後編


(そういえば、そんなこともあったな……)

 テキストを睨むように見ているエイトの顔を見ながら、キングは心の中で呟いた。
 あの雨の日から数日は、彼と顔を合わせるのがかなり気まずかった。元々お互いに会話を交わすことは少なかっし、席も遠かったのが幸いだった。あれが普段から行動をともにすることが多く、席も近かったらキングは終始緊張していたことだろう。おそらくエイトも同じような心境だったに違いない。
 あれから二年近く経ったいまはそんな気まずさもすっかり霧散している。あのことそのものを忘れていたわけではないが、思い出すことはごく稀だった。

「なあ、エイト」

 そのまま思い出の中にしまっておけばいいものを、キングはエイトがどんな反応をするか見たくて声をかける。

「どうした?」
「覚えてるか? 二年くらい前に、この部屋でお前にオナニーを教えたこと」

 その台詞を口にした瞬間、目の前の少年の顔が見る見るうちに紅潮してきた。ああ、やはりエイトは可愛いな、とあのときにも抱いた感情が再びキングの胸に満ちてきて、つい口元が綻んでしまう。

「あれからお前はちゃんと自分でしているのか?」
「……なんでそんなこと訊くんだ?」

 少し声が上擦っている。やはり彼の真面目な性格は、卑猥な話題に冷静な対応ができないらしい。

「一応オナニーを教えた身だからな。ちゃんとできてるのか心配になった」
「……ちゃんと、できてるよ。教えられたとおりに自分でしてる」

 エイトは恥ずかしそうに自分のプラベートゾーンを明かした。
 それを見たキングは好奇心をくすぐられた。この顔を赤くしたクラスメイトは、いったいどんな顔で自分の性器を扱いているのだろう? 何をオカズにしているのだろう? イクときはどんな顔をするのだろうか? 見てみたい。もう一度、彼がベッドの上で乱れる姿を見てみたい。

「エイト、嫌だったらそう言ってくれていい」

 欲望はすぐにキングの口を突いて飛び出した。

「もう一度、お前を気持ちよくしてやりたい」
「……もうオナニーは覚えたぞ」
「今度はオナニーを教えるんじゃなくて、単純にお前を気持ちよくしてやりたい。もう一度お前の身体に触れたい」

 どうしてそんなことを言うのだ? なぜそんなことをしたいと思うのだ? そんな疑問を込めて、炎の色をした瞳がこちらを見てくる。

「俺はお前が好きなのかもしれない」

 それはキングの正直な心情だった。思春期の少年だから純粋に気持ちいいことに興味がある。しかし、他のクラスメイトたちと同じことをしたいとはまったく思わない。エイトだけが特別で、興味があって――それはもう恋愛感情と言ってもいいのではないだろうか?

「お前は俺のこと嫌いか?」
「……そんなわけないだろう。キングは優しいし、頼りがいがある。好きか嫌いと言われれば、オレはキングが好きだ」
「ならいいだろう?」
「でも、あの日とはもう全然意味合いが違ってくるだろう? オレだっていつまでも子どもじゃない。それがちょっとした遊びの域を超えていることくらいわかる」
「俺はそれでもいいと思っている。お前に触れて、お前のこと気持ちよくして、最後にはお前のことを抱きしめて寝たい」

 キングはテーブル越しに手を差し出す。するとおずおずと言った感じでエイトの手が伸びてきて、差し出した手をそっと握った。

「いいのか?」
「さっきも言っただろう? オレはキングが好きだ。だから、してもいい」



 服を脱ぎ始めたエイトに、あのときの躊躇いや恥じらいは一切なかった。上から一枚ずつ淡々と脱いでいき、最後の一枚となった下着も迷いなく足から抜き去った。

「ちゃんと皮剥けてるな」
「キングがそうするよう言ったからな」

 筋肉の発達も著しいが、なにより下半身にぶらさがるモノの成長は一際目立った。太い亀頭が皮からしっかりと露出し、陰嚢も大きくなっている。全体的にキングのよりも大きい感じだ。それを少しばかり悔しいと思いながら、キングも自らの衣類を脱いでいった。

「キング……なんで勃起してるんだ?」

 興奮状態の自分のそこをキングはあえて隠したりしなかった。どうせいまから存分に見られるわけだし、もっと恥ずかしいことをお互いにするのだから。

「エイトの身体に興奮したんだ。思っていたよりもずっと綺麗だったから」

 ベッドに腰掛け、エイトのがっちりと筋肉を乗せた肩や腕に触れる。そのまま手を下に滑らせていき、割れた腹筋を指でなぞったあと、ついにエイトの性器に触れた。

「お前は俺の身体に興奮してくれないのか?」
「してるつもりなんだけど、緊張してるのかなかなか勃たない」

 そう苦笑したけれど、キングの指が亀頭を擦れば十秒と経たぬうちに鎌首をもたげ始める。徐々に硬さと容積を増していくさまにますます興奮しながら、完全に勃起するのを待った。

「気持ちいいか?」
「ああ。オレもキングの触りたい」

 どこか甘さを孕んだ声がそう耳元で告げて、腕の隙間からエイトの手が伸びてくる。そして遠慮がちにキングの先端に触れ、優しく扱き始めた。

「あの日な、俺はお前の部屋を出たあと、授業には出ずに自分の部屋に戻ったんだ」

 二人だけの秘密を思い出したときに、一緒に記憶の隅から引っ張り出してしまった、キングだけの秘密。それもいい加減時効だろうと、少しばかり恥ずかしいそれを吐露する。

「それでお前の裸を思い出しながらオナニーした」
「なっ……」
「その日だけじゃない。次の日も、その更に次の日も、オナニーのオカズはしばらくエイトだった」

 思えばあのときからキングはエイトに対して何か特別な感情を抱いていたのかもしれない。時が経つにつれてそれも徐々に薄らいでいったが、いま再び心の中にその感情が湧き上がり、溢れ出そうとしている。

「……オレも同じだ。あれからしばらくは、キングに扱いてもらうのを思い出しながら、一人でしてた」
「……それは本当か?」
「ああ。キングの顔を見るたびにあのときのことを思い出すくらいには、強く印象に残っている」

 照れくさそうに笑ったエイトを見て、キングもまた恥ずかしくなる。その半面で互いに通じ合っている部分があったことに嬉しさを覚えて、自分よりも小柄な身体を抱きしめた。

「なんだよ……」
「エイトが可愛くて堪らない。どうにかしてしまいたくなるくらいにな」



 隣同士に座って扱き合うのは、互いの腕がぶつかってやりにくいのだと気がついた二人は態勢を変えることにした。
仰向けになったキングの腹の上にエイトが跨る。そのまま彼は後ろ手にキングのを握り、そしてキングは目の前に聳え立つエイトのそれを扱いてやった。
 互いの息はすでに荒い。その息遣いさえ興奮する材料となって、キングの欲望をかき乱す。

(まるで騎乗位で犯しているみたいだな……)

 自分の身体の上で乱れるエイトが堪らなくエロい。それを見て無意識の内に腰を振っていた自分はもっとエロいなと自覚しながら、もう止めることはできなかった。

「ぐっ……うあっ……」

 先走りが溢れ出したのか滑りがよくなってきた。きっと自分のそこも同じような状態だから、それを指摘するような意地悪はしない。
 やがてぐちゅぐちゅと湿った音が互いの性器から聞こえ出して、いよいよ絶頂が近いのだと予感する。

「エイトっ……もう出せるか?」
「もう少し……」
「悪い……俺のほうはもう待てそうにない」

 エイトの手に扱かれたキングのそこは、すでに爆発寸前だ。これでもう少し待てというのはあまりにも酷である。だからせめてエイトが早く絶頂を迎えられるように、彼の性器を扱くスピードを速めた。

「キングっ、そんなに激しくしたら、すぐ出てしまうっ」
「すぐに出していい。俺ももう、限界だから」

 潤んだ瞳と視線が交わった瞬間、キングは射精を迎えた。

「あっ、キングっ――!」

 そしてその数秒後に、エイトの性器から白濁が吐き出される。勢いのついたそれはキングの肩や胸の辺りまで飛び散って、最後には腹の上に浅い水溜りをつくった。

「キング……」

 脱力した声でキングの名を呼んだ少年は、自らが吐き出した精液が付くのも気にせず、キングの上半身に自分の身体を重ねる。

「気持ちよかった。キングは?」
「俺もすごく気持ちよかったぞ」

 扱く手が自分のではないだけでオナニーとそう変わらないはずなのに、いままでのどんなオナニーも霞んでしまうくらいの快感だった。それはたぶん気持ち的な問題なのだろう。扱いてくれたのがエイトだから、彼の存在を感じて、彼の熱を感じて、堪らなく気持ちよかったのだ。

「エイト……その、よかったらまた今度二人でやらないか?」

 二人だけの秘密をもっと深めていきたい。もっといろんなことをしてみたい。そう思ってその台詞を口にした。

「ああ。オレもまたキングとしたい」

 そう言って、まだどこかあどけなさの残る顔は柔らかい微笑みを浮かべた。

 彼らの胸に渦巻く苛立ちにも似た感情が、相手に対する好意だと気づき、心から繋がりたいと想い合うのはまだ先の話である。



おしまい









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