終章  ブリッツで得たもの=キミと出逢えて得たもの


「――あのね」

 大会が終わった夜のこと、ティーダの家に帰り、食事と風呂を済ませた後に、ユウナは唐突に切り出した。

「私、一人でセルク王国に行くよ」

 しばしの沈黙。

「……ユウナ?」

 ティーダの声には不安が入り混じっている。

「もう決めたの。ブリッツをしていて分かったんだ。ミステイクにはキミが必要だ、って。キミはチームのエースなんだよ。絶対にいなくちゃいけないの。キミがいないミステイクなんて、、ミステイクじゃない」
「それはユウナにも言えることだろ。ユウナだってチームに必要だし、ユウナがいないミステイクなんて、ミステイクじゃない」
「わたしがいなくても、ミステイクは変わらないよ。ティーダだって何も変わらない。わたしがチームにいたことは思い出の一ページっていう形で、覚えていてくれたらそれでいい」

 すすり泣く声が聞こえた。

「何でそんなこと言うんだよ……。ユウナと離れるなんてできない……。俺、また独りだ……」

 ティーダの目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。

「キミは独りなんかじゃない。チームのみんながいるじゃない。みんなを信じて、一緒に頑張らなきゃ」
「……嫌だ……」
「わたしはこれ以上ここにいたくないの! ここにいたらティーダやみんなにずっと甘えていそうになるの! そうなったらわたしはずっと誰かの世話になってばっかりで、元の世界に帰ろうっていう気持ちも薄くなっちゃう。だから、もうここにはいたくない! 止めないで!」

 ユウナの目からも大粒の涙が溢れた。
 目の前の涙している彼は、今の言葉を聞いて何を感じたのだろうか。

「キミやみんなと別れるのは寂しいけど、わたしはどうしてもセルク王国に行きたい。もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない。だから、行かなきゃ」
「ユウナ……」
「キミに逢えて、よかった。ブリッツもできて、楽しかった。――わたしを拾ってくれて、ありがとう」
「……俺がユウナを拾ったの、間違えじゃなかったんだよな?」
「うん」

 出逢いに別れは付き物である。出逢うからこそ別れがあり、出逢わなければ別れることもない。一見して相違しているように思えるこの二つだが、実際は深く繋がっており、バランスを取っているのである。
 ユウナがティーダに出逢ったことは、これからのユウナの人生においても大切なものなのだ。

「明日行くね」
「分かってる」

 せまいダイニング・キッチンで、二人は長い間抱きしめ合っていた。



 空港はティーダの家からそう離れていないところにあった。
 ユウナの世界のように大きなものではないが、先日の地区大会で使われたスタジアムのそれよりは大きい。人数もどちらかというと多いが、やはりもとの世界ほどではない。
 大窓から見える滑走路にはたくさんの飛空艇が停滞している。ユウナは飛空艇を見るのは初めてで、その独特な形に驚いた。
 飛行機とは違って一機一機違った形をしており、しかもその形が飛行船のようなものであったり解像を施した車のようなものであったりと、様々なのである。
 見送りにはティーダ、ベナム、ラスティル、そしてちゃっかりミステイクの面々が来てくれた。

「――いろいろとありがとうございました」

 監督にも、そしてチームメイトにもいろいろと世話になった。

「礼を言わねばならんのはこっちじゃ。この弱小チームに入ってくれてありがとう」
「ベナムさん……」

 堪えていたものが、急にこみ上げてきた。
 短い期間とは言え、彼らとはブリッツを通したいろいろと親しんだ。他愛のない会話、ちょっとした遊び、そしてブリッツ。ユウナの頭の中でこの数日間の出来事がフラッシュされる。
 やはり別れるのは辛い。

「ユウナちゃん、元気でな」
「気をつけて」
「また会おうぜ!」

 彼らの言葉は何処までも温かい。そして、笑顔もまた温かかった。

 ――見送るほうと、見送られるほう。どっちが辛いんだろう?

 ふとそんな素朴な疑問が浮かんできたが、あまり深く考えないことにした。考えれば考えるほど、別れるのが辛くなりそうだったから。

「皆さんのことは生まれ変わっても忘れません。――さようなら」

 ゆっくりと、ユウナは搭乗口へと歩き出した。

「ユウナ!」

 自分を呼ばわる声に、ユウナはそっと踵を返した。――ティーダだ。

「ブリッツの世界大会はセルクであるんだ。だから、国体で絶対優勝して、そんときにまた会おうな」
「うん」


 +++


 搭乗口には人の列ができていた。旅行に行くのであろう家族、原滝に出るらしいスーツ姿の青年、その顔ぶれは様々だ。王に会いに行く、という者はさすがにいないだろう。
 セルク王国行きの飛空艇マーストは、近くで見ると一層大きく、また不可思議な形をしていた。客観的に見ればどこぞかの大きな船に見えないこともないが、大部分は船とは大きく異なっている。船側にあたる部分には、プロペラ(のようなもの)が複数ついているし、羽(のようなもの)までついているところが船と違うところである。
 内装は都心にありそうなゴージャスなホテルを連想させる。そこは客船と何ら変わりないかもしれない。右手のほうに少しお高そうなレストラン。左のほうには大窓とソファのフリースペース。奥手にはカウンター。なんだかゴージャス感があちらこちらから溢れていて落ち着かなかった。
 乗員にご丁寧に部屋まで案内され、そしてその部屋の豪華さにまた圧倒され……落ち着くのには少し時間を費やした。


「いろいろあったな……」

 雨の日、道で倒れていたところをティーダに助けられ、ミステイクに入団し、地区大会で優勝。そんな思い出がユウナの脳裏にフラッシュされた。
 思えばあっという間だった。時は風のように過ぎ去り、そしてまた新たな時を迎える。

「――あ……」

 ふと、ユウナの頭にオリジナルの歌詞が浮かんだ。それはやがてメロディーになり、脳内で優しく響き渡る。
 ユウナの重いが形になって、この日この時生まれた歌。

 プロペラが忙しく動き出し、飛空艇マーストはゆっくりと地を離れる。

「歌ってみようかな」

 目指すセルク王国は遥か南西。風向きは良好だ。
 そしてユウナは、風の音色に乗せて歌った。






吐息思わせる雨音につつまれて

言葉は無力と気がついてる



伝わるのはひとつだけ

そう、冷めた頬に てのひらで触れて感じる



はかないぬくもりで ふたりの隙間を埋めて

鼓動を響かせて この時をわかちあえるから

瞳閉じて





君と歩く午後 訳もなくふと思う

やがてこの日々は終わるのかも…



予感の声 聞くよりも

そう、笑みを交わし てのひらを重ね信じる



ささやかなぬくもりで ふたりの絆つないで

命を奏でて愛しさを燃やして

この瞬間を染めて



何もかもうつろう世界

時を止めたいと願う夢消えても

いま君と生きてくひとときは

夢じゃないから…





はかないぬくもりが はるかに離れたとしても

魂ふるえた瞬間の想い宿して明日へ

なつかしいてのひらを わたしは忘れないから

君へとたどりつき めぐりあう…かならず

暗闇さえも越えて





inserted by FC2 system