W さっき遊児が言ったとおり、ファミレスから大学の寮までの所要時間は一分もかからなかった。来客用と表示された駐車スペースに車を停め、遊児について建物に入る。 「ここっす」 階段を上がってすぐの部屋の前で遊児は立ち止まった。ジーンズのポケットから取り出した鍵で開錠すると、重そうな鉄のドアを引いて大地に入るよう促す。 「お邪魔します」 「どうぞどうぞ」 中は八帖ほどのワンルームになっていた。入ってすぐにキッチンカウンターとその横に小さなテレビ台、そして百センチほどの幅のデスクが横一列に並んでいる。部屋の奥にはシングルベッドが置かれ、乱れた布団の上に服が無造作に脱ぎ捨てられていた。遊児はそれを摘み上げると、洗面室に投げ込んで苦笑いする。 「汚くてすいません」 「いや、全然。俺の部屋も同じような感じだから。こっちこそ急にお邪魔しちゃってごめんね」 「オレは大地さんが来てくれて嬉しいっすよ! あ、なんか飲みますか? お茶とコーヒーとココアしかないっすけど」 「じゃあココアで」 「はーい。ちょっと待ってくださいね。あ、ベッドに座っていいっすよ」 「うん」 ベッドはスプリングが硬めであまり座り心地はよくなかったが、ここで遊児が毎日寝起きしているのかと思うと少し興奮した。敷布団をそっと撫でながら、キッチンで甲斐甲斐しくもてなしの準備をしてくれている遊児の後ろ姿を眺める。 後ろから見ると、ツーブロックの刈上げの部分とトップの境目がはっきりしているのだとよくわかる。明るい金色に染められたトップに対して、刈上げは黒い。あれが遊児の本来の髪の色なのだろう。全部を黒色にしたら一体どんな感じになるだろうかとおぼろげに想像しているうちに、彼がカップを二つ手に持ってやって来る。 「どうぞ」 「ありがとう」 大地が差し出されたカップを受け取ると、遊児は遠慮がちに隣に腰を下ろした。 「部屋に人上げたの久々だな〜」 「そうなの? 友達とか、あと男連れ込んだりしてないの?」 「友達は滅多に上げないっすね。うるさくしたら隣に迷惑だし。男はまあ、それなりには連れ込んでますよ。そんなに頻度は高くないっすけど」 「へえ。なんか妬いちゃうな」 「なんで大地さんが妬くんっすか。それに大地さんだって遊んでるでしょ?」 「まあ、それなりにね。でもホントたまにだよ」 「ホントかな〜」 互いのあまり褒められたことではないプライベートな部分を話しながら、大地はどのタイミングで手を出すか悩んでいた。思えばするときはいつも、互いにそういう目的で出会った人が相手だった。だからタイミングや雰囲気作りに悩む必要なんかなかったし、相手のほとんどが年上だったから大地はリードされる側になりがちだった。 緊張で手が震える。一歩踏み出してしまえばあとはもう流れに持ち込めるのに、その一歩がなかなか踏み出せない。遊児が拒まないとわかっているのに、先に進む勇気が湧いてこなかった。 「あ、大地さんココア新しいの淹れましょうか?」 悩んでいるうちに、大地のカップはいつの間にか空になっていた。 「ああ、ごめん。頼む」 「はーい」 カップを手渡すと、遊児はさっそく立ち上がったキッチンに向かおうとする。その腕を大地は無意識の内に掴んでいた。遊児が驚きながら振り返るが、大地も自分で自分のしたことに驚いて言葉に詰まる。 「……あ、ごめん。やっぱおかわりはいいよ」 「え、いいんすか?」 「うん。だから座って」 けれど彼の身体に触れたことで、緊張が解けたような気はした。再びベッドに座った遊児の背後に移動して、足で彼の身体を挟むような形でぴったりと寄り添う。抱きしめた身体は想像していたよりも細かった。けれど決して貧弱な感じではなく、腕や肩にはしっかりと筋肉がついているし、腰回りもちゃんと引き締まっているようだった。 「だ、大地さんっ……」 「嫌だったら言って。すぐやめるから」 「いや、全然嫌じゃないっすけど……。むしろドキドキします」 「俺もドキドキしてる」 首筋に鼻を近づけると、今日彼が車に乗り込んだときに嗅いだ、甘い香りがした。 「遊児くん、香水つけてる?」 「なんもつけてないっすよ。もしかしてなんか臭いますか?」 「今日車に乗せたときから甘い匂いがするなって思ってたんだ。やっぱり遊児くんの匂いだったんだな」 「え〜、オレ軽くやばいっすね……」 「大丈夫だよ。別に不快な匂いじゃないから。むしろ俺は結構好きだよ」 言いながら大地は、遊児の首筋に舌を這わせる。 「あっ……大地さんっ、あの……」 「駄目か?」 「駄目じゃないけど……オレ入れたり入れらたりはちょっと苦手で……」 「俺もあんまり好きじゃないから、そこまではしないよ」 元より軽い睦み合いが好きな大地にはちょうどよかった。 耳たぶを甘噛みすると、遊児はくすぐったそうに身体を縮めた。わざと音を立てながら耳全体を舐め、もう一度甘噛みする。それを繰り返しているうちに次第に遊児の吐息は喘ぎ声に変わっていく。 服の上から乳首に触れると、遊児の反応はより顕著なものになった。びくびくと身体を震わせながら感じている様子が堪らなく可愛くて、大地はいままでにないほどに強い興奮を覚えた。 「ああっ……あっ、あんっ」 Tシャツを捲り上げ、直にそこに触れるとツンと尖っているのがわかる。反対の手を股間に持っていくと、中心が硬く張りつめているのがはっきりと伝わってきた。 「すごいビンビン」 「大地さんだって勃ってるじゃんっ。さっきから俺のケツに当たってる」 「うん。だって遊児くんがエロ可愛いから」 いつになく硬くなった自分のそれを遊児の身体に押しつけつつ、脱がしかけていた彼のTシャツを今度は完全に剥ぎ取った。 意外と色が白いんだなと、露わになった肩や背中をじっくり眺めながら、そのすべすべの肌をもう一度抱きしめた。 「大地さんも脱いでくださいよ。オレだけだとなんか恥ずいっす」 「わかったよ」 遊児に促されて大地も上を脱ぐ。ついでにジーンズも脱ぎ去って、ボクサーパンツ一枚というあられもない姿になった。それを今更恥ずかしいとは思わなかったが、食い入るように見つめてくる遊児の視線は落ち着かなかった。 「大地さんの身体すげえ……」 そうかな、と口では謙遜しつつも、実のところ身体には結構自信があった。ジムに通ったりはしていないが、自宅にそれなりのトレーニング器具がそろっており、ほぼ毎日何かしらの筋トレを数年続けている。その成果がしっかり出た身体は、ちょっと鍛えた程度の男には負けないだろう。 「触ってもいいっすか?」 「どうぞ」 遊児は最初に割れた腹筋に触れてくる。 「わあ、すげえ硬い」 やわやわと撫でながら、その手が今度は胸板に伸びてくる。全体を揉みほぐすようにしたあと、指の先で乳首を転がされ、油断していた大地はぴくりと身体を震わせてしまった。 「大地さん、乳首感じる?」 「割と……」 「オレと同じっすね。じゃあ舐めてあげます」 言うや否や、遊児はおもむろに大地に乳首に唇を寄せてくる。チュッと音を立ててキスをしたあと、温かい舌先が隆起した粒を責める。 「くっ……」 気持ちよくて喘ぎそうになるのを大地はなんとか堪えた。遊児に声を聞かれるのはなんとなく恥ずかしかったからだ。けれど身体は正直なもので、刺激を受けるたびに歓喜に打ち震える。吐息もすっかり荒くなり、すごく感じているのが遊児にもばれていただろう。 「大地さん可愛い……。声我慢しないでよ」 「さすがに恥ずいから……」 「じゃあこっち舐めようか?」 こっち、と言って遊児が握ったのは大地のボクサーパンツにテントを張っているそれだ。 「あ、あとでいいよ。それよりもそろそろ攻守交代だろ」 「ええ、まだ責めたいのに」 口を尖らせる遊児の身体をベッドに押し倒し、覆い被さるようにして大地も横になる。目が合うと、遊児は照れたようにはにかんだ。やっぱり可愛いなと少し見惚れて、吸い寄せられるように唇にキスをする。 触れるだけのキスは、すぐに舌の絡み合う濃厚なそれに変わり、大地は貪るように遊児の口内を舐め回した。気が済むとさっき散々指で弄ってやった乳首を、今度は舌を使って丁寧に責めていく。 「ああ…んっ、ぁ……あっ…」 声まで可愛いのは卑怯ではないかと思いながら、けれどその声も大地にとっては媚薬となって更に興奮を掻き立てる。いきり勃った性器を遊児の腰にぐいぐいと押しつけながら、脇腹やへそを執拗に舐め、そして大地はついに彼のジーンズを下着ごと脱がした。 「み、見ないでっ……」 すると遊児は咄嗟に手で股間を隠す。 「なんで隠すの?」 「だ、だってオレ仮性だから……」 「仮性のやつなんて他にもたくさんいるよ。だから気にすることないって」 言い聞かせるようにしながら、大地は遊児の手を優しく引き剥がした。露わになった彼の性器は、確かに少しだけ皮を被っているし、大きさも平均に少し届かないかもしれない。けれど大地としては別にそこの大きさなんかどうでもよかったし、むしろ遊児の可愛さと相まって余計に興奮した。もちろんそれを口に出して言ったりしないが。 包皮を付け根のほうに少し引っ張って亀頭を完全に露出させ、大地はそこに口を近づける。独特の匂いが鼻孔を刺激した。決して不快ではなかったから、構わず大地は舌先を伸ばした。 「あっ……大地さん駄目っ、洗ってないのに……」 遊児の嘆きは無視した。玉袋のほうから裏筋をなぞるように舐めていき、亀頭を唾液で濡らす。鈴口とカリ、大地の知っている男の感じる部分を存分に舐め回してから、てらてら光る先端を口に吸いこんでいった。 口の中に青臭いような味が広がる。少ししょっぱいのは我慢汁だろう。全体を口に含んだところで舌を使い、ねっとりと絡みつくように責める。 「あっ、あっ……」 喘ぎながら、遊児の腰が跳ねた。やんちゃな彼の感じている顔は、大人の男と少年のそれのどちらの色も覗かせる。大地の目にはそれがなんだかとても官能的なもののように映った。そして情欲を煽った。 頬を窄めて、粘膜で亀頭を締めつける。時々手で扱いて、またしゃぶって、それを繰り返しているうちに遊児が「駄目っ」と泣きそうな声で言い始める。もうイきそうなのだとわかった。 「大地さんっ……もう駄目っ、イっちゃう……あんっ」 「いいよ、出して。我慢しないで」 「ち、乳首舐めてっ。舐めながら扱いてっ」 「わかった」 遊児の望むとおりに、乳首を舐めながら性器を扱いてやる。さっき責めたときに右の乳首のほうが反応がよかったから、そちらばかりを舐めてやった。 遊児の手がシーツを強く掴んでいる。片足も突っ張らせて、いよいよ限界のようだった。 「あっ、あっ、あっ、イクっ……あっ、ああっ」 出るというよりも、弾けるという表現のほうがふさわしいだろう。そう思うほどに勢いある射精だった。危うく大地の顔にかかりそうになるほどに飛んできて、胸や腹を汚している。徐々に勢いが衰えていく様は、なぜだか線香花火を彷彿とさせた。 「すごい飛んだな」 「自分でもちょっとびっくりっす……」 サイドテーブルに置いてあったティッシュを何枚かとって、遊児に渡す。大地も自分の手を拭いてから、彼の腹に散った白濁を綺麗に拭ってやった。 「今度はオレの番っすね」 遊児が意地悪そうに笑う。 「大地さんほど上手くないかもしんないっすけど、感じさせてみせますよ」 「はは、じゃあお手並み拝見ってことで」 攻守交代して、今度は遊児が大地の身体を責める。年下に責められるのはやはり少し恥ずかしかったが、同時にどうしようもないくらいに興奮した。そのせいかフェラされるとあっという間に達してしまったが、片想いをしていた遊児とこんなことができて嬉しかった。 睦み合いが終わると順番にシャワーを浴びて、やる直前と同じように、大地が遊児を抱っこするような形でベッドに座った。しばらくどちらも何も喋らなかったが、その沈黙がどこか心地よかった。 「大地さん、今日泊まって行けばいいのに」 ふと遊児がそんなことを言い出す。 「ごめん、そうしたいのは山々なんだけど、明日仕事で朝早いんだ。だから今日は帰るよ」 「えー」 「遊児くんだって明日大学あるんじゃないのか?」 「あるけど……朝まで大地さんと一緒にいたかったんだもん……」 不満そうに頬を膨らませる遊児の髪を大地は宥めるように優しく撫でてやった。シャワーを浴びたせいか、さっきまで掻き上げられていた髪は、いまは頭の形に沿ってぺたんと寝ている。髪型を変えただけでずいぶんと印象が違って見えたが、それはそれで可愛かった。 「じゃあもし今度連休のときがあったら、そのときは泊まらせてもらうよ」 「約束っすよ」 「うん。約束」 それから十分だけ話をして、名残惜しく思いながらも大地は遊児の部屋を出た。帰るとき、遊児は大地の車が出ていくのを最後まで見送ってくれていた。 慣れない道を進みながら、さっきの部屋での出来事を思い出す。抱きしめたときの感触、首筋の匂い、乳首を舐めたときの遊児の喘ぎ声……。自分は彼としたのだ。それを今更ながら自覚する。 前へ進んでしまった。大地が選んだ選択肢は、おそらく最も後悔が少なくて済む。だからこれでいいのだ。辛い別れが待ち受けていようが、何もしないで終わるよりもずっとましな気がした。 |