四章  ユウナvs借金取り


手桶を渡され、ユウナはそそくさと家を出て行った。この家に運ばれるときには意識が朦朧もうろうとしていて気づかなかったが、ティーダが言っていたように家のすぐ傍に小川が流れていた。水の透明度は元の世界では見たことのないほど高く、綺麗で澄んでいた。
 ユウナはその前にかがんで、桶を水の中に沈める。緩やかに流れる水は温かい。季節は夏だ。厳しい陽射しとこの蒸し暑さで温まってしまったのだろう。
 桶いっぱいに水を入れ、それをいかにも重たそうにかかえてユウナは家に戻る。そのとき、玄関前に人影があることに気がついた。だらしがない服装、余計に濃い髭、そしてサングラス。どれをとってもあまり人によい印象を与えない容姿の男が二人ほど。ユウナは首を傾げ、男たちに歩み寄る。

「あ、あの何かご用でしょうか?」

 訊くと、ああ、と肯定された。

「ここって、ティーダってやつの家だよな〜?」
「そうですけど……」
「ちょっと本人を呼んできてくれないか?」
「あ、分かりました〜」

 中に入り、ティーダを呼んだ。しかし返答はなく、ただ小川の流れる音が聞こえてくるだけだった。

「あれ? さっきまでいたんですけどね」
「そうか。なら話は早いな」

 え、とユウナが男たちのほうへ踵を返す――そのときだった。物凄い力でユウナは腕を引っ張られた。現状から考えて、あの男たちのどちらかの仕業だと分かる。

「な、何するんですか!?」

 男たちは不適な笑みを浮かべていた。

「おい! 早く出て来ねぇと、この女連れて帰んぞ!」

 何? ユウナはただ男の顔をまじまじと見る。この者たちはいったい何者なのか。そして、何故ユウナは腕を掴まれなくてはならないのか。疑問ばかりが脳内を旋廻している。
 その段になってようやく、ユウナは抵抗することを始めた。しかし、腕を振っても引いても、男の腕から離れられない。

「離してください!」
「嫌なこった」

 ユウナは男を一瞥する。それに何の意味があったのかは、ユウナ自身にも分からなかった。

「離して!」
「それで離すやつがいるか?」

 ごもっとも。それでもユウナは抵抗をやめない。
 そのとき、ユウナの中で何かが覚醒したような気がした。何か、とてつもなく大きな力が、ユウナの意志に従って目覚めたのだ。
 ユウナは目を閉じた。身体全身に力が漲るのを、じんわりと感じていた。

「離せ!」

 ユウナは渾身の力を込めて腕を掴んでいる男の、鳩尾に肘打ちをかました。ある程度の力で鳩尾を攻撃されれば怯んでしまうのは当然だろう。案の定、男はユウナの腕を離して床に倒れ込んだ。

「てめぇ! 何しやがんでぇ!」

 怒る男をユウナは冷めた目で一瞥した。

「くそぉ……なめやがって。おい、やるぞ!」
「おう!」

 相手にとって不足なし。ユウナはゆっくりと構えを取る。

 ――これが、私の特別な力。感情的になると覚醒する秘密の力なの。

「ユウナー! 大丈夫かー!?」

 ティーダが半泣き面で入ってきた。

「離れてて!」

 ユウナはすでに動き出していた。
 最初に、先程までユウナの腕を掴んでいた男に飛び蹴りをお見舞い。勢いすらないものの、相手を怯ませるには十分の威力である。倒れたところにすかさず踵落としをかまして、それでその男を十分に抑えることができた。
 残りは一匹。大柄でいわおのような顔の、いかにも強そうな男。しかし、ユウナはその男に何の恐怖も感じなかった。それどころか、簡単に勝てそうだな、と余裕を持っていたほどだ。何故だか分からないが、絶対勝てるという自信があった。

「よくも兄貴をー!!」

 男が飛び掛ってくる。こんな大柄な男に体当たりされれば、か細いユウナなどひとたまりもないだろう。しかし、ユウナは至って冷静だった。体当たりしてくる者は隙が多いと知っているから。だから相手の動きをしっかりと見て、サマーソルトキックで対抗した。綺麗に円を描いたユウナの足は途中、男の顎にミートした。鈍い音がして、それで顎の骨が砕けたのだと分かる。
 男は背面から床に倒れ込んだ。

「くっそー! 覚えてろよ!」
「忘れておきます」

 男たちはそそくさと退却したのであった。
 ティーダを見ると、彼は口をあんぐりしていた。ユウナは笑う。

「恐かった〜」

 実際、あのような男など恐くもなんともなかったのだが。

「ユ、ユウナ……?」
「感情的になるとね、何故か強くなるの。身体の何処かで眠っていた力が呼び覚まされて、とんでもない力が出てくる……。これが三度目なんだ」
「へぇ〜……」

 ユウナはなんとなく笑ってみせた。

「――で、あの人たちは何だったの? 知り合い?」

 ティーダは苦笑した。

「知り合いと言えば知り合いだけど……俺の知り合いじゃなくて親父の知り合いかな……。生きてるときにさ、あいついっぱいお金借りてて、返済しないで逝っちゃってさ。その保証人が俺になってんだ。了承してもないのに勝手に名前書かれて……そんでああして借金取りが来るんスよ。――大っ嫌いだよ、あいつなんか」
「……大変なんだね」
「そりゃもう。でも今までなんとか振り切ってきたッス。今回はユウナがいて助かったよ」

 ユウナは照れ笑って、手近の椅子に腰掛けた。ティーダも同様に椅子に腰掛ける。

「でもそろそろ本格的にやばいッス。借金取りを振り切るネタがない……。ブリッツじゃああんまり儲けになんないし、かといって他の仕事に就くのも嫌だし……」
「――じゃあ、一緒にセルク王国行こうよ」

 え、とティーダが顔を上げた。

「だって、私一人じゃ心配なんだもん。行き方も曖昧にだし……。それに借金取りだって振り切れるから。――どう?」
「う〜ん……」

 ティーダは渋い顔をする。

「じゃ、俺もセルク王国に行くッス! ここのチームはやめなきゃいけないけど、あっちにだってブリッツはあるし」
「じゃあ、決まりだね」

 うん、と頷いてティーダは笑った。ユウナもつられたように笑う。

「でも問題がいくつかある。飛空艇でセルク王国に行くんスけど、そのお金が……」
「そっか……」
「あ、でもブリッツの退職金でなんとかなるかもしんない。そんなによくはないだろうけど、最低限の食事やらは保障できるよ。そうなりゃ今から監督に言いに行かなきゃな」
「ごめんね。わたしのわがままのせいでブリッツやめることになっちゃって」
「いいって。あんま強いチームでもなかったし、設備もそんなによくなかった。それなら他のチームに移ったほうがマシだろ」
「そうだね」

 元の世界で有名だったバスケットボールというスポーツでも、給料が少ないとか、自分の実力が生かされないとか、そういう理由でチームを移籍する選手などがいたような覚えがある。こちらの世界でも同じようなことがあるのかと思うと、なんだかホッとした。

「――わたし、ブリッツ見てみたいな。キミがいるチームだよ」
「でも弱いよ」
「初めて見るわたしが、強いとか弱いとか分かんないよ。だから、お願い」
「んじゃ、今から行こっか。どうせ午後から練習だし、早めに行くのも悪くないッス。ちょっとだけブリッツを教えてやるよ」

 本当、とユウナは感激して声を上げた。どんなスポーツかは分からないが、やってみる価値はあるに違いない。

「じゃ、支度して」
「うん!」







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