03. 衝動


 出店廻りが終わって時間を持て余した大地たちは、食べた分のエネルギーを消費しようとその辺を軽くジョギングしてから帰宅した。それから順番に風呂に入り、大地の部屋で寛いでいるうちに夕食の時間になる。
 人懐っこく礼儀正しい中島を、大地の母はすぐに気に入ったようだった。しきりにうちの子にならないかと冗談交じりに持ちかけては、中島を困らせていた。

「でも本当に俺がここの家の子どもだったら、澤村のほうが弟ってことになるよな。確か大晦日が誕生日だろ?」
「うん。中島は八月だったっけ?」
「そうそう。俺、澤村の兄貴になるのは嫌だぜ。弟が兄貴よりもしっかりしてるんじゃあカッコつかねえし」
「まあ、中島が兄貴っていうのは正直俺も想像つかないかな。弟ならまだわかるんだけど」

 もしも本当に中島が弟だったら、自分は重度のブラコンになっていたことだろう。中島の周囲の人間関係まで把握し、手を出してきそうな虫は潰しにかかっていたかもしれない。
 夕食が終わると再び大地の部屋に戻って、一緒にテレビゲームをすることにした。と言っても大地はゲームを趣味にしているわけじゃなく、滅多にやることもないので最新機種は置いていない。何世代か前のゲーム機をクローゼットから引っ張り出し、懐かしさを感じながら楽しんだ。
 そしてあっという間に夜は更ける。中島が眠そうに欠伸をしたのを見計らって、その日はお開きにすることにした。
 一階から持って上がってきていた客用の布団をベッドのそばに敷き、そちらを中島が使う。大地は自分のベッドに上がって電気を消した。

「澤村んちって静かでいいな。俺んち常に騒がしいから、あんま落ち着けないんだよな」
「四人兄弟だったっけ? 兄弟って憧れてたけど、多いのも大変なんだな」
「そうだぜ。下がいると面倒も見ないといけねえし、上にはいろいろ押しつけられるしな。おまけにうちは父さんと母さんも自由人だからホント手に負えねえよ」
「苦労してるんだな〜……」

 和久谷南と対戦したときの応援席の様子を思い出して、確かに騒がしそうだなと大地は苦笑を零した。

「部屋で勉強してても妹たちが突然入ってきたりしてさ、テスト期間中とかはマジで泣きたくなるよ」
「勉強もそうだけど、そんなんじゃオナニーも落ち着いてできないな」

 積極的に下ネタを口にすることはほとんどない大地だが、このときは中島がどんな反応をするか試してみたくて、そんな質問をぶつけてみる。

「……オナニーってなんだ?」
「えっ……?」

 予想もしていなかった返答に、大地は思わず変な声を零した。

「オナニーって知らないのか?」
「聞いたことはあるけど、なんなのかは知らない。なんかやらしいことだってのはなんとなくわかるけど……」
「じゃあ溜まったらどうしてるんだ? オナニーしないと寝てる間に出ちゃったりするだろ?」
「出ちゃうって何が?」
「精液……はさすがに知ってるよな?」
「あ、あの白くてねばってしてるやつだろ? そ、それなら朝起きたらたまに出てる……」
「オナニーっていうのは精液を自分で出すことだよ」
「え、あれって自分で出せるのか!?」
「うん。自分でしてれば寝てる間に勝手に出ちゃうことはなくなるし、この歳になったらみんな普通にしてることだよ。むしろみんな中学生くらいからしてるんじゃないかな」
「さ、澤村もしてるのか?」
「もちろん」
「ひょっとして俺って遅れてるのか……だから背もあんま伸びなかったのか!?」
「背は関係ないと思うけど……」

 話をしながら、大地は自分の中に邪心が蔓延していくのをひしひしと感じていた。ひょっとしてこのまま上手く中島を誘導すれば、美味しい思いをできるんじゃないだろうか? 彼にそういった意味で触れることができるんじゃないだろうか?
 そんな邪心を抑えつけようと働く良心もある。欲望に従って彼に手を出してしまうなんて絶対に駄目だ。そんなのは卑怯で狡くて、はっきり言えば悪だ。せっかく出来上がっていた信頼関係がその行動一つで全部崩れてしまうかもしれない。

(だけど……)

 だけどそんなことを言っていたら、本当に何もないまま中島は自分の前からいなくなってしまうかもしれない。そしていつか他の誰かと結ばれ、大地の知らない彼をそいつに全部取られてしまうかもしれない。
 邪心と良心が激しくせめぎ合う。どちらが正しいかは考えるまでもなくわかるけれど、どちらが悔いを残さずに済むかといえば、それはやっぱり邪心のほうなのかもしれない。
 迷いながらふと中島を見れば、保安灯の元で彼は救いを求めるように大地を見つめていた。その純粋無垢な瞳を、そして真っ新な身体を、汚してみたいと浅ましい思いが膨らんでいく。

「……じゃあ、俺がオナニー教えようか?」

 邪心が言葉を放って中島を欲望の渦に誘い込む。一度口に出してしまったら、もう引っ込めるなんてことはできなかった。

「マジで!? すげえ助かる! なんか人に訊き辛くてずっとわからないままだったんだよ」

 大地の邪心に欠片も気づいた様子はなく、むしろ中島はその提言を喜んで受け入れてくれる。

「とりあえずそっちの布団に行ってもいい? 実地で教えるから」
「おう、わかった」

 中島がスペースを空けてくれたところに、大地は遠慮なく入らせてもらった。布団の中は彼の体温でほんのり温かくなっている。少し肩が触れ合っただけで大地のそこはあっという間に勃起した。

「一応聞いとくけど、中島って彼女いないよな?」
「いるように見えるか?」
「中島って結構男前だから、いてもおかしくはないと思うけど」
「きゅ、急に褒めんなよ!」
「じゃあ好きな人はいるか?」
「それもいねえよ。つーか俺、誰かのこと好きになったりってまだなんだ。やっぱ遅れてるよな……」
「う〜ん、どうだろう。そこは人それぞれだからな〜」

 とりあえず恋人も好きな人もいないのなら、手を出しても多少は罪悪感が薄れる……はずだ。

「今から始めるけど、全部俺に任せてもらっていい? ほら、したことないやつがいきなりやると怪我するかもしれないから」
「そうなのか? じゃあ澤村に任すよ。俺はどうしたらいい?」
「とりあえずズボンとパンツ脱いで」
「や、やっぱりそうなるよな〜……」
「嫌だったら言えよ。やめとくから」
「いや、ちょっと恥ずいけどこの際気にしない! それに遅れたままだなんて嫌だからな」

 そう言って中島は布団の中でモゾモゾと動いた。おそらく言われたとおりに下を全部脱いだのだろう。

「布団捲るぞ?」
「え、捲るのか?」
「見えないとよくわからないし、布団が汚れちゃうだろ」
「そ、そうだよな……」

 遠慮なく掛布団を捲らせてもらい、中島の下半身が保安灯の元に露わになる。薄い陰毛の下のそれはプールの浴場ですっかり見慣れたものだ。これが勃起したらどうなるんだろうかと大地はどうしようもないくらい興奮しながら、なんの躊躇いもなく手に触れた。
 まだ何もしてないとあってそこは柔らかい。とりあえず先端のほうを指で擦るようにして様子を窺うことにする。

「どんな感じ?」
「なんかちょっと気持ちいいかも……」

 その言葉のとおり、中島のそこは徐々に鎌首をもたげ始めた。手の中でそれが熱を持ち、大きく硬くなっていく。自分のを慰めるときは気にしたことがないけれど、他人のものに触れて初めてそれが一つの生き物のように反応するのだと知った。

「すごい、カチカチになった」

 大地の手で勃起してくれたことに、心の中でひっそりと安堵する。

「い、言うなよっ。恥ずいだろうがっ」
「中島ってエロ本とかエロ動画も観たことないの?」
「エ、エロ本は兄貴のちょっと覗いたことあるけど、動画はねえよ」
「エロ本見たときこんな感じで勃っただろ?」
「そ、そりゃそういうもんだからだろ。それくらい俺も知ってるよ」
「普通はエロ本とかエロ動画観ながら、自分でこうやって触って精液を出すんだよ。こうやって握って擦ったら気持ちいいだろ?」

 自分のをするときみたいに中島のを上下に扱けば、彼の口から「あっ」と甘さを孕んだ声が零れた。それを恥じたように手で口を押さえる。

「やばっ……すげえ気持ちよくて変な声出る」
「だろ? でもイくときはもっと気持ちいいよ」
「行くってどこに?」
「精液を出すことをイくって言うんだ。だから出そうになったらイくって言って」
「わ、わかった」

 吐息に混じってときどき漏れる小さな喘ぎ声に、大地は堪らない気持ちにさせられる。スエットの中の大地のあそこはこれ以上ないくらい硬く張り詰め、解放してほしそうにビクビクしていた。

「な、なあ、ひょっとして澤村も勃ってんのか? なんかジャージがすげえことになってるけど……」
「うん、ごめん……中島の扱いてたら俺もムラムラしてきちゃった」
「じゃあ澤村も一緒にしようぜ? そしたら俺も恥ずかしいのが少し薄れるからさ」
「わかった」

 遠慮なくスエットと下着を脱ぐと、そそり勃った性器が勢いよく飛び出した。

「俺がしてるみたいに、中島も俺の扱いてみて」
「わかった……うわっ、すげえカチカチだ。しかもなんか濡れてる気がする」
「我慢汁だよ。気持ちいいと出るんだ。中島のだって結構出てるよ」

 我慢汁のおかげで滑りがよくなった亀頭を大地はさっきよりも強めに扱いた。中島もそれに倣ってか大地のを扱くスピードを速め、湿った音が部屋の中に響く。
 拙い、明らかに慣れてない手つきだったけれど、それでも大地はすぐにでもイってしまいそうだった。中島に触れ、そして彼に触れられている。それだけで十分すぎるほどに興奮し、そして感じていたのだ。

「ああっ、さ、澤村っ……」

 腰にくるような声で呼ばれ、大地は答える代わりに空いているほうの手で中島の頭を抱きしめた。中島も嫌がる様子もなくむしろ大地の胸に顔を寄せ、甘えるような仕草をする。それを愛おしく思いながら、扱く手を更に強めた。

「澤村ぁ……イきそうっ、イくっ」
「俺もイくっ……」

 中島のものが一際硬くなったかと思うと、先端から勢いよく白濁が飛び出した。同時に大地も限界を迎え、少し横に身体を傾けていたせいで中島の腹の辺りを汚した。
 中島はしばらく放心していた。荒くなった呼吸が徐々に落ち着いてきたところを見計らって、ティッシュで中島の身体と自分の性器を綺麗にしていく。

「ありがと」
「初めてのオナニーはどうだった?」
「すげえ気持ちよかった。一瞬頭が真っ白になったよ」
「気持ちいいからって、一日に何回もやったりしたら駄目だぞ? あんまりよくないみたいだから」
「そうなのか? 気をつけるよ。澤村はどうだった? 俺がやって気持ちよかった?」
「すごく気持ちよかったよ」

 まさか中島と相互オナニーできるなんて思ってもみなかった。こんなことをするのは初めてだし、相手が好意を寄せる中島とあってか、自分でするときには得られなかった大きな満足感で今は心が満たされている。

「なあ、今日こっちで一緒に寝てもいい?」

 もう少しだけ自分のわがままに付き合ってほしい。だってこんなチャンスは二度とないかもしれないんだ。そんな気持ちが勢いをつけて、思い切ったことを口に出させていた。

「なんでだよ? 二人だと結構狭いぜ?」
「二人のほうが温かそうだと思ってさ」
「まあ、確かにそうだろうけど……。んじゃ一緒でいいよ」

 案外言ってみるものだなと思いながら、大地は掛布団を中島と自分にかける。そして背を向けた中島におずおずと手を伸ばし、自分よりも小さなその身体を優しく抱きしめた。

「な、なんだよ?」
「くっついたらもっと温かいかと思って。嫌だった?」
「嫌じゃねえけど、ガキじゃねえのにくっつくってどうなんだ?」
「細かいことは気にすんなよ。もう寝よう」

 中島の頭に頬を押し当てると、ジョリジョリとした感触がする。痛いようで気持ちいいそれと、鍛えられた身体の硬い感触を堪能しながら、微睡が舞い降りて来るのを静かに待った。

「澤村の身体、温かいな〜」
「中島の身体もな」
「なあ、大地って呼んでいい? そっちのほうが呼びやすそうだし」
「いいよ。じゃあ俺も猛って呼ぶ」

 本当は心の中で何度もその名前を呼んだ。現実で呼ぶのはなんとなく照れくさい気がしたが、それでも中島が大地と呼んでくれるなら、大地だって彼を名前で呼びたかった。
 中島を抱きしめたまましばらくじっとしていると、腕の中から規則正しい寝息が聞こえ始める。なんだか愛おしく思う気持ちが胸の中から溢れ出してきて、抱きしめる腕に力が入った。それでも中島が目を覚まさなかったのをいいことに、大地は彼の柔らかい頬にこっそりとキスをした。







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