十章 目覚める破壊
「――なんだったのかしら?」
デリアの声にユウナは現実に引き戻された。
再び目を開いたときにはすでに光は消えてしまっていた。窓の外には目を閉じる前と変わらぬ景色が広がっている。
「今のはいったい……」
目を開けていられないほどの眩しい光。それはまさに、世界が発光したかのようだった。
ユウナは一抹の不安を感じた。それはあまり自信のないテストが返ってくるときの気持ちとよく似ている。だがなぜそのような気持ち突如として湧いたのかは分からなかった。
「私、セルク城に行ってみます」
セルク王なら先ほどの光の正体を知っているかもしれない。
「ちょっと待って。私たちも行くわ。今の光の正体だって知りたいし、ユウナの真実だって知っておきたいの」
仮にもユウナの姉的立場であるデリアにとって、妹の真実というものはかくも興味深く、そして熟知しておきたいものなのだろう。真剣な眼差しがその気持ちが表れている。
「入城許可証なんて持ってないけど……でも、私たちなら通してくれるんじゃないかしら? なんといっても美人三姉妹だから」
思わぬ発言にユウナはつい噴出してしまった。
「そんな衛兵さんがあんなセルク城にいるわけないよ」
「あら、そうかしら? 案外もろいものなのかもよ?」
デリアは微笑む。
「さ、シスター服に着替えて出発よ。衛兵さんにはいっぱい色気を振りまいて差し上げましょう」
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セルク王国のすべての放送局が謎の光について報道するまで、さして時間はかからなかった。隕石の落下、先日の竜巻に続く大災害、様々な説が挙げられたがどれも曖昧である。
あれだけの激しい発光だったにも関わらず、爆発などの被害は一切見られなかったらしい。すべては道の出来事であり、どんな優れた頭脳の持ち主にも解明できぬ事件なのだ。
そんな中、唯一被害が出た建物があった。それは――
「何、これ……」
頭巾の隙間から穏やかな茶髪を覗かせた尼僧――ユウナは眼前の悲惨な光景に、棒を呑んだように立ち尽くしてしまった。
本来そこにあるべきものは隠影したセルク城である。だが、今そこには本当の意味で何もなくなってしまっていた。――いや、続きのない石橋の下に広がる湖に、ゴミのように瓦礫が積み重なっているではないか。
「まさかセルク城が……」
そういえば、あの謎の光はこの辺りで発生しなかったか。
「どうして……」
大国の要塞が全壊――なのに周囲一帯には何の被害もない。
城内にいた人間たちはどうなったのだろう? もしかしたらその中にツッチーやクルドたちがいたかもしれない。
「――やあユウナ。そこに何か面白いものでもあるのかい?」
こんな非常事態にはおおよそそぐわないのんびりとした声がしたのは、ユウナが心配しすぎて泣きそうになったときだった。
「おや、よく見ると他にも美人さんがいるじゃないか。なんだか今日はついているな〜」
眼下の瓦礫の山が目に見えていないのか――あるいは頭のネジが数十本ほど外れてしまっているのか――見覚えのある短い黒髪の青年は、今日という日が希望に満ちているかのような口調で自分の幸運を語っている。
「召喚士さま! お城が! みんなが!!」
思わず青年の顔面をぶん殴ろうとしていた拳を咄嗟に引っ込め、ユウナは今にも泣き出さんばかりの顔で眼下の瓦礫のことを伝える。
「あーお城こんなになっちゃったんだー。ひどいね〜」
だが青年の声色はまったく変わらなかった。
「でもみんな元気だよ。あの光が出たときには城から出ていたからね〜」
「そうなんですか……よかった」
道理でこの召喚士が平然としていられるわけだ。
「でもね、安心してばかりはいられないんだ」
珍しく真剣な表情をしたテュールの顔を不思議そうに見ながら、ユウナは彼の言葉の意味を考える。
安心してばかりはいられない、ということは、これから何かよからぬことが起きる可能性があるということだ。しかも極めて楽天的なテュールを真剣にさせるほどの。
「さっきの光はなんだったの?」
「城の地下にあった封印システムが爆発しちゃったんだ。中身が飛び出してもう大変」
「中身って……もしかして!?」
封印システムとは、遥か昔に円卓の騎士を封じたものだと聞いている。その中身が飛び出したということは、封印された円卓の騎士が出てきてしまったことを意味する。
「アーサー王……」
唯一封印することのできなかった円卓の騎士、アーサー王。彼以外に封印システムを破壊した者がいるとは思えなかった。
「世界の恐怖再び、ってところかな。彼らが復活してしまったからには私たちもそれなりの覚悟をしないといけない」
テュールの言う“覚悟”とは、決して世界を破壊される覚悟ではない。今ユウナたちがしなければならない覚悟は、強大な円卓の騎士と戦うということだ。
「私たちは戦わないといけないんだよね」
「――そう。僕たちは世界のために戦わなければならないんだ」
印象的なテノール声は、ユウナの隣の召喚士のものではなかった。
どこから現れたのか、昔は美男子と呼ばれていたであろう顔立ちの中年男がこの時代には珍しくなったパイプを銜えて、生まれたときからそこにいたような顔で立っている。その様子はどこかのなんちゃって王子に少し似ている気がした。
それにしても先ほどから後ろのデリアとエステルが空飛ぶキノコでも見たかのような顔をしているのはなぜだろうか? もしかしてこの男は有名人か?
「あの、どちらさまですか?」
男はパイプを口から離して紫煙を吐いた。
「僕かい? 僕はエリオル・ヴァレイン・セルク。親しみを込めて“小父さま★”と呼んでくれたまえ」
「はあ……」
ユウナは名前に何か引っかかるもの感じたが、あえて深く考えないことにした。
「君は円卓の騎士たちと戦うつもりかね?」
セルク国民が正体不明の発光に混乱している中、どうやらこの男は封印システムが破壊されたことを知っているらしい。よほど円卓の騎士や城の地下について調べたのだろう。
「私は、戦わなきゃいけないんです」
「ふ〜ん。君は女の子なのにいさましいんだねえ。僕はそういう子、結構好きなんだ」
エリオルは気障ったらしくウインクすると、穏和に微笑んだ。
「それにしても奇遇だねえ。実は僕も円卓の騎士と戦うつもりなんだ。あ、その顔だと僕なんかじゃ無理だと思ってるんだろう? う〜ん、舐めてもらっちゃ困るよ、セニョリータ」
世の中には珍しい人間もいるものだ、とユウナは思う。円卓の騎士といえば破壊と崩壊をもたらす、いわば兵器のようなもの。怖いものなしのユウナでさえそれに恐れを感じているのに、エリオルはまるでカブト虫と戦うかのような口調で語っている。召喚士でさえも苦戦したという世界の敵に、何の変哲もない人間の彼がどう立ち向かうというのだろうか?
「まあいいさ。でもきっと、僕の戦う姿を見れば君も僕に惚れちゃうよ★」
性格は紳士的なのかナルシストなのだかよく分からないが、人柄はよさそうだった。だが一般人とは若干ずれている面がある。もしかしたら、円卓の騎士の恐ろしさを知らないのかもしれない。
かくいうユウナも円卓の騎士の恐ろしさを完全に理解しているわけではない。いや、それはユウナだけでなく、世界中の世界中の人間に共通することだろう。何せ円卓の騎士が世界に君臨していたのは何百年も前の話なのだから。
「――これはひどいなあ」
エリオルが眼下の瓦礫の山を見て嘆いた。
「衝撃忍耐システムでも内部からの衝撃には対抗できないみたいだ。もっといいものを開発しないといけないねえ。こうもたやすくお家を壊されちゃあ堪らないよ」
「お家?」
「この瓦礫は元々僕のお家だったんだ」
「へぇ〜。そうだったんですか〜。………………………………え?」
――僕のお家?
この瓦礫の山は確かセルク城だ。これが彼の家だということは、彼は城に住んでいたのだろうか?
そのときになってようやくユウナは自分が恐ろしい失態を犯していたことに気づいた。
――エリオル・ヴァレイン・セルクって……。
「あなた、セルク王ですか!?」
男はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「ようやく気づいてくれたね、シスター・ユウナ。そう、僕がこの国の国主だよ」
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