二章 闇の穴
『ファイナルクエスト(ツッチーの本)』
クジャを倒して5年が経った。
崩壊寸前だったブルメシアも活気を取り戻し、完全復活をしていた。
そんなときにあのパック王子が突然倒れた。原因は何者かからの呪い。その呪いは2ヶ月後にパック王子の命を奪うという。その前に呪いを解かなくては。
呪いを解く方法はただひとつ。罹けた者の息の根を止める……。
呪いをかけた者はガイアの上の世界、『シルバームーン』にいるということがわかった。
パック王子を救うため、ブルメシアの竜騎士、フライヤ・クレセント(26歳、女性、独身)が立ち上がる。
☆☆☆
「ふ〜ん。ツッチーってこういうのが好きなんだ〜」
ユウナは本を鞄の中にしまい、ベッドの上で横になる。
「ツッチーって結構かっこいいような気がするけどな〜」
今日のユウナはツッチーのことで頭がいっぱいのようだ。好きな人ができると、誰でもその人のことを考えてばかりいるものなのだろうか。
―ユウナはリモコンで電気を消し、夢の世界へ入っていくのだった。
―翌朝―
教室には誰もいない。ただ、机が物静かに並んでいるだけだった。―ユウナが教室に一番乗りするのは、今日が初めてだった。昨日の遅刻は何だったのやら……。
ユウナは自分の席に着く。なんだか落ち着かなかった。ひとりきりの教室は、物静かで、寂しい。いつもは仲間たちのにぎやかな声で教室は満たされているのに……。
ユウナは教卓から、広い教室を見渡してみた。
「先生も大変だよね〜。見たくもない顔を毎日見ないといけないし。わたしには教師なんてできないな〜」
次にユウナはチョークを持つ。そして黒板に落書きしてみた。
ツッチー
ユウナは笑みをこぼした。好きという気持ちがそろそろ抑えられなくなってきたらしい。そんな自分がなんだかおかしかった。
「何やってんだか……」
ユウナは笑いながら、落書きを消した。
しばらくして、リュックがやってきた。
「ユウナ!? 何でこんなに早いわけ!?」
リュックが驚くのも無理はない。これまでユウナは何度遅刻したことやら……。遅刻ではなかったとしても、こんなに早く来ていることは1度もなかった。
「ツッチーのこと考えてたら早起きしちゃって」
「へぇ〜☆そろそろ感情を抑えられなくなったわけだ」
リュック、大正解。テストでもそんな大正解をしてほしいのだが……。
「そういえばさ、リュックの好きな人知らないんだけど。教えてくれるかな?」
リュックは笑う。その笑みには恥ずかしさがにじんでいた。
「教えないとダメ?」
「ダメ」
ユウナは腕を組んでみせる。
「さあ、白状するのよ。わたくしにおまえの愛しい人を教えなさい」
「はは〜。え〜と窓際の席の前から3番目の人」
ユウナは窓際の列を見る。―前から3番目。そこが誰の席なのかは正確に覚えていない。近づいて椅子に貼られたネームシールを見る。
『ポルナレフ・ヴィーンズ』
確か彼は無口でクールで顔もなかなかの人。性格も結構いいし、成績も良い。リュックが好きになるのも無理はない。ユウナはニヤっとする。
「ちょっと意外だったけど、まあ納得。ツッチーの方がかっこいいけどね」
ユウナは悪戯な笑みを浮かべた。それを見たリュックは苦笑する。―リュックは未だに納得していなかった。何故ユウナがツッチーのことが好きなのか……。だが、誰を好きになろうと、それはユウナの勝手。リュックが口を出すことではない。それが大親友というものだ。―リュックは密かに笑った。
教室の中はいつの間にか生徒でごった返っていた。いつものにぎやかな教室……ユウナはこれが1番だ、と思った。
「うちのクラスってさ〜、うるさいので有名らしいよ」
ユウナは笑う。
「それが良いところじゃない」
ユウナとリュックは見合って笑った。―そのとき、ツッチーが教室へと入ってきた。
ツッチーは1番にユウナの元へと来る。
「ユウナさん、本貸したまんまでしたね」
「ごめんごめん。わたしうっかりしてて返すの忘れてた」
彼は笑う。その笑顔を見てユウナはキュン、とする。
―マジかっこいい
「読みました?」
「うん。結構おもしろかった」
ユウナ、全部読んでないのにおもしろかったとは……。
―ユウナは本を差し出す。彼がそれを受け取ろうとするが、その受け取り際に手と手が触れた。
「すみません!」
「いや、そんな気にすることじゃないよ(ラッキー)」
すると彼はユウナに顔を近づけて、
「放課後部活終わったら教室に来てくれませんか?」
ユウナは口をあんぐりする。
彼はそれだけいって席に戻った……といっても隣だが。
「なんていわれたの?」
リュックが訊く。
「内緒。とっても良いこといわれちゃった☆」
ユウナは高鳴る胸を落ち着かせようと、手で胸を押さえた。今日はなんて良い日なんだろう。そう思いながら作詞活動に入る。
「おっ!!1番完成!?」
覗き込んでくるリュック。
「ひゃ〜、すんごい曲。全部ユウナんの気持ちじゃん」
確かに、この曲にはユウナのツッチーに対する想いが込められていた。それが本当にツッチーに対するものなのかは明確ではないが、今のユウナの姿を見ていたら、それがツッチーに対するものだと判断できる。
「問題は2番なんだよね〜。歌詞がまったく思いつかない」
「1番に引き続いてユウナんの気持ちを出しちゃったら?」
ユウナはリュックをねめつける。
「からかわないでよ〜。わたしは真面目なんだからね!」
「はいはい、と」
☆☆☆
授業中、ユウナはやはり彼が気になってしょうがない。暇さえあれば、彼の顔を盗み見る。そして今も……。
そのとき、眼鏡越しの彼の目と、目が合った。すると彼は微笑する。ユウナは反射的に目をそらしてしまった。
―ドキドキが止まらない……
―放課後―
ユウナは部活を終え、―ちなみにユウナはバトン部だ―教室へと向かっていた。ときより立ち止まり、呼吸を整える。―気になるあの人と2人きりになるのは初めてだ。ドキドキするのも無理はない。ただ、ユウナ的には失敗したくなかった。ドキドキしすぎて変なことをいってしまったらどうしよう、と失敗を恐れる。しかし、よくよく考えたら呼んだのは彼の方だ。ユウナが話す出番など、数限られている。
教室に行く前に、1度トイレへとよった。鏡に向かい、身なりの最終チェックをする。髪も、珍しくくしでといてみた。いつもは手ぐしで終わらせているが、今回は特別だった。肩より少し長めのその髪は、艶があり、ほのかな光を映している。
―そういえば、とユウナは過去を省みる。今まで1度もこの髪を結んだことがないような気がした。はっきりとは覚えていないが、幼少時代もくくらずにいたはずだ。
ユウナはポケットに入れている髪留めを取り出した。そう、珍しく髪をくくることにしたのだ。後ろ髪を2つの束にわけ、それを髪留めで留めてみた。
どうだろう。鏡に映った自分は、前のおとなしそうな容姿とは打って変わって、明朗快活な人柄を思わせる、さっぱりとした印象を持っていた。髪をくくっただけでも、人間の雰囲気はだいぶ変わるということを、改めて実感した。
「よし!」
厳しいチェックも終わり、ようやくユウナは教室へ行くのだった。
誰もいない寂しい教室。―いや、誰もいないわけではない。真ん中の列の前から5番目。あまりにも動作しないので、ユウナは最初、誰もいないのかと思った。
彼はユウナが来たことに気づいていない。静かに読書を続けていた。―そんな彼に、ユウナはそっと近づく。
ユウナは彼の肩を優しく叩く。そのとき、密かに人差し指を立ててみた。
「いてっ!!」
彼は見事に引っかかった。長い爪を付けたユウナの人差し指が、彼のほうにちくっと刺さったのだ。そしてユウナはしてやったりの笑み。
「ごめんツッチー!ちょっと待たせちゃったね」
相手を待たせたときはまず謝罪。何かのテレビ番組でやっていたような気がする。
「ホントにごめん!」
開き直らず、何度か謝るのが大切。これもその番組でやっていた。
「そんなに待ってませんよ。というか僕が来るのが早すぎました」
聞く話によると、ツッチーは1時間前には来ていたという。
「……雰囲気変わりました?」
「えっ?」
「その髪ですよ」
ユウナは、自分で髪を結んだにもかかわらず、そのことをすっかり忘れていた。
「似合ってます!」
ユウナの心の中には、きれいな花畑が広がっていた(?)。
「ありがとう」
ユウナは笑う。―彼も、それにつられたように笑った。
「で、話って?」
「…そのー…」
彼は頭をかく。それは照れているからなのか、それともただ頭がかゆかったのか、まあどちらでも良いのだが。
「僕……ユウナさんのこと……」
突然、シリアスなシーンをガラスが割れるような音が邪魔をする。感覚的に、音の発生源は隣の教室。隣は美術準備室だ。
ユウナとツッチーは見合った。
「もしかしたら先生が怪我してるかも」
「行ってみましょう!」
2人はとりあえず、その場を置いてとなりの部屋へと駆け込む。
意外にも、音の発生源と見られた美術準備室は、何の変哲もなく、数体の銅像が誇らしげに外を眺めているだけだった。
「違ったね」
ユウナはツッチーを見た。彼はただ頷くだけである。
「戻ろう」
そして2人は美術準備室を出ようとする……がっ!
―開いた。
奥の扉が開いた。まるでユウナたちを誘っているかのように……。
「あの中って何だっけ?」
「確か……何もなかったような……」
ユウナは何食わぬ恐怖感を感じた。そこには行ってはいけないような……しかし、好奇心旺盛なユウナは近づいてみる。ツッチーをしっかり引き連れて。 中は真っ暗だった。光が射さない闇の世界……。ユウナは入ってみる。もちろん、ツッチーも一緒だ。
暗闇に足を一歩踏み入れた。するとどうだろう。そこにはまるで床がなかったかのように―ユウナはやがて理解した。
墜ちている。自分は暗闇に墜ちてしまった。
ここでとばっちりを受けたのはツッチーだ。ユウナにしっかり掴まれていたため、ともに闇へと墜ちてしまった。
声にならない叫びがユウナの心に響いた。
やがて、あまりの重力に、ユウナは意識を手放してしまった……。
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