七章  よろしくお願いします!


 ユウナのチーム入団が決まったということで、ミステイクのメンバー全員がプール前に収集された。
 先程までは、ティーダを合わせて四人しか来ていなかったチームメンバーが、いつの間にか七人まで増えている。ユウナよりも小柄な者、それとは対照的に大きく、いわおのような身体をしている者、爽やかな笑みが印象的な者、フードを被っていて顔がよく見えない者、やはりそのどれもが男であった。
 同性がいなくて心配になることなど、今のユウナにはありえなかった。確かに同性がいてくれたほうが話も弾むかもしれないが、この男たちとも十分話が弾む、と確信していたのだ。それが何故だか、自分自身でもよく分からない。ただ、絶対に上手くやっていける自信がある。

「――紹介する。今日から一緒に練習に参加するユウナだよ。よろしくやってくれ」

 ベナムに前へと促され、顔を上げないようにしてユウナは一歩前へと出た。男たちの視線が集まっているのが分かる。更に、自分の顔が緊張で紅潮していくのが分かった。上がり性は元の世界にいた頃と変わっていない。

「ユウナです。分からないこととかいっぱいあるけど、頑張って覚えて、いち早くみんなに追いつけるように努力します。――よろしくお願いします」

 わぁ〜、と快く迎え入れてくれたような歓声が男たちから上がった。

「これでこのチームの雰囲気も明るくなるんじゃない?」
「そうそう。それから洗濯やらその他の雑用もやってもらえるぜ!」
「入ってきてくれてありがとうユウナちゃん!」

 嗚呼、だから歓声が上がったのか、とユウナは心中で毒づいた。ただ面倒な仕事を自分たちがやらずに済むから。すべてをユウナに任せられるから。

「ちょいと待った!」

 がらがら声を精一杯に大きくしたベナムが、男たちを軽くねめつけ、

「ユウナはもうレギュラー決定だよ。そのレギュラーに雑用をやらしてどうするね? それに自分のことは自分でやるのが一般社会としての常識じゃろうが! 少しは弁えなさい!」
「えぇ、でもこんな小柄な女の子にブリッツなんかできるんですか?」
「少なくともあんたらよりは数段上だよ。なんたってうちのエースと対決して勝ったからねぇ。もしかしたら今日からエースになってもらうかもしれない人材だよ」
「マジッスか……」

 これには流石のティーダも困った様子を見せた。
 彼にとってエースの座を取られるほど悔しいことなどない。ましてやそれが自分よりも遥かに力がないはずの女性。もし取られれば自分が一番の間抜け者になる気がして、ティーダは少しばかり困惑していた。
 一方のユウナはそんなティーダの様子に気づくわけもなく、恥ずかしさで顔を上げられぬまま足元を見ていた。

「さぁ、さっそく練習開始だよ。スタジアムを一周走ってストレッチ! それから階段ダッシュ百往復ね」
「はい!?」



 階段ダッシュ百往復とは、スタジアムに程近いところに位置するカイレイ山、その頂上のカイレイ寺院から地上に伸びた階段の上って下りてを百階繰り返すというものだった。山の高さはたいしたことないので、もちろん階段もたいしたことはない。ユウナが数えたところたったの百十九段、他の者は百十九段もあるのか、と嘆息したのだが、ユウナにとっては“たったの”と言えるレベルであった。
 部活では毎日のように学校の一階から三階までの階段を二百往復していたし、体力にもそれなりの自信がある。持久走では地区の代表に選ばれたくらいだ。――まあ、それ以外にこれといった名誉はないのだが。

 四十分経過したところで、すでに終わっているのはユウナとフードを被った少年だけだった。
 フードを深く被っているために口元しか見えないのだが、それだけでも歳が近いことは明確になった。もしかしたら若く見えるだけのことで、実際は年老いているのかもしれない。

「疲れるね〜」

 ユウナは呟くように話しかけてみた。

「そうかな? 僕は結構余裕だったけど」

 返答が来たことが、ユウナはひどく嬉しかった。

「君は凄いね。女の子にも関わらず他の男たちよりも早く終わっちゃうなんて」

 今度はあちらから話しかけてきた。

「こういうのは慣れっこだから。体力だって他のみんなより自信あるんだよ。いっぱい走って、いっぱい食べたから」
「へぇ〜。僕は毎日十五キロくらい走ってるよ」
「十五キロ!? 凄いね〜!」

 元の世界にいた頃に毎日三キロ程度走っていたユウナと比べると、フードの少年は驚異的である。

「君だって十分凄いよ。だって、ティーダさんとブリッツで対決して勝ったんでしょ? それに監督まで君の実力を認めているんだ。そのほうがよっぽど凄い」

 そうかな、とユウナは少し照れたように俯いた。

「――キミの名前は?」

 訊くと、少年の口元が僅かに綻んだ。

「みんなからは“フードの…”って呼ばれてるけど、本当の名前は“ラスティル”って言うんだ。ちなみに十七歳で、チームの中ではライトを努めてるんだ〜」
「と言うことは、キミもレギュラー?」
「うん。だからもし君がレギュラーになったら――と言うか、もうレギュラー決定しているみたいだけど、僕と一緒にプレイできるってわけ。もちろん、練習でもね」

 そう言って少年は、深々と被っていたフードを脱いだ。
 露わになった顔は、ユウナの心をがっちりと掴むのに十分であった。
 いかにも健康そうな小麦色の肌。水彩絵の具の紫色に水を足して薄くしたような色の目。日光を反射して輝くオレンジ色の髪の毛。まだ幼さの残る顔は、子ども独特の怪しい色気を感じさせる。
 まさに美形と言うにふさわしい顔立ちだ。
 ラスティルは微笑む。その微笑にユウナは一瞬にして悩殺されそうだったが、ぎりぎりのところで思い留まった。

「綺麗な顔だね〜。それでフードを被ってるなんてもったいないよ」
「いや、それが他の人から色気を感じて集中できないって言われちゃって……」

 確かにそれほど端整な顔立ちをしていれば、男が何かを感じてしまうのも無理はない。

「ブリッツはいつ頃から始めたの?」
「う〜ん……十歳ぐらいだったかな〜。両親が死んで監督に引き取られたんだ」

 これは単なる偶然だろうか。ユウナはこの世界に来て、両親を失った者によく出会うような気がする。リオ、ティーダ、ラスティル、そしてユウナ自身もその一人である。決して失ったわけではないが、時空の狭間に巻き込まれてこの世界に迷い込み、会えなくなってしまった。突然のことで凄く寂しかったし、何も言わずに来てしまったことが悔しかった。
 会えなくなってしまったのは両親だけではない。親友にも、先生にも、そしてすべての身内に会えなくなってしまった。
 だが、もう二度と会えないとは思っていない。いつかまた、きっと――いや、絶対会えると信じている。両親を亡くした彼らとは違って、ユウナには僅かな希望のともしびがあるのだ。
 それをラスティルに話すと、複雑そうな顔をして、

「僕はそっちのほうが寂しいと思うよ」
「え?」
「もし親が死んでいるのだとしたら、何の希望もないし、ただ悲しみだけが残ってしまう。もちろん、寂しさや不安だって感じるだろう。けどそれだけだから、また新たなことを始めよう、と思える。でもね、ただ会えないだけで、もしかしたら会えるかもしれないという希望があるのなら逆に辛いと思う。会えないことへの寂しさ、悲しさ、不安、それは死んでいるのと何も変わりはしないけど、“期待”というものをしてしまう。知ってた? 人間って期待するとその分ストレスが溜まるんだよ。そしてその期待が裏切られた後の絶望、これを味わうことになる。そう考えると、ただ会えないというだけのほうが辛いと思うな」
「そうかな〜」
「まあ、思うのは自由だよ」

 ラスティルがにっこりと微笑んだのを見て、ユウナは頷いた。

「――ベナムさんって厳しいの?」
「厳しいよ。多分世の中の何処のブリッツチームの監督よりも厳しい。まあ実際に他のチームの練習を見たことないから、確かなことじゃないんだけどね。でも試合中にあんなに厳しい監督見たことないなぁ……。よそのチームのは落ち着いてるのに。と言うか、よそのチームは専属のコーチをつけてるんだって」
「このチームはコーチをつけないの?」
「う〜ん……そんな余裕がないだけかな〜。それか監督だけで十分だったとか」

 確かに、試合に一度も勝ったことのないというチームに、コーチを雇う余裕などないだろう。

「地区大会、勝てるといいね」

 ユウナは虚空を見つめて、呟いた。

「って、人事みたいに言わないでよ。君だってレギュラーなんだから」
「あ、そっか」

 とぼけていた自分がおかしくて、ユウナは噴出してしまった。
 ラスティルも声を上げて笑ってしまった。

 その様子を面白くなさそうに見ているティーダは……放っておこう。







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