終章 決意の剣
大国の王とはもっと威厳に満ちているものと思っていたが、この男はその欠片も見受けられない。先日面会した王女のほうが、よほど王らしい気がする。
エリオルとクルドがどことなく似ていると思ったのは、彼らが実の親子であるからだろう。
「君の実力についてはよく知っているよ。先日の竜巻も君が消してくれたそうじゃないか」
「え……私が?」
そういえば、ブレイルの死にショックを受けてヒステリックに叫んだとき、自分の足下に奇妙な文字や数字の羅列が出現し、そこから白い帯のような光が伸びていた覚えがある。あれはユウナ自身が引き起こした力だったのか。
「君にはとても期待しているよ、“究極の兵器”。だがしかし、君の力だけでは円卓の騎士を倒すことはできない。十三人も敵がいるからねえ。だから僕も戦うことにしたんだ。一国の王でもあるしね。それから僕の息子も力を貸してくれることになっている」
「クルドさんが?」
「そうとも。なんでも昔に友人を殺されてしまったらしいからねえ。それから、そこの召喚士くんも戦ってくれるそうだ」
ユウナの傍らに佇む黒髪の美男子は、天使のような美しい微笑を浮かべた。
「あとは娘と、リンドブルム王が協力してくれる」
「王女さまも戦ってくださるのですか? それはちょっと危ないんじゃ……」
大丈夫、とエリオルは微笑む。
「娘の戦闘能力は素晴らしい。並みの人間じゃ敵わないよ。けどねえ、それでも人数に問題がある。この数では返り討ちに遭うだけかもしれない。一緒に戦ってくれる勇気のある者は――」
「――私も戦うわ」
強い意志を含んだアルト声は、ユウナのものではなかった。もちろん傍らの召喚士のものでもない。
背後で大人しくしていた金髪の美女が、その翠の瞳に真剣なものを込めて、こちらを見ていた。
「君は……デリアくんかね?」
「ご無沙汰しております、セルク王さま」
過去にこの二人は聖マーチャーシュ教会で会っていると聞いたから、約十年ぶりの再会だろう。
「いや〜、しばらく見ないうちにまた一段と美しくなったねえ」
「お褒めいただき大変光栄に思います。――それより、先ほどのお話とくと聞かせていただきました。その戦いに私も参加したいと思います」
デリアの言葉に揺らぎはない。ただそこにあるのは戦う者の強い意志と、屈折せぬ正義感だ。
「あたしも戦います!」
デリアをしのぐほどの強い語気で申し出たのはエステルである。
「世界の危機が迫っているのに、それを見過ごすわけにはいきません!」
「駄目だよ、二人とも」
せっかくの加勢の申し出をユウナは咎めた。
「二人を危ない目に遭わせたくない」
「それは私たちだって同じよ」
金髪の美女が発した声は、まるですべての生命の母であるかのように優しかった。
「ユウナを危ない目に遭わせたくない」
「デリアさん……」
「私はあなたの姉よ。妹だけを危険なところに行かせるわけにはいかないわ。戦闘なら心配しないで。私もエステルもそれなりの戦術を心得てるから」
実際、それでもデリアとエステルを戦わせたくはなかった。しかしここまで言われては断るわけにはいかない。
仕方なく首肯すると、デリアはホッとしたように息を吐いた。
「これで八人……少し足りないようだけど、まあいいだろう。ああ、そうそう、シスター・ユウナ。君に渡したいものがあったんだ」
エリオルはパイプを口から離すと、魔法のような鮮やかさで手に一本の剣を出現させた。
刃先から柄の尾までは、小柄なエリオルの足下から胸の辺りまでの長さ。一見して古びてもう使えないように思えるが、刃と柄の間に埋め込まれた翡翠の玉だけは綺麗に輝いている。
「“ソロモンソード”。遥か昔にハーデスという武器職人が作ったものだ。本当は円卓の騎士のために作られたものらしいけど、結局実用されることはなく、土に埋められたらしいよ」
そう言うと、王らしくもない王はパイプを咥えて古びた剣を差し出した。
「これは君が使いたまえ、美しい女性には剣を持たせるっていうからねえ」
ユウナは鞘のない剣を受け取る。手中に移ったそれは思いのほか軽かった。プラスチックのバットとそう変わりない軽さである。
氷のようにひんやりとした刃はあまり切れ味がよさそうではない。野菜を切るための包丁の代わりにすらならないのではなかろうか。
「これ、使えるんですか?」
「それは使ってみないと分からないってものだよ、セニョリータ」
差出人がこうも無責任では受取人も不安になる。戦闘中に折れでもしたら、ユウナは素晴らしく弱い兵器というあまりよろしくない肩書きを背負うことになるかもしれない。
それでもせっかくの贈り物を返却するわけにはいかず、ユウナは渋々剣を下ろした。
「さて、人数も集まったところで作戦会議といこうかねえ」
本当に作戦会議をする気があるのか、と問いたくなるのんびりとした調子でエリオルは告げる。
「すべての終わりの始まり……この世界を終わらせないためにも、僕たちは負けるわけにはいかない。――さあ行こう。戦いの場へ」
その瞬間、壊れたはずの古時計がゆっくりと時を刻み始めた。
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