04. 片想いの行く先


 目を覚ますとすぐ目の前に猛の寝顔があって、大地はまだ夢の中にいるのかと一瞬錯覚した。けれどそういえば一緒の布団で寝たんだと、眠る直前の自分の行動を思い出し、これが現実であることをじわじわと自覚していく。
 夢のような夜だった。猛とあんなことをして、更にこうして朝まで一緒に寝て……どうしようもないくらいの幸せを噛み締めながら、大地はのっそりと起き出した。
 ひんやりとした朝の空気に身を震わせながら、上着を羽織って洗面所に向かった。うがいと洗顔を済ませ、キッチンで湯呑一杯のお茶を飲むと、もう一度猛の布団の中に戻る。まだ起きる時間じゃないのに洗顔をしたのは、寝起きの冴えない顔を猛に見られたくなかったからだ。
 布団の中は猛の体温で温かいままだ。冷えた身体にその熱が染み渡り、程よく温まったところで猛の身体を抱きしめた。大地より小さいけど、決して薄くないしっかりとした身体。このまま永遠に猛のそばにいさせてくれと、大地は心の底から願っていた。



 日曜日にもかかわらず、いつもの温水プールに人の姿は疎らだった。いつものように大地たちは各々で二十五メートルのコースを何往復か泳ぎ、最後にプールの縁に沿ってウォーキングしてから浴場に向かった。
 浴場も相変わらず貸し切り状態だ。髪と身体を丁寧に洗うと、程よく温かい湯に浸かって溜息をつく。もはやおっさんのようだなと心の中で自虐しながら、けれどこんなに気持ちいいんだから仕方ないと、開き直ってもう一度溜息をついた。

「今日も貸し切りでラッキーだな」

 猛が大地の隣に入ってきて、嬉しそうにそう言った。

「いつもそうだよな。経営大丈夫なのか心配になるよ」
「子どもとか年寄向けの水泳教室やってて、いつか時間被ったときに結構人数いるの見たから案外大丈夫なんじゃね? つーかここがなくなったら困るよな。一番近くてあっちの市のほうだろ? さすがにあそこまで通うのは俺無理だぜ」
「俺もちょっと厳しいかな〜。あっち方面にはバスも行ってないし、電車はかなり遠回りだし。それに人が多そうで嫌だな」
「それな。ここってマジで穴場だよ」

 話しながら、大地はこっそりと猛の股間を盗み見る。湯の色は透明だし、猛も特に隠してはいないから隣に座っていれば丸見えだ。今は平常の大きさだけれど、昨日はこれに触り、勃たせて扱いてイかせたのだ。そのときの様子を思い出していると、股間がムズムズと反応してきてしまう。けれど大地はそれを抑えようとはしなかった。むしろ猛を巻き込んで、もう一度昨夜のようなことができないかと画策していた。

「なあ猛、昨日のオナニーどうだった?」

 何気なさを装って訊ねれば、猛は一瞬表情を強張らせてからその顔を真っ赤に染めた。今日になってからこの話題を彼に振るのは初めてだ。

「き、気持ちよかったって昨日言っただろっ。二回も言わせんなよっ」
「どんなふうに気持ちよかった?」
「な、なんか身体に電流走ったみたいな感じがして、頭が真っ白になって……って変なこと訊くなよな!」
「オナニーは知らないのに皮はちゃんと剥けてるよな。誰かに教えてもらったのか?」

 訊きながら大地は湯の中の猛の股間に触れる。

「な、なんで触るんだよ!」
「いやー、昨日も思ったけど綺麗な形してるなーと思って。で、どうなの? 皮は自分で剥いたんだろ? 自分で調べたのか?」
「兄貴に教えてもらったんだよっ。剥いとかないと汚ねえからって」
「さすがにオナニーまでは教えてくれなかったんだな。あんな気持ちいいこと知らなかったなんてもったいないよ」
「そういう大地はどうやってオナニーのこと知ったんだ?」
「う〜ん……俺はクラスのやつらが話してたの聞いて知ったんだったかな。あんまり覚えてないけど」

 話しているうちに、猛のそれは手の中でどんどん大きく硬くなっていく。あっという間にカチカチになって、思わずにやりと笑うと彼は少し怒ったような、それでいて照れたような可愛い表情になった。

「大地が触るからだろっ」
「なんだったらまた昨日みたいにしてやろうか?」
「ここでか!?」
「たぶん誰も来ないから大丈夫だよ。心配ならあっちの隅のほうでもいいし」

 猛は迷うように視線を逡巡させたあと、「じゃあ、向こうでなら」とぼそりと呟くように口にした。
 計画通りだ、と大地は心の中でガッツポーズを決めていた。即席の捨て鉢な作戦だったけれど、猛を上手く乗せることができた。また昨日みたいにいやらしいことをすることができる。
 横一列に並んだシャワーの一番端は、出入り口からはちょうど死角になっていた。誰か入って来てもここなら上手く誤魔化すことができるだろう。

「ってなんで大地も勃ってんだよ!」
「猛の触ってたらなんだか俺もムラムラしてきちゃってさ」

 むしろ猛のを触っておきながら勃起しないなんてことのほうがあり得ない話だ。
 死角部分に移動し、大地から猛の怒張したものを触ってやれば、猛も特に嫌がるふうもなく大地のものに触れてくる。そうして扱き合いが始まったのだが、その途中で持って来ていたリンスのボトルが目に入って、中身を手のひらに適量乗せる。そして互いの性器を重ね合わせ、リンスをローション代わりにして大地がまとめて扱き始めた。

「うわっ、なんだこれっ……すげえ気持ちいいっ」

 猛が大地の肩に寄りかかるようにして手を置いてくる。大地は空いたのほうの手で猛の尻を掴み、弾力のあるそれを揉みしだいた。

「大地っ……なんかこれ、腰抜けそうっ……あっ」
「いいだろ? ちなみに同じことをボディーソープとかシャンプーでやると大変なことになるから、やっちゃ駄目だからな。まあリンスもあんまり使わないほうがいいけど。やるならちゃんとローションとか使ったほうがいいよ」

 今は残念ながらこの場にローションなんてものはないから、一番刺激の少ないリンスを代用しているに過ぎない。
 手の中で二つの性器が重なり合い、手で擦られると同時にそのもの同士が擦れ合う様はかなりいやらしく、そしてどうしようもないくらいに気持ちよかった。いつ誰が入って来るかもわからないリスキーな状況にも興奮し、気を抜くとあっという間に達してしまいそうだった。

「大地っ、俺もうイっちゃいそうっ」

 猛がタイミングよく根を上げてくれる。扱く手の動きを速め、もうすぐ目の前に迫った絶頂まで一気に駆ける。

「俺もイくからイって、猛」
「あっ、イく、イく……あっ!」

 猛の身体が一瞬強張ったかと思うと、全身を震わせながら白濁を迸らせた。大地もすぐに限界を迎え、猛を強く抱きしめながら欲望のすべてをぶちまけた。
 独特の青い臭いが鼻を突く。しばらく抱き合うような形のまま息が整うのを待ち、どちらともなく笑い合いながら汚れた身体を洗い始めた。

「大地のスケベ。こんなところでマジでやるなんて思わなかったぜ」
「猛だってノリノリだっただろ? お互い様だよ」

 実際猛は嫌がるそぶりをまったく見せなかったし、扱くのだって大地が頼まなくてもしてくれた。案外これからもこうして二人で抜き合うことができるかもしれないし、ひょっとしたら猛にはそっちの気があるのかもしれないと思ってしまう。だってノンケなら同じ男の性器なんて容易に触れないはずだ。一緒の布団で寝るのも抱きしめられるのも、嫌がるのが普通の反応である。
 もしも猛が同じゲイなら、大地の片想いは片想いで終わらずに済むのかもしれない。そんな期待が波のように心の岸に打ち寄せ、一人ドキドキと胸を高鳴らせた。どうしよう、恋人同士になれたら何をしようかと勝手に夢を膨らませながら、もう一度湯船に身体を沈めた。

 けれどその夢が夢でしかないことを、大地はすぐに思い知らされることになる。







inserted by FC2 system