13. 騎乗?

 結ばれたばかりの二人にラブホテルはまだ早い気がするが、本人たちにとっては最高のシチュエーションだった。邪魔する者は誰一人いない、二人だけの世界。これを天国と呼ばずしてなんと呼ぶだろうか。

「レックス、先に風呂に入って。でない風邪を……んっ!?」

 部屋に入って早々、レックスは相変わらず気を遣いまくるラスラの唇を強引に奪い、言葉を続けさせなかった。

「もう我慢できない」

 早くラスラとしたい。そんな気持ちがレックスを突き動かす。不意打ちの口づけに息を切らしているラスラのバスローブをそっと剥ぎ取り、露になった裸体に抱きついて彼を誘う。

「しよう」

 理性など、とっくの昔に脱ぎ捨てている。残っているのはこのバスローブ一枚。しかし自分で脱いでしまうのはなんだかつまらなくて、彼の手をそっと胸のほうへと導いた。
 はだけてしまったバスローブは、少しずらしただけであっという間に脱げてしまう。露になった上半身を隠そうともせず、レックスはラスラの腰ひもに手をかけて、しゅるりとそれを解いた。
 ラスラも同じようにレックスの腰紐を解いて、互いにすべてを曝け出す。

「どうなっても知らないからな」

 口ごもり気味にそう言ったラスラに頷くと、合図もなしに彼に抱きかかえられた。
 ツインの大きなベッドはふかふかと弾力があり、下ろされるとほどよく沈んだ。その上に覆い被さるように四つん這いになったラスラに、始まりを告げるように口付けられて、レックスはようやく自分たちのしようとしていることの重大さを知った。
 改めて見るラスラの裸体は、まったりとした性格とは対照的にがっちりとした筋肉に包まれている。腹筋もきっちり六等分、それに比べれば少し割れた程度のレックスの腹筋など大したことはない。
 四つん這いになったまま動こうとしないラスラを怪訝に思って顔を見上げると、彼の視線が自分の局部に留まっていることに気づいて声を上げた。

「あんまり見ないでっ」

 慌ててそこを手で覆うと、ラスラはくすりと笑った。

「ごめん。でも見られているのはお互い様だろ?」

 そう言われて彼のそこに目をやったとき、レックスは自分が彼の口車にまんまと乗せられたことに気づく。

「ほら、見てるじゃないか」
「……ずるい」

 恨めしげにねめつけると彼は苦笑するだけで、悪びれた様子は見せない。そうすると彼はタチ体質で、その上Sなのだと推測がつく。
 かくいうレックスは完全なる受け体質だが、決してMではない。だからこうしていじられることに喜びを感じたりしないが、そうされることで彼らしさを感じられるのは嬉しかった。

「ねえレックス」

 何、と問い返すと、彼の視線がわずかに逸れる。マイナス要素を持った何かを告げようとしているときの、彼の仕草だ。

「私はこういうことをするのは初めてだから、どうしていいのか分からない」

 彼が童貞だという事実はなんとなく知っていたが、改めて聞かされるとやはり意外だ。――なんて欠片も思わなかった。むしろ彼の初めての相手になれることが嬉しすぎて、それについては他に何も感じていない。

「じゃあ、今日だけ俺が上になる」

 そう言って彼の背に手を回して、そのまま位置を反転する。
 まさか彼の上に騎乗する日が来るとは思ってもみなかった。喩え妄想の中であっても、自分が抱かれる立場にあって、彼が優しく頂点へ導いてくれるのだと信じていたのに。
 しかしこれも悪くない。迷子の子猫のような弱々しい目を向けるラスラの姿は、レックスに大きな征服感をもたらした。

 だが――

 レックスだって彼と同じで、誰とも交わったことのない正真正銘の童貞である。女相手のセックスの知識なら友人に無理やり読まされたエロ本で少しばかり習得しているが、相手が男となるとそれも通用しない。
 挿入するところが、ないのだ。

(あ、その前にキスしたり、胸触ったり……フェ、フェラしたりするのか。それに挿入いれなくても……)

 考えながら一人恥ずかしさの海に溺れていく自分が情けなくて、しかしレックスのそれはヤる気十分らしい。ラスラの美しい裸体を前に、天高くそそり立っている。

「ラスラ……」

 タチと受け、本来の自分たちの属性は違えど、今回ばかりは仕方がない。
 ふっくらとしたラスラの頬に手を添えて、そっと口付けを落とした。舌先を口内に侵入させると彼の舌が快く迎えてくれて、想いのままに絡み合う。
 唇を重ねたままうっすらと目を開けてみると、当たり前だがすぐ目の前に閉じられた彼の目があった。細くて長い睫毛まつげは女性のように見えてしまうが、中身はしっかり男であることをレックスは知っている。感情表現が下手だったり、先走ったり――特にここの反応なんか、とても男らしい。
 勃起した彼のモノ直に触れると、閉じていた目がぱっと開かれ、ついで苦しそうに細められた。

「ぁっ……」

 ラスラの口から漏れた高い声に、レックスの心臓の鼓動が一瞬跳ね上がる。当の本人は気まずそうに自分の口を手で押さえているが、もっと声を聞きたいというレックスの欲望がその手を外させた。

「可愛い……」

 それだけ告げて首筋にキスして、舐め上げ、両方の乳首を指で弄る。

「うぁっ……」

 乳首を弄られてどう感じるのか知らないレックスは、ラスラの反応を一つ一つ観察しながら、与える刺激を大きくしたり、時々つねったりと工夫する。その度に漏れるラスラの甘い声がたまらなくて、すっかり尖ってしまった乳首を舐め上げると、彼の身体がそれを避けるように横を向いた。

「あ、嫌だった?」
「ううん。ただ、これ以上されると頭が真っ白になりそうで……」

 彼がしっかり感じてくれていたことに内心で安堵し、しかし乳首を攻めるだけでこの調子では、下を弄るときはもっと大変なことになるのではなかろうかと心配になる。その反面、もっと過剰な反応を見てみたい、と欲を持つ自分がいたりするのだが。

「あんっ……ひ、うぁ……」

 片方の乳首に吸い付き、もう片方は手で弄り、そして空いた手で下腹部に触れるとラスラは嫌々と首を振ったが、溢れ出した欲望はもう抑え切れなかった。
 少し酸味のする身体の至るところにキスして、また乳首に戻って、そして口に――。ラスラの手が背に回ったのを感じながら、むさぼるように唇に吸い付くと、彼の舌が求めるようにレックスの唇を舐める。
 要望どおり、口を開いて彼の舌を出迎えると、自分のそれと触れ合い、互いに酸味を分け合った。

「大丈夫?」

 大丈夫、と弾む息を呑み込んでラスラは答えた。

「そういえば、あれ……」
「あれ?」
「敬語。いつの間にか普通の言葉になっていたね」
「ああ……」

 自分でも気づかぬうちに、身分の高い彼にタメ語を遣っていたらしい。だがそれは、自分が「身分」という壁を気にしなくなるくらいに彼を愛しているからだと、勝手ながらもそう解釈した。

「……もう、終わり?」

 ぼうっとラスラの美貌を眺めていると、心配そうにそう訊ねられ、首を横に振ると彼は少し嬉しそうに微笑む。

「じゃあ、さ」

 背中に回された手がレックスを引き寄せ、それがしようという意図なのだと受け取ったレックスは再びラスラの薄い唇に口付ける。
 さて、ここからが問題だ。キスや胸を愛撫するときには感じなかった卑猥さが、ここから先の行為には存分に漂っていることが、実際にしたことがなくても分かってしまう。いや、したことがないからこそそう思うのかもしれない。だから、してみればきっと――







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