十章  勝利へ向けて


 スフィアプールにはすでにラスティルが来ていて、一人シュートの練習に励んでいた。一般的に「スフィアシュート」と呼ばれる(ユウナは勝手にユウナ様シュート三号などと命名していた)、バック転のように回転してその勢いとともにボールを蹴るという技をひたすらにやっているようだった。

「おはよう!」

 ユウナが叫ぶと、プールの中のラスティルは微笑を返してくれた。
 昨日の事故で怪我をしたところはほぼ完治しているようだし、本人もとても元気そうで安心した。今日はボールを投げるときに嫌いな人を想像するのはやめておこう。
 ユウナとティーダが到着して間もなく、他のチームメイトたちも続々登場。監督のベナムも眠そうな顔で現れた。

「おはようございます!!」

 全員そろって挨拶をする。ティーダの話によると、ベナムは練習よりも挨拶などの礼儀に厳しいらしい。

「はい、おはようさん。今日から地区大会に向けての本格的な練習を開始する。今まで以上に厳しくいくからね! 覚悟しときなよ」
「うぃ!」
「ユウナ! 声が小さい!」
「はい!!」

 練習は昨日と同様、軽いランニングから始まり、柔軟、階段ダッシュ、パスという順で、ここまではユウナが知っている内容である。
 次からは他の者を見様見真似でやるしかなかった。スフィアプールに入り、ぐるりと一周。二人組みになってプールの端から端まで競争。負けたほうは階段十往復をしなければならないが、ユウナは十戦やって一回も負けることがなかった。
 しかしここまで力を出して泳ぐのは流石に辛かった。休憩中は、はしたないなと思いながらも用意された茶をがぶ飲み。誰が見ていようとも別に構わない。脱水症状を起こして倒れるよりはマシだ。
 やかんの中の茶を半分以上飲んだが、脱水感が僅かに残った。

「ねぇ、キミたちはいつもこんなにキツいことしてるの?」

 なんとなく、ティーダに訊ねてみた。

「ああ。けど今日はまだ楽なほうッスよ。監督の機嫌が悪いときは競争百回くらいやらされるからな」

 百回やって、果たして自分は生きているだろうか、とユウナは思う。
 と、ここでけたたましいホイッスルの音が耳に突き刺さった。休憩終了の合図である。



 次はパスカットの練習だ。
 オフェンスとディフェンスに分かれ、オフェンス側のパス回しディフェンス側がカットする、というもので、やはりそれなりの腕力と素早く泳ぐための脚力が必要となってくる。
 ユウナは最初ディフェンスで、MF(センター)のマークに回ることになった。ブリッツで一番シュートチャンスがあるのはMFなので、ユウナのマークはかなり重要である。
 と、上からボールが降ってきた。オフェンスMFがそれをキャッチ。
 基本動作はすでに学習している。この距離からのシュートはまず不可能だろう。パスか、突破か――みすみす突破させるつもりはない。

『相手の動きを見逃すんじゃないよ!』

 ベナムがガラガラ声で叫んでいる。
 相手は動こうとしない。ユウナのディフェンスをだいぶ警戒しているのだろうか。

 ――相手が行動する前にボールを奪ってみよっか。通用するかどうかは分からないけど、やってみる価値はある。

 ユウナは一拍おいて、ボールを持っている相手に突撃する。が、あと少しというところで近づいてきたオフェンスLF(前列左)にボールを回されてしまった。最初からそれが目的だったのだ。ユウナが突撃してくるのをエサにマークなしのLFを近距離に持ってきてパス。ハメられたのかと思うと無性に腹が立った。
 LFにボールが回った後MFがすぐにゴールに向かって泳ぎだしたので、ユウナはそのあとを追う。ここでボールが回ればシュートを打たれる可能性が高い。完全ガード、一瞬の隙も見せてはならない状況である。だがしかし、ユウナのガードはあっけなく突破されてしまい、オフェンスMFはシュートを放った。キーパーがそれを止めたもののやはり自分のガードを突破されたのは悔しかった。

『ユウナは機敏きびんさが欠けてるねぇ。別メニューを用意しよう』

 ユウナに用意された練習は『反復横跳び』と呼ばれるもので、縦三本の並んだラインの一本を跨いで、サイドステップのように跳ぶというものである。説明のし辛さに苦労しているが頑張って説明してみよう。基本動作は、まず中央のラインを跨ぎ、セット。ラインを踏まずにサイドステップの往復。これが機敏さアップに繋がるのだ。
 元の世界にいた頃に学校のスポーツテストでやったことがあるので、ユウナは自主的にそれを開始した。時間はタイマーが測ってくれる。
 三十秒間に五十回を目標とし、これを十セットやれとのこと。
 最初の五セットは余裕があった。しかし、六セット目から足が重くなり、息も切れ始め、三十秒間に五十回もできないという事態が起こってしまった。できなかった分もう一回やれ、と言われなかっただけでも幸いだろう。
 その後は通常の練習に戻った。



 夕方ごろに練習が終わり、最後にチームメイトが集められた。

「今から地区大会のスタメンを発表するから、よ〜く聞きな」

 試合まであと少ししかないのに、やけに遅いレギュラーの発表だな、とユウナは思うが口に出さない。

「MF(センター)、ティーダ。RF(前列右)、ラスティル。LD(後列左)、ジャッシュ。RD(後列右)、リール。LF(前列左)は……」

 ――やっぱりわたしには無理なのかな……。

 ユウナはまだ自分の名が呼ばれていないことに強い不安を抱いていた。狙っていたMFをティーダに取られ、第二希望のRFまでも他者に取られ……心底悔しかった。残るLFももちろんやりたいとは思うのだが、選ばれる自信がない。

「――LFはユウナに任せるよ。キーパーはキッパだ」

 ユウナは大きく息を吐いた。呆れでも何でもない、安堵したからである。このチームに入ってずっと――と言ってもまだ二日しか経ってないのだが――レギュラー入りしたいと思っていたし、レギュラーになることによってまた自分が成長できると思っていたから。
 人は経験を通して成長するものである。ユウナはそれを充分に理解しているつもりだ。だからこの道の世界で様々な経験を積み、大きく成長して元の世界に帰ろうと決意した。故国への思いはぬぐい切れなかった。大好きだった友達や両親に何も言えず、何もかもをほったらかしにしてきた分、その思いは強い。
 いずれにしても帰る方法が分からなければことは先に進まないのだが。



 地区大会まであと五日。
 レギュラーメンバーを中心とした練習になり、ユウナもその短い期間でレベルアップしていた。
 
 そして大会前日、練習を早めに切り上げてチームメンバー全員、会議室に集合した。俗に言う「決意式」なるものをやるらしい。

「一回戦はロークスが相手だ。ここまで一勝もしたことはないが、勝てない相手じゃないよ」

 と、ベナム。

「一勝したら次はグラードだ」
「そりゃ無理だ」
「優勝なんて夢のまた夢じゃん」
「うるさいね! 何が無理なもんかい! 何事も頑張り次第だよ!」

 他のチームがどれくらいの実力なのかユウナは知らないが、このチームが軟弱チームといわれているからにはそれよりも強いのだろう。

「目指すはもちろん優勝だよ」

 ベナムのテンションがやや高いところが不吉である。

「一億ギル……」

 誰かがぼそりと囁いた。


 +++


 家に帰ってから適当に食事を取ったり、風呂に入ったりして、ユウナとティーダはダイニングの椅子に腰掛けていた。

「何か緊張するな〜」

 ユウナは淹れられた茶を口に流し込んで、そう呟いた。
 バトン部の大会前夜はこれほどまでに緊張しなかったのに、ブリッツの試合となると何故か物凄く緊張してしまう。頭に浮かんでくるのはスフィアプールを囲う大勢の観客。上がり性が最高潮まで達しそうで怖い。

「明日は何チーム参加するんだっけ?」
「俺らを合わせて八チーム。ロークス以外は強豪ばっかで俺らじゃ敵わない」

 ティーダにしては珍しく何処か暗い調子だった。

「頑張れば勝てるよ。一億ギル、取れるといいね」
「何か他人事みたいに言うなぁ。ユウナもスタメンなんだから、『勝つぞー!!』くらいの勢いじゃないと」
「了解っす」

 サァァァァ、と外で木々たちが風になびく音がした。

「他のチームが体調不良でメンバーがそろわなくなって、大会にも出られなくなればいいのにね」
「うわ、ひどいこと言うなぁ」
「冗談っす」







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