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 肌寒い秋の風が、身体に沁みるような冷たさを帯びてくる。冬が来た。
 遊児と出会ったのはまだ暑かった頃だ。あの試合の日からもう三ヵ月が過ぎたのかと思うと、時の流れの速さになんだか焦ってしまう。三ヵ月過ぎたということは、遊児といられるのはもう残り三ヵ月だけだ。たくさん思い出をつくるにはあまりにも時間が短い。
 迎えた大晦日は遊児のアパートで過ごした。年末恒例の歌番組を二人で観て、それが終わると初詣に出かける。歩いて行ける距離に神社があり、着くと思ったよりも多くの人で賑わっていた。大学が近いせいか、学生らしき若者が多かった。
 お参りよりもおみくじのほうが盛況なようで、向拝にはほとんど人が並んでいなかった。あっという間に自分たちの番が来て、あらかじめ準備しておいた百円玉を大地は賽銭箱に投げ入れる。鈴を鳴らして二拍二礼し、目を閉じた。
 ずっと遊児と一緒にいられますように。そう願いかけて、大地はすぐに思い留まった。それは駄目だ。絶対に叶わない願いだし、もし叶ったとしたらそれは遊児に何か不測の事態があったときだ。
 遊児は専門学校を卒業した後、名古屋のとある料理屋で修業をすることになっている。それは自分の父が営む和食屋を継ぐためだ。幼い頃からそれが夢だったのだと、この間遊児は真剣な顔で大地に話してくれた。
 大地に彼の夢を邪魔する権利なんてないし、むしろ叶えてほしいと思う。遠くに行ってしまうのは寂しいが、遊児には自分の夢を叶えて笑っていてほしかった。

(遊児の夢が叶いますように。それと……できればいつかもう一度、遊児に会えますように)

 二つ願い事をするのは狡いのかもしれない。後者のほうはおまけだ。もちろんその願いが叶えば嬉しいけれど、あまり期待はしていなかった。

「大地くん、なんて願い事したの?」

 無料で振る舞われていた年越しそばを大地たちももらって、人のいない東屋に移動する。ベンチに腰かけた途端、遊児がそう訊ねてきた。

「秘密だよ。そういうのは口に出して言っちゃいけないもんだろ」
「え、そうなの?」
「そうなの」
「え〜。大地くんの願い事めっちゃ気になるんだけど」
「遊児は何を願ったの?」
「大地くんが秘密にするなら、オレも秘密にする」

 拗ねたように口を尖らせたあと、遊児はふわっと笑う。

「オレ、大地くんと出逢えてよかったよ」

 急にそんな言葉が降ってきて、大地は一瞬驚いた。けれどそれは徐々に温もりへと変わっていき、大地の心にじわりと沁み込んでくる。嬉しくて泣きそうになるのをなんとか堪えながら、遊児の台詞の続きをじっと待った。

「だって、大地くんといるとすげえ楽しいんだもん。バレーも楽しいし、こうして二人でいるのも楽しいし、クリスマスも年越しも大地くんのおかげで寂しくなかった。秀水さんにメールしてよかったな〜。あのときメールしなかったら、オレら絶対出逢えてなかっただろうし」
「……俺も遊児といるとすごく楽しいよ。ただ一緒にいるだけで、すごく楽しい」
「へへっ、そう言われるとなんだか照れちゃうな。あ〜、なんか名古屋に戻るの嫌になってきちゃったよ。大地くんに会えなくなるのは寂しいな〜」
「じゃあ行かなきゃいいじゃないか」
「……駄目だよ。だって夢叶えたいもん。親父の店継ぐって言うか、いつか自分の店持ちたいんだ。いろんな人にオレの作った料理を食べてもらって、いっぱい喜んでもらいたい。だから寂しくてもあっちに帰るよ」

 やはり遊児の夢を叶えたいという意志は固いようだ。だからいつの日か別れの時は必ず来てしまう。いや、それはそんなに遠い未来の話ではない。もう三ヵ月後の話だ。

「あと三ヵ月、楽しいことたくさんしような」

 切ない想いを胸の奥に押し込んで、大地は遊児にその言葉を投げかけた。

「うん。大地くんといろんなところに行って、いろんなことしたい。いっぱい思い出つくって、全部あっちに持って行くよ。そしたらきっと寂しくないから」

 寂しくないと言いながらも、どこか遠くを見つめるように眇められた遊児の目は、哀愁を帯びているように見えた。きっとそこに大地に対する気持ちがあるからだと、どこか幼さが垣間見える彼の横顔を眺めながら、嬉しいような寂しいような気持ちに駆られる。
 自分たちが両想いだということは、初めて結ばれた日から間もなくして気がついた。きっと遊児も大地の気持ちに気づいていることだろう。けれどどちらも互いの気持ちを打ち明けることはなかった。二人でデートして、寄り添い合って、セックスをして……していることは恋人同士だと言ってもいいのに、自分たちは決して恋人ではない。そこをはっきりさせてしまうと、ただでさえ辛い別れが余計に辛く感じられるような気がした。
 両想いだとわかっているのに、叶わない恋があるなんて知らなかった。こんなにも胸が苦しくて泣きたくなるような恋があるなんて知らなかった。それでも大地は、遊児と出逢わなければよかったとは、一瞬たりとも思ったことはない。

「俺も遊児と出逢えてよかったよ」

 さっきもらった言葉と同じそれを、大好きな遊児に返してやる。彼は一瞬だけ泣きそうに顔を歪ませたが、すぐにいつもの愛想のいい笑顔になって、「ありがとう」と口にした。



「じゃあね遊児くん。元気でな。御飯ちゃんと食べるんだぞ〜」

 バレーサークルでの遊児の送別会も、ついにお開きとなってしまった。送別会ではお馴染みの光景だが、解散間際にキャプテンの秀水が泣きながら遊児の背中を叩いている。

「マジでお世話になりました。オレがいなくてみんな超寂しいだろうけど、頑張ってください」
「別に超ってほどじゃねえぞ。調子乗んな、こら」
「超じゃないにしても寂しいってのは認めるんっすね、繋さん」

 うるせえ、と繋心は遊児の頭に拳骨を喰らわせたあと、ふと思いついたように大地のほうに歩み寄って来た。

「寂しくなるな」

 他の人には聞こえないような声でそう切り出してくる。

「そりゃあ、ね。でも仕方ないよ。遊児の夢の邪魔をするわけにもいかないし」
「結局あいつとは付き合わなかったのか?」
「付き合わなかったよ。やっぱり遠距離は恐いし、付き合っていたら今日はもっと辛かった」
「そっか。お前ら二人、どっからどう見ても好き合ってるみてえだったし、てっきり付き合ってんのかと思ってたわ」
「でも付き合ってるみたいなものだったのかもしれない。デートだってしたし、エロいことも普通にしてたから。ただ自分の気持ちを伝えることはできなかったよ。今日遊児にそれを伝えて、終わりにしようと思う」
「そっか。なんかすげえ切ないな、それ。まあ大地が納得してるんだったらそれでいいけどよ。でももし寂しくて泣きたくなったら、俺んとこ来いよ。お兄さんがいっぱい慰めてやっから。なんなら身体で慰めてやってもいいんだぜ?」

 悪戯っ子のようににやりと笑う繋心に、大地も思わず笑いが零れる。

「ありがとう。どうしても一人じゃ駄目そうだったら、そのときは繋さんにお願いするよ」
「期待しないで待ってるぜ」

 それから間もなくして解散となった。いつものように遊児と二人で車に乗り込み、いつものように大学の寮まで送って行く。部屋に着くと二人でシャワーを浴びて、少し寛いだあとに睦み合いを始めた。

「遊児、今日は入れてもいい?」

 きっとこれが最後の一回になる。だから、どうせなら身体を一つに繋げたかった。そのつもりでローションも準備してきたし、きっと遊児は拒まない。

「いいよ。でも全然使ってないから、結構きつくなってるかも」
「じゃあゆっくり解そうな」

 遊児が言っていたように、確かにそこはずいぶんときつかった。指一本でも最初は痛がって、慎重になりながら徐々に深く沈めていく。時間をかけて受け入れが可能になるまで広げてから、大地は自分の性器にコンドームを被せ、遊児のそこに宛がう。
 久しぶりで遊児も緊張しているのか、身体が硬く強張っていた。大丈夫だと言い聞かせるように笑いかけ、腰をゆっくりと押し進めていく。自分の性器の形に襞が広がっていく感触。時々動きを止めながら、自身を根元までしっかりと埋め込むことができた。

「痛くない?」
「うん、大丈夫っぽい。大地くんが中にいるのがわかる。なんかすげえ熱い」
「遊児の中もすごく熱いよ。なんかすぐイっちゃいそうだな〜」

 笑い合いながらキスをして、大地はゆっくりと腰を動かし始めた。元々遊児は後ろを使ったセックスが苦手だと言っていたから、上手く噛み合うか心配だった。けれど始まってみれば彼は気持ちよさそうに喘ぎ始めて、性器も触ってもいないのに勃起しっ放しだった。そのことにちょっと安堵しながら、腰の動きを激しくしていく。

「あっ、あんっ、大地くんっ…なんか、すげえ気持ちいいっ」
「俺もすげえ気持ちいいよ……」

 何度か体位を変え、何度も貫き、けれど最後はやっぱり顔が見たくて正常位になった。果てるときは二人ともほぼ同時で、快感の余韻に浸りながら隙間なく抱き合った。



続く





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