二章 小さな友達?
小さな手がツッチーの細い腕をつついていた。
「兄ちゃん」
振り返った先には、一人の少年がつくねんと立っていた。
肩まで伸びた茶髪。健康的な小麦色の肌。髪と同じ色のクリっとした瞳。何処にでもいそうなごく普通の少年である。歳は十歳前後といったところだろう。
「兄ちゃん今暇か?」
ツッチーよりだいぶ背が低い少年は、何か珍しいものを見つけたかのような目でこちらを見上げている。
「えぇ、今ですけど?」
「じゃあさ、おれの話し相手になってくんねぇか? もう暇で暇で仕方がないんだ」
とくにすることもないし、別に子どもの話を聞いてあげるくらいいいだろう。それに何と言っても暇人だから。
ツッチーは微笑んで頷いた。
「おれは“リュード”。十歳で、トラード島の危険物取り扱い専門学校に通っているもんだ」
リュードの口調は何処か得意げだった。まあ、十歳にしてD.H.Gに通っているというのは確かにすごいことである。
危険物取り扱い――甲、乙、兵の三種――の資格を持っていると、就職できる職場の範囲が広がるし、採用率も持っていない者より高い。また、就職後も危険物の資格を持っていない者の1,2倍の給料がもらえるという。
資格試験の実施、それに伴っての講義を受けられるのは世界中に数校しかないD.H.Gのみ。その中でもトラード島のD.H.Gは細かいところまで指導してくれるという理由から増大な入学希望者が続出するのだ。
D.H.Gに入学するにはもちろん試験を受けなければならない。入学希望者が異常に多いトラード島の合格者倍率は六倍近くになる。その過酷な受験争いをリュードは勝ち抜いて現在D.M.Gに在籍しているのだから、自慢できて当然のことである。
「僕はツッチーといいます。十七歳で学校はアンダスティル総合高校に通ってます」
「“ツッチー”って変な名前だな。それにアンダスティルって何処の学校だよ?」
嗚呼、ととぼけた声をもらしてツッチーは元の世界のこととこれまでの経緯簡単に話した。
「ふ〜ん。兄ちゃんも結構苦労してんな」
言葉の割りに同情の欠片も感じない語調に、ツッチーはやや苦笑した。それにこちらの世界ではあちらの世界から来る“放浪者”は珍しくないようだ。
「ってことは兄ちゃんは国籍をもらいにセルクに行くわけか?」
「そういうことです。リュードくんはどうしてセルクに?」
「学校が夏休みに入ったから家に帰るんだよ」
「夏休み……ですか」
ツッチーの母校もそろそろ夏休みに入る頃だ。数々の課題が出され、部活の合宿があり、とても長期休暇に入ったとは思えない休みだった覚えがある。しかし今年の夏休みは異世界で過ごすことになり、課題もなければ部活もない。その点から言えばこの世界に来てしまったこともラッキーだったと思えなくもないが。
「でも実際帰ってもすることないんだよなぁ」
「友達と遊んだりしないんですか?」
「毎日遊んでても飽きるだろ? 飽きた後が問題なんだよ。兄ちゃんだったら何する?」
「読書とか、映画見に行ったりとか。あと、ゲームをします」
「う〜ん……どれもおれの趣味じゃないなぁ。ゲームは最近面白いのないし」
ゲームといえば、「FINAL FANTASY 12」はいつになったら発売するのだろう、とツッチーは心中で呟いた。
「FINAL FANTASY」といえばRPGゲームの代名詞とも叫ばれている超人気ゲームである。独創性溢れるストーリーと高画質のCGムービーが話題を呼び、またキャラクター一人一人の個性が大いに生かされていることで人気を集めている。DVD作品までも出されることになり、ファンの期待も大いに高まっている。
そしてシリーズはついに12を向かえ、多くの人々がが発売を待ち焦がれていた――が、当初2004年夏発売予定だったのが冬に延長になり……そうかと思えば2005年春頃になって……最終的には2006年三月十六日(木)以降発売ということになってしまった。おかげで予約して一年以上が経ってしまい……。ツッチーも作者も本当に困り果てているところである……ん?
「こっちではどんなゲームが流行っているんですか?」
「う〜ん……『ファンタジークエスト』っていうRPGゲームが一番流行ってるかな。学校でもそれの話をするやつ多いし。おれもハマってたから」
あのゲームとあのゲームが合体したような名前だな、と思ったのは秘密だ。
「――兄ちゃんの母さんと父さん、心配しているだろうな」
「だと思います。何も告げずに来ちゃいましたから。あ、でも背来るにいるリュードくんのお母さんとお父さんも心配してるんじゃないですか?」
「う〜ん、どうかな。おれがいないほうが落ち着くとか言ってたから」
少年の瞳に陰鬱な影が差したのを悟って、ツッチーは違う話題を探り出し。
「リュードくんは好きな女の子とかいないんですか?」
だからといってこの話題はどうなのだろう。後悔しても言ったが後の祭り。
「そ、そんなこと兄ちゃんには関係ねぇだろ」
「あ、さてはいるんですね! うふふ、図星」
小麦色の肌がにわかに紅潮し始めた。
「なんだよ! 自分が好きな人と生き別れになったからって、ひがんでおれを虐めんなよ!」
子ども特有の無邪気な怒りを撒き散らす少年を見て、ツッチーは声を上げて笑った。
「その恋実るといいですね」
「余計なお世話だ」
不機嫌に歪んだ少年の顔もまた可愛い。リュードくらいの歳の子だと表情の変化が著しくて、大人にはない顔を見せてくれるのが面白い。
「兄ちゃんってさ、優しそうに見えて実はひでぇやつなんだな」
夜、一人で食事を済ませたツッチーは部屋で適当にくつろいでいた。クルドはカジノに行ったっきり帰ってきていないようだ。よほど夢中になっているのだろう。
ベッドに横になってTVをつけると、この世界の歴史について詳しく紹介している番組をやっていて、それがあんまりにも面白いものだからついつい見入ってしまった。
宇宙空間の果てにある星団セリスの一つにこの世界は星として存在しているという。そこから一億光年ほど離れているところにツッチーの元いた世界がある、ということになっているが、とてもそれが事実だとは思えない。第一、宇宙空間には果てなど存在しないはずだ。“無”の空間が永遠に広がっているのだと聞いている。まあ、それが事実だという証拠もないのだが。
今から役六十四億年前、星団セリスで星たちがぶつかり合ってこの星が形成されたらしい。その中で細菌やその他の菌類が合体と分解を繰り返して人間が生まれたという。
人間は恐ろしい反映力を持ち、瞬く間にその数を増していった。更に彼らは独特の文明、文化を築き上げ、この世界を“今”へと導いたという。
今から約一万年前、十三人の人間が現れた。“円卓の騎士”と呼ばれたこの十三人は、その強大な力を使って互いを潰し合った。魔法、召喚、兵器――破壊と多くの犠牲をもたらした戦いの末、残ったのは五人。彼らはそれぞれが一国を統制することによって和解した。現在も彼らが形成した国々はちゃんと引き継がれている。
これこそまさにゲームの中の世界観というやつだろう。魔法や召喚などツッチーの思う“普通”から大きくかけ離れている。しかしまあ、この世界がどういうところなのかはなんとなく分かった……気がした。
「ただいまー♪」
明るい調子でドアを開け放ったのはクルドだった。暑苦しそうなローブの、ポケットは妙に膨れ上がっている。そして顔には鼠を見つけた猫のような笑みが張り付いていて、少し――いや、だいぶ怖い。
「儲け儲け♪ ポーカーで勝ちまくったぞ★」
ポケットから出てきたのは大量の金だった。
「1000万ギル。すごいだろ?」
「す、すごすぎます……!」
1000万ギルも稼いだことよりも、1000万ギルがローブに収まっていたことのほうが驚きである。
「この調子で稼ぎまくったらセルクに着いても働かなくて済むかもな!」
「ニートになるつもりですか、クルドさんは……」
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