一章  ユウナと愉快すぎる仲間たち


『光……時の果てより現れし者』

青年は召喚士の生き残りである。召喚士とは、神獣とともに時を歩み、神獣を操って戦う者のことだ。
彼は今、大空をドラゴンに乗り飛翔している。そのドラゴンもまた、神獣だった。黒竜と呼ばれる種類のドラゴンだ。―青年は、この黒竜とずいぶんと長いつき合いになる。幼いときから、すでに黒竜は彼の元にいた。危険が迫れば黒竜は彼を守る。彼が幸せなときは密かに見守っていた。
―あれから気が遠くなるほどの月日が流れ、彼は立派な青年になり、そして立派な召喚士となった。現在は、何故かひたすら東を目指している。理由は彼にもわからない。黒竜にも、わかるはずがない。ただ、そこに何か『光』のようなものがある
ような気がする、ただそれだけだった……。


     ☆☆☆


―朝、けたたましい目覚まし時計の音で、少女は目を覚ます。こうしてユウナの一日は始まるのだった。
ユウナは目をこすり、起こしてくれた時計を見る。


―8時50分


「ピンチ!?」

18歳のユウナは高校3年生。そして、今日は学校。ユウナの通う学校は、9時までに登校しないと遅刻とみなされる。ちなみに遅刻は赤点だ。
ユウナはこれまで何度も遅刻をして、赤点を取り続けてきた。テストの点で、どうにか単位を確保しているものの、遅刻したせいでその取った点もどんどんなくなってきている。あと数回遅刻すれば、留年、または退学決定だ。今日遅刻したら、もしかするとその処分が決まるかもしれない。まさに最大のピンチに立たされているのだ。

「ユウナー!!まだ起きなくていいのー?」

1階から母の声が聞こえた。いつもは、母の声が優しく思えるが、今日はなんだか腹が立つ。

「声かけるんだったらもっと早くしてよね!」

目覚ましのセットを誤ったのは、彼女自身なのに、なぜか他人にあたりたくなる。ユウナは自分で、そんなのじゃいけない、とわかっているものの、結局は他人に冷たくあたるのだった。
ユウナは急いで着替える。―母校の制服はお気に入りだった。第一、ユウナはその制服に憧れて例の高校に入ったのだから。―そして、階段を駆け下りる。

「ご飯いらないの?」
「食べてたら間に合わないよ!」


―8時55分


学校までは約2キロ。どんなに頑張っても、ユウナの足の速さと体力では、5分で着けるとは思えない。それでもユウナは走る。
学校までは、家の近くの線路を直線に行くのがもっとも適切である。ユウナは線路に沿って、全力で走った。

 
 やがて、ユウナのように、慌てて走っている女性に追いついた。

「―ユウナさん、また遅刻?」

その女性は、ユウナがよく知る人物であった。担任のキスティス・トゥリープ。29歳にして独身。彼氏いない歴29年。
 彼女は結構冷血である。そこが男性からは悪く思われているようだ。だから彼氏ができない。
そろそろ三十路の彼女。このまま独身でいると、負け犬のお仲間になってしまう。―ちなみに、負け犬というのは、三十路を過ぎても結婚していない女性のことをいう。つまり、キスティスはかなり危ない状況なのだ。

「先生も遅刻ですか?」
「そうよ。昨日バーで飲みまくってたからねぇ〜。おかげで今日は二日酔い。かなりやばいわ」
「どうせ男に声かけられなかったんでしょ」

ユウナの一言が、キスティスの胸に大ダメージを負わせた。

「いってくれるわね〜」

ユウナは微笑してみせる。

「ところでユウナさん。このままじゃ間に合わないんだけど……近道とか知らないわけ?」

ユウナは笑う。

「知ってますよ!ついて来て下さい!」

ユウナはまたも笑う。―遅刻に慣れ親しんできたユウナが、学校までの近道を知らないはずがない。だが、その近道というのが、かなり無謀なものだった。
ユウナは線路へと出る。そのあとにキスティスが続いた。―そして貨物列車がやってきた。

「何をする気!?」
「あれに乗るんですよ!結構便利ですよ」

キスティスは呆れていた。ユウナが無茶をする生徒だ、とは聞いていたものの、ここまで無茶をするとは……。しかし、キスティスも列車に乗る準備は万全だった。これに賭けるしかない。教師とて、遅刻は強制退職の対象になる。もしかしたら、この日そういう運命になってしまうかもしれない。
2人は列車へと乗り移った。注意しておくが、いくら遅刻しそうだからといって、このように列車に無断で乗っていくのはやめた方がいい。下手したら捕まる。

「まったく、ホントにいけない生徒ね」
「先生もいけない先生ですよ☆」


―9時00分


チャイムと同時に、ユウナは自分の席へたどり着いた。ギリギリセーフ。遅刻は免れたのだ。

「ユウナん、危なかったね」

ユウナの前の席の女がいった。女の名前はリュック。ユウナの大親友である。

「今朝ね、キスティス先生も遅刻しそうだったのよ!学校まで一緒に来たの」

ユウナとリュックは見合って笑う。

「珍しいね。あのきびきび先生が遅刻なんてね〜」
「―静かにしてくれないかなー」

突然、2人の会話に鋭い声が割って入る。声の主は、ユウナの右隣の席のシンラという男子生徒だった。彼は、無口、無表情、無愛想の3拍子がそろった、どのクラスにもひとりはいるような性格の持ち主である。

「今は読書の時間だぞ?そのくらい弁えてくれ」

今日の彼は、また一段と酷かった。ユウナは、そんな彼のことが好きになれないでいる。
ユウナは鞄の中の物を引き出しに詰め込む。置き勉しているため―置き勉とは、教科書などを学校に置いて帰ることである。ユウナたちの学校では、置き勉は禁止されているのだが―引き出しから、教科書などが今にも溢れ出しそうだった。
引き出しの中からひっこぬいた、1冊のノート。これは、ユウナが作詞に使うノートである。最近、ユウナは作詞作曲にハマっている。
きっかけは、とあるゲームの音楽を聴いたときだった。
その曲は耳を優しく触り、頭の中に直接響いてくる。音楽を聴いていて、そんな気持ちになったのは初めてだった。自分もこんな曲を作れたらな、とその時胸の中心で思ったのだ。
そして、今日も作詞に励む。本当は、読書の時間なのだが、ユウナはここ数カ月、読書の時間に本の世界へ入ったことがない。読書の時間こそ、まさに作詞の時間なのだ。

「―“夢の中のキミはいつもの甘い笑顔”“私が1番安心できる”“私が1番頼れる”“それがキミの腕の中”」

ユウナは心臓が止まるかと思った。突然、誰かがユウナが作詞していた曲を読み上げたのだ。
それはキスティスだった。

「ユウナさん、今は何の時間?」

キスティスの冷血溢れる声。ユウナの思考は凍りかけていた。

「読書の時間に作詞とは、いい度胸してるじゃない。読書の時間が終わったら、職員室に来なさい」
「は、はい」

周りから、押し殺した笑いが聞こえてきた。ユウナは作詞を断念し、読書を始めようとする……がっ!
肝心の本がない。家に置いてきてしまったのだ。誰か本を2冊持ってきている人はいないだろうか?
右隣に訊くのはやめておこう。2冊持っていたとしても、貸してくれるような人ではない。左隣に訊くことにした。

「ツッチー、本2冊持ってない?」

左隣の男子生徒は、右隣とは打って変わって、優しく、イケ面とはいえないが、ユウナ的にはかっこいい人だった。きらりと光る眼鏡が特徴的である。本人は、ハ○ー・ポッ○ーを気取っているらしい。
ユウナは、そんな彼のことを少し気に入っていた。
彼は何もいわずに、本を差し出す。
 ユウナは小声でお礼をいい、久々に読書をするのだった。

☆☆☆

読書の時間が終わり、ユウナはいわれたとおりに、職員室へと向かう。職員室は、沈黙とタバコの煙で満ちていた。この学校の教師は皆、教師同士で話すことが滅多にない。おかげで職員室の雰囲気は最悪。ユウナも入る気が失せてしまう。

「失礼します。トゥリープ先生に用があってきました。入ってもよろしいでしょうか……?」
「どうぞ〜」

どの先生が了承したかわからないが、ユウナはひとまず、不快な職員室に入る。
キスティスの席は1番奥だ。

「来たわね、私のクラスの問題児」

ユウナは苦笑する。

「さぁ、私が何をいうかわかるよね?」

わかるとも。読書の時間に調子に乗って作詞していたのだから。そのことについての叱咤であろう。ユウナはそう思っていた。しかし……

「あなたの歌、学園祭のフリータイムで発表してみたら?」
「!!」

ユウナは仰天した。叱咤ではなかったことにも驚いたが、それよりも学園祭で発表しろということには腰を抜かすほど驚いた。現在は夏休み前、学園祭は10月末にある。

「あの曲先生気に入っちゃった☆ 独身女の心をくすぐるのよね〜」

そのときユウナは将来絶対結婚してやる、と胸中で呟いた。

「どう? いい考えでしょ?」
「で、でも全校生徒の前で発表するんですよ!? わたし、ちゃんと歌えるかどうか……」
「たかが450人じゃない!あなたならできるわよ!」
「そういわれても……」

ユウナは俯く。
普段は明るく快活な少女だが、いざとなると緊張する。そう、ユウナは極度のあがり性だったのだ。だから、全校生徒の前で発表するのには、少し抵抗がある。だが、その反面みんなにこの歌を伝えたいというのもあった。

「まあゆっくり考えなさい。時間はたっぷりあるんだから」

☆☆☆

今日は晴天。風も心地よいものが吹いている。そういう日の屋上は、最高に気持ちよい場所となる。
ユウナとリュックは屋上で話していた。

「ユウナん、何かいいことあったでしょう?」

リュックが訊いてきた。
良いこととはいえないが、ユウナは職員室でトゥリープ先生にいわれたことが内心、嬉しかった。

「なんでわかるの?」

リュックは笑う。

「あたしたちもう10年以上付きあってんだよ。わかって当然」
「でも、偶にはどうすればいいかわからないときってあるよね」
「あるある。ユウナんに好きな人ができたときどうすればいいか分からない」

リュックはまたも笑う。

「好きなんでしょ?ツッチーのこと」

ユウナは赤面した。自分では、その気持ちを隠してきたつもりだったが、リュックには見え見えだったらしい。

「気になってるの」
「やっぱりね」

リュックのエメラルドグリーンの瞳が、ユウナの目を覗き込んでくる。

「ユウナん、暇があったらツッチーのこと見つめてたもん。あたしと話してるときも偶に彼のこと見てた」

ユウナは笑う。
いわれてみればそうだ。無意識のうちに、いつも彼のことを見つめていた。そんな自分がひどくおかしかった。

「…で、ツッチーのどこが気に入ったわけ? 彼ってあんまりイケてないけど……」
「なんで〜!? ツッチーってちょ〜かっこいいじゃん!あの顔といい目といい性格といい、何もかもが完璧じゃない!」

喉から笑いがこみ上げてきて、リュックはたまらずふき出してしまった。

「笑ったな〜!?」

リュックは、怒るユウナをよそにひとり爆笑していた。もう止まらない。おかし過ぎて涙まで出てきている。

「笑いすぎて喘息になりそう」
「勝手になってなさい!」

それでもリュックは笑い続けている。

「ユウナんの気持ちはよ〜くわかったわ。陰から応援してる」
「笑ってたくせに!」

☆☆☆

夜、ユウナは自分の部屋で、明日の学校の準備をしていた。突然だが、明日の日課は……

朝読書
朝のホームルーム
1,現代文      現代文についてのレポート作成
2,現代社会      現代社会についての疑問をまとめる
3,数学探究      『何故こうなるの?』を解決
4,体育      男子:シャトルラン 女子:バレーボール
ランチタイム!
5,生活英語       日常生活で使われる英語を学習する
6,生物I       生物についてのレポート作成
掃除
帰りのホームルーム
     部活動

ユウナは、明日の日課を見て破顔する。嫌いな教科ばかりがそろっていた。体育が唯一の救いである。
ユウナは鞄をひっくり返し、今日使った教科書などを出す。すると、分厚い本が一緒に出てきた。今朝の朝読書の時、ツッチーから借りた本だ。あのあとすぐに職員室に行ったので、返すのをすっかり忘れていた。
そういえば、読書の時間この本を開いただけで、結局作詞を続けていた。 ユウナは急にその本を読みたくなった。
そして、厚い扉をゆっくりと開けた。

  『ファイナルクエスト』

    






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