終章  愛しき人に逢いたくて

 再会の喜びを分かち合っているツッチーたちを見て、本当によかった、とクルドは思う。だが彼らの再会よりも自分と召喚士の再会のほうが劇的と言えよう。

「久しぶりだな、テュール」

 テュール、と呼ばれた召喚士は最初首を傾げるが、すぐに誰か分かったように頷いた。

「君はもしや某家の家出息子くん?」

 ああ、とクルドは苦笑する。

「十年ぶり、かな? ずいぶんとたくましくなっていたから誰か分からなかったよ」

 そういうテュールの姿は十年前と何一つ変わっていなかった。
 召喚士はある程度歳をとると成長も老化も止まるという。そのある程度の年齢というのは人それぞれで、テュールの場合は二十二という若年で止まった。また召喚士は長寿であり、テュールの実年齢は百歳をゆうに超えている。

「ねえクルド、この船がセルク王国行きだってことは知っているよね?」
「ああ」
「ってことは、君もようやく親元に帰る気になった、と解釈してもいいのかな?」
「親のとこには帰らねぇよ。ってかあいつら生きてんのか?」
「やっぱり心配なんだね? ご家族のこと」

 別に、とクルドはそっぽを向いた。

「両親ともに元気だよ。妹さんもピンピンしてる。まあ、その元気な姿を見たのも数週間前の話なんですけどね。してクルド、親元に戻るんじゃないとしたら何故セルクへ?」
「あっちの世界の人間を届けに。ついでに生活拠点もセルクに移すつもりだ」
「そっか。クルドも放浪者関係なんだね」
「お前もか?」
「うん。あ、もしかしてクルドのつれてる放浪者ってのは可愛い女の子?」
「残念。お前がさっき助けてきた眼鏡の男だよ」

 そっか、とテュールは笑う。

「私のほうはねえ、それはもう大そう可愛い娘さんだったよ。いっそ私のものにしたいくらいね。でもその子には好きな人がいるんだって」
「どうせその男とは離れ離れになったんだろ。こちらとあちらじゃ想いなんて到底届かないさ。だから一思いに自分のものにすりゃいいんだ」
「う〜ん、それは無理だよ。何せ彼女は――おっと、これは言わないでおこう。セルク王の勅令でくれぐれも内密に、ってことになってるんでね。興味があったらセルク城においでよ」

 そんな酷な、とクルドは嘆いた。
 一方のテュールは正体不明の笑みを浮かべている。

「で、その可愛い子ちゃんはどうしたんだよ?」
「それがさあ、ラミューダ海上空五百メートルくらいから落っことしちゃった★」

 すました顔でとんでもないことを口走った召喚士を、クルドは神でも見るかのような目で凝視した。

「それがナルシストな友達に襲われてしまって私もクロもボロボロ。その子は行方不明ときた」
「襲われたって……普通友達が襲ってくるなんてことないぞ? ――それよりその子、死んでしまったんじゃ……」
「いや、生きてるよ」

 クスッ、とテュールは小さく笑う。

「存在を感じるんだ。どの方角か正確に判断できるほどじゃないけど、彼女の放っている波動みたいなものが伝わってくるんだ」
「へぇ〜。普通の放浪者じゃなさそうだな」
「うん。そういうこと。それ以上のことは秘密だよ」
「参考のため訊いておくけど、その子なんて名前だ?」
「何の参考にするつもりだよ。――まあいい。名前は“ユウナ”。“月”を意味する語だね」

 ふ〜ん、とクルドはすぐに興味をなくしたが、あるフシを思い出してテュールの肩を掴んだ。

「ユウナって……ツッチーの女だよ! 時空の狭間に巻き込まれて一緒にこちらに来てしまったらしい」
「えぇ!?」

 テュールにしては珍しい、間の抜けた表情が出ていた。

「ツッチーって誰!? ツチノコ!?」

 そっちかよ、と思わず突っ込みをかましたくなるのを懸命に堪え、クルドは先ほどの眼鏡の男がツッチーその人であることを教えた。

「私はショックだよ。あの可愛いユウナのことだから、太陽の王子様のごとく爽やかな男子を好きなんだと思っていたのに」
「ツッチーもなかなかいい男だぞ」
「本当に、ショックだ」

 クルドは大仰に溜息をついた。この召喚士のことだから、ショックを引きずっているふりをして哀れみの言葉を求めるつもりだろう。いくら十年会わなかったとはいえ、行動パターンはなんとなく憶えている。だから面倒なことにならないうちに話題を変えることにした。

「話変わるけどさ、物知りな召喚士様を見込んで訊く。円卓の騎士ナイツオブラウンドって今も存在するのか?」
「そこまで話が変わるとは思ってもみなかったな」

 テュールはわずかに苦笑した。

「円卓の騎士は歴史上死んだことになっているけど、実際は封印しただけなんだ。十三人の騎士が戦争を引き起こして五人に減り、それぞれが一国を受け持った。でもそのとき八人の騎士は残った五人に殺されたのではなく、召喚士たちに封印されたんだよ――」



 円卓の騎士たちは同じ人間でありながら、他の人間たちをゴミのように扱っていたという。だが国を維持するためにはどうしても人がいる。その気になれば世界中の人間を抹殺することができたが、それを抑えて国と人の管理をしていた。
 しかし彼らはついに“世界を壊したい”と衝動に押しつぶされて、行動に出ようとする。
 そうなることを予測していた召喚士たちは、以前八人の騎士を封じたときと同じように、残りの五人も封じようとした。そのときに使われたのが古代封印魔法“ヴィーナス”である。ヴィーナスは円卓の騎士の身体も意識もすべてを無の世界に還す――つまりは物体を跡形もなく消し去ることのできる魔法だ。その無の世界は何らかの力によって存在しているらしいが、その“何らかの力”については記録が残されていない。
 召喚士たちの活躍によって、人々が円卓の騎士の下で働かされる時代は幕を閉じた。だが彼らは重大なミスを犯してしまっていた。
 円卓の騎士を取り仕切っていたアーサー王――ナイツの中でも最も強大な力を持っている者を逃がしてしまったのだという。その事実は住民の目撃証言が元で明らかになったものである。ヴィーナスが唱えられる直前、セルク城にいたアーサー王の身の回りの世話をしていた者たちが、突如として出現した黒い球体に彼が入っていくのを見たというのだ。

 それは時空の狭間だった。



「――アーサー王も召喚士たちがヴィーナスを使うのを予期して、その対抗手段を考えていたんだ。それが時空の狭間であちらの世界に逃げること。どうやってそれを発見したのかは分からないけど、上手く逃げられたのは確からしいよ」

 一通り話し終えたテュールは、さも疲れたように息を吐いた。

「今もあっちにいるのか?」

 クルドが訊くと、テュールは無言で首を横に振る。

「セルク王曰く、ユウナたちが巻き込まれた時空の狭間に入ってこちらに来てしまったらしいよ。――あちらの世界では魔法などの特別な力がすべて封じられてしまうから、世界を破壊することはできない。こちらに渡りたくても時空の狭間が使えない。仕方なく自然に起きるのを待ったんだろう。でも時空の狭間はそんなに頻繁に起こるものじゃないから、何百年何千年と待っただろうね」
「そしてツッチーたちが巻き込まれた時空の狭間に入ってこちらに渡って来た、と。それってやばくないか?」
「しばらくの間は大丈夫だよ。封印されていた力を取り戻すには時間がかかるらしいから。しかも円卓の騎士のように強大な力を持っていると尚更時間がかかる。だけど、早く射止めないと大変なことになる。――ところでクルド。どうして突然円卓の騎士のことを訊いてくるんだい?」
「それなんだが……」

 クルドは先ほどこの船の上で起きた出来事――そして“極限の闇イクストダークネス”に円卓の騎士が関わっていたこと、そして円卓の騎士が自分の命を狙っていたことを話した。

「アーサー王が永遠の闇を生み出し、それが人間の心に巣を作る。そこから徐々に神経を侵食していって、最終的にその人間の身体を乗っ取っちゃうんだ」
「わざわざ人の身体に乗り移ることに何の意味があるってんだよ?」
「永遠の闇は精神体であって実体がない。だから人間に乗り移らないとどこにも行けないのだよ」
「円卓の騎士の目的って何なんだ?」
「この世界を破壊することだよ。破壊することに何の利益があるのかは君のお父様にでも訊いてみて。クルドを狙っている理由も私には分からないよ。でもやっぱり君の出生のことを知っているんじゃないかな?」
「だったら狙われるのは俺じゃなくて親父だろ?」
「きっと君が強大な黒魔道士だからと思うよ。――さて、私とクロはくたくただ。しばらく休ませてもらうよ。君の部屋に案内してくれる?」
「お前は俺の部屋で休むつもりか」
「当たり前じゃないか♪」

 当たり前のような顔をして、当たり前のように船室へ入っていこうとするテュールだったが、入り口のところでふと足を止めた。

「こんなにちっちゃい入り口じゃあクロが入れないや」

 さも残念そうな顔をして引き返してくる。

「あ、テュール。最後にこれだけは教えてくれ」
「最後にしてよ」

 だから最後にするって言っただろ、とクルドは心中で呟いた。

「さっき話したフィディスだけど、あいつから永遠の闇を追い払うことってできないのか?」

 大丈夫、とテュールは笑う。

「自殺しようとする人間の身体はあまり好きじゃないみたいだから」
「そっか。安心した。――お前が来てくれてよかったよ、テュール。サンキュな」

 ほんの感謝の気持ちで言ったつもりだったが、眼前の召喚士は深い意味で――しかもあまりよろしくない意味で捉えたらしく、にんまりと笑んでいきなり抱きしめてきた。

「そうかそうか。そんなに私と離れていたのが寂しかったか。うんうん、君に愛されてる私って幸せ者だね」
「わー! 莫迦っ! 放せー!」
王子様・・・とベッドインっていうのもすごくいいなぁ。あ、クルドはタチ? それともネコ?」
「男同士でヤる気か貴様はーっ!」
「愛に性別なんて関係ないさ★」


 +++


 今日一日いろんなことがありすぎて疲れたのか、ツッチーはベッドに横になるとすぐに深い眠りに入った。
 極限の闇のことで苦しんでいたフィディスのことはもう心配ない、とクルドが言っていた。もう、何も心配することはないという。彼女のこと――おそらくツッチーがこの世で最も愛している女性のこと――も心配ないと言っていたが、果たしてどういうことなのだろう?

『ツッチー』

 誰かがツッチーの名を呼んだのは、深い眠りと浅い眠りを交互に繰り返しているときだった。
 ツッチーは声に引かれるように目を覚ます。

「ユウナ……さん?」

 そこは文字通りの光の世界だった。まばゆいばかりの白い光が果てしなく広がっている。
 そしてツッチーの眼前には一人の女性が立っていた。茶色っぽいセミロングの髪の毛に、左右違った色の目。こちらを見ながら美しく微笑んでいる。

「もうすぐ、逢えるね」

 彼女の姿を見るのも、声を聞くのもずいぶんと久しぶりのことだ。こちらの世界に来てからは一度も会っていない。会いたくても、会う術がツッチーにはなかった。もちろん彼女にもないと思う。

「もうすぐ逢えるよ、ツッチー。セルク王国で」

 その国がただ一つの希望だった。あちらの世界から辿り着いた者はこの世界で生活するためセルク王国を目指すという。何せ戸籍を用意してくれるのはその国しかないというのだから。
 もし彼女が誰かに助けられて、セルク王国のことを聞いたのだとすれば、必ずそこに来るはずだ。それを信じてツッチーも世界一の大国に行くことを決意した。

「大丈夫。絶対に逢えるから。ツッチーのほうが先に着くと思う。私はちょっと遅刻しそうだな。それでも待っててね。絶対に行くから」
「……はい」

 彼女はツッチーの手を握る。とても温かくて、優しい手だった。

「大好きだよ、ツッチー。今度こそ二人で幸せになろ」
「そう、ですね」

 彼女は踵を返し、ゆっくりとした足取りで歩き出した。
 
 ――大切な絆が、一気に手繰り寄せられているような気がした。







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