終. 離れない、離さない手


 人のごった返したホームを通り抜け、改札を出ると大地は猛の指定した「金の時計」を探した。写真付きで教えてもらったが、それらしきものはなかなか見つからない。駅員にでも聞こうかと思いついたが、駅員よりも先に構内図を見つけて、それを頼りにもう一度探してみる。
 今度はすぐに見つかった。丸い花壇の真ん中に金の柱が立ち、その先端に同じ色の縁をした時計が四方に向けて付いている。名前のままのモニュメントだ。

「――大地」

 待ち合わせ場所に到着した途端に、大地を呼ぶ声がした。顔を見なくたってそれが誰の声かなんてすぐにわかった。毎日のように電話で聞いた、大好きな人の声だ。
 声のしたほうに顔を向ければ、この一カ月半の間見たくて堪らなかった顔がそこにある。ニコッと笑ったそれは最後に見たときと変わっていない。けれど髪型は坊主じゃなくて、それに近い短髪に変わっていた。

「久しぶり、猛。髪型変えたんだな」
「大学じゃ坊主は悪目立ちすっからな。変じゃない?」
「全然。可愛いと思うよ」
「そこは嘘でもカッコいいって言ってくれよな」

 電話越しじゃない声を聞けるのも、こうして話しながら猛の顔を見られるのも、全部が嬉しくて堪らない。本当に心の底から彼のことが好きなんだと、改めて自分の気持ちの大きさを実感しながら再会の喜びを噛み締める。

「このままどっかこの辺で飯食ってく?」
「まだ腹減ってないからあとでいいよ。それより猛のアパートに行きたい」
「了解。んじゃ電車に乗るぜ。荷物持とうか?」
「そんなに重くないから大丈夫」

 そこから市電に乗り換え、三駅ほどで猛のアパートの最寄駅に到着する。駅からは歩いて七、八分。まだ新しい綺麗なアパートに案内された。
 部屋はワンルームだが広さがあり、一人で住むにはちょうどよさそうな感じだった。十二畳ほどの居室にはローテーブルと二人掛けのソファー、40Vのテレビが乗ったテレビ台に三十センチ幅の棚、そして隅にはシングルベッドが置かれている。

「いい部屋じゃん」
「だろ? まだ新しいし、収納もしっかりあるから気に入ってるんだ。あ、大地お茶飲む? 沸かしたのあるぜ」
「それはあとでもらおうかな。それよりもさ……」

 大地は荷物を床に置くと、キッチンに向かおうとしていた猛に歩み寄る。大地が近づいて来ていることに気づいた猛が振り返ったところで、彼の身体を思いっきり抱きしめた。

「やっと触れた」

 駅で会ったときからずっとこうしたくて堪らなかった。いや、一カ月半前に新幹線に乗った猛を見送ったときからずっと、夢で見るくらいにしたかったことだ。
 懐かしい猛の匂い。腕に抱いた温かさも、鍛えられた身体の感触も、大地の知るそれと変わっていなくて安心した。
 そして猛も同じように大地の身体を抱き返してくれる。その腕の力が、自分だってこうしたかったんだと言ってるみたいだった。

「寂しかった。何度こっちに押しかけようと思ったことか」
「俺だって寂しかったよ。引っ越してきた初日の夜さ、大地に会いたくて俺泣いちゃったんだぜ」
「そうなのか? 可愛いな〜」
「声は電話で聞いてたけど、やっぱ顔見て話すのは全然違うな。マジで近くにいるんだなって今感じてる」
「俺もそうだよ。すげえ嬉しくて、なんかすげえ堪んない」

 顔を少し離してみると、クリッとした猛の瞳と視線が交わる。途端に熱い感情が身体の奥底から溢れ出してきて、半ば衝動的にキスをした。柔らかく触れるだけのそれを何度か繰り返し、どちらともなく舌を挿し入れて絡め合う。この一カ月半できなかったのを埋めるみたいに隙間なく、時間も忘れて没頭していた。
 ジーンズ越しに硬いものが押しつけられているのには途中から気づいていた。もちろん大地のものも同じようになっていて、押しつけ合うことで互いが何をしたいのかはっきりと表している。

「俺風呂入ってないから、シャワー借りてもいい?」
「うん。俺は練習終わってから入ってから待ってる」



 シャワーを浴びてからパンツ一枚で部屋に戻ると、猛はベッドの上に座って待っていた。大地は彼の身体を後ろから抱きしめるようにして座る。途端に勃起した自分を少し情けなく思いながら、けれど相手が好きな人なんだからそんなの仕方ない。
 耳朶を甘噛みすれば、猛は「あっ」と可愛いらしい声を上げた。そのまま執拗に耳を舐め、服の裾から手を忍ばせて胸の突起に触れる。猛の身体がびくりと震えた。ここが感じるのも変わっていない。
 しばらくその態勢のまま愛撫を続けていたが、やっぱり前から猛の顔を見たくなってベッドに押し倒した。上の衣類を全部脱がし、露わになった上半身をくまなく舐める。最後に乳首に舌先を触れさせて、先っぽを転がすように舐めてから全体を柔らかく吸った。

「あっ、あっ……」

 幼さのわずかに残る猛の顔が、色気を帯びてエロくなる。感じているその顔だけでイってしまいそうな気になりながら、大地はこれでもかというくらい左右の乳首を愛撫した。

「真っ赤になっちゃったな」

 散々悪戯された両方の乳首は、先っぽは赤く尖り乳輪が腫れ上がっていた。

「大地がしつこくするからだろっ」
「ごめん、猛があんまりに可愛いから」
「俺のせいかよ! つーか大地だってパンツに染みできてんじゃねえか」
「うわ、ホントだ」

 テントを張った先端部分は、猛の指摘したとおり結構な染みができている。使えなくしてしまう前に脱いでおいたほうが賢明だろう。そう思って大地はそれを脱ぎ捨てて全裸になった。
 猛のジーンズと下着も大地が引き下げて足から抜き取った。中心部はまだ一度も触っていないはずだが、猛も大地と同じようにカチカチに勃起している。それにそっと触れ、先端を指先で撫でるように擦ってから、裏筋の辺りから舌で舐め上げていく。

「ああっ……あっ」

 感じている声。身体も気持ちよさそうに強張ったり弛緩したりするのを繰り返し、しょっぱいような蜜の味が口の中に広がってきた。

「……大地ばっかすんなよっ。俺も大地のしゃぶる」
「そう? じゃあお願いしようかな」

 大地もまだしゃぶり足りなかったから、シックスナインの形になってお互いのモノをしゃぶり合った。
 猛のフェラは優しいが大地の気持ちいいところをよく知っていて、そこを重点的に責めてくる。だからいつもあっという間にイきそうになるが、それを堪えて大地も負けじと激しくむしゃぶりついた。
 しゃぶりながら暇になった手で猛の尻を掴み、適度に弾力のあるそれを揉みしだく。ついでに谷間に指を忍ばせれば、猛に「おい」と咎められた。

「もうそこやっちゃうのか?」
「ごめん、今日はなんか我慢利きそうにないっていうか……正直入れたくて堪んない」

 早く一つになって猛の中で暴れたい。一カ月半も我慢していた欲求が今にも理性を覆い尽くそうとしている。猛の裸もエロい顔も、久しぶりに見るだけにやっぱり刺激が強かった。

「駄目?」
「駄目じゃねえけど……。ちゃんと慣らしてくれよ? 当分やってねえから絶対きつくなってると思う」

 許しが出たのでリュックからローションを取り出してベッドに戻る。仰向けになった猛の足を曲げさせ、露わになった入り口にローションを垂らした。それを指で塗り広げるようにしながら入り口を濡らし、そしてゆっくりと中に侵入する。
 猛が自分で言ったとおり、そこは最後にしたときに比べてずいぶんときつく締まっていた。むしろ初めてのときのようだと思いながら、慎重に指を押し進めていく。根元まで入っても動かしたりはせず、そこがじんわりと広がっていくのをじっと待った。そしてある程度柔らかくなったところで一度引き抜き、ローションを足してもう一度突っ込む。
 今度は奥までいかず、浅い部分を優しく撫でた。すると引き締まった身体が揺らぎ、「あっ……」と気持ちよさそうな喘ぎが零れた。
 気持ちいいところを擦りながら少しずつ指を増やす。早く入れたい、と気は急くけれど大地は最後まで慎重になった。だって猛に痛い思いをさせたくない。怪我なんかさせたら大変だし、二人で気持ちよくならなければ意味がない。
 三本の指を入れて柔らかくなったところで、大地は先走りに濡れた自分の欲望をそこにねじ込んだ。

「うあっ……」

 猛の身体が一瞬強張る。力を抜くように諭しながらゆっくりと押し込んでいき、やがてそこは大地のすべてを飲み込んだ。

「大丈夫? 痛くない?」
「痛くはねえけど、なんか苦しい……」
「ゆっくりやるから、痛かったらちゃんと言うんだぞ?」
「うん……」

 そして大地は宣言通りにゆっくりと、猛の反応を確かめながら腰を動かし始めた。さっきまで指で感じさせていた部分を突き上げるようにすれば、猛はすぐに甘い声を零した。

「あんっ、あっ、あっ……」

 熱い粘膜が大地に絡みついてくるようだった。その感触にどうしようもないくらいの快感を覚えながら、徐々に腰の動きを速めていく。

「あっ、あっ……大地っ、ああっ」

 猛はしているときによく大地を呼ぶ。それがあまりにも可愛くて、愛おしさが溢れて堪らずキスをした。引き締まった身体を強く抱きしめ、大地も彼の耳元で名前を呼びながら懸命に腰を振った。
 中がどんどん熱くなっている気がする。その熱に溶かされるような錯覚に陥りそうだった。気持ちよくて、愛おしくて、猛の心も身体も全部暴いて自分だけのものにしてしまいたい。いや、もう全部自分のものだ。心も身体もちゃんと繋がっている。他の誰かが入る隙間なんかどこにもない。

「大地っ、大地っ……好きっ、すげえ好きっ」
「うん、俺だってすごく好きだよ。ずっとこうしたくて堪んなかった」

 長い、長い一カ月半だった。猛のいない寂しさを耐え抜くことがどれだけ苦しくて、どれだけ切なかったことだろう。我慢したすべてのものを吐き出すように、猛の中を貪り尽くし、蹂躙し、腕の中に閉じ込めてどこにも逃げられないようにする。そんなことをしなくてもきっと猛は大地から離れたりしないだろうが、今はとにかく隙間なく抱き合って、その体温を全身で感じていたかった。
 深く挿し入れ、ぎりぎりのところまで引き抜き、また挿し入れる。夢中になって貪っているうちにイきたくなった。

「猛っ……イきそうっ」
「俺もイくっ……あっ、あっ」

 一際激しく腰を振ると、あっという間に限界を迎えた。そのまま猛の中の奥深いところに白濁を注ぎ込んだ。猛もわずかに遅れて白濁を放ち、深く吐息する。
 快感の余韻が落ち着いても大地は自分のモノを抜かなかった。まだ抜きたくなかった。入れっぱなしのまま抱き合って、キスをしているうちにまた興奮してきた。結局立て続けに三回もして、それでようやく高ぶっていたものが落ち着いた。

「まさか三回もやるなんて思わなかったよ……。やっぱ大地はスケベだな」
「猛だってもっと、もっとって欲しがったじゃないか」
「恥ずかしいから言うなよっ。ああもう、ケツがいてえ。明日練習休みじゃなかったらやばかったぜ」
「ごめんって。久しぶりだったから一回じゃ全然物足りなかったんだよ。それになんか猛前より色っぽくなったし」
「色っぽいって言われてもあんまり嬉しくないぞ」

 少しご機嫌斜めの猛を宥めるように、大地は彼の額にキスを落とした。
 ベッドを下り、カーテンを開けるとそこには猛の住む街が広がっている。それなりに栄えているとあって、夜でもずいぶんと明るかった。

「寒いけどやっぱり雪は降らないんだな」
「おう。そういえばそっちは結構降ったらしいじゃん?」
「うん。まさかこんな時期に降るなんて思わなかったよ」

 ふと、猛と最後に一緒に見た雪景色を思い出す。バスの窓の外は真っ白で寒そうだったけど、こっそり繋いだ手はとても温かくて、繋いだまま永遠にバスに揺られていたいと思った。
 次の冬もまた猛と一緒に雪景色を見ることができるだろうか? いや、その前に夏の海や秋の紅葉、他にもいろんな景色が待っている。それを見るときには必ず大地のそばには猛がいて、二人で笑い合いながら同じ時間を過ごしているだろう。幸せな未来をおぼろげに想像しながら、大地は無意識の内に笑みを零していた。



おしまい




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