中編


 ここまでジャックの予定どおりに会話の流れは進行している。ここからどのようにして彼を裸にひん剥いて、エッチな行為に持ち込もうか? 無理矢理押し倒してしまうという手は使いたくない。ここまで築いてきた信頼関係――そもそもエイトがジャックのことを信頼しているのかはわからないが、少なくとも不仲ではない――を崩してしまうのだけは嫌だ。

「ジャ、ジャックはいやらしい本を見ながらするのか?」

 相手がいくらそう言った話題に慣れているとは言え、やはりエイトの中で羞恥心はなかなか拭えないらしい。遠慮がちに訊ねた声は少し裏返りそうになっていた。

「そうだね。一人でするときは基本的にエロ本か、エッチなビデオを使ってるよ? でもでも、一人ですることよりも、二人ですることのほうが多いよ」
「ふ、二人で!? 誰と!?」
「まあ、0組の面々はないね〜。気まずくなったら嫌だし。他のクラスの子とか、ちょっとした知り合いとかかな。エイトはそういうことしたいと思わないの?」
「……そういうのはまだ早い」
「古風だね〜」

 真面目なエイトらしい台詞とも言えるが。

「ところで今更なんだけど、ベッドに座ってもいいかな? いい加減立ってるのも疲れちゃったし〜」
「あ、ああ、悪い。どうぞ」

 シーツの柄は、敷布団と掛け布団ともにデフォルトなチョコボが描かれた派手なものだ。いったい誰がデザインしたものなのかは知らないが、寮内ではその柄に統一されている。ちなみに枕カバーもチョコボ柄だ。

「ほら〜、エイトもこっち来なよ〜」
「ああ」

 小柄な青年は、ジャックの心の中で小波を立てる欲望に気づかぬまま、隣に腰を下ろした。
 近くで見ると、朱雀の男の中でも軍を抜いて端整な顔をしているのだと改めて実感させられる。細く凛々しい眉と意志の強そうな瞳という組み合わせは真面目な好青年を思わせるが――実際に彼はそのとおりの人柄だが――、どこか少年の面差しを残している。すっきりとしたラインの鼻筋に薄く品のよい唇、肌はつるつるしてそうだ。
 こんな美男子が身近にいたにもかかわらず、どうしてジャックは一度も彼を意識することがなかったのだろうか? 自分でもその理由がわからぬまま、答えを求めるように彼の顔を見続ける。

(う〜ん……わかんないや)

 顔からヒントを得られなかったジャックは、今度は彼の身体に注目してみた。夏服の袖からむき出しになった腕は、ジャックのそれよりもがっしりしているように思う。素手で戦に挑む者にはやはりそこの筋肉は重要なのかもしれない。
 きっと白い制服に包まれた胸や腹のほうも立派な筋肉がついているのだろう。そんな想像を巡らせながら、ジャックは一人興奮するのを抑えられなかった。

「エイトの腕って筋肉すごいよね〜。やっぱり腹筋とかもすごいのかな?」

 そうして密かに頭の中で完成させた罠へと彼を誘い込む言葉を口ずさむ。

「どうだろう? 他の人と比べてみたことなんてないから、わからない」
「じゃあ、僕と比べっこしようよ〜。僕も身体にはちょっとばかり自信があるんだよね〜。ってことで、服脱いで」
「脱ぐのか? まあ、いいけど……」

 エイトは特に躊躇う様子もなく自らの服に手をかける。ただ服を脱ぐという動作一つだけでもなんだかいやらしく思えて、ジャックの下腹部には熱が集まり始めた。そしてそれは制服が完全に脱ぎ去られて、露わになった上半身を見るなり更に強いものとなる。

(綺麗な身体だな〜)

 脱いだらすごいという言葉は、まさに彼のためにあるようなものだとジャックは思った。肩はがっしりと逞しく、しかし厚すぎず、程よく綺麗な筋肉が乗っている。腹筋もきっかりと描いたように割れており、無駄な脂肪はどこにも見当たらない。

「ジャックも脱げよ。一人だけ裸でいるのは少し恥ずかしいぞ」
「ああ、ごめんごめん。いま脱ぐから」

 エイトが声をかけてくれなければ、ジャックはたぶんもうしばらくの間彼の裸を見つめていただろう。そのうち気づかぬうちに涎を垂らすという、誰もがドン引きな状態に陥っていたかもしれない。
 エイトに見られながら服を脱ぐというのは、なんだかとてもいやらしいことをしているように思えた。ジャックは下肢にぶら下がるモノが少し大きくなるのを感じながら、それを抑えようと頭の中には世界史の教科書で目にした禿げ頭の偉人を思い浮かべる。

「う〜ん……肩の辺は僕のほうが筋肉あるみたいだね。やっぱり刀をよく使うからかな〜。でもでも、胸やお腹はエイトのほうがすごいね」
「そうか? ジャックも結構すごいと思うけど」

 まじまじとジャックの身体を検分する彼の目にきっと下心なんてものはないだろう。一方のジャックの視線は、下心しかないと言っても過言ではない。エイトに飛び掛る自分の姿を何度も頭に浮かび上がらせては、それを振り払うように頭を振った。

(うわ、乳首は綺麗なピンクだ……)

 本人の純粋さを表したかのような、穢れのない色をした胸の突起。あれに吸い付き、舐め上げてジャックの色に染められたら、どれだけ気持ちいいだろう。そしてそれを現実にすることは、決して不可能なことではない。ほんの気持ちばかりの可能性だが、それに賭けて用意していた台詞を口にする。

「下のほうも比べっこしようよ」
「下?」
「下っていうか、チンコ?」
「なっ!?」

 いきなりの提言に、エイトはぎょっとして声を上擦らせた。

「どっちが大きいか勝負しようよ〜」
「い、嫌に決まっているだろ! そんなとこ……」

 二次成長を迎えた男の身体の中でも、そこは一際変化が大きいし、人それぞれの違いが出る。完全な大人のそれになった者もいれば、まだ成長途中の者もいるし、中には成長の兆しが見えない者もいる。そんな部位を他人に見せることに躊躇いはあって当然だ。

「え〜、駄目なの〜? キングたちとはやったんだけどな〜」

 なんていうのは嘘だけど。その台詞は口の中で呟くに留めて、ジャックは人のよさそうな笑みを浮かべてみせる。

「僕だって見せるわけだし、それなら恥ずかしくないでしょう?」
「そ、それでも恥ずかしいだろう! 誰にも見せたことないのに……」
「そうかな〜。あ、もしかして……」

 ジャックは言葉を切ると、意味深な間を置いた。なんだよ、と睨むエイトに今度は悪戯っぽく笑いかけて、とどめを刺しにかかる。

「僕の不戦勝?」

 その短い台詞に、エイトの肩がぴくりと反応した。

「負けるのが怖いから、脱げないんでしょう?」
「……なんだと?」
「そうだよね〜。負けるって思ってるなら仕方ないよね〜。どうせ負けるわけだし?」

 炎の色をした瞳が明らかな敵意を滲ませて、険しい表情を形作る。

「誰も負けるなんて言ってない」

 唸るような低い声がジャックの台詞を静かに否定した。

「そこまで言うなら、脱ぐ」
「そう来なくっちゃ。男前だね、エイトは」

 計画どおり。彼の負けず嫌いな性格は、ジャックの予定どおり軽い挑発に乗ってきた。口元が緩んでしまいそうになるのを咳払いで誤魔化すと、ジャックは立ち上がる。

「それじゃ、とりあえずお互い背中合わせで脱ごうよ」
「わかった」



続く……









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