八章  急襲


テュールが寝ていることなど知らず、ユウナとリオは夕餉の支度をしていた。木製の古いテーブルにはすでに揚々な料理が並べられており、あともう一品か二品で完璧に仕上がる段階まできている。
この料理に使われた食材はすべて村の蔵にあったもの。何だか盗んだような気分だったがこれもしょうがないと、心を許した。どっち道この村にはリオしかいないのだし、置いておいて腐るよりはマシだろう。
彼女らが行ったのは夕餉の支度だけではない。風呂のほうもそろそろ湯が程よいほどになり、準備が整うところだった。ちなみに現在風呂の温度を調節しているのはクロだ。ユウナたちだけに家事をやらせるのは申し訳が立たない、と言って手伝ってくれたのだ。

「召喚士様驚くかな?」
「そりゃもう! 料理食べたら美味しすぎて昇天しちゃうかもね」

そんな小話を聞いて彼は忍び笑った。彼が入ってきたことには誰も気づいてなかった。

「あれ? 召喚士様来てたの?」

数秒置いてリオが気づいてくれた。ユウナも気づいてこちらに視線を向けている。

「何やってたの? 召喚士様がいないせいで三人で何もかもやることになったじゃない」
「三人?」

見る限りユウナとリオの姿しかなかったので、あと一人の存在が分からなかったが、背後を振り返ったようやく誰のことか分かった。

「クロ」

そこには中に入られないで困っている黒竜の姿があった。

「クロも家事を手伝っていたのかい?」
『はい』

よく見ると、黒い身体は密かに煤をかぶっていた。その露わな姿が実におもしろい。

「ごめん。すっかり眠ってしまったようだ。起こしてくれれば手伝ったのだけどね」
「気にすることないよ。それに召喚士様を驚かせようと思ってあえて言わなかったの」

言ってユウナは最後の一品をテーブルに置いた。その得体の知れない料理を見てテュールは思わず苦笑する。きっとユウナの世界の料理なのだろう。あまり美味しそうには見えないが、それでも食べられる気がしたので良いだろう。
一つ奥の畳敷きの部屋にはいくつもの料理が並べられており、どれもが美味しそうに湯気を上げ、香ばしい匂いを漂わせていた。ユウナの世界のものらしき料理とこちらではお馴染みの料理があったが、最後に置かれた一品を除いては白飯がすすみそうなものばかりだ。
テュールは早く食べたい衝動に駆られながらも、ユウナたちが座るのを最後まで待った。

「ねぇ、この世界では食事の前に何か儀礼みたいなのやる?」

こちらの世界にいるからには習慣も覚えておかないといけない、との意を込めてユウナは訊いた。

「あちらでは何かするのかい?」
「うん。手を合わせて『いただきます』って言うの。ほら、食べ物って誰かの苦労があって最終的にわたしたちの口に運ばれるでしょ? だから、その苦労した人へのお礼を込めた言葉なの」
「へぇ〜」

こちらでは食前に儀礼はしないのかと半ば呆れた。故国よりずっと礼儀正しいところだと思っていたのに。
いや、こちらの人間が食前の儀礼を知らないのなら自分が伝えればいいのだ。この世界に広めてみようではないか。『いただきます』や『ごちそうさま』に悪いなど含まれていないし、作ってくれた人へ感謝するのはとても良いことだと思う。やはり伝えるべきだ。

「じゃあ今日から食前には『いただきます』、食後には『ごちそうさま』って言いましょう。―いただきます」
「いただきます!」
「……いただきます」
『いただきます』

皆が納得したように言ってくれたのでユウナは嬉しかった。


◆◆◆


月と星が暗い空に上がったころ、ユウナとリオは縁側でのんびりと、時が過ぎるのを感じていた。そのときもリオは笑っていた。無理に笑っていることにユウナは気づいているが、そのことには触れないでいる。それから両親のことも話すことはなかった。そっちのほうに話が傾きだしたら、すぐさま話題を違うほうへと向けている。
会話が途切れたときは、月明かりに照らされた夜の情景を眺めてこの異世界のことを考えたりもした。
ユウナにはこの世界のことが何一つ分からない。最低ランクの物事はフェンリルから教えてもらったが、法律や国の情景などは一切分からなかった。それでも今から理解していけば遅くはないだろう。
今から向かう異国セルク王国。どんな国か、どんな人間たちがいるのか。いつの間にか期待に胸を膨らませている自分がいた。

「ねぇ」

と、リオが切り出す。

「お姉ちゃんは違う世界から来たんでしょ? どんなところだった」
「えっと……」

少なくともここよりは豊かで、獣などいなくて、人間にとってはとても暮らしやすいところだった。仲間がいて、家族がいて、いろんな身内がいて。それでも良い国かと訊かれると、もちろん、と太鼓判を押していえるほどではなかった。豊かな分、人間たちは僻みやすい。

「帰りたい?」
「うん。友達やお母さんに会いたい」

苦笑交じりに言ってユウナは息をつく。それから話題があまり好ましいものではなかったことに気づいてとっさに破顔する。

「月、綺麗だね」

少女は答えない。どうしたのかとリオを見ると、彼女は悲しそうな目でこちらを見上げていた。

「―どうして話変えるの?」
「えっ……?」
「お姉ちゃん、お母さんの話になるとすぐに違う話をしてる。―どうして?」
「それは……」

リオの両親はクジャという者に殺されてしまった。リオはそのことで憂鬱な気分になっているはずだ。だから少しでもそれを思い出させないように、さっきから話題を変えている。

「アタシは平気だよ。寂しくないよ……悲しくもないよ……」

そう言う少女の目には涙が溜まっていた。今にも溢れ出しそうだ。

―『好きなだけ泣けばいい』

ふとその言葉がユウナの脳裏をよぎった。
あのとき、ユウナも涙を堪え、意地を張っていたような。そのときにフェンリルがかけてくれた言葉だった。言うとおり、好きなだけ泣くとすっきりしたような記憶がある。

「―好きなだけ泣いていいよ。それでリオの気が済むのなら」

そしてユウナの膝にリオが泣きついてきた。
声を上げて泣いているのを見て、彼女がどれだけ辛かったのか分かった。こんなに泣くほど、耐えていたのだ。それが今、こうして涙となって溢れ出ている。
リオの悲しさにと比べてみると、自分の寂しさなど物の欠片にもならないような気がした。



翌朝、目覚めた瞬間に香ばしい匂いが鼻についてきた。
ユウナはまだ眠たい目を擦り、隣の台所へと足を運んだ。

入った瞬間、何か珍しいものを見たかのようにユウナはキョトンとした。
より一層あの香ばしい匂いが鼻を突く台所では、テュールが楽しそうに料理をしていた。しかも楽しすぎて鼻歌まで出てきている。
男が料理している光景に慣れていないユウナは驚いていた。
奥にあるテーブルにはすでにいくつかの料理が並べられており、どれもこれもとても美味しそうだった。

「何してるの!?」

訊くまでもないが、一応訊いてみた。

「朝餉の支度。昨日夕餉を君たちに作らせただろ? そのお礼さ」

そう言って彼は微笑する。

「料理上手なんだね」
「母親に仕込まれたからね」

へぇ〜と、相槌を打って、リオを起こしに行こうと踵を返す。刹那にドアのない戸口からリオが入ってきた。昨日大泣きしたせいか、目が赤く腫れていた。

「おっはよう!」

相変わらず元気だったのでユウナは安心する。笑顔にも無理がないようだったので尚更安心した。
それからテーブルの傍に座って料理ができるのを気長に待った。と言ってもたかが数分のことであったが。

「さあ、召し上がれ」

テーブルの上にユウナの見たことのない料理が並べられ、食事の時間は始まった。見たことのない料理と言えども、見た目は食欲をそそるものばかりでユウナは堪らず生唾を飲む。そして例の儀礼をしたあとにそれらにありついた。
最初に口に入れたのは、海老えびのようなザリガニのような、知らない生物の揚げ物で、別に美味しそうだったから最初に食べたわけではなく、ただどんな味がするのか知りたくて食べてみたのだ。
口いっぱいに癖のある味が広がり、苦味も感じたが、意外に口に合うものだった。
次にすき焼きのようなものに箸を伸ばしてみる。豪快にも肉を口いっぱいに詰め込む。口中に肉汁が行渡って今までに味わったことのない美味を感じた。

「それは魔物の肉だよ」

それを聞いた瞬間、美味が不味に変わったような気がした。

「魔物はそんなに嫌悪があるものではないよ。君の世界で動物たちが料理にされるのと何一つ変わらないさ。毒があるわけでもないしね」

それでもあまり良い気はしない。ユウナの頭の中では、魔物はグロテスクで見るからに気持ち悪い生き物でしかないのだ。だから食べるのにも悪寒を感じてしまう。……が、最初食べたときあれだけ美味しかったのだから、食べずにはいられなかった。



食後、ユウナはテュールに呼ばれて書斎―テュールが勝手にそう呼んでいるだけだが―に入る。
古い木製の机と寝台が一つ、光が差し込む大きな窓にはやはり格子が填っていた。狭い部屋の一角には椅子が一つ、そこに召喚士は座っていた。
テュールはこちらを見るなり微笑して、次に視線を窓のほうへと向けた。

「セルク王国へ出発する日を決めておこうと思ってね」

そういえば自分たちはセルク王国へ行く予定だったな、と今頃思い出した。いっぺんにいろんなことがありすぎて記憶が遠退いてしまったらしい。

「いつでも出発できるんだけどね。しかし……リオがね」
「あ……」

自分たちが旅立ってしまえば、親を亡くし、身内もいないリオは独りぼっちになってしまう。それでも一思いに旅立てるだろうか?

「とりあえず、今日の出発は無理だね。一刻も早く行かなければならないのだけどね。戸籍のない君みたいな放浪者は捕まるんだよ」
「そうだったの?」
「おや、てっきりフェンリルから聞いていると思って言わなかったのだけど」

嗚呼、ユウナはそんなこと聞いていない。聞いていても覚えているかどうか。

「この国では戸籍をくれないからね。王が理解のない方だから」
「それって一種の差別だよね?」
「そうとも言える。けど王はそう思ってはいないだろうよ。変わり者は国に寄せ付けず、出ていってもらう、それがこの国のやり方だ」

言ってテュールは窓を見やり、それからユウナに視線を戻した。深い碧色の目は、何か不安でもあるかのように虚ろだった。ユウナはどうしたのか訊こうと思ったが、ぎりぎりのところでそれを飲み込む。何でもすぐに訊きたがる行動はユウナの悪い癖だ。

「セルク王国では戸籍をくれるの?」
「ああ。あの国の王は、とても心が広い人でね。逆に放浪者を求めている。違う世界に住む者は、この世界にはない技術を伝えてくれたり、変わった料理を出してくれたりするから」
「わたしはこの世界の人に伝えるほどの技術とか知らないからな……。料理はできるけど」
「じゃあ問題ないよ。きっと王はユウナを王宮に招いてくれる」
「王宮って、お城のことでしょ!? やだ、わたしそんなところに顔向けできない。普通の街で普通の生活しているほうがいいよ」
「そうかな? 王宮もとてもいいと思うけどね」
「―ねぇ、もしかして、召喚士様ってセルク王国の王様に会ったことあるの? さっきから凄く知っているようなこと言ってるけど」

うん、と頷いてテュールは笑う。

「もう何度も会った。あの方がユウナを連れて来いと言ったのだから」
「えっ……?」

どういうことだ? セルク王国の王がユウナを呼んでいる? この世界に来たことのないユウナを何故求めているのだ? 何か技術があるわけでもなく、何も特殊な趣もない人間を何故一国の王が呼んでいるのか。分からない。

「どうして……?」
「それは私にも分からない。でも、凄く真面目な顔つきだったから、深い理由があるんだと思うよ」

言ってテュールは視線を逸らした。その仕草が妙にそらぞらしくて、ユウナは首を傾げた。

―何かある。

この男はその深い理由とやらを知っている。ユウナはそう推理した。さっきから落ち着きがなく、理由を訊ねた瞬間視線を逸らした仕草が妙に気になる。もしかしたらただ普通に視線を別に向けただけかもしれない。いや、それにしてもおかしかった。何処か含みがあるような、あからさまに怪しい動作。
それでもユウナは問い詰めようとはしなかった。訊いたところで無駄だろう。一度、知らない、と言ったら目の前の召喚士はそれを最後まで突き通す。まだ短い付き合いの中で、それだけはなんとなく分かった。

「それより、リオのことでしょ!」

そうだった、とテュールは笑った。―まるで安心したかのように。
しらを切るつもりか、とユウナは思うが口には出さない。

「親戚とかいないのかな? ここ以外の街とかに」
「それは本人に訊いてみないと分からない。暇があったら聞いといてくれよ」
「自分で訊けばいいじゃない」
「私はいろいろ考えないといけないから。あいにく、暇じゃない」

その言葉にユウナは少しムッとした。自分が訊くのが面倒だからユウナに任せているのでは、と。でも反論はしない。テュールの願いなら別に文句なかったから。とか言うものの、さっきご立派に文句を言っていたではないか。



外に出て集落を一回りし、最終的に川まで行ってようやくユウナはリオを見つけることができた。
まだ幼さを残す少女は、澄んだ水に足をつけて座っている。

「リオ!」

明るい調子で声をかけると、少女はそれに笑みで答えた。そうしてすぐにユウナの目の前まで走ってきた。

「何してたの?」
「水に浸かって一休み!」

そう、と言ってユウナは笑う。

「あのさ、リオには親戚とかいないの?」

単刀直入に訊くと、リオは困ったように顔を顰めた。

「前に言ったでしょ。みんなやられちゃったって……」
「そうじゃなくて、この村以外のところにいないの? 親戚じゃなくてもいいの。従兄弟いとことか知り合いのおばちゃんとか」
「……ちょっと待って」

リオは少し考えるように頭を抱える。考えて、考えて、ようやく少女は答えを出した。

「いた! パン屋のおばちゃん!」

凄いめぐり合わせだな、と思ってユウナは笑う。パン屋のおばちゃんでもいい。リオの、この独りぼっちの少女の世話をしてくれるのなら。

「えっ? でもなんでそんなこと訊くの?」
「わたしと召喚士様セルク王国に向かってる途中なの。でも、このまま旅立っちゃうと、リオが独りぼっちになっちゃうじゃない」
「……やっぱりいっちゃうんだ」

少女の表情が急に曇った。本当に、今にも泣き出してしまいそうな表情だ。寂しいのか。自分たちと別れるのが寂しいのか。そう思ってくれるだけでユウナは嬉しかった。

「わたしもね、リオと別れるのは辛いよ。できればずっと一緒にいたい。けど、わたし放浪者だから」
「放浪者?」
「うん。違う世界から来たの。だからお母さんやお父さん、それから友達にももう会えない。それに加えて、リオとも別れるなんて、わたしも嫌だよ。けど、わたしは自立して生活しなきゃいけないし、戸籍ももらわないといけないし」
「―も」

えっ、とユウナが呟くと、リオは顔を上げた。黄色の目には、大粒の涙を溜まっている。

「ユウナお姉ちゃんも、アタシと同じなんだね。お母さんたちともう会えない。けど、死んだわけじゃないんでしょ? 会えないだけでしょ? それならアタシとは違う」
「リオ……」
「大人は勝手だよ。自分たちの都合で好き勝手して、子どものことなんか考えてない」
「そんなことない!」
「ある! いつもそうだよ! 本当はアタシのことなんてどうでもいいんでしょ!」

リオの目はいつもの「子ども」のものとは違って、ユウナを敵視したような目つきだった。その目は今にも溢れ出しそうなほど涙を溜めて、自らの不幸を訴えている。
先ほどまで無邪気に笑っていた少女の顔が、一瞬にして憎しみと悲しみを混ぜた剣呑なものへと変わってしまった。そして、リオは森のほうへと、逃げるように駆け出した。

―わたしのせいだ。

重い責任感がユウナの背中に圧し掛かる。

―わたしが両親のこと話したからだ。

罪悪感に苛まれながらも、追おうとはしない。追ったところで、何が始まるわけでもないから。ユウナにはそれがよく分かっていた。


◆◆◆


「―どうだった?」

肩を落として借家に入ったときに、ユウナにかけられたのはその言葉だった。最初何のこと訊かれたのか分からなかったが、数秒考えてリオの身内のことを訊ねられたのだと悟った。
ユウナは苦い顔をテュールに見せる。相手は納得したかのように頷いた。

「いなかったのか」

ユウナは慌ててかぶりを振った。

「いたけど……」
「じゃあどうしてそんな顔をしているのかね?」

自分のせいでリオが傷ついてしまい、それを根にとって森に駆けていった、と素直に言えなかった。無言のまま俯いて、テュールが去るのを待つ。しかし、予想外にもテュールはユウナの傍から離れようとせず、逆にこちらの表情を窺っていた。

「その態度で何もなかった、と太鼓判を押して言えるかい?」

ユウナは申し訳なさそうに首を振った。そして、川原であった出来事を吐き出す。

「――」
「リオは確かに森のほうに走っていたのかい?」

頷くと、テュールの顔には焦りの色が浮かんでいた。とても不味い状況だ、とユウナは悟る。しかし、実際に何が大変なのか分からなかった。

「あの森には凶暴な魔物が住んでいるんだ。だから、リオの身が危ない!」
「嘘!?」

本当に不味い状況だな、と思ったときにはすでに足が動いていた。無意識のうちに、だ。勝手に走り出す足に追いつけず、上半身は後ろに反って、妙な態勢になっている。

―わたしのせいだ。

助けなければ、と思考がそちらに向いたとき、ようやく上半身が態勢を元に戻る。今度は前のめりになって、森に突っ込んでいくかのようだった。


◆◆◆


リオは、自分がこの世で最も不幸な人間だ、と主張する少女は、村の傍の森で泣きじゃくっていた。決してユウナたちとの別れが寂しいから泣いているわけではない。かといって、別れが悲しくないわけでもなかった。―何よりも、自分が可哀想だったから。
人が泣くのには、類が二つある。自分が哀れで泣くのと、本当に悲しくて泣くのと。今のリオの涙は自分を哀れむ涙だ。アタシは不幸だ、と。それが自分でも、恐ろしいほど分かっていた。
一度すべてを失って、そして再度また大切なものを無くす悲しみ。それは本当に無くす悲しみか、それとも無くしてしまう自分へと哀れみか、答えは鮮明なのに、リオは泣き続けた。
と、哀れみに浸っている最中、辺りの草木がざわめく音が耳に入った。それが風に靡いて鳴ったものではなく、何か動いたときに鳴るざわめきに似ていたことに、リオは恐怖する。
すると、リオの恐怖を察知したかのように、草むらから一匹の獣―性格には魔物―がひょこっと顔を覗かせている。一見して猿のようだが、奇妙に発達した牙と鋭利な爪は猿ではないと主張している。
リオは慌てて立ち上がる。―いや、立ち上がれなかった。恐怖で足がすくんで動けない。
猿―のような魔物―は間違いなくこちらへと駆け出している。剥き出しの牙が、僅かな日差しを受けて煌いた。

―助けて!

気がつくと、鋭利な爪が、目の前まで迫ってきていた。
悲鳴を上げるわけでもなく、逃げようとするわけでもなく、リオは固く目を閉じた。





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