかもしれなかったからだ。

「う〜ん、そうっすね……俺は結構面食いなんで、超カッコイイ人とか超可愛い人が好きっすよ」

 返ってきた答えに、大地の心は一瞬にして冷たい湖の底へと沈んでいった。

「……そうなんだ。じゃあ俺は駄目だな〜」

 大地の顔は決して悪くないとはいえ、特別いいとも言えない。男らしいと褒めてもらえたことはあるが、モテた記憶なんてほとんどないし、大地よりも顔のいい男なんてこの世に山ほどいるだろう。

「え、なんでっすか? 俺は大地さんのこと普通にカッコイイと思いますよ」

 けれど遊児の次の言葉が、今度は大地の心を湖から引き揚げてくれた。

「男らしくてカッコイイけど、なんか可愛い感じもして俺は結構好きっすけど」
「え、俺可愛いの?」
「笑った顔とか、あと練習中にパン食ってたときの顔もなんか可愛かったっすよ」
「可愛くはないと思うけどな〜……」

 年下に可愛いと言われるのはなんだか複雑だったが、嬉しいのは間違いなかった。もしかしたら脈があるのかもしれないと舞い上がるのを抑えられない。もちろん社交辞令という可能性もあるけれど、本当に無理ならそういうお世辞も出てこないだろう。

「俺も遊児くんの顔可愛くて好きだよ。よく言われるだろう?」
「いや〜、さっぱりっすよ。大地さんに言われるとなんだか照れちゃうな〜。大地さんは、やっぱり付き合ってる人とかいるんっすか?」
「いないよ」
「意外っすね。大地さんこそモテそうなのに」
「いや、全然ですけど何か?」
「嘘だー」

 そのあとは互いの恋愛話で盛り上がった。遊児は見た目に反して恋愛経験が少なく、しかも誰かと交際したことはないと言う。セックスの経験はさすがに――大地にとっては残念ながら――あるようだったが、それが遊びの域を出ることはなかったらしい。
 話しているうちに目的のファミレスについて、食事をしながら恋愛話の続きをした。初恋の話からちょっと変わった出会いまで、知らなかった遊児の深い部分が徐々にわかってくる。
 ファミレスは学生が多いのもあって、賑やかというよりもはや騒がしかった。だから食べ終わるとそそくさと退散することにして、車の中で再び話し込む。

「寮ってここからどれくらい?」
「すぐそこっすよ。車だとたぶん一分もかかんないっす」
「そうなんだ」

 話しながら大地は、身体の奥底から下心が湧き上がってくるのを自覚した。

「寮って部外者も入れるのか?」
「入れますよ。宅配とかも普通に部屋まで来るっす」
「へえ。じゃあちょっとお邪魔させてもらってもいい? どんな部屋か見てみたい」

 その言葉に含まれたやましい感情に、遊児は気づくだろうか? もし気づいたとしても、彼は大地を部屋に上げることを断らない気がする。そしてその先のことも全部受け入れてくれる気がする。

「いいっすよ! ぜひ来てください!」

 ほら、と大地は内心で呟いた。これで自分の中から、遊児に対するすべてを諦めるという選択肢は消えた。残る二つの選択肢を選ぶ権利を与えられたのだ。



続く





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