13. 期待


 厳しかった残暑もすっかりどこかへ吹き飛び、街は秋の色に染まりつつあった。夕食の準備をしながら、いつの間にか冷房も必要なくなったなと、照島はそんな季節の変化を感じ取っていた。
 牛島が転勤してちょうど一カ月。その間に一度だけ彼はこちらに遊びに来てくれたし、澤村と二人で山梨に遊びに行ったりもした。遠いから頻繁に行き来することはできないが、これから先もこうしてたまに会おうと、最後に遊んだ日に牛島はそう言ってくれた。
 牛島は照島にとって、よき友人であり恋敵でもあった。そんな彼が戦線を離脱したからと言って、照島の恋が進展することはなかった。相変わらず澤村は照島の気持ちには気づいてくれないし、照島も照島で自分の想いを言葉にして伝えようとはしなかった。いくら身体を重ねても、澤村の照島に対する感情が友人に抱くそれを超える気配がなかったからだ。
 それならそれでいい、とも思う。自分が告白して二人の関係がギクシャクしてしまうくらいなら、いまの気兼ねない友人関係――身体の関係も含めて――のままでいたほうが、ずっと楽な気がした。

「ただいま」

 料理が出来上がる頃になって、タイミングよく澤村が帰宅する。部屋に入ってきた澤村は、珍しく仕事着――警察官の制服を身に着けていた。

「制服で帰って来るなんて珍しいじゃん」

 通勤時の澤村はいつも私服だ。制服はいつも職場で洗濯しているらしく、照島も普段は彼の制服姿などなかなか拝めない。相変わらず彼の誠実そうな顔に似合っている。まるで彼のために作られた服のようだと割と本気で思いながら、照島は無遠慮に彼の全身を眺めた。

「職場の洗濯機が壊れちゃったらしくて、持って帰るついでにそのまま着て帰った」
「そうだったんだ。やっぱ大地くんそれ似合うな〜」
「本当か? 嬉しいな〜」

 以前、澤村は小さい頃から警察官に憧れていたと話してくれたことがあった。その憧れるきっかけとなったのは、制服が格好良かったからだと言っていたのを覚えている。

「腹減ったな〜。飯もうできてる?」
「できてるよ。いま皿に盛るところだったから、タイミング的にちょうどよかったよ」
「そうか。じゃあ、すぐ着替えて来るな」
「うん……って、ちょっと待った!」

 寝室に向かおうとした澤村を、照島は慌てて引き止めた。

「もうちょいそれ着ていようよ! 大地くんの制服姿なんか最近滅多に見られないんだから!」
「いや、でもちょっと汗臭いし……」
「臭くねえよ! 臭かったとしてもオレにとっては不快じゃないし!」
「そうなのか? じゃあ、手洗って来る」

 せっかく制服を着て帰って来てくれたのに、すぐに脱いでしまうのでは照島は物足りない。明日澤村は非番のはずだし、むしろ今夜は警官プレイだろ、と頭の中で制服姿の澤村ともつれ合うのを想像しながら、照島は一人股間を熱くさせていた。
 二人で食事を済ませたあと、ソファーに並んで座って、適当なテレビ番組を観ていた。あまり広いソファーではないから、自然と足が触れ合う。澤村は足を避けようとはしない。だから照島も触れ合ったまま、しばらくそのままでいた。すると突然、自分の膝の上に置いていた手を握られた。

「だ、大地くん?」

 こういうスキンシップはいつも決まって照島からだったから、少し驚いて澤村の顔を仰ぎ見る。目が合うと、澤村は柔らかく笑った。

「少し寂しそうに見えたから。違ったか?」
「そうだけど……そんなにわかりやすい顔してた?」
「遊児は普段ニコニコしてる分、寂しそうなのはすぐわかるよ。若利がいなくなってまだ寂しい?」
「あ、うん……そうだね。やっぱ寂しい」

 澤村にはそう答えたけれど、照島が寂しそうな顔をしてしまったのは、本当は牛島のせいではない。確かに彼がいないのは寂しくはあったけれど、転勤してから一カ月も経ったから、その寂しさにはもう慣れた。
 照島にそんな顔をさせているのは、目の前にいる澤村だ。届かない想いに、返ってこない気持ちに、もどかしくて時々それが顔に出てしまう。
 この恋が成就する可能性は決してゼロではないかもしれないが、限りなくゼロに近い。そう思う半面で、こういう優しさに触れていると、自分にも脈があるのかもしれないと希望を抱いてしまう。それがただの勘違いで終わってしまったら、きっとものすごく悲しい。だからこれ以上甘えないようにしようと思うのに、結局照島は澤村の肩に頭を預けるのだった。



 開襟シャツのボタンを外すと、澤村の逞しい胸板が露わになる。もうすっかり見慣れたはずなのに、制服効果もあってか今日はいつも以上に興奮した。
 ベッドの上で仰向けになった照島は、指と指を絡ませて両手を繋がれ、そのままやんわりと体重をかけられた。触れるだけのキスが何度も降ってくる。腰には硬い感触がグリグリと押しつけられ、自分に欲情してくれていることに嬉しさを覚えた。

「あっ……」

 耳を甘噛みされ、吐息とともに思わず甘い声が零れる。手取り足取り教えた甲斐もあって、始めの頃は不慣れな手つきだった澤村も、いまではすっかり責めるのが上手くなった。初々しい感じもそれはそれで好きだったが、やっぱりセックスはお互いが気持ちよくなってこそのものだろう。

「あっ、大地くん、いつまでそこっ……やだっ」

 澤村の責め方は優しいが、意外としつこい。しかも照島の「やだ」や「駄目」が反対の意味だということをよくわかっていた。だから無意識の内にそれを口にしてしまうと、澤村の愛撫はより執拗になる。
 散々耳を舐められたあと、今度は無遠慮に乳首を摘ままれた。恥ずかしいほどに身体が跳ねてしまい、その手から逃れようと身体を捩る。しかし、それが逆に澤村の欲望に火を点けてしまったらしく、尖らせた舌先で乳首がもっと硬くなるくらいに執拗に嬲られた。

「あっ……あんっ、ああっ」

 弄られれば弄られるほどに、照島のそこは敏感になっていく。そんな中で限界まで張り詰めていた性器に下着の上から触れられ、もう何がなんだかわからなくなってきた。だけど、自分だけがされるのはやっぱり悔しい。だから澤村の股に手を伸ばして、スラックスの上から張り詰めたそれに触れる。

「遊児、脱がしていい?」

 いい、と答える前に、澤村はすでに照島のスエットに手をかけていた。下着ごとずり下ろされ、すでに上半身は裸だった照島は、それで完全に全裸にされてしまう。そうしたあとに、澤村は自分のスラックスと下着を脱ぎ捨てた。
 何度見ても、やはり澤村の性器は美味しそうだった。ごくりと喉を鳴らしながら、今度は直にそこに触れる。硬い。そして熱い。早くこれで身体の中を掻き回してほしかった。
 照島がしたように、澤村もこちらの性器に触れてきた。愛しいものを撫でるような優しい手つきで愛撫したあと、さっきまで乳首を虐めていた舌で今度はそこを責めてくる。

「んあっ……あっ……」

 形をなぞるように裏筋を舌が這い、そして全体を口に含まれた。しばらく上下に扱かれたり、吸われたりしながら照島をどんどん追いつめていく。

「あっ、大地くんっ、オレも大地くんの、したいっ……」

 ちゃんと聞こえているはずなのに、照島のお願いは無視された。結局自分だけが責められ、散々喘がされ、それでもしつこくお願いすると澤村はようやく下半身を照島の頭のほうに向けてくれる。
 目の前に差し出された、澤村の性器。照島に躊躇いなどあるはずもなく、久しぶりに餌を与えられた犬のように、無我夢中でむしゃぶりついた。澤村の身体がびくりと震える。その反応に嬉しくなりながら、自分の性器に与えられる快感と、銜え込んだモノの味の両方を堪能する。けれどそれらの感触よりも、自分たちの卑猥な態勢のほうが照島の興奮を煽った。
 シックスナインをしながら照島は後ろを解され、受け入れる準備は整った。
 挿入する前に、澤村はいつもキスをしてくれる。今日もそれは変わらず、口の中で舌を絡め合いながら、彼の逞しい身体にしがみついた。
 顔を離すと、欲情しきった雄の目と目が合う。照島はその目が好きだった。普段の優しい目も好きだけれど、本能を曝け出したそれにどうしようもないくらいに“男”を感じる。

「入れるぞ」

 余裕のない声で告げられ、そして火傷するのではないかと思うほどの熱を持ったそれが後ろに押し当てられた。身体が歓喜に打ち震える。重く痺れたようなそこを押し開いて、澤村の力強い脈動を中で感じた。それだけで達してしまいそうなほどの幸福感を、指を噛むことでやり過ごす。
 この時間が永遠に続けばいいのに。澤村と繋がった部分の熱さに溶かされそうになりながら、照島は本気でそんなことを思っていた。



 順番にシャワーを浴びて、いつものように二人でベッドに入る。そしていつものように、澤村は五分もすると寝息を立て始めた。彼の身体にぴたりと身を寄せて、照島は微睡が舞い降りてくるのを静かに待つ。

(そういえば大地くんって、あの人に少し似てるな……)

 坊主に近い短髪に、少し芋臭いけど整った顔立ち。笑うとすごく優しい表情になって、それがいつも安心感を与えてくれた。照島がふと思い出したのは、初めて付き合った人のことだった。
 彼も優しくて、温かい人だった。約九ヵ月の付き合いの末に別れてしまったが、照島の中ではいまでも“いい思い出”として心に残っている。
 見た目は少し違うけれど、澤村の雰囲気や性格はいま思えばあの人に似ている。似ているから好きになったというわけではないが、きっと自分の好みはそういった類の男なのだろう。
 この恋も、いい思い出で終われたらいいのに。たとえ自分の想いを澤村に伝えられなかったとしても、いまの友達以上恋人未満の関係がずっと続けばいい。そうすれば辛い思いも、寂しい思いもしなくて済む。

 だが――

 それは、何も知らない照島に忍びつつあった。ガシャン、パリンという破壊音を立てながら、ゆっくりと、だが確実に照島との距離を縮めつつある。

 それが照島に到達するまで、あとほんの少し――。




続く





inserted by FC2 system