後編


 布の擦れる音が背中から聞こえる。こっそり後ろを振り向くと、ちょうど地味なトランクスから小さな尻が顔を覗かせたところだった。あのエイトがいま目の前で生まれたままの姿になっているのかと思うと、興奮して下肢にぶら下がるものが天井に向けて勃ち上がり始めた。

(勃起しちゃったけど……まあいっか。どうせ比べるのに勃たせなきゃいけないわけだし)

 ジャックの欲望を忠実に表したそこを見下ろしながら、エイトが下着を完全に脱ぎ終えるのを待つ。

「脱いだぞ」
「りょうかーい。んじゃ、ご対面ということで」

 そして今度は後姿ではなく正面から、寡黙なクラスメイトの裸を拝見する。
 上半身に負けずしっかりと筋肉のついた足腰には一目もくれず、ジャックは最初から彼の股間だけに視点を合わせていた。髪の毛と同じ色をした薄い陰毛の下には、暑さに辟易しているのか少し垂れた玉袋と、同じように下を向いた竿がふてぶてしくぶら下がっている。包皮からしっかりと頭を出した先端は、平常時にしては太いように思う。

「……ジャック、なんで勃ってるんだ?」
「だって〜、比べるのは勃ったときの大きさだもん。だから〜、エイトも早く勃たせてよ〜」
「そんなこと言われても……」

 勃たせろと言われてすぐに勃つほどそこは万能ではない。しかも人前で、となると余計に思いどおりにならないものだ。エイトは困った顔で自分の股間を見つめる。

「いきなり言われてもやっぱり困るよね。よ〜し、じゃあ僕がエイトのチンコを元気にしてあげる」

 そんな台詞にどす黒い感情が隠されているなんてエイトは知るまい。彼が返事をするよりも早く彼の背中に回りこみ、細身ながらも綺麗な筋肉をまとった身体を抱きしめる。

「あ〜。エイトの身体温かい」
「い、いきなり何するんだよ!?」
「あ、そうだったね〜。いまはエイトのチンコを勃起させるんだった」
「そうじゃなくて……っておい! 触るなよ!」
「え〜、じゃあ平常時サイズのまま僕に勝負を挑むっていうの〜? それなら僕の圧勝だけど?」

 エイトの負けを指摘すると、途端に激しい抵抗がぴたりと収まった。単純だな、と思う半面で、そういうところが可愛くて堪らないと、ジャックは彼の背中で一人微笑む。
 右手に掴んだ柔らかい感触はまだ熱を持っていない。露出した亀頭を人差し指で擦れば、それから逃れようと腰を引こうとする。しかし、すぐ後ろには密着する形でジャックの腰が押さえになっていて、逃げることを赦さなかった。

「ねえ、気持ちいいでしょ?」
「気持ちよくなんか……」
「本当に〜? でもエイトのここは段々大きくなってきてるけどな〜」

 男なら誰でも、インポではない限りそこを弄られれば反応する。どんなにクールでも、どんなに真面目でも、それはきっと変わらない。

「というか、さっきからジャックのがオレの尻に当たってる……」
「そんなの当ててるに決まってるじゃん」

 本来なら自らの胸を男の背中に押し付けた女が口にするような台詞を、ジャックは自らの性器をエイトの尻に押し付けて、言ってのけた。
 いやらしく腰を動かしながら、その谷間に隠された卑猥な部分にジャックのを突っ込んだら、きっとすぐにイってしまうだろう。でもたぶんそれをするのはいまこのときではない。もしかしたらそんな機会が来ることなんてないのかもしれないが、無理矢理突っ込んで彼との関係が断ち切られてしまうくらいなら、我慢をすることもやぶさかではない。

「ジャック……もう、いいよ。いっぱいいっぱいだから」

 切羽詰ったような声が静止を求める。ジャックの手の中でいつの間にか熱を帯びていたエイトのそこは、硬く大きくなっていた。

「んじゃ、比べてみようか」

 もう少し尻の感触を味わっていたかったが、あまり擦り付けてしまうと誤って射精してしまいそうだったので、やめておいた。
 エイトの性器は、小柄な身体には似つかわしくないほど太くて長い。こんなものを突っ込まれれば、男も女もきっとおかしくなってしまうのではないだろうか?

「エイトのおっきいね〜」
「ジャックのだって」
「うん、確かに長さはあるんだけど、太さはエイトの勝ちだね」

 フェラするのも大変そうだな、といらぬ心配をしながら、ジャックは自分の性器でエイトの性器を叩いて遊んだ。

「も、もう履いていいだろ? いい加減恥ずかしい……」
「そんなに大きいんだから、もっと堂々としてればいいのに。あ、まだ履いちゃだめだからね! 勝負は終わってないんだし〜」

 むしろジャックにとってはここからが本番だ。張り巡らせた罠にここまでエイトはまんまと掛かってくれたが、最後の仕上げは上手くいくかどうか自信がない。何せジャックがいまから言い出そうとしていることは、人間の最もプライベートな部分を曝け出すことに繋がるからだ。

「他に何の勝負をするって言うんだ?」
「う〜ん……まあ、とりあえずベッドに仰向けになってよ」

 エイトは訝しそうに首を傾げながらも、ジャックの言うことに大人しく従う。その間にジャックは脱ぎ散らかした自分のズボンのポケットから一本のプラスチック容器を取り出し、仰向けになった彼の上に覆い被さるようにして、ベッドに四肢をついた。

「な、何をするつもりだ? それは?」
「これはね〜、気持ちよくなっちゃう魔法の薬だよ」
「つめたっ」

 大袈裟に言ったものの、容器の中身はただのローションだ。気持ちよくなるというのはあながち間違ってはいないが。
 とろっとしたその液体をジャックは自分の性器とエイトの性器に垂らし、その二つを両手で包み込んだ。

「これが最後の勝負だよ。いまから僕のとエイトのを一緒に扱くから、先に射精したほうが負け。負けたほうは勝ったほうの命令を一つ聞くこと。わかった〜?」
「……キングたちともやっているのか?」
「まあね〜。っていうか、みんな結構やってるんじゃないかな?」

 平然と吐き出した嘘をエイトが疑う様子はない。ただ何か考え込むように親指を顎に押し当てて、しばらくの間言葉を発しなかった。

「……わかった。それならオレもやる。それに、不戦敗は嫌だからな」

 こんなときまで勝ち負けにこだわる辺り、彼が相当な負けず嫌いなのだと改めて実感させられる。まあ、その性格がなければこうして互いに裸を見せ合うようなこともなかっただろう。

「んじゃ、扱くね」

 少し手を上下しただけで、湿ったいやらしい音がした。彼の性器と擦れ合っているのかと思うと堪らなく興奮して、すぐに絶頂を迎えてしまいそうになる。

「うあっ……やばいっ」

 なんとか二つの性器を片手でまとめて握ると、空いたほうの掌を先端に押しつける。するとエイトは気持ちよさそうに瞳を眇めて、上擦った声を漏らした。

「ジャックっ……ジャックっ……」

 ジャックを呼ばわる声にいつもの冷静さは欠片もない。まるで母を必死に呼ぶ幼い子どものように何度も名を口ずさんだ。

「僕はここにいるよ、エイト……」

 手を握ると、思いのほか強い力で握り返してくる。炎の色をした瞳が何かを求めるように見つめてきて、ジャックもまたその瞳をじっと見つめ返した。

「エイト、気持ちいい?」
「ああ。かなり、いい」

 負けず嫌いの彼が素直に感じていることを認めたのは、余裕も理性もなくしているからだろう。かくいうジャックも余裕などまったくない。こんなエイトの卑猥で可愛い姿を見せられて、冷静でいられる人間のほうがどうかしている。
 扱く手が自然に速まった。もっといやらしい行為を経験したことがあるはずなのに、過去のどんなセックスよりも気持ちよく感じる。もちろん本音を言えば身体を繋ぐセックスをしたいが、いまは卑猥な部分を押付け合っているだけでも十分に満足だ。

「エイト、いやらしい……」
「それはジャックだろっ。なんなんだよ、これ……。おかしくなりそうだ」
「僕はもうとっくの昔におかしくなっちゃってるよ」

 亀頭全体を撫でるようにすると、腰が蕩けてなくなってしまいそうだった。きっとエイトも同じ感覚を味わっているのだろう。喘ぎ声を漏らしながら、ジャックの手を握っていないほうの手がシーツを強く掴んでいる。

「あっ……ジャック、もう」

 甘さを孕んだ声が短く告げた瞬間、エイトの性器から白くて粘っこい液が吐き出された。それを見たジャックも興奮が最高潮に達し、すぐに射精へと結びついた。



「――僕が勝ったんだから、命令一つ聞いてね」

 互いにシャワーで身体を洗い、しばらくの間無言でベッドの上でくっついていた。沈黙を破ったのはジャックのほうで、少し眠そうなエイトの顔がこちらを向く。

「わかっている。負けは負けだからな」

 絶頂に達する瞬間はわずかな差ではあったが、エイトは素直に負けを認め、命令を聞くつもりでいるらしい。

「エイトとキスしたい」
「キス? そんなのでいいのか?」
「そんなのって……。あのね、エイト。僕は確かにいろんな人とえっちなことしたかもしれないけど、キスは一度だってしたことないんだよ〜。好きな人とするときのためにとっておきたかったから」
「でも、オレとするんだろう?」
「うん、だからさ〜、それはそういうことであって……」
「そういうこと?」
「だから〜……もういいや。それを伝えるのはまたの機会にするよ。キスはするけどね〜」

 顔を近づけると、精悍な顔立ちが少し不安そうにこちらを見上げる。短い髪を梳くように撫でたあと、そっと唇を重ねた。

「キスするときは目を閉じようよ〜」
「すまない……」

 そうして言われたとおりに瞳を閉じた顔を見つめながら、ジャックは心の中で呟く。

(可愛すぎだよ〜、エイト)

 再び重なった唇は、先程のように一瞬で離れたりはしない。もっと長くて、濃厚で、いまはまだ一方通行なのかもしれないが、愛情のこもったキスだった。


 ◆◆◆


 すごく幸せな夢を見ていた気がする。しかし、目覚めたときにはその夢の内容はジャックの頭の中から霧散していて、ただ幸せだったという感覚だけが残っている。
 伸びをしようと腕に力を込めたとき、ジャックは腕の中に何か温かいものを抱いていることに気がついた。赤みがかった短い茶髪の青年が、静かな寝息を立てている。

(そっか……あのあとそのまま寝ちゃったんだ)

 エイトの寝顔は穏やかだった。それを見たジャックの心もまた穏やかで、夢の中に置き去りにしてきたはずの温かいものが胸に流れ込んでくる。

 だが、そんな幸せな時間を過ごせたのもほんの短い間だった。

 出入り口のドアを叩く音がジャックを現実へと引き戻す。

「エイト! まだ起きてませんか!? 返事がないなら勝手で申し訳ありませんが、合鍵を借りてきたので入らせていただきます!」
(クイーンの声だ!)

 なぜクイーンが、と疑問に思ったのも束の間のこと、枕もとの時計を見ると始業の時間をとっくの昔に過ぎていた。エイトが遅刻するようなことは過去に一度もなかったから、きっとクイーンが心配して部屋まで来たのだろう。

(というか、やばいよ〜!)

 何か返事をしなければ、と思ったがもう遅い。鍵が開錠される歯切れのいい音が鳴ると同時に、廊下の明かりが暗い部屋に差し込んでくる。その明かりの向こうから長い黒髪の女子候補生が姿を現したのは、その直後のことだった。

「体調でも悪いんですか? 誰もあなたが欠席するという旨を聞いてないみた……」

 はきはきとしたクイーンの声が、ベッドの上のジャックと目が合った瞬間に途絶えた。そして眼鏡の向こうの瞳が本来の部屋の主を捉えるなり、まるで蘇った死者でも目撃したかのような、驚いた表情に変化した。

「これって……こんなのって……」
「あ、あのクイーン、えっとね、これは……」

 全裸の男二人が一緒のベッドで寝ている――かろうじて下半身は布団の中に隠れているものの、言い訳ができない程度には逃げ道のない状況だ。言葉を紡げないまま、ただ苦笑いを返すことしかできなかった。

「こんなのって……なんてファビュラスなんでしょう!」
「……え?」

 だが、次の瞬間には0組をまとめる真面目な女候補生の顔は、新しいおもちゃでも見つけた子どものようなに輝いていた。

「まさかジャクエイというカップリングがあったなんて……。思いつきもしませんでした! 今年のコミパはこれで行きましょう! さっそくデュースに知らせなきゃ……」
「え? ちょっとクイーン?」

 叱責とか罵倒とか、そういう言葉が降りかかってくることを覚悟していたのに、クイーンからそんな台詞が吐き出されるような気配はない。むしろ何か嬉しそうに独り言を呟きながら、開きっぱなしの出入り口に引き返し始めている。

「あ、安心してください。お二人は今日体調不良で欠席するとクラサメ隊長には報告しておきます。それでは、お幸せに」
「お幸せにって……」

 台詞の真意を確かめる前に、クイーンはエイトの部屋を出て行ってしまっている。

(い、言いふらされたりしないかな?)

 クイーンに限って悪い噂を流すようなことはしないと思うが……たぶん。
だがそんな心配も、ジャックの腕の中で眠る青年の寝顔を見たらどうでもよくなった。つるつるの頬に手を添え、無意識のうちに緩んでしまった顔をそこに押付ける。

(エイト、だ〜い好き)



おしまい









inserted by FC2 system