十二章  負けない


 ボールが先か、ユウナが先か――ユウナのほうが半瞬速かった。ボールを待っていたRFの前に躍り出て、剛球を身体全体で受け止めた。

『おっと! ミステイクの完璧なパスカットです! お? よく見ればあれは女の子です! 女の子がダイナブの高速パスを止めました! 凄いぞ〜!』

 ユウナはすぐにゴールへと向かった。幾度なくタックルを受けそうになったが上手くかわし、順調なペースで泳いでいく。

 ――嫌いな人を想像して投げてみて。

 ふと、いつかのラスティルの言葉が脳裏を過ぎった。
 ラスティルをも吹っ飛ばしたいつかのユウナの剛球――。嫌いなものを想像して得ることのできる力。この力、今こそ発揮するべきではないだろうか。
 ユウナはキリ、とキーパーを睨むと、やはり借金取りの顔を念頭に置いて、ボールを投げた。
 繰り出された剛球は水圧を感じさせない安定した速さでゴールへ一直線。待ち構えていたキーパーともどもゴール! それどころかゴールネットを突き破ってプールからも出されてしまった。

『こ、これはとんでもない事態になってしまいました!! ミステイクの女の子が強烈なシュートを決めた〜!! キーパーともどもゴール! 十点あげたいところですが、残念ながら一点です。え〜、ちなみに名前はユウナちゃんです。ミステイクの未来のエースか〜?』

『ユウナちゃ〜ん!』という歓声が、今度は妄想の世界ではなく現実世界で聞くことができた。正直、嬉しくて堪らない。その反面自分に注目が集まっていることが恥ずかしかった。

『と、ここで前半戦終了です。後半戦はユウナちゃんに期待しましょう♪』


 ――1vs2  前半戦終了  ダイナブリード


 +++


 ミステイクの選手控え室で、満面の笑みを浮かべたベナムと、控え選手たちに出迎えられ、ユウナは褒め言葉を浴びた。

「ユウナ〜。よくやったね〜!」

 年齢を感じさせる濁った声が、感激した調子で言った。

「ダイナブから一点を取るなんていうのわねぇ、うちのチーム以外にも難しいって言われてるんだ。だからあんたは偉いよ! 後半戦でも続けなさい」
「はい!」
「それからラスティル」
「はい?」
「フードを脱いで、色気を敵に振りまいてあげなさい。あんたらが見とれるんじゃないよ! 敵が見とれている間にパスを回してシュートだ」


 +++


 後半戦は完全にヒートしていた。パスをしてはカットされ、カットしてはまた奪われの繰り返しである。そんな最中に例のラスティルを使った作戦が実行に移され、見事に一点を取ることができたのだった。


 ――2vs2  残り時間 二分三十秒


『これは誰も予想していなかった展開だ〜! まさかの同点! 最弱と呼ばれ続けていたミステイクが最強のダイナブと並びました! まさに下克上!!』

 並んだのはいいが、問題はここからである。ラスティルを起用したお色気作戦もさすがに二度目は通用せず、またユウナの剛球さえも敵わず、ミステイクは完全に狼狽していた。しかしながらダイナブもこの納豆のネバネバのようにしぶといミステイクに苦悶の色を隠せないでいるようだった。結局、両者条件は同じなのである。
 実況の言うとおり、この二チームがここまで熱い闘いを繰り広げるとは誰も思っていなかっただろう。ダイナブは世界的にも強いと評判のチームであり、実際に昨年の世界大会では優勝している。それに対してミステイクは大会で一勝もしたことがない、という快挙を成し遂げているチームだ。つまりはこの二チームには天と地との差があるのだが、今は天地が混同しているような状況が、このスフィアプールで巻き起こっているのだ。
 残り時間はもう半分もない。このまま同点でタイムアップを迎えれば、延長戦に突入するのだが、ユウナには延長戦までブリッツを続行できる体力がなかった。だから残り少ない時間内に、シュートを決めたい。――ユウナにボールが回ってきたのは、そんな危機感と急く気持ちが最高潮に達しようとしていたときだった。
 まずは周囲の様子を確認する。前方には敵方が二人、後方にも一人、パスとシュートは難しい。前方の二人はゴールまでの一直線上を塞いでいるし、この近距離だと少し手を伸ばせばパスカットをされてしまいそうだ。では突破か? それも無理がある。三人もブロッカーがいればユウナのドリブルなど容易に抑えることができるだろう。
 そこでユウナが取った行動は、観客を含めて誰もが予想していなかったことだった。

「えぃ!」

 適当――と言っても適度に、ではなく、何も考えずに行動する意味での適当――にボールを投げたのだ。

方向は上。上へ、上へ、上へ……止まらない。

最終的にプールから出てしまった。

――無謀すぎたかな……。

無謀というか無能である。だがしかし、プールから離脱してしまったボールのあとを追って、同じくプールから離脱した者がいた。

「ティーダ!」

 ミステイクのエースがプール上空を華麗に舞った。身体全体で正確にボールを捉え、サマーソルトのような形で回転して、蹴った。
 方向もゴールを正確に捉えている。水圧など感じていないかのような猛スピードで一直線。障害物は何もない。いや、唯一キーパーが待ち構えている。あれを突破すればミステイクに一点追加。

 ボールが迫る。

 選手、観客、テレビ画面の者、その瞬間を食い入るように見つめていた。

「決まれ!」

 誰かがそう叫んだ。

 ――……。

 ――……。

 ――……。












『ゴール!! と同時にタイムアーップ!!』


 3vs2  ミステイク勝利


「マジッスか!?」

 最終得点を決めた張本人が驚きの声を漏らした。
 ユウナも今の状況を理解するのに時間がかかった。

『ミステイクが世界最強のダイナブを打ち破りました! ということで、第二十二回ブリッツボールネクト地区大会の優勝はミステイクです!』

「私たち、勝ったんだ……」

 負けるとは思っていなかったが、まさか勝つとも思っていなかった。そんな曖昧な思いを持っていたものだから、勝利したという実感を掴むのに多少時間を費やしてしまった。嬉しくて、嬉しくて、ユウナは涙が止まらなかった。喜びの雫が次々とスフィア水に溶け込んでいく。
 観客席からミステイクを祝う声が上がっていたが、ユウナの耳には届いていなかった。


 +++


 選手控え室で待ち受けていたのはやはりベナムで、入るなりユウナは抱きしめられた。

「よくやったよ! あんたの最後のパスは見事だった。エースも、よくあれをシュートしたもんだ。あっしは嬉しくて、嬉しくて……」

 まだ言いたいことはあるようだが、老婆は感涙して言葉を続けることができなかった。

「あっれ〜? 監督が泣いてるよ〜?」
「目から汗が出ただけじゃ」

 定番の言い訳をして涙をぬぐっている。

「さぁ、表彰式だよ! 胸張って行ってきな!」


 +++


 優勝したミステイクには、約束どおり症状とメダル、そして一億ギルが手渡され、おまけに多くの観客から祝いの言葉を受け取った。ダイナブの選手たちからも祝福され、ベナムは泣き続け、またユウナも大粒の涙を流した。

 ――嬉しくて、嬉しくて、堪らない。

 ちゃっかり握手会やサイン会なども催され、何処かの放送局のインタビューを受けて、第二十二回ブリッツボールネクト地区大会は幕を閉じるのであった。


 そして、ブリッツボール選手としてのユウナも幕を閉じた。
 ユウナはセルク王国へ赴かねばならない。王が呼んでいるから、というのも理由の一つだが、何より世界一の大国を自分の目で見てみたいと思うからである。そして自立した生活を得るためにも、セルク王国へ行くことは絶対である。







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