15. 幸せになるための相手


 牛島自身が、大きな質量を伴って照島の体内に入ってくる。最近使っていなかったせいか、どうもそこはきつくなってしまっていたらしい。十分慣らしたはずなのにかなり苦しかった。
 はあ、と牛島は大きく息を吐く。余裕がないのか、いつもよりも恐い顔をしているくせに、彼の触り方はどこまでも優しかった。挿入もゆっくり丁寧に、照島の顔色を窺いながらしてくれた。

「全部入ったが、痛くないか?」
「まだちょっと苦しい……。もうちょっとだけ待って」
「わかった」

 牛島に経験があるということは知っていたし、やっていてもそれはよくわかった。慣れているというほどではないけれど、どこをどう責めればいいか明らかに知っているようだった。
 誰と身体を重ねても、心は動かなかったと彼が嘆いていたのを思い出す。では、自分ではどうだろう? 長かった澤村への片想いを、終わらせてやることはできるだろうか? そして、自分も辛い失恋を忘れることができるのだろうか?
 そこが完全に広がるまで、キスをしながら待った。柔らかい唇だ。すぐに唾液でとろとろになり、隙間なく重ね合わせて舌を絡め合う。

「んふっ……んっ、んっ」

 彼の舌先が、信じられないくらい活発で器用に、そしてしたたかに動いた。唇の内側、歯茎、頬の裏……すべてを明け渡せと言っているかのように、照島の口内をくまなく責める。

「もう、動いても大丈夫だよ」

 後ろが、牛島の形に広がったのを感じた。照島が大丈夫と言った途端、最奥まで入り込んでいたそれが、ゆっくりと出入り口のほうに引かれていく。そうかと思えばまた奥まで突き進んできて、それが徐々に連続した動きになっていく。覚えのある快感が、そこからぞくぞくとせり上げてくるようだった。

「ああっ、やっ、あっ」
「痛かったか?」
「い、痛くないっ。きも、ちいい」

 広い背中にしがみつき、キスをせがむ。牛島は望みどおりに口づけてくれた。舌先を軽く吸われ、下半身を襲う快感と相まって照島は嬌声を上げる。だけどどんなはしたない姿を見せることになろうが、いまは牛島の与えてくれるそれに溺れていたいと思った。

「あっ、あっ……あんっ、ああっ、あっ……」

 身体をぴったりと重ね合わせると、照島の立ち上がった中心が牛島の割れた腹筋に擦れる。それが身悶えするほど気持ちよくて、あられもなく乱れた。耳元で牛島の荒い息遣いが聞こえる。それはまるで獰猛な獣のようだけれど、腰の動きはまだこちらを気遣っているような気配がある。大事にしたいという彼の気持ちも嬉しいけれど、どうせなら理性の壁を打ち破って、お互いに本能をぶつけ合いたい。そう思った。

「若くんっ……もっと激しくしていいよ。もっと、好きに動いて」
「そんなことをしたら遊児が壊れてしまう」
「オレはそんな軟じゃない。それに若くんにだったら、壊されていいよ。壊されて、若くんのことしか考えられないようにしてほしい」

 両手で頬に触れると、牛島は泣きそうに顔を歪めた。

「何もわからなくなるくらい、めちゃくちゃにしてほしい。そしたら胸が痛いのもなくなるかもしんない」
「怪我をしたらどうする」
「そんなのいいよ。どうせ心の怪我のほうが、ひどいんだから」

 牛島は少し迷うようなそぶりを見せたあとに、身体を起こした。逞しい腕が照島の太ももを掴む。そして一つ息をついたあとに、激しい律動が始まった。

「あっ! うあっ、あっ、あんっ」

 感じる場所を絶え間なく突き上げられ、照島の身体は嬉しげに痙攣した。すぐに頭の中がどろどろになり、思考と目に見えるものが霞む。だけど欲情した牛島の男臭い顔だけははっきりと目に映った。

「若くんっ……若くんは、大地くんの代わりなんかじゃないよ」

 鋭い獣の目と視線が交わる。だけど彼が優しいことを照島は知っているから、少しも恐くなかった。

「若くんは、若くんだよ。いまはまだ前に進めないけど、いつかちゃんと好きになるから……それまで待ってて」

 いまはまだ、照島の心は澤村に捕らわれたままだ。もう自分の気持ちが届くことはないとわかっていても、簡単に捨てられるほど軽い気持ちではなかった。心の底から彼を愛していた。

「待ってる」

 牛島は荒い息の中で、そう言った。

「いつまでも待ってる。お前が俺を好きになってくれるの、待ってる……」

 ひたむきな好意が、照島を切ない気持ちにさせる。その想いに答えてやりたい。たくさんの愛情を彼に注いでやりたいと、快感に溺れてしまいそうな心の中で思った。
 そして、自分が幸せになるための相手が澤村ではないのだとしたら、それは牛島以外にはありえないと、そのとき照島は確信した。



 牛島のアパートに押しかけた次の日に、照島は澤村の電話番号を着信拒否リストに入れた。メールアドレスも同様の措置をとったが、アドレス帳から消すことはできなかった。いまはまだ前向きになれないけれど、いつか澤村とも普通の友達になれるかもしれない。初めて愛した人がそうであったように。その可能性を信じて彼の連絡先を携帯の中に残しておくことにした。
 シャワーを浴びてリビングに戻ると、牛島は誰かと電話しているところだった。なんとなく相手は澤村な気がした。

「大地からだった」

 電話を切った牛島がそう告げる。やはりそうだった。

「お前がいなくなったと心配していた。一応ここにいることは伏せておいたが、放っておくと捜索願を出しそうな勢いだったぞ」

 心配してくれることは嬉しい。だけどそれはたぶん、あくまで友人として照島の身を案じているのだ。いつか澤村はいま付き合っている女と結婚して、子どもをつくって、照島の気も知らずに幸せな家庭を築くのだろう。
 牛島に治癒してもらったはずの心の傷が、ズキズキとまた痛み始める。堪え切れずに涙を零すと、大きな身体に抱きしめられた。

「ごめん……ごめんね、若くん」
「謝ることなんか何もない。泣きたいときは泣けばいいんだ」

 優しさが胸に染み入る。早くこの人を一途に愛せる日が来ないだろうかと、そう願わずにはいられなかった。



 それから二週間して、照島は牛島のアパートに住まいを移すことに決めた。牛島は働く必要はないと言ってくれたが、金銭面まで彼に縋ってしまうのは申し訳なくて、とりあえず近くのパチンコ店でバイトをすることにした。

 いままで住んでいたアパートを引き払うのと、荷物を山梨に送る手配をするために、照島は二週間ぶりに宮城に帰って来た。さすがに二週間ではそんなに久しぶりという感覚はなかったが、なんとなくここはもう自分が住むべきところではないなと、変わらない街並みを歩きながらそう感じた。
 アパートは何もかもを放って出てきてしまったから、虫が湧いたりしているのではないかと心配だったが、それは杞憂に終わった。とりあえず引越し屋に連絡をとって、荷物を送る手はずを整える。引っ越しシーズンではなかったからか、見積もりはすぐに出してもらえて、実行できる最短の日にお願いした。
 それからアパートの引き払いのために不動産屋に行ったり、あちらですぐに必要になりそうなものをまとめたりと、忙しくしているうちにあっという間に夕方になった。今日はこのままここに泊まるつもりだ。牛島に会えないのは寂しいが、山梨まで日帰りするのは面倒だった。

 一通り作業を終えると、照島は息をつきながらベッドに腰を下ろす。そのまま後ろに倒れ込んでしまおうと思った瞬間に、枕元に立てかけられたキャンバスが目に入った。初めて付き合った人が描いてくれた、青空と海、そしてそれを眺める自分たち二人の姿。あれは平穏かつ綺麗に幕を閉じた、いい恋だったといまは思える。
 澤村に恋をしたことも、いつかはそんなふうに思える日が来るのかもしれない。いまはまだ完全には前向きになれていないけれど、牛島のそばにいると、彼の愛情に触れていると、ちゃんと前に歩いていけるような気がした。
 朝が早かったせいか、少し眠い。このまま寝てしまおうかと、照島は自分の身体を完全にベッドの上に乗せる。――インターホンが鳴ったのは、そのときだった。
 この時間に訪れる人間と言えば、郵便屋や配達業者であることが多い。そういえば一昨日この住所宛てに注文をかけていたものがあった。もしかしたらそれかもしれない。

「はーい」

 廊下に出て返事をし、玄関のドアの鍵を開ける。その途端に、ドアを外側から勢いよく引かれた。照島はちょうどドアノブを掴んだところだったので、一緒になって部屋の外に引っ張られてしまう。
 非常識な業者もいるものだと思いながら、照島は外側にいた人影を思いっきり睨んだ。だがそれは、すぐに驚愕の表情に変わって照島を動揺させる。




続く





inserted by FC2 system